『謎ヒロインの実力と校長室』
『謎ヒロインの実力と校長室』
――約二週間前、フィリアが転校してきて二日目。
次の授業までの休憩時間、教室の移動でまばらになった生徒。
ツンデレロリことリリーナは、親友のシルヴィと親しげに話す転校生に噛み付いた。
「転校生、あんた急にシルヴィに馴れ馴れしいんじゃない?」
「え? そうかな……。というか、あなたはどなた?」
フィリアが振り返ると、そこには腰に手を当てて仁王立ちする赤髪の少女がいた。トゲのある言い方にフィリアは驚いた。
それもそうだろう。転校二日目、落ち度がある行動も、ひんしゅくを買う態度も特にしていない。そもそも、まだ挨拶もしていない誰かの登場に困惑しているといった様子だった。
「私を知らないの? 呆れた。まったく、どこの田舎の出身かわからないけど、このリリーナ・アデラインを知らないなんて世間知らずにもほどがあるわ!」
あっという間に陥落したシルヴィと違い、初対面でもリリーナはツンを全面に出していた。
きつい物言いのリリーナは友達が少ない。だからこそ、唯一親友と呼べるシルヴィが転校生と親しげなのが気に入らないのだろう。そして、その気持ちの矛先はフィリアに向かった。
「リリーナ! そんな言い方はやめなさい!」
「うっ! し、シルヴィのためにいってるんだから! こんな田舎娘に構ってないで私と……」
「リリーナ! 行っていいことと悪いことがあるわ!」
「な、う、うるさい! シルヴィのバカ!」
リリーナのきつい物言いを叱咤するシルヴィ。普段であれば、シルヴィに叱られれば言うことを聞いていたリリーナ。だが、今回だけは譲ることのできなかったようだ。
一触即発の雰囲気を見せる二人。このままだと仲違いを起こしてしまう。流石にこのままではまずいと、仲裁するために立ち上がったその時であった。
この剣呑な空気をぶった切って、怒れるリリーナに声をかけるものがいた。
喧嘩の原因であった転校生のフィリアだ。
フィリアは剣呑な空気を無視して、目を輝かせながらリリーナに声をかけた。
「アデラインって……もしかして、アデラインハートの?」
「な! そ、そうよ! それがなんだっていうの!? あんたは黙って……」
「すごい! アデラインハートといえば魔法触媒として最も優れているといわれる宝石!」
やや興奮した様子のフィリアに、戸惑うリリーナ。しかし、そんなフィリアの様子に、リリーナはより威圧的な気配を漂わせた。豪商、特にアデライン家と知って近づく輩は多い。この転校生もそんな輩の一人と思ったのだろう。
「だからなんなの!? もしかして、私と仲良くなればアデラインハートがもらえるなんて……」
「アデラインハートの実態はただのルビー。それに非常に高度な加工を加えて魔法触媒にしている」
「なっ! く、詳しいわねあんた……」
リリーナは語気を強くさせるが、出鼻を挫かれることとなった。フィリアはさらに言葉を続ける。
「その加工を行うために、アデライン家は代々、魔眼を継承している。アデライン家の赤い瞳は継承者の証」
フィリアの言葉に、リリーナがその真っ赤な瞳を丸くして驚いた。
今でこそアデライン家は宝石商として有名であるが、その本質は宝石を魔法触媒に変える職人の家系。そしてこの赤い目こそ、アデライン家の誇り。
リリーナは戸惑っていた。それを理解している人間がいるなんていままでいなかったのだろう。
「え? え? な、なんで……それを……?」
「元々は灰色である瞳を、生涯をかけて赤い魔眼に変えていく秘術。だから赤ければ赤いほどその加工技術が熟達している証になる。まさかこんなところで国宝級を扱える《真紅の魔眼》の天才と会うことができるなんて……」
クラスに激震が走る。高慢ちきなお嬢様かと思ったら、実は天才触媒技師だった。
当然俺は知っていた。生前の知識があるからだ。だが、まさか赤眼の秘密を知る人物が他に学園にいたとは思わなかった。
別に秘密でもなんでもないが、研究院にでもいかないと知ることのない真実だ。それに、誰も学生の身分で王家御用達の最高級触媒を作れるほどの人間がいるとは夢にも思わないだろう。
「リリーナ、あなたそんなことができたの!?」
「し、シルヴィ? べ、別に隠してたわけじゃ……」
「凄いじゃない! あなたがそんな凄腕の技師だったなんて知らなかったわ……!」
さすがのシルヴィも先程までの怒りがすっ飛んで素直に賞賛していた。クラスメートもつられてリリーナを褒めちぎる。
急に褒められ始めたことにパニックになったリリーナ。その瞳と同じように、顔を真っ赤にさせてアワアワしている。
「知ってるとは思いますけど、私はフィリア・ランド。同じクラスメートになれて光栄です。アデライン技師」
わけがわからなくなっているリリーナ。そんな彼女にフィリアは敬意を込めて握手を求めた。
「ふぇ? あう、け、敬語なんていいから。その、り、リリーナでいいから。よ、よろしく」
「うん。ありがとう……よろしくね、リリーナ!」
その後、クラスメートの接し方が好意的になり、入学半年目にしてクラスに溶け込めるようになったリリーナ。
リリーナはこの件で、フィリアに深い感謝を抱いたのであった――。
リリーナからフィリアへの好感度、ピンクのハート、数値は60。
ですよね。そういうイベントかなって雰囲気だったもん。
でもなんで、黄色すっ飛ばしてピンクになってんですか!? おかしいでしょ!?
ニコポ、ナデポよろしくの怒涛の攻略ラッシュに、俺はクラクラきていた。
おい転校生、フラグはどうした? もしかしてチートか? チーターなのか?
リリーナよ、俺は知ってるぞ。さっきの気に食わないって顔も、シルヴィを取られたからじゃない。
二人に混ざりたい、ちやほやされたいっていう願望の表れだろう。その頭のピンクハートが何よりの証拠だ。
いや、別にそういったのを本気で認めていないわけではない。ただ、理不尽だなって思っているだけだ。俺の青春のヒロインたちが、奪い去られていく理不尽を。
ふわふわとそんなことを思っていると、フィリアがあることを聞いてきた。
「……そういえば、なんで校長室が土の塔にあるのかな? 創立者は風のシルフ様なのに……みんな知ってる?」
その疑問にみんなが固まった。俺の浮いていた気持ちもすぐさま着地した。流石、秀才転校生。目の付け所が違う。
「ああ……フィリア、あなた来たばっかりだから知らないはずよね……」
「ランドちゃん、その話はあまり校内じゃ話さない方がいいぜ」
フィリアの些細な疑問に、皆一様に苦い顔をする。俺たちの様子にフィリアは困惑していた。
「え? ごめん、ひょっとして聞いちゃいけないことだったの?」
「ああ、大丈夫。そんな謝ることでもないというか……」
「しょうもない理由だから、聞いて欲しくなかったってことよ。学校の恥だからね」
「リリーナ、口を慎みなさい。いつどこで奴らが聞いているのかわからないのよ?」
フィリアの疑問はよくわかる。
この学校を作ったのは風の英雄シルフなのに、校長室は何故、土の塔にあるのか。
みんなが言い澱むのもわかる。
その答えを語る上で、彼らのことも話さないといけないからだ。
百五十年続く、格式ある学生派閥。シルフ様知ったら頭を抱えるであろう学校の恥。
俺は重い口を開けた。知らないと彼女に危険が及ぶ。
「……ランドさん。これから理由を話すけど、この件は決して公では話しちゃいけないよ」
「え? そんなに危ない話なの? 校長室が土の塔にあるだけなのに……」
物騒な雰囲気に、やや及び腰のフィリア。そうなんです。結構危ない話なんですよ。悲しいことに。
「実は、この学校は内戦中だ。百五十年にわたって繰り広げられている、血を血で洗う大紛争の最中なんだ」
「……え? 校長室の話だよね?」
そうです。校長室の話です。