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『親友、ツンデレ』



 「――で、あるからして、かの英雄の研究は今なお利用されているのです」


 季節は初秋。まだ残る夏の暑さ。少し浮かれたクラスの雰囲気。

 学園生活が始まり、はや半年。一年生も後半という時期に転校して来たエルフ耳の超絶美少女。

夏休み明けの浮ついたクラスに、刺激的すぎるほどのサプライズだ。


 その衝撃から、早くも二週間が経とうとしていた。


 直視するのもためらわれるほどの美少女だったが、穏やかで明るい性格と擦れていない素朴な雰囲気で、転校生はあっという間にクラスに受け入れられた。

 それどころか、今ではクラスのマドンナだ。委員長ことシルヴィを筆頭に、このクラスには美少女がそろい踏みであった。しかし彼女は誰をも超える人気を見せた。

 教師が下を巻くほどの秀才、運動神経も抜群、圧倒的な魔法技術。しかし、どこか抜けているというギャップ。まさに、学園モノの転校生のお手本のような人となりに男女問わずに魅了されていた。その噂は他学年にまで届いており、休み時間には他の階から上級生が覗きに来るほどだ。


 まさに、『学園ファンタズム!』通称『学ファン』らしい正統派のヒロイン。

 なのに、ゲームには登場していない! そもそもエルフは存在しない!

 いまだに解決しない謎に、少し憂鬱になる。


「フリントウッド君、聞いていますか?」

「え? あ、はい!」

「ふむ、では二百年前に戦った四英雄のひとり、現代魔法の祖と呼ばれたのは誰ですか? 著書もあげてください」


 上の空だったのを教師に注意された。罰のかわりだろうか、魔法式の授業にも関わらず歴史の質問が飛んでくる。しかし、問題はない。俺はこの世界のあらゆる設定を知っている。歴史に関して言えば教師よりも詳しいだろう。


「……土の英雄、ランドルフ・スーラ・ノームです。著書は《マナ運用における代用魔法と効率化》、そして《簡略魔法式と高度魔法式の法則》です」

「はい、よくできました」


 こんなの簡単だ。俺は裏設定からボツネタまで、あらゆること熟知している。文庫本換算で4冊分の設定を全て俺は把握しているのだ。

 そんな俺が全く知らないヒロインなんて。しかもライバルキャラっぽいし。一体何が起きてる。

ピコピコと動くとんがり耳をみて、また深いため息をつく。

 教師は俺の答えに満足そうに頷くと、困った表情をした。


「……君が上の空とは珍しいですね。でも、授業はしっかり聞くように」

「はい、すいません」


 教室にクスクスという笑い声が上がる。俺はぽりぽりと頭をかいた。前に座るシルヴィが呆れてため息をついていた。もとはといえば、シルヴィ、君のせいでもあるんだけど。


――パラメータチェック、シルヴィの好感度。


 ハートはピンク、数値は63。

 ……うん、変わっていないな。


 シルヴィの恋愛度は戻っていた。あれは一時的な低下であった。

 人の好感度なんてのは、余程のことが無ければそうそう変化しない。良くも悪くも一度ついた印象というのは中々外れないのだ。前世からの三五年間で、人間関係の機微は多少なりとも理解している。


くだんの転校生、フィリアの好感度。


ハートは真っ黒、数値は現在50。

振り返ったフィリアと目が合う。数値が80に変わった。



……めっちゃ乱高下してるやーん。



『親友、ツンデレ』



 直前の考察はなんだったのか。まるで意味をなしていない。

この転校生が異常なのか。というか、このくだり2回目。


 そもそも、黒いハートの意味がわからない。

 ゲーム内のハートの色は黄色とピンク、そして青と灰色だ。

 青というのはいわゆる地雷を踏んだ状態。これを放置しておくとハートは灰色になり友好度の修復が不可能になる。

 もちろんこれはゲームではなく現実。修復不可能なんてこともないだろう。だとしても、こんなブレッブレの好感度を見たことがない。


「……一体何をきっかけに変化してるんだ? 直前までは50だったぞ……?」

「何一人でブツブツ言ってるんだ? また先生に怒られるぞー」


 独り言が漏れていた俺を、隣のクラスメイトが注意した。


「うるさいよ、残念イケメン。こっちは今忙しいんだ」

「なんでケアをしたのに罵倒されてんだ!?」


 褒めてるだろうに、イケメンって。

 隣でなぜかショックを受けているイケメンはカイン・バーツ。短く切りそろえた茶髪、切れ長の目、彫りの深いクールな顔立ち。黙っているだけならおそらく学校でも一二を争うイケメンだ。

 だが、見た目に反した明るく節操がない性格がマイナスに作用し、残念な奴という評価にとどまっている。

その残念っぷりは、耳栓をしてれば好きになれそう、と女子一同に言われるほどだ。

 しかし、その明るさと察しの良さ、面倒見のいい性格から男子の中では頼れる存在としての評価が高い。


 そして、何を隠そうこのカインこそ、『学ファン』における親友ポジション。

ヒロインたちから全く相手にされないにもかかわらず、まるで手に取るように彼女たちの心境を当てるサポートキャラなのだ。

 ある時はイベント企画者、またある時はデートプランナー、そして時にはヒロインの状態を伝える情報屋。

カインがいないと『学ファン』が始まらない、と言われるほどなのだ。


「そんなことないぞ。ありがとうお助けマン。俺はいつも感謝してるよ」

「それやめて!? すっごい不名誉な呼び名な気がする!」


 悲痛な顔で拒否をするカイン。最大限の賛辞なのに。


「バーツくん、授業中は静かに」

「え!? 俺だけ!?」



 授業を終えて昼休み。俺は弁当をもって中庭に来ていた。隣にはカインもいる。


「全く……なんで俺だけ怒られるんだバカヤロウ」


 どうやらさっきの事をまだ根に持っているらしい。食堂で買って来た惣菜入りのパンを片手にふてくされていた。


「カインはちょっとうるさいからね」

「お前が変なこと言うからだろ! そのせいで声がでかくなったんだ!」

「え? 声の話? てっきり別のことかと……」

「……ジーク、俺の何がうるさいかについてじっくり話し合いをしないか? 具体的には拳で」


 カインがヘッドロックをしかけてきた。俺はそれをガードしつつ、すかさず急所攻撃を試みる。


「ちょ、おまえ、パンを狙うのは反則だろ!」

「兵糧攻めは有効な手段。昔の偉人はいった、勝てばよかろうもんなのだ!」


 俺とカインがふざけあっていると、後ろからため息が聞こえてきた。


「はぁ……。相変わらずね。フィリア、参考にしちゃダメよ? ここはもっと礼節を重んじた学校なんだから」

「ふふ、わかったわシルヴィ。でも二人とも、とっても楽しそう」

「フィリア。シルヴィの言ったこと聞いてた? あれは楽しそうなんじゃなくて、滑稽って言うのよ」


 振り返ると三人の美少女たちがいた。委員長ことシルヴィ・ロレンソ、転校生の謎ヒロインことフィリア・ランド。そして最後にトゲのある言い方をしたのが、ツンデレロリことリリーナ・アデラインだ。


 赤髪、赤眼、勝気なつり目に、コケティッシュな容姿。縦巻きツインテールを優雅になびかせる彼女は、動物に例えるならプライドの高い猫と言った感じ。

 その容姿は一部男子に絶大な人気を誇るのだが、きつい言い方と性格のせいであまりモテないちょっと残念な子だ。

 そんなリリーナの失礼な物言いに、カインがこめかみをヒクヒクさせていた。


「おやおや? チビの声が聞こえるけど、どこだ? もしかして、ついに透明化魔法を完成させたのかぁ?」

「あ、あ、あんたぁ! いっていいことと、悪いことがあるわよ!」

「うおっ!? どこにいるかと思ったら! そうか、完成させたのは小型化の魔法! さっすが豪商はちがうなぁ」

「こいつううううっ!」


 カインはやたらムカつく顔でリリーナを煽った。


 トゲのある言い方のわりに沸点の低いリリーナはカイルの態度に激怒して、見事な赤髪を逆立てている。ツインテールがまるで炎のようだ。

 リリーナはこの国でも有数の豪商の生まれ、代々宝石採掘と加工を営んでいる。その資産はなんと、俺たちの住む国の国家予算およそ一割。途方も無い金持ちの出だ。

 そして、彼女はとある技能を持ち合わせていたため、甘やかされることが多かった。

結果、蝶よ花よと育てられ、わがままを拗らし、素直になれないツンデレが出来上がったのだ。

 

「あんた、ただじゃおかないわよ!」

「はっはっは、ちんちくりんがよく吠える」

「くぬっ!」

「ふっ!? ぐ、おおおおうう」


 逆鱗に触れたカインが、リリーナに股間を蹴り上げられた。リリーナに体型の話(ちんちくりん)は禁句だ。

乙女心を理解していないバカが悶絶しながらぴょんぴょんと跳ねている。


「みんな、せっかくだから一緒にお昼食べようぜ。カイン、早くベンチに行くぞ」

「……お、お前は俺の心配してくれてもいいだろ……男なんだから……」


 いや、男だからこそだよ。怒った女は怖いんだ。

俺はカインの助けを無視して、三人と一緒にベンチに向かった。



 『学ファン』の舞台となっているこの学び舎は、ソールダム魔法学園という。

ソールダム王国の郊外にある全寮制の学校で、四つの高い塔とそれを結ぶ校舎、真上から見ると正方形に見える不思議なつくりの学校だ。ちなみに寮は校舎のやや離れにある。


「もう一週間はここに住んでるけど、まだ迷子になっちゃうよ」

「それはしょうがないわ。どの校舎もほぼ一緒の作りだもの。私もここに来た当初はよく迷ってたわ」


 懐かしそうな顔のシルヴィ。フィリアは不安そうに何かを考えている。


「シルヴィ、今度から袖をつかんで教室移動していい?」

「袖が伸びちゃうじゃない。手をつないであげましょうか?」

「もう、それじゃ私が子供みたいじゃない」

「袖と大して変わらないじゃないの」


 眉をハの字にして、膨れるフィリア。それをシルヴィがクスクスと笑う。

 うん、なんとなく甘い雰囲気が流れている気がする。普通の会話のはずなのに不思議だ。

リリーナはちょっと不服そうだ。奇遇だな。俺も気に食わないんだ。



 この学校の塔と校舎は、ほとんど同じ形に作られている。それはこの世界の魔法が火水風土の四大元素であること。そして、過去にその四属性の名を冠した四英雄がいたことに起因する。

 二百年前、世界を滅ぼさんと暴れた存在《魔王》、それを倒した《四英雄》。

 その一人である、風の英雄シルフがこの学校の創設者だ。彼らは互いを尊重しあっていたため、対等であるという意味をこめて、塔や校舎を同じ形にしたらしい。


「それにしても、全部を同じにする必要はなかったと思わない? ここに通う生徒のことを考えて学校は作ってほしいものね」

「お、ワガママお嬢のワガママがまた出たな。いっつもピーピー文句ばっか……」

「あんた、また蹴られたいの?」

「ごめんなさい。()()は勘弁してください」


 そういう意味じゃないのでは、とカインにツッコミを入れそうになったが、すんでのところで我慢した。下手にツッコミを入れると、俺まで下ネタ好きに思われる。


「一応差別化はしてるでしょ? 塔の旗が違ったり、校長室と図書室が土の塔にあったりね」

「本当に一応、ぐらいじゃない! 外から見たら全部一緒、わかるのはシルヴィぐらいよ!」

「そうだよね。私は覚えるのちょっと自信ないなー……」

「あら。転校早々、学園のマドンナといわれたフィリアが随分としおらしいわね!」


 あわれ、風の英雄様。二百年前のあなたの敬意は、現代女子には届いていないようだ。そしてリリーナは妙に皮肉な言い方で、フィリアをさした。


 二人の仲も相変わらずのようだ。

俺はパンにかじりつきながら、フィリアとリリーナが出会った二週間前のことを思い出していた。



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