『ジークの長い一日:誘拐と野菜』
前回、木曜日に投稿するとったな。あれは嘘だ。
……ごめんなさい。唐突にリアルが忙しくなったので不定期になります。
毎日投稿目指していたのに、悔しいです!
どうやら俺は盛大に勘違いしていたようだ。
いくらなんでも急に闇落ちするなんて展開はないか。
一応『学ファン』は学園コメディの恋愛シミュレーション。鬱要素とかはメインストーリー上ない。
それに、そういった要素を間引くための『漆黒の刃』だったわけだし。
そもそも、フィリアからシルヴィへは黄色ハートだった。急に友達に切りかかるなんて普通はない。
「いやー。てっきり委員長に何かするんだと思ってたら、まさか風に乗って逃げ出すとは」
「あなた本気で攻撃してくると思っていたの? だとしたら失礼よ」
「だって、謎の集団の話があったじゃん? ちょっと疑心暗鬼になってたというか」
「気持ちはわからなくもないけど……」
本当の理由はそれだけではないけどね。まさかフィリアが暫定魔王候補とか、絶対信じてもらえないだろう。
フィリアが飛んで逃げていったので俺たちは仕方なく彼女を探していた。自分から逃げ出したとはいえ、フィリアにとっては初めての街。迷子になってたり、また絡まれたりしてたら大ごとだ。
「……で、件のお姫様はどこに行ったんだかねぇ」
「そんな遠くには行ってないでしょう」
「別に置いてってもいいわよ! 子供じゃないんだから夜には戻ってくるでしょ!」
リリーナが顔を赤くして声を荒げた。どうやらさっきの件をまだ怒っているようだ。正直、俺としては眼福だったのでフィリアにグッジョブと言いたいところ。
「確か、商業区の端に飛んでったよな?」
「厳密にいえばジョゼフの神殿の方ですね。はぁ、こんな広い街なのに同じところを行ったり来たりなんて……」
アルトの嘆きにみんなが同意しかけたその時、すれ違った通行人の会話が聞こえてきた。
「しっかし、さっきは驚いたな」
「ああ、ゲリラライブだったか? 空から変な耳のべっぴんが降ってくるんだもんな」
通行人の会話に俺は固まる。そしてみんなも固まる。
「それに、着地してすぐ、ふらふらっとしてぶっ倒れるしな」
ぎぎぎぎ、と音を鳴らして、全員が顔を合わせた。リリーナがムンクの叫びみたいな顔をしている。
「挙句に最近よく見る真っ黒な集団に連れてかれるしな。アイツら噂じゃ窃盗団って話だろ」
「パフォーマンス集団に鞍替えしたんじゃねえの。平和でいいや。あっはっはっは……」
「カインっ!」
「はーい、ちょっとそこのお兄さんたち!? その話、詳しく聞きたいんだけどー!?」
俺の呼びかけに速攻で動きだしたカインが、怒涛の速さで通行人に声をかけた。流石です、サポートキャラ。
これは、不味いことになったぞ。
『ジークの長い一日:誘拐と野菜』
商業区の端、住宅街に隣接する区間にジョゼフの神殿はある。元々は赤線、つまりは売春地域のど真ん中にあったが、再開発だのなんだので移り変わっていった。現在ではこの神殿以外は閑静な住宅街が広がっている。
「ぜぇ⋯⋯ぜぇ⋯⋯なんで僕が、こんなに走る羽目に⋯⋯?」
「仕方ねぇだろ。クラスのマドンナがピンチなんだ。俺らが動かず誰がやるんだ?」
「それに関しては吝かでないですが、何もそんなに急がなくても⋯⋯」
「いや、普通急ぐだろ。単に自分が走るのいやと言えばいいだろうに」
「そういうとまるで僕が非情なモヤシみたいじゃないですか」
「ほぼ正解じゃねぇか」
遅れて到着したアルトが息も絶え絶えに文句を言っている。
「ふう……ところで委員長たちはどこへ?」
「二人はあそこの露店で話聞いてる」
やっと息を整えたアルトに俺は露店を指差しながら答えた。
露店を見ればちょうど二人が帰ってきたところだった。
「ダメね。黒い集団は見たらしいけど、どこにいったかまではわからないらしいわ」
「あまりいい手がかりはなかったみたいだな。フィリアちゃんがアイツらに何かされてなきゃいいが……」
「ッ! カインあんたねぇッ!」
「す、すまん! デリカシーがなかった!」
カインの不用意な言葉に激昂するリリーナ。
そんな彼女をシルヴィが落ち着かせる。
「リリーナ落ち着いて。カインを責めたってどうしようもないでしょう」
「でもっ……!」
「彼だって混乱してるのよ。今は喧嘩よりフィリアの方が大事、でしょ?」
「……うん」
シルヴィの言葉に俯くリリーナ。それを見ていたカインはばつが悪そうに頭をかいた。
「……おれはもうちょっと話を聞いてくる。二人は少し休んでろ。ジーク、二人をよろしく」
「わかった。なんかあったらすぐ戻ってこいよ」
「わかってるよ。……リリーナ。ごめんな」
リリーナの返事も聞かずにカインは走り出す。そして歩いている住人たちに片っ端から話を聞き始めた。
「僕もいってきます。カインだけだと聞き逃すこともあるでしょうし」
「……悪いなアルト」
「いいえ、友達ですから」
そう言ってにこりとしたアルトはカインの方に向かっていった。ああは言ってるが、おそらくカインのためだろう。
なんだかんだ言ってアルトも優しいやつだから。
「……リリーナ」
「言わなくてもわかってるから。別にカインが悪いわけじゃない」
「……そっか」
「リリーナ、とりあえず座りましょ?」
シルヴィが落ち込むリリーナを促して、近くのベンチに座らせた。
ツンツンしているリリーナは友達が少ない。だからこそ友達への情が人一倍厚く、こういったときには脆い。
昔もシルヴィが軽く風邪を引いただけなのに、普段じゃ想像つかないほどのしおらしい姿を見せていた。
それが今回は、フィリアの誘拐。昔、自分に起きたことも相まって余計に不安なんだろう。
「大丈夫、フィリアはきっと平気。だってジークと同じくらい強いのよ?」
「……うん。でも、ふらふらしてたって、倒れたって……」
「ちょっとだけよ。すぐに気がついて大暴れしちゃってるかも。ふふ」
シルヴィが優しい声色でおどけたように言う。自分も心配だろうに、こういった時にかぎって気丈に振る舞うんだからな。それがシルヴィのいいところでもあるんだが。
「⋯⋯ねぇ、ジーク。何とかならないの?」
リリーナは不安げに俺を見上げた。つられるように、シルヴィもすがるような眼差しで俺を見た。
全く、そんな顔されたら何もしないわけにはいかないだろ。
はぁやれやれ、といった動きをして、俺はため息をついた。
「⋯⋯いつも、それくらいしおらしくしてれば男子にもモテるんじゃない?」
「バカ、こんな時に冗談言ってるんじゃないわよ」
「ははは、その調子。リリーナはそうでなくっちゃね」
「何言ってんのよ。ほらさっさと行きなさい!」
「いえす、まむ」
おれのおどけた様子にリリーナがむくれる。
しかしその表情の中にどこか少しホッとしたような表情を浮かべたのを、俺は見逃さなかった。
——この二人にこんな顔させやがって。絶対に、アイツら許さねぇ。
俺は左手につけていたミサンガに魔力を込めた。
ミサンガは瞬く間に解けていき、黒い帯となって左手で渦巻く。
やがて、それはだんだんと形をなしていき——。
——一枚の黒い仮面となった。
「さぁ、一日限りの復活だ。本物の『漆黒の刃』に怯えるが……」
「あれ、親分じゃないですかい。どうしました」
「姉さんたちもいらっしゃるぅ。さっきブリすねぇ」
「なんで、出鼻挫くかなぁ!」
ねぇ、なんなの? 一応主人公なんだよ? こっから俺のTUEEEE始まるんだよ?
左手に握られている黒い仮面が妙にさむい。俺は渾身の変身バンクを止めた不届きものに振り返った。
そこには肩にかかるほどのロン毛の大男と、妙に猫背な天然パーマのメカクレ系イケメンという、まるでロックミュージシャン見たいな二人組がいた。
彼らの顔に見覚えはないのだが、独特な口調とやたら丈の長い黒いバンドカラーシャツには非常に見覚えがあった。
「⋯⋯えっと、どちら様?」
「何言ってんすか。昼前に会いましたでしょう。ヒエロンです」
「アルキメデスですよぉ」
ああ、兄貴さんそんな名前だったんだね。
というか、アルキメデスくんイケメンすぎない!?
なんか骨格すら変わってる気がするんだけど!?
「そんなことはないっすよぉ。ただメイクとっただけっすぅ。姐さんがたに言われましたからねぇ」
「ナチュラルに心読まないでくれないかな!?」
「で、何かお困りですかい? 俺らであれば協力しますぜ。姐さん」
「認めたくないけど俺親分だよね? 俺をまたいで話を進めないでくれ!」
俺の叫びが虚しく響く。ふと横を見ると遠巻きにカインとアルトが俺を見ていた。
そんな可哀想な奴を見る目で俺を見ないでくれ。虚しくなるだろ!
いいから、早く戻ってこい! 離れていくんじゃない!
「なるほど、お連れさんがアイツらに攫われたと」
「ああ、それで俺ら探してたんだけど、手がかりが無くて⋯⋯」
俺たちは一応、この二人にも事を話すことにした。ゴロツキだからこそ、この街の裏にも詳しいはず。
シルヴィが二人に事情を話しているとカインがヒソヒソと話しかけてきた。
「なぁ、昼時に言ってたゴロツキってこいつらなの?」
「ああ。俺を追い払ってシルヴィたちをナンパしようとした奴らだ」
「お前の話じゃ見るからにヤンキーって言ってなかったか? てか、ゴブリンはどいつだ」
「あの目が隠れている方」
「ドン引きするほどイケメンじゃねぇか。お前の目はどうなってんだ」
知るか。顔を洗ったら顔変わるとか、誰が想像できるんだ。
カインと話しているうちに、どうやら事情を聴き終えたようだ。
ふむふむとアルキメデスが頷いている。
「つまり、アイツらの居どころを知りたいってことすよねぇ。それならあっしたちに任してくだせぇ」
「思い当たるところがあるの?」
「ええ。この商業区の端沿いにまっすぐ進むと奴らのアジトがあるんですよぉ。おそらくお連れさんはそこにいるはずですぅ」
「⋯⋯奴らのアジトを知ってるのに、ここの自警団たちは何してるのかしら?」
シルヴィが厳しい表情でアルキメデスを見る。アルキメデスは降参といった様子で両手を挙げた。
「それが奴ら、アジトを複数持っているようでしてねぇ。一個潰してもすぐ復活するんですよぉ」
「そうなんです。まったく、アイツらしぶとくてかなわねぇ」
ガシガシと頭をかくアニキさん。
「一応オレらも積極的に潰して回ってんです。そしてまた最近出来たアジトを潰そうとして……」
「返り討ちにあって、その八つ当たりに私たちをナンパと」
「姐さん、その話は忘れてくだせぇ」
リリーナに痛いところをつかれたアニキさんはばつが悪そうな顔をした。
そして、一度咳払いをすると俺たちを真剣な顔で見つめた。
「親分がつえぇのは知ってますが、アジトを潰すのと、お連れさんを助けるのはわけがちげぇ。誰も怪我させずにってぇのは難しい。正直やめたほうがいいですぜ?」
「素直に自警団か騎士団に任せるってのも、いい手だとあっしは思いますがねぇ。ミイラ取りがミイラになるかもしれませんしぃ。わざわざ姐さん方が出向く必要もないんじゃないかとぉ。」
アニキさんの言葉をアルキメデスが引き取った。簡単に言えば、危険だから手を引けということだろう。
二人のただならぬ雰囲気に、カインとアルトはたじろぐ。
しかし、シルヴィたちは怯まなかった。
「愚問ね。そんな見ず知らずの人たちにフィリアを任せられないわ」
「そうよ! あのじゃじゃ馬娘、私たちじゃないとダメなんだから!」
「くすっ。じゃじゃ馬ってリリーナが言うの?」
「な、何よ! 文句あるの!?」
元気を取り戻したリリーナが、アニキさんたちに啖呵を切る。
二人の返事を聞いたアニキさんは清々しいほど快活に笑い出した。
「はっはっは! さっすが姐さんたち。肝が座ってやがるぜ!」
「それは褒めてるのかしら?」
「当然! 最大級の賛辞でさぁ! これは負けちゃいらんねぇや。なぁ、アルキメデス!」
「そうですねぇ。まぁ、さっきはああ言いましたが安心してくだせぇ。荒事はあっしたちが全部引き受けますぅ。姐さんたちはお連れさんをぉ。護衛は親分がいるんで平気でしょぉ。ではこちらへぇ」
そう言ってアジトのある方へ歩き出すアルキメデスくん。それについていくシルヴィたち。その勇ましい姿に思わず俺は笑いそうになった。
まったく、女の子ってのはたくましいな。
「⋯⋯だってよ、カイン」
「うるせぇな。委員長たちがここまで啖呵切ったんだ。これで俺らが行かなかったらそれこそ男が廃るだろ」
「まったくです。はぁ、喧嘩なんて嫌いなんですけど。こんなことになるなら付き合わなければよかった」
「うるせぇな。それこそ今更だろ。ほらいくぞ」
「わかってます。さて、この鬱憤はそいつらで晴らしましょうか」
どうやら、カインたちも覚悟が決まったらしい。
ああ、やっぱりいいな。彼らも、彼女らも、俺の好きな『学ファン』のキャラクターたちなんだと実感する。
たとえ、イレギュラーが起きようと、彼らの行動はまさしく画面越しで見ていた彼らと同じだった。
真っ直ぐで、たくましく、気高い。
そんな彼らが好きだから、裏設定まで全て読みこんだのだ。
そんな彼らがいるから、このゲームを愛し続けていたのだ。
俺は今、そんな彼らと現実で向き合い、肩を並べている。
不謹慎だが、今はそれがとても嬉しかった。
「⋯⋯俺も、この世界の一員になれてるのかな」
俺の呟きは誰にも聞かれることなく空に溶けて言った。
大丈夫。彼らの尊厳も、笑顔も、人生も、必ず守る。
そのために主人公がいるんだから——。
アルキメデスくんに連れられるまま、商業区の果ての倉庫街に着く。なるほど、たしかに悪の組織っぽいアジトだ。
「で、その『漆黒の千刃』のアジトってのはどれだ?」
「すぐ目の前にある赤いレンガの建物ですぅ。書類上は食料品の倉庫ってことらしいですが、フェイクでしょうねぇ」
「盗品の類はどうなってるのかしら?」
「盗品は速攻で売りに出して、金に換えてるみたいですぅ。中にあるのは、その金で買った備品や食料でしょぉ」
「そう、よかったわ」
シルヴィは倉庫に近寄った。そして倉庫の屋根だったものを見下ろして言った。
「弁償しなくて済むもの」
「そこなの!?」
珍しくシルヴィにリリーナが突っ込んでいた。どうやらシルヴィも混乱しているらしい。
俺たちの目の前には、もはや残骸と言えるほど倒壊している倉庫あった。
あちこちから煙がたちのぼり、中にあった備品やら何やらはあたりに四散している。
そして、倉庫の残骸からは何故か巨大なニンジンやカボチャやとうもろこしがいたるところに生えていてた。
周辺には組員らしき黒い衣装の人間があちこちで呻いて、そのうち何人かは倉庫の従業員らしき人たちに介抱されていた。そして、今もまた一人、カボチャに押しつぶされた黒ずくめが救助されている。
ふと、少し離れたところから爆発音のようなものが聞こえてきた。
そちらを見ると、灯台みたいなサイズのアスパラガスが数本突き出ていた。
黒ずくめの集団が宙を舞っている。その中にはやたらとんがったフードの奴もいた。みんな真っ黒だから、まるでハエみたいだ。
「⋯⋯これは草生えるな」
「あれは野菜では?」
アルト、そういう意味じゃないんだ。
なんていうか、やっぱり女の子ってのはたくましいな。
俺たちは、縮尺が完全に狂っているメルヘンな光景をしばらく呆然と眺めていた。
次回も未定です。来週のうちどっかで投稿したいとは思っています。