『ジークの長い一日:逃走』
「……で、奴らをギッタンギッタンにして追い払ったんだ」
「まて、話をはしょりすぎだろ」
カインがどこか自慢げに言った。
話を終わらせそうなカインに俺はツッコむ。
カインは待ってましたと言わんばかりの表情を浮かべて、やれやれと首をゆっくり振った。
「フィリアちゃんが、俺らに荷物を預けて、徒手空拳でボコボコにした」
「そっちじゃなくてだな。俺が言いたいのは目的とか聞いてないのかって意味だ」
「え、フィリアちゃんがやったことには驚かないの?」
渾身のオチのつもりだったのだろうけど、残念だったな。
フィリアの強さは今朝の経験から予想ついていた。追い払ってもおかしくない。
「あれは、びっくりしたよねー。急に襲ってくるんだもん」
「びっくり? 僕には、フィリアが先に襲いかかったように見えたんですが……」
しかも先に手が出たのはフィリアのようだ。
だがそれも知ってるぞ。見かけによらず手が早いもんな!
しかし、相手の情報は衣装のみか。どこで何をしていて、何が目的かはわからずじまいだ。
こうなっては仕方がない。諦めるしかない。ああ、残念だ。解決したかったのになぁ……。
「じー……」
「じー……」
だから二人とも、そんな目で俺を見ないで。俺、本当に無関係だから。
今日はちょっと疲れてるんだ。今度じゃダメ?
『ジークの長い一日:逃走』
食堂街はちょうど昼時。しかも休日なのでどこの店も列ができるほど賑わっていた。
さあ、どうしようかと困っていたら、意外なことになんとアルトがオススメの店に案内してくれた。
そして俺たちはアルトに連れられるまま、食堂街の片隅にある寂れた喫茶店で昼食を食べていた。
「店構えは寂れてたけど、中は結構おしゃれだな。それにサンドイッチがうまい」
「ここは穴場なんですよ。外観のせいか人が少ない。時々、買ったばかりの新刊をここで読むんです」
そう言ってアルトは買ったばかりの本を取り出した。
なるほど、確かに悪くない場所だ。内装は綺麗だし、中は静か。
俺たちは優雅なひと時を楽しんでいた。
少し温くなった紅茶を飲み干して、新しいものを注文する。
「ジーク、私たちの注文はどうするの?」
「困った時に取り繕うのはあんたの悪い癖よ!」
ちぃ、ダメだったか。
どうやら『漆黒の千刃』のことを誤魔化すことはできなかったようだ。
「どうした? ジークが何かしたのか?」
「過去の清算をする時が来たのよ」
「だめだ、全然意味がわかんない」
「意味がわかんないようにいったの。察するなってことよ」
いや、過去の清算って。正直全く身に覚えがないんですが。
闇を飛び、悪をくじく、孤高のダークヒーロー。誰が呼んだか『漆黒の刃』。
ただ顔を隠しながらいろいろ動き回っただけだけれど、いつの間にかそんな仰々しい名前が付いていた。
当然、フットワークを重視しているため、組織を組んだ覚えも、相棒を作った覚えもない。
そもそも『漆黒の千刃』なんて見た目カルトな犯罪組織なんて作るはずないだろう!
ちなみに、『漆黒の刃』の正体を知ってるのはシルヴィとリリーナだけだ。
色々やってるうちにバレた。というかバラすことになった。
「……過去の清算、漆黒の千刃、委員長たちの反応……」
「どうしたのアルト? シルヴィたちがどうかしたの?」
「いいえ別に。ジークも大変だと思いましてね」
「……?」
どうやらアルトにもバレたらしい。こっちを見て、訳知り顔でニヤついている。
察しがいいのはわかったからその顔はやめてくれ。そこで首を傾げているフィリアにも勘付かれるだろ。
「で、結局あいつらのことは分からずじまいか」
「聞くところによると、窃盗集団らしいわよ」
「ああ、そんな気はした。だって荷物を狙ってたしな」
「……あんた、荷物ないじゃないのよ。もしかして盗られたんじゃないでしょうね」
「ばっか、馬車駅近くの倉庫に預けたに決まってんだろ」
「バカとは何よ! このバカ!」
「二人とも静かに。僕の憩いの場を壊さないでください」
「「ご、ごめん⋯⋯」」
また始まりそうになった喧嘩を、迫力のある声でアルトが止めた。
その様子に、遠巻きに見ていた初老のオーナーもホッと胸をなで下ろしている。すいません、ご迷惑おかけします。
シュンとする二人をよそに、ふと、何かに気づいたアルトがシルヴィに尋ねる。
「そういえば、聞くところにとリリーナが言ってましたが、そちらも何かあったんですか?」
「ええ、ちょっとゴロツキに絡まれてね。そいつらが変な集団がいるって言ってたのよ。それが『漆黒の千刃』って組織だったの」
「なるほど。ここら一帯ではすでに有名のようですね」
「窃盗だけじゃなくて、詐欺も働いているらしいわ」
シルヴィはそう言ってわざとらしく大きなため息を吐いた。そして薄めでちらりとこちらを見る。
「全く困った連中よ。ねぇ、ジーク」
「……そうだね。委員長」
「良心が痛みますね。ジーク」
「アルト! お前はなんも関係ないだろうが!?」
思わず立ち上がってしまった。オーナーが困り顔で着席をうながす。申し訳ありません。
ちくしょう、なんて日だ。俺が何したんだ。
食事を終えて、俺たちは喫茶店を出た。
しかし、美味しいサンドイッチの店だったな。こんな気分じゃなければもっと美味しかっただろうに。
「はぁぁぁー……。なんでこんなことに……」
「そう言ってるけど、黙って見てるつもりもないんでしょ?」
「そりゃそうだけどさ。でも今日じゃなくても……」
「わかってるわ。でもなるべく早くね。種をまいて芽が出たんなら、摘むまでが責任よ。花になってからじゃ困るんだから」
そう言って、シルヴィは紅茶を飲んだ。
いや、そんな詩的に言われても。第一その例のやつらの情報が少なすぎる。
昔の俺の格好をモチーフにした衣装に、五人組だったこと、そして……。
「あ、そういえば……」
「何か気づいたの?」
「うん、ちょっとね」
俺はカインから聞いた話の中で、全く確認していなかったことがあるのに気づいた。
やつらが窃盗集団だということが頭にあったせいで、意識してなかったのもある。
俺の考えを告げると、シルヴィはポンと手を打った。
「おお、確かに盲点ね。手掛かりにはなるかも」
「じゃあお願いしていい? 流石に男の俺だと嫌だろうし」
「それもそうね。じゃあ聞いてくるわ」
そう言ってシルヴィは、リリーナと話をしているフィリアに近づいていった。
「フィリア、ちょっといいかしら?」
「え? うん、どうしたのシルヴィ」
「さっきの奴らはフィリアの荷物を見せろと言ったのよね?」
「……うん」
「だから、フィリアの荷物に手掛かりがあると思うの。見せてくれる?」
「……ああ、買ったのは全部倉庫に預かってもらってるんだ。あとで見せるね」
あれ、なんか反応が妙だな?
いやに作り物っぽい笑顔を浮かべてるし、声のトーンも下がっている。目線もシルヴィと合わせたまま離さない。
そして、頻りに肩にかけたカバンを触っている。
もしかして、あの中に何かある?
「……フィリア、どうしてそんなにカバンを気にしているの?」
「…………」
シルヴィも妙な様子に気づいたらしい。教師も黙る鬼教官モードに変わる。
まるで自警団のような尋問。フィリアはダンマリだ。
「もしかして、カバンに何かあるの?」
「……」
「何、フィリア。何もしないから見せてみなさい?」
「………………」
笑っているけど、笑っていなかった。有無を言わせぬシルヴィの雰囲気にフィリアは脂汗をかいている。
ふと、周りを見るとリリーナたちも何故か固まっていた。大丈夫、君たちは怒られていないよ。
しばらく黙っていたフィリアだが、何か諦めたように息を吐いた。そして、シルヴィを見つめるとにこりと笑う。
いつもの殺人スマイルだ。やっぱりというか、シルヴィの頬が朱に染まる。
「……シルヴィ」
「そ、そんな顔したってごまかされないわよ」
「……ううん、違うの。そうじゃなくって」
フィリアは両手を合わせ、かわいらしく首を傾けた。
なんだろう、すごく嫌な予感がする。
「ごめんね?」
フィリアがトン地面を鳴らす。あの動作は知っている。今朝見たばかりだ。
足による無詠唱の魔法行使。フィリアが何かを発動させていた。
「シルヴィッ! リリーナッ!」
とっさにシルヴィに走り出すが、もう遅い。すでに魔法は発動していた。
フィリアの足元が光り出す。その光は近くにいたシルヴィとリリーナを照らして——。
バヒュンという音ともに突風となって、フィリアを遥か彼方に吹っ飛ばした。
「……え」
「……は」
「……なに?」
俺はシルヴィたちに手を伸ばしたままの体制で固まった。全員があっけにとられていた。
「ごめんねーっ! この中はまた今度ねーっ! 私、先に行くからーっ!」
遠くからフィリアの叫び声が聞こえる。
いや、先に行くってどこへ。
呆然とする一同。辺りにはフィリアが起こした風だけが残っていた。
めくれ上がったスカートにリリーナが声を上げるまで、俺たちは固まり続けていた。
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