『ジークの長い一日:カインの甘い時間』
時間は少し遡る。ジークらと別れたフィリアたちは、カインに先導されある観光地に向かっていた。
「何はともあれ初代ソールダム王、ジョゼフの神殿にお参り、かな」
「ほう……。てっきりカインなら流行の店に直行だと思ったのですが、意外ですね」
「まぁな。この街に来たら、遊ぶ前に参拝するのは恒例だしな」
カインの言葉にフィリアは首を傾げた。
「なんで初代国王の像に参拝するの?」
「そりゃあ、これから遊びまわるからさ」
「……?」
フィリアはアルトを見た。しかし、アルトも首をかしげている。こちらも理由は知らないらしい。
「あっはっは。これは学校でも本でも習わないからな。優等生にはわからないか」
「カイン、話が見えません。端的に説明しなさい」
アルトはムッとした表情で先を促した。どうやら、自分の知らないことがあるのが我慢ならないようだ。
「初代国王、ジョゼフ・ソールダムは生粋の遊び人だったんだよ。だから遊び人の王を参拝するんだ」
カインは振り返り二人にウィンクした。その仕草は腹がたつほどにキマっていた。
『ジークの長い一日:カインの甘い時間』
神殿の印象といえば、厳かで清閑。初代ソールダム王の祀られるこの神殿もその例にもれない静かな佇まいをしていた。
しかし、出入り口付近に来るとその印象はひっくり返った。
「し、神殿内にダーツ……? それにビリヤードまでありますよ!?」
「いろんなものも転がってるよ! 酒に、タバコに、剣に、チェスに……下着?」
フィリアが転がってる下着を拾い上げる。それは最低限度の面積しかない真っ赤なレースの下着だった。
その過激な下着にアルトは目を覆う。
「ふ、フィリア。そんなものを掲げないでください。はしたないですよ」
「ふっ、アルトお前ウブだな。俺はもう見飽きたぜ?」
「そういうセリフは血走った目を止めてからいいなさい」
ドヤ顔でセリフをかますカインだが、その目線はフィリアと掲げた下着に釘付けだ。
目線をずらさないまま、カインは言った。
「このジョゼリアは生粋の遊び人だったジョゼフが作った都市。都市全体がなんでもありの歓楽街だったんだ」
「それは昔の話。最近は再開発でいわゆる怪しい店は場所を移したと聞きます」
「ああ、でも移しただけだ。彼らは普通にこの都市のどこかで営業してる」
嗜好品などが雑多に置かれた神殿内には、多くないが参拝客がいた。不思議なことに、そのほとんどが派手な装いをしている。
「彼らにとって、ここは聖地だ。なんせ初代国王の条例で業務が許可されてる」
「……そして、彼らの店に遊びに行く客たちにとってもこの神殿は聖地になったと」
「そのとおり。今じゃあ単にいい遊びができるようにって客も参拝するようになった。ここに転がってるのも一応はお供えだ」
「つまり、験担ぎですか」
アルトは深く深くため息をついた。そして道端に落ちたゴミを見るような目でカインを見た。
「カイン、まさかここまで見下げたやつだとは思いませんでしたよ」
「は!?」
「いかがわしい店に行くつもりなら、僕は彼女を連れて帰ります」
「ば、ちげぇよ!? 本当にただお参りに来ただけだっつの!」
アルトは不意に入口をの方を指差す。そこには立て看板が立っていた。
「あれにはなんて書かれているのですか?」
「18歳未満入場注意」
「有罪」
「注意だろうが! 禁止じゃねぇ!」
ギャーギャーと騒いでいるカインたちに、フィリアは近づき声をかけた。
「ほら、喧嘩しないで! 早くお参りしよう?」
「フィリア、このバカを怒っていいんですよ。むしろ殴り飛ばしてもいい」
アルトは先ほどの遠回しなセクハラに対してのことを言っていた。そんなものがある場所に女性を連れてくるのは如何なものか。この件に関しては自分が悪いと、カインは閉口する。
フィリアは少し赤くなった顔を、パタパタと手で扇いだ。
「いやぁ、最初はびっくりしたけど、カインにそんな意図はなかったんだよね?」
「あ、ああ。そういった過激な参拝品は、神官が定期的に見回って回収してるんだ。さっきのは偶々だ」
「なら、別にカインは悪くないよ」
フィリアは優しく微笑んだ。その笑顔に、横からみていたアルトすらもドキリとした。直接向けられたカインの心臓はもはや飛び出そうなほどに高鳴る。
「ありがとう。今日一日私が楽しく入れるようにって祈ってくれて」
「べ、べべ、別にぃいってことよぉおお!」
カインはなんとか言葉を出すが、その全てが上ずっていた。
悲しいことに、カインと交流を持った女子は例外なく彼をぞんざいに扱った。
だからこそ、フィリアの反応は彼にとっては未体験だった。
そして、フィリアの向けた笑顔。それは先日、シルヴィとリリーナを撃墜した天使の微笑み。
女ですら墜ちるその笑顔に、女日照りの男が耐えられるわけもなく。
簡単にいうと、カインは、フィリアに吐血しそうなほどグッと来ていた。
早鐘のような心臓を抑えるように、カインは自身の胸元を握りしめる。
(なんだこの生き物。これが本当の女子? こんなの敵うわけがねぇ……)
「カイン? どうしたの?」
「ふおおおあああ!?」
フィリアがカインの顔を覗く。カインの身長が高いためどうしても上目遣いになる。
彼のハートにクリティカルが入った。不意に来た攻撃に彼は絶叫した。
「わっ!? びっくりした! 何!?」
「なんでもござらぬよ!? さぁさぁ参拝に参るでそうろう!」
「あ、え? なんて?」
もはや、言語中枢すら浮き足立っているカインは足早にジョゼフの像に向かう。残されたフィリアは唖然とした。
「か、カインどうしちゃったのかな……?」
「気にしないでください。あれは発作みたいなやつです」
「そ、そっか……。男子って大変だね?」
アルトの言葉に苦笑いをする。ジークといいカインといい、男子はみんな発作が起きものだとフィリアは理解した。
その認識は当たらずとも遠からずである。年頃の若者というのは大抵発作が起きるのだ。
「フィリア、早く行きましょう。このままだとあのバカは像の前で踊りかねません」
「そんなに!? 発作ってすごいね!?」
「発症したばかりなんで、症状がすごいんですよ」
アルトは足早にカインを追いかけた。慌ててフィリアもついて行く。
前を走るアルトは気づかなかった。フィリアの持つカバンが先ほどよりも膨らんでいることに。
その後、フィリアたちはそういった店に行くことなく、普通に服屋などで買い物を楽しんだ。
今はちょうど本屋に入って、アルトが欲しがっていた本を購入したところだ。
「目的の新刊が買えてよかった。今から読むのが楽しみです」
表情の変化に乏しいアルトだが、どこか満足した顔に見えた。
「そんなにそのシリーズ面白いの?」
「ええ、群像劇なのですが、まとめ方が秀逸なんですよ。今度かしてかげましょう」
「ふふ、ありがとう」
アルトの楽しそうな声に、フィリアは妙に嬉しくなった。
それは新しい本に喜んでいる彼を、自分の師匠と重ねたからだった。
あの人は今頃何をしているだろうか。また本を見つけては楽しそうに読んでるのだろうか。
そう思いながら、肩に掛けているカバンをさする。頬が少し熱くなった。
「フィリアちゃん、今度はどこ行きたい?」
「え? ああ、えーっとね……」
「ああ、ごめん疲れたか? 少し休もうか」
「だ、大丈夫! ちょっと考え事していただけ。ほらこんなに元気!」
急に現実に戻されたフィリアは、慌てて手を振った。そして誤魔化すようにグッとガッツポーズをした。
ふいに自分の格好に気がついたのか、フィリアが恥ずかしそうに顔を赤くする。
その姿にカインはガバリと背を向けて、口元を手で隠した。
「あ、カイン笑ったでしょ! 今の忘れて! ちょっと間違えただけだから!」
「ち、ちが、い、いまの……!」
カインは笑ったのではなく、悶えていた。
あまりの可愛さににやけてしまうのを隠そうとした結果が今の動きだ。
それを見ていたアルトは、状況を察してカインの手助けをすることにした。
悶絶している友人が気持ち悪くて見てられなくなったというのもある。
「で、フィリアは行きたいところはあるのですか? 僕は目的を終えたので、もう帰ってもいいのですが」
「ま、まてよ! お前が帰るのはちょっと困る!」
「ヘタレが。そんなんだからモテないんだよ」
「なんで罵倒!? てか急に口調変わった!?」
アルトの急変にカインが震慄する。アルトとしては友人の行動に目論見が外れてイラついただけのことである。
カインと違い、意図せず先の件をごまかせたフィリアは行きたいところを言った。
「あー……行きたいところなんだけどさ、ちょっとあるんだ」
「え? ああ、どこ行きたいんだ?」
フィリアの返事にこれ幸いとカインが反応する。隣で睨みつけてくるチビ助はとりあえず放置したようだ。
「鍛冶屋なんだけど、場所わかる?」
「「鍛冶屋?」」
予想外な答えに、カインとアルトの声が重なった。
「えへへ、よかった。ちょうどいいのがあった」
フィリアが満足そうな顔で鍛冶屋から出てくる。
「結局、何を買ったんですか?」
「あ、俺もそれ気になった」
カインたちはフィリアの手元をちらりと見た。そんなに大きくはないが、持ち運ぶにはややかさばる大きめの箱。
「まあまあ。あまり詮索しないでよ?」
「わ、わるい……」
「うそうそ、別に大したことはないよ。これは……」
「もし、そこのお嬢さんよろしいかな?」
説明しようとしたその時だった。フィリアに声がかかる。
三人が振り返ると、そこには不気味な五人組がいた。
口だけが描かれた黒い仮面をかぶり、裏地に何か文様のある黒いマントを羽織っている。
五人組の真ん中だけが、妙にとんがったフードをかぶっていた。
そのとんがりフードは右手を顔の高さに掲げて言った。
「我々は『漆黒の千刃』。ちょっと荷物を確認させてもらってもいいかな?」
フィリアは顔をしかめた。感触を確かめるようにカバンに触れた。