『ジークの長い一日:漆黒の刃』
「オウオウオウ、ハクいスケ連れてんじゃねーかよ」
「いーひっひひ、よかったなかわい子ちゃんたちぃ。アニキのお眼鏡にかかったみたいだぜぇ」
「そこの女どもを置いていきな! オレはやさしいからヨォ、置いてきゃ助けてやんぜ?」
「ぎゃはははは! あっしたちの気がかわる前に従ったほうがいいぜぇ!」
あなたたち、いつの時代の方々ですか。
小道具屋に向かうべく商店街に入ったところ、地元の不良と遭遇した。
俺よりも頭一つ大きい長身と、頭一つ分前に突き出たリーゼントの男。そしてゴブリンかなと思うほどえげつないメイクとをしたパンクな髪型のピアスまみれ男。
おそらくそういった意図はないのだろうが、キャラのせいでやたら丈の長い黒のバンドカラーシャツが前時代的な長ランに見えてしまう。
どうやら、いわゆる三下に絡まれるイベントに巻き込まれたらしい。
いいよ! こういう転生者っぽいイベントすごくいいよ! これで二人が黄色い声をあげる流れだろ!
ちょっと相手の見た目が気になるけれども、俺のテンションは上がりまくっていた。
「……ねぇ、ジーク。大丈夫?」
「大丈夫サ。俺を誰だと思ってやがる?」
心配そうなリリーナに、俺は不敵に笑いかけた。あのセリフ大好きなんだよ。一回言ってみたかった。
「べつにジークの心配なんてしてないわよ」
「あれ、そうなの? じゃあ何の心配?」
ツンデレ的な反応ではなく、普通のトーン。本気で俺を心配していないようだ。俺が負けないのをわかってるってことだろうか。
何だろう、信頼されてるのはいいけど、ちょっとショックだ。黄色い声援は上がらないの?
「もしかして、フィリアたちのことを言ってるの?」
「流石シルヴィ、その通り! カインたち、ちゃんと案内できてるかしら」
「それは平気じゃないかしら? 彼、事あるごとにここにきてるから」
こちらの状況そっちのけで会話をしだす二人。完全にリラックスモードだ。
こっちは完全に蚊帳の外。なんだろう、想像と違う展開にだんだんとテンションが下がって来た。
「こ、の、むししてんじゃネェェェ!」
兄貴と言われたリーゼントが俺らの態度にブチ切れた。そのままこちらに駆け出してくる。
まあまあ、のけ者同士仲良くしようよ。
不良A、Bが襲いかかってきた! ▽
『ジークの長い一日:漆黒の刃』
不良Aはうずくまっている! ▽
「ぐ、くそっ……コイツめちゃくちゃつええじゃねぇか……!」
「あ、アニキぃ! よくもアニキをぉ!」
「やめろ、アルキメデス! テメェがかてるけんかじゃねえ……」
「アニキぃ……」
ちょっと八つ当たり気味にボコボコにしてしまった。顔が倍に膨れ上がっている兄貴さんに、流石に申し訳なくなる。
というか子分の君、見た目と違ってすごい頭のよさそうな名前だね。びっくりだよ。
喧嘩は一方的なものになった。相手が殴ってくるのをひたすらカウンターで押さえつけ続ける。あとはそれをあちらの体力がなくなるまで繰り返すだけ。剣も魔法も使っていない。そもそも今日は剣持ってきてないし。
鞘が折られたからね! 今朝フィリアに!
「ジークなんか強くなってない? いつもよりキレがいい気がするわ」
「今朝、スパーリングしてきたばっかりだから、そのせいかな」
フィリアと比べると、兄貴の攻撃は遅いし、まっすぐだし、やりやすかった。うん、ありがとう兄貴さん。自分の強さを再確認できたよ。
今朝はなかなか苦戦してたけど、本当は俺は強いのだ。剣術はこの国一番の剣士に習ってたし、幼少から覆面であちこち暗躍して犯罪組織を壊滅させてきたし、絶望的な状況を何度も打破してきた。
この街だと『漆黒の刃』とかなんとか言われちゃって義賊的扱いとか受けちゃったり、逆に聖騎士に追われちゃったりと、チート転生者ライフを十二分に満喫してきたのだ。
何度もいうが、俺は本当は強いのだ。フィリアが異常なだけである。
『漆黒の刃』は伊達じゃない。かっこいいだろ。中二病とかいうな。
「さ、遊んでないでいきましょ? このままだとプレゼントを買えないわ」
クラスの絶対零度の名にふさわしいドライな反応で、シルヴィは倒れ伏してる不良を無視して先を急ぐ。
いや、確かに顔がめっちゃ腫れてるだけでほとんど怪我してないけど、流石にその反応はあちらが惨めというか……。
「ま、まってくれ!」
先導されるがままにシルヴィについて行こうとしたら、後ろから声がかかる。
「オレはあんたのつよさに惚れた。ここいらではオレよりつよい奴なんてあのへんな集団以外いなかった……」
振り返るとさっきの兄貴とアルキメデスくんが土下座をしている。突き出たリーゼントが地面に押し付けられてムニッと曲がっている。なんか面白い。
「たのむ! オレたちを舎弟にしてくれ! 親分!」
え、どういうこと? こんなイベント知らない。
「それはいいけど、そこのアルキメデスくんは納得しているの?」
「あっしは兄貴が決めたことに従うだけだぁ。兄貴が認めてんのに、あっしが認めねえなんて筋違いだぜぇ」
「あ、アルキメデス……」
「いい心がけね」
男らしいね、アルキメデスくん! というかちょっとまって、何このノリ!?
何故かシルヴィがノリノリで答えている。俺に舎弟ができることは確定なの?
突然すぎる流れに、頭が追いつかず言葉が出ない。
「いいんですかい、姐さん……」
「こんな、ゴロツキのあっしたちをぉ……」
「あなたたちの出身も育ちも関係ないわ。礼節が人を作るの。まずは身だしなみを改めなさい。話はそれからよ」
「シルヴィさん、勝手に話進めないでくれませんか!?」
俺のツッコミも虚しく響く。だめだ、誰も話を聞いていない。
いつの間にか姐さんになってるし、知らないはずの映画のセリフをいうし、シルヴィは一体どうなっているのか。
これは俺だけじゃ無理だ。助けを求めるようにリリーナを見た。頼むリリーナ。君だけが頼りだ!
「よかったじゃないジーク。若いうちに人の使い方を覚えられるのはいいことよ!」
「全然頼りにならなかった!? 俺の求めてる答えと違う!」
「そ、それに、いずれは経営者の立場になるかも、だし……?」
「急にデレた!? どこにデレる要素あったんですか!?」
ポッと頬を赤く染めてもじもじするリリーナ。
思い出したかのようにラブコメ感を出さないでくれませんか。確かにこの世界は学園ラブコメなゲーム世界だけども!
この時代錯誤なチンピラといい、シルヴィとリリーナの暴走といい、何かがおかしい。
どれもゲーム的には無かったのに。これも全部フィリアが来てからだ。くそう、魔王の侵略が止まらない。
「ちなみに、さっき言ってた変な集団て何? そんなの聞いたことがないのだけれど」
「はい。さいきんオレらのテリトリーにあらわれた集団でして」
「どうやら、今まで表に出なかっただけで数年前からいたらしいんですよぉ。窃盗に詐欺にと手に負えない奴らでして……」
いつの間にかシルヴィが話を進めている。やめて、当人がいないところで主従関係を深めないで。
「なるほど……。犯罪集団ってことね!」
「今日も、あいつらに一杯食わされてむしゃくしゃしてたんスよ」
「そこに別嬪の姐さん方が通りかかったんでぇ、声をかけたって次第っすぅ」
「姐さんがたとメシでも食えばオレたちも気が晴れるかな、と。それで改めてアイツらを締め上げようかと」
「ふーん……。あんたら見た目ほど悪い奴らじゃなさそうね。ジークの子分としてせいぜい励みなさい!」
「ありがとうございますっ!」
この流れにリリーナも乗ってしまった。頼む、誰でもいい、このカオスな状況を誰か止めてくれ。
「……その集団ってなんていう奴らなの?」
「『漆黒の千刃』っていう奴らです。どうやらリーダーはあの漆黒の刃みたいでして」
シルヴィとリリーナが一斉に振り返り、俺の顔を見た。
え、待って、それ知らない。
この異常事態、元は俺のせいなの?




