『ジークの長い1日:都市ジョゼリア』
学生寮から街までは、定期的に大型の馬車が行き来している。これは寮や学園への資材運搬が主な用途だが、同時に人を運ぶためのシャトルバスの役割も担っている。
週末になると馬車の蔵は撤去され、代わりに乗り心地を良くするための席が備え付けられる。これは休みになると街へ出かける学生が増えるためである。
そして俺らはその例に漏れず、街へ向かう定期便に乗るのだった。
そう、このソールダム王国最大の街、ジョゼリアへ。
『ジークの長い1日:都市ジョゼリア』
「なるほど、それで外行きの服を」
「そう。私たち買いたいものがあったの。それでジークがついでに遊ばないかって」
「なのにジークったらあの格好で来たのよ? もう、置いていこうかって思ったわよ」
え、ダメなのあの格好? スゴく歩きやすくて良いんだけど。
どういうわけか、朝食後にシルヴィたちが着替えて来いと俺を追い払った。
仕方なく無難な格好に着替えたらそれで満足したらしい。ウンウンと頷いていた。納得がいかん。
今日はシルヴィとリリーナとの三人でジョゼリアに買い物デートの予定だった。
二人が何か悩んでいたようだから、相談に乗ったのだ。そうしたら一緒にと、ジョゼリアへ行くことになったのだが……。
「なんで、カインたちもくるかなぁ……」
「まぁまぁ、つれないこと言うなよ! 俺たち親友だろ!」
カインは実に爽やかな笑顔を俺に向ける。
「……で、本音は?」
「お前だけ女の子とデートとかズルすぎ」
「お前なあ……」
「諦めたほうがいいですよ。彼はこう言う人間ですから」
視線を本に向けたまま、アルトが言う。
「何でアルトもついて来たんだよ。一番興味なさそうなのに」
「僕は新刊が出たのでそれを買いに。君たちの買い物の邪魔はしませんのでご安心を」
手に持った本を指でトントンと叩きながらアルトは言った。
「ただ、食事には参加しますよ。こう見えて賑やかなのは嫌いじゃないので」
一瞬だけ微笑をこちらに向けるが、すぐ日本に向き直る。意外だ。アルトにそんな面があるとは。確かにゲーム内の大きなイベントには必ずいたな。
ふと妙な視線を感じた。振り返るとフィリアがジト目で俺を見つめていた。
「……さっきぶりだねジーク」
「おはようございます。さっきぶりですね。フィリアさん」
「挨拶は目を見て言おうね」
思わず敬語になる。今朝の片付けを全て任せてしまった気まずさがあったからだ。
「あとはやっておくってシルヴィは言ってたけど、殆ど私が片付けたんだ」
「……」
「生えてた竹は簡単だった。私の魔力が残ってるからね」
「…………」
「問題は切り刻まれた竹。ジークのアレで魔力も全部切れてたみたい」
「………………」
「結局、刻んで燃やすしかなかった」
「ああ! それで何となく焚き火の匂いが」
「黙って」
「はい」
ちょっと戯けただけなのに。完全にご機嫌斜めだ。フィリアの好感度を確認してみる。
黄色のハートが60。
あれ、上がってる(喜)
心の中で声が上ずる。良かった好感度下がったわけじゃない。むしろ上がってる。ああ、でも現在進行形でフィリアはむくれてる。どうしよう、心が落ち着かない。
この外出にはフィリアも参加することになった。今までフィリアは週末には必ずどこかにいっていた。そのせいで、俺どころかシルヴィたちでさえ遊びに行ったことがなかったそうだ。
本人曰く、今日はいっても仕方がないから寮にずっといる予定だったらしい。せっかくならとシルヴィたちはフィリアを誘ったようだ。最初は何故か渋っていたようだが、最後はうなづいてくれたようだ。
「フィリア何ふてくされてんのよ! ほら、前を見なさい! ついたわよ!」
「べつに不貞腐れてなんかー……」
俺が一人アワアワしているうちに、場所は街についたようだ。リリーナに促されるままに顔を向けると彼女は言葉を失った。
街全体を囲う高い外壁、それよりもはるかに高いそびえ立つ二本の白亜の塔。その間を虹色に輝く半透明のアーチがかかっている。
ジョゼリア名物、虹の門だ。
「すごい……」
「ジョゼリアに来たのは初めて? ここはその名の通り、初代国王ジョゼフが作った町で、この国最大の歓楽街なんだ」
「王都には入ったことあったけどこっちは初めて……」
「そっか。まあ遊びにでも来ない限りこっちには来ないからね。せっかくだからあちこち見るといいよ」
「うん!」
フィリアが楽しそうな顔で頷く。機嫌はどうやら治ったようだ。いいぞ、かわいいぞ。
扉の全てが魔法でできた最先端技術の門。ただの門と侮るなかれ、この扉が閉まると外も連動して結界を作り出す仕組みだ。たとえ魔物が数万と襲ってこようが防ぎきることができる計算になっているらしい。
まあ、そんなこと起きたことないからただのオブジェだけどね。今じゃ立派な観光名所。これを見に各地からお客さんが来るくらいだ。
「やっとついたわね! ほら、みんな行くわよ!」
定期便の駅に着いた。リリーナが我先にと、馬車から降りる。
「おい待てプチトマト。これ忘れてんぞ」
「あ、ありがとう……って誰がプチトマトよ!」
「はいはい、突っかかるのは降りてからな。他の人の邪魔だから……。アルトついたぞ。いつまで本読んでんだ」
「ああ、すみませんねカイン……ってなにするんですか!? 返してください!」
「本を読みながら動くな。あぶねえだろうが」
カインが二人をたしなめながら馬車から降りる。
突然だが、カインはすごく面倒見がいい。五人兄弟の次男に生まれ、弟と妹が三人もいる。勉強や仕事に忙しい兄に変わり、弟たちの面倒を見ていたカインは、子供の扱いが得意だ。そのせいか子供にすごく人気があるのだ。小生意気な子供には特に。
「……ねぇ、なんかジークがすごい失礼なことを考えている気がするんだけど」
「奇遇ですね。僕もです」
他意はないです。気にしないでください。あと、心を読むな。
全員が降りたのを確認して、俺たちは今後の予定を確認することにした。
仕切っているのは、当然委員長。彼女は腕時計を見た。
今更だが、暦や時間は現代と変わらない。何故ならここで差異があるとゲーム的にスケジュール管理が面倒だからだ。
「今の時間は十時ね……。とりあえず、みんな一度別れましょう。私とリリーナとジークは容姿を済ませに行くわ」
「えー……私もそっちいっちゃダメ?」
「ごめんなさいね。ちょっとプライベートなことだから、ね?」
シルヴィが苦笑して、フィリアをなだめる。フィリアは少しつまらなそうだ。
頼むシルヴィ、頑張ってくれ! 今回はフィリアに居られるとよろしくないんだ。
「それに退屈だと思うからカインたちと一緒にこの街を観光したほうが楽しいわよ?」
「……退屈でもいいよ。シルヴィたちと一緒がいい」
「うっ……。そ、そう言われると弱いわね……」
「まぁまぁ、フィリアちゃん。委員長たちにも事情があるんだしいいじゃねえか」
今にも俺かねないシルヴィを見かねたカインがフォローに回る。
「それに、俺たちと遊ぶのも楽しいと思うぜ? 退屈させないように俺ら頑張っちゃう!」
「そうですよ、ランドさん。僕らはこの街に詳しいですし、あなたの行きたいところに行きましょう」
元気におどけるカインと、それに乗っかるアルト。二人に事情を伝えてあるとはいえ、こう言う時はほんと頼りになる友達だ。
その二人の様子を見てフィリアはハッとした顔をする。
「あ! その、ごめんなさい……。別に二人といるのがつまらないってことじゃなくて……」
「あっはっは、わかってるっての! ちょっとしたジョークだよ。気にするなって!」
「カインは存在が冗談です。ランドさんが申し訳なく思う必要はありません」
「今さらっと俺をディスらなかったか。チビすけ」
カインがアルトの頭にアイアンクローをかける。大浴場の時と同じようにアルトは声もなくもがいている。
その様子にフィリアは吹きだした。
「ぷっ。あはは! こらこら、ケンカはダメだよ? 仲良くしないと」
「お! フィリアちゃんに言われちゃしかたねえぇなー。許してやるよチビすけ」
「ぐおお……。あ、相変わらずの馬鹿力。ありがとうランドさん。ゴリラから救ってくれて」
「お前まだやられたいの?」
やっと逃れられたのに、この喧嘩腰。さすがはアルトだ。
「あはは、だめだって! アルトくんだよね? 私はフィリアでいいよ」
「そうですか。では僕もアルトで結構ですよ」
「うん、よろしくアルト! ……シルヴィ、困らせてごめんね?」
先ほどのふてくされた様子がないことにシルヴィも安心していた。
「いいのよ。さて、今が十時だから集合は二時間後でいいわね。昼時で混むから集合は食堂街じゃなく噴水前で。はい、解散」
そういってシルヴィはパンパンと手を叩いた。それに合わせて、みんなが返事をする。なんか引率の先生みたいだ。
解散後、俺とシルヴィとリリーナは道具街へと向かった。
「ふぅ、なんとかごまかせてよかったわね!」
「リリーナは何もしていないじゃない」
「し、仕方ないじゃない! ああ言うの得意じゃないのよ!」
「そうだよシルヴィ。リリーナは真っ直ぐで、嘘がつけないのが美点だろ」
「ふ、ふん! ジークはわかってるじゃない……次は私も頑張る」
リリーナがツンと口を尖らせて赤くなる。シルヴィがよしよしと彼女の頭を撫でた。リリーナはされるがままだ。
「あとで、あの二人に感謝しましょう? 私たちに協力してくれたんだから」
「仕方ないわね。たまには役に立つみたいだし、ご褒美も必要かしらね」
「……カインにとってはこれ自体が最高のご褒美だと思うけどな」
俺はボソリと呟いた。二人がなんのことかわからずキョトンとする。全く、二人とも自分の容姿については無頓着だな。
俺は誤魔化すように咳払いをする。
「ゴホン……さて、何はともあれまずは雑貨屋に行こう。ついでにあの二人にも何か買えばいいんじゃない?」
「それもそうね! アルトはブックカバーでいいんじゃない? いつも本を読んでるみたいだし」
「カインはどうするの? 彼、何か趣味とかあるのかしら」
「アイツは適当でいいわよ! アメでも買ってあげなさい!」
相変わらず、カインに辛辣なリリーナに苦笑いして俺は言った。
「あの二人のプレゼントは俺が考えておくから。二人は当初の目的に集中してくれていいよ」
「そう? じゃあ、お言葉に甘えましょ! 男子は男子、女子は女子のことを考えたほうがいいわ!」
「それもそうね。じゃあジークよろしくね」
俺は力強く頷いた。
当初の目的、それはフィリアへ歓迎用のプレゼントを買うことだ。