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『ジークの長い一日:朝食』


 フィリアとの、試合という名の決戦を終えて寮に戻った。


 寮内はすでにちらほらと生徒が活動を始め、朝の身支度をしている。時折すれ違う生徒たちがギョッとした顔でこちらを見るのはやはり、鞘のせいだろうか。

 あの闘いで半分に折れた鞘に剣を収めた。残り半分は見つからなかった。当然だが剣の中腹から先までが出てしまうので先にはタオルを巻いた。


 おかしいな。一応刃が表に出ないようにしているのに。


 すれ違う生徒を訝しみながら部屋に戻ろうと進むと、寮母さんに止められてしまった。

この寮のマダムこと、ミセス・マローンだ。ひとの良さそうな顔とふくよかな体型でこの男子寮の慈母と言われている。

 ちなみに女子寮の寮母はミス・パーシモン。いつも柿を食べているからそう言われている。栗に柿とは、なんとも秋の香りただよう名前なのだろうか。というか腹減ったな。


「ちょ、ちょっと待ちなさい! ここは関係者以外立ち入り禁止です!」


 俺の前に立ち、手を広げて止める寮母さん。その体はふるふると震えている。お肉もぶるぶるだ。


「……あの、寮母さん?」

「全く警備の方は何をしてるの!? どこのどなたか知りませんが、ここを通すわけには行きません!」


 いや、その警備員さんたちは俺を見て通してくれましたよ?

何故か肩を震わせたり、口を押さえていたけど、いつも通り元気な挨拶を交わした。

 あ、そうかわかった。今日はフィリアと戦ったからいつもより戻るのが遅かった。

いつも挨拶しているが、この服で寮母さんに出会うことはない。もしかして顔を覚えられていない?

 ショックだ。まさか寮母さんにも覚えられていないなんて。


「……寮母さん、俺だよ。ジーク·フリントウッドだよ」

「ふざけないでください! 学年首席がそんな浮浪者みたいな格好しますか!」


 今の俺は爆発ヘアに竹の葉やら破片をまぶし、乾いた泥で汚れたボロ布のようなシャツを着ていた。


 寮母さん、信じられないでしょうけどこんな姿にしたのは委員長なんですよ?



『ジークの長い一日:朝食』



 顔を洗って見せたことで、やっとわかってくれた寮母さんを後に、俺は自分の部屋に向かった。

ちなみにすごく叱られた。全くもって理不尽だ。


 学生寮は男子寮と女子寮の二棟、それぞれ四階建ての建物だ。この二棟は一階で繋がっており、間に大きな食堂がある。

 二階から四階は全て学生用の寮室。なんと一人に一部屋を割り振るという贅沢さ。さすがはソールダム王国随一の学校。ちなみにトイレは各部屋にあるがシャワーはない。

 部屋に戻ると、ひと心地ついた気がした。朝から大変だったな。

 剣を外して立てかけようとした時、鞘が半分だったことを思い出した。


「……こりゃダメだな。今日時間があったら買おう」


 そのまま剣を床に置き、着替えを出そうとタンスに向かう。ふと、姿見に映る自分の姿に目がいった。


「どこの浮浪者だ?」


 思わず自分に突っ込んでしまうほど、酷い有様であった。

 うん、寮母さんが正しい。俺だったら止めてる。

 寮母さんに心の中で謝りつつ、ふと今日の予定を思い出す。


「そういえば、今日はあの日……ってやば、朝食の時間!」


 俺は急いで大浴場に向かった。何はともあれまずは風呂だ。


 大浴場は男子も女子も地下にあり、常に湯が張っている状態になっている。これは地下熱を効率よく取り入れるためだという話だが、実は覗き対策なんじゃないかと疑われている。

 俺にではない。男子一同の総意だ。


「お、ジークじゃん。遅かったな」

「本当ですね、いつも僕たちが入るころには上がっているのに。寝坊ですか?」


 俺が風呂に入ると数人の先客がいた。

 いつもつるんでいるサポートキャラこと親友のカイン。

 そして、この学校の生き字引こと、アルト・ロッテンマイヤーだ。


 アルトの容姿はくりっとした庇護欲くすぐるショタ。

 しかし、その愛らしい姿からは想像がつかないほど膨大な知識と雑学の持ち主で、学力だけ見れば学年どころか学校で一番だ。

 ただし運動が壊滅的。そのせいで学年主席を俺に取られているちょっと惜しい男の子だ。

 ちなみに彼もゲームではサポートキャラ。いろんな場面で説明書がわりをしてくれるナビゲーションだ。


「ああ、ちょっと日課中に委員長に怒られてた」

「お前朝から何やってんの? どうすりゃ朝から女子と絡めんだよ」

「目の付け所が流石ですねカイン。相変わらずブレない」

「アルト、それは俺を馬鹿にしてんのか?」


 ジト目でアルトにアイアンクローをかけるカイン。お前のそのギリシャ像みたいな体格と筋肉で生き字引き(ひきこもり)の頭をつかむな。卵みたいに割れるぞ。

 案の定、声も出せずにもがくアルトを無視して俺は言った。


「今をときめく転校生と死闘を繰り広げてたら絡めたぞ」

「お前ほんと何やってんの!? なんで二人も美少女と絡んでんだよ!」


 突っ込むところはそこかよ。



 風呂から上がった俺たちは、その足で食堂に向かった。

 大浴場の描写? 男が体を洗うシーンを誰が喜ぶんだ?


「いたたたた……。全く、少しは手加減してください。僕は君と違い繊細なんですから」

「へえへえ。大雑把で悪うござんしたね」


 まだ痛むのか、こめかみを押さえながら歩くアルト。不貞腐れたように歩くカイン。

この二人のやりとりはいつものことだが、長いこと痛そうにしているアルトはちょっと心配になった。


「アルト、まだ痛むなら治療をかけようか?」

「お構いなく。九割は彼の罪悪感に訴えるためのポーズですから」

「ジーク、まだ痛むみたいだからコイツに氷結をたのむ」

「氷嚢だろ。喧嘩はいいけど、俺を巻き込まないでくれるかな」

 

 今日は朝から疲れるな。なんか今日一日こんな調子なんじゃないかって気がしてきた。


「あ、ジーク! こっちよ!」

「リリーナ、はしたないから大声はやめなさい」

「いいじゃない! どうせ学生食堂なんだし、礼儀も作法も関係ないわ!」


 ふと声が上がった方を見ると、リリーナが大きく手を挙げていた。

 あんななりだが職人一家でもある彼女は、朝が非常に強い。食堂で出会うと誰よりも元気だ。相変わらずのツインテールだが、服は上品そうなブラウスとスカートでよそ行きの格好をしている。

 そんなリリーナを止めようとするシルヴィ。言ってもきかなそうな様子のリリーナにため息をついてる。彼女はゆったりとしたハイネックニットにパンツルックの大人な格好をしていた。

 そして、シルヴィの隣にはフィリアがテーブルにくたっと突っ伏していた。着替えたのか服がチュニックからシャツワンピになっている。突っ伏してる理由は考えないようにした。

 クラスでもとびっきりの美少女たちがよそ行きにお洒落をして俺を呼ぶ。

こんな最高にシチュエーションがあるだろうか。周囲の嫉妬の目線がむしろ心地いい。

 服に関して言けば、この世界は現代日本とほぼ変わらないバリエーションをしている。

なぜなら、元はゲームの世界。ヒロインたちがずっとカートルだとつまらないだろう?


 そんな完全にお出かけ前の格好の女子たちに対し男子の格好といえば。 

 右から順に、Tシャツ、Tシャツ、Tシャツ。

 小学生かよ。かろうじてアルトは小ぎれいなスラックスを履いてるが、カインに至っては短パンだ。


「まったく、これだから男子は」

「スウェットの君が言えることなのかい?」

「アルト、これはジョガーパンツと言うんだ。間違わないでほしい」


 これは流行りのボトムスなのだ。そうだよな。……そうだよね?


「げ、カインもいるじゃない! アルトはともかくカインはあっち行きなさい!」


 女子たちの先に近づくと、カインに反応したリリーナが騒ぎ出す。


「なんだ、小粒。生意気なこと言いやがって、こうしてやる」


 ジークはスタスタとリリーナのところに歩いていくと、ひょいっとリリーナの皿から何かをつまみ上げた。


「あー! 私が取っておいたプチトマトが!? 信じらんない!」

「へっへっへ。俺をのけ者にしたのがわる……バカやめろ、フォークで刺そうとするな!」

「この、この、この!」

「わ、やめろ、このプチトマト!」

「誰がプチトマトですってえええええ!」


 相変わらず、顔を合わせたらすぐこれだ。

 ふふふ、だがおれはしってるぞ。嫌そうな顔をして本当は嫌ってないんだろう。黄色いハートに85っていう数字が出てるからな。

 そんな喚いている二人に、我がクラスの委員長がため息をついた。


「……朝だと言うのに、元気ね。羨ましい限りだわ」

「まったくだな。あの元気を分けてほしいくらいだ」

「朝から決闘騒ぎを起こすあなたには、二人とも言われたくないと思うけど?」


 おっしゃる通り。返す言葉もありません。

 何はともあれ、いつものメンバーが揃った。

 朝食を食べながら、打ち合わせるとしよう。なんかもう今からウキウキしてきた。


 今日はシルヴィたちとのデートの日だ。


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