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『後継者の力』


「負けられない……!」


  ゆっくりとフィリアが立ち上がる。俯いているため表情は見えない。だが、だんだんと威圧感が増している。


「……私は……お師様のために……認めてもらうために……!」


 プラチナのような髪がふわふわと浮かびあがった。フィリアの作った竹林がざわつき始める。まるで彼女に呼応するかのように。


「絶対に……!」


 フィリアが目を上げてこちらを睨む。その目はいつもの碧だったが、瞳はまるで()()()()()()()縦に割れていた。


「負けられないんだあああああッ!」


 フィリアを中心に魔力が爆発したように感じた。



『後継者の力』



 フィリアの左手が変形していく。肥大して、爪が鋭利に伸びる。色を失い、半透明になる。何かの文様が浮かび上がり、それが表皮を青く染めていく。

 チュニックに隠れた上腕部分が膨れ上がり、左腕がボコボコと変形していた。何かが食い破ろうとするようにも、無数の蛇が蠢いているようにも見えた。


「フィリア! 落ち着け!」

「ガアアアアアアアア!」


 魔王復活、そんなワードが頭をよぎる。もうすでに器として何かを仕込まれていた? それが暴走状態になったのか? 敗北がトリガーになるとは思わなかった。

 俺はバカだ、まだこの世界をゲームだと思っていた。好感度が上がりきっていないなら、安全であると。決定的なことにはならないと。

 だがこれは現実、システムなんてないのだ。


「アアアアアアアアッ!」


 咆哮。異形の左腕を振りかぶる。俺は慌てて回避した。そのとたん、変貌していた左腕が巨大な鞭のように伸びて俺のいたところを薙ぎ払う。


「……デタラメだな。まるで空間ごとなくなったみたいだ」


 フィリアが左腕を振るったところは、竹も破片も地面さえも一切が削り取られたようになくなっていた。代わりに周囲は濡れていた。何もかも水になってしまったように。


「……世界を滅ぼす力、か。四英雄も魔王と対峙した時こんな気持ちだったのか?」


 俺は顔を引きつらせながら、フィリアに向き直った。そしてギョッとした。

 フィリアが苦悶の表情を浮かべている。よく見れば彼女の首元近くが半透明になっていた。

 直感した。このままじゃフィリアが取り込まれる。


「フィリアッ! それを早く止めろ!」

「う、ぐ、あああああああ!」


 フィリアには俺の声が聞こえていないのか、何かを振り払うように左手を振るっていた。それが彼女の抵抗に見えた。


「まってろフィリア。今助ける」


 最悪、あの左腕を切り落としてでもフィリアを助ける。

 俺は剣を一度鞘に入れ、魔力を込めた。パキンと何かが割れる音が鳴り、魔の奔流が剣を中心に巻き起こる。


「ちっ……鞘が折れちまってるから半分も力が出ない!」


 しかし、つべこべ言ってる暇はない。こんなことをしている間にフィリアが何かに取り込まれたらその時点でゲームオーバーだ。このままやり切るほかはない。

 主人公ジーク・フリントウッドの奥の手。魔王復活流ルート以外で振るわれることのないただのギャグ要素。この『学ファン』世界における()()()

 その魔力の高まりに気がついたのか、フィリアがグリンと俺に首を向ける。その瞳は神々しく碧く輝く。そしてもう一度俺に向けて異形の左腕を振りかぶった。


「フィリアああああああああ!」

「GAAAAAAAAAAAAAA!」


——フィリアすまない!


「くらえ、バ……」


 技を放つその瞬間、莫大な水流が真横から襲いかかってきた。俺とフィリアに。

 俺らはそれをもろに喰らい、竹林の中をぶつかりながら流されていく。


「いたいいたいいたい、ぐえ!?」


 時折、俺がバラバラにした破片が身体中をタコ殴りにしてくる。水にながされて動けないまま俺はそのリンチを受け続けた。

 ふと横を見れば、フィリアの同じような状況になっていた。一体なにがおきた?


 流され終える頃には、俺たちは竹林の外の放り出されていた。大量に水を飲み、竹にぶつかりまくったせいで、平衡感覚が崩れている。胃に水しかないのに吐きそうだ。起き上がれないまま横を見ると、フィリアも同じように横たわり、目を回していた。

 左手は、いつの間にか元の腕に戻っていた。よかった、結果オーライ。


「こらー! 学校の敷地内での私闘は禁止されてるはずよ! この丘も敷地内なんだから校則違反になります!」


 遠くから聞き慣れた声が聞こえる。この声は確か委員長。


「いた! あなたたたち、私闘は禁じられています! する場合は申請を……」

「……やあ、委員長」

「え? あれ、ジーク!? なんであなたが……ってフィリアも!?」


 ボロボロの俺たちに最初は気づかなかったシルヴィだが、声を聞いて気づいたらしい。


「まさか、これジークたちがやったの!?」

「……そうだな……この竹林はフィリアが……」

「決着は? どっちが勝ったの?」

「俺が……いや……引き分けかな……ちょっと邪魔が入った」


 俺はびしょ濡れの服を摘まみ上げる。それを見たシルヴィは鼻を鳴らした。


「当然でしょ? 私でなくても止めに入るわ。私闘をするなら、ちゃんと立会人をたてて申請しなさい」

「……いや、誘ってきたのはフィリアの方で」

「誘いに乗ったのはジークでしょ? フィリアは転校してきて日が浅いんだから、あなたがちゃんとしなさい」


 流石です委員長。こんな状況なのに全く容赦がない。


「それにしても流石ね、フィリア。あのジークと互角なんて……。私の目に狂いはなかったわ。これで本大会出場は間違いなし……」


 フフフフ、とメガネを怪しげに光らせて笑うシルヴィ。ちょっと、そんなレベルの話でないんですが。 というかトリップしてないで手伝って欲しいんですけど。起き上がるのしんどいです。

 俺の表情に何かを察したシルヴィは、手に持ったタクト状の杖を振るう。


「……水よ、彼の者の心と体に力を。気力回復」


 俺は淡い光に包まれる。みるみると気力が戻ってくる。ついでにビショビショだった服も乾いていた。どうやら、周囲の水を使って俺を癒したらしい。


「治療ついでに服の乾燥……。相変わらず効率のいいことで」

「はいはい。今日の約束覚えているわよね? あとはやっとくから準備してきなさい。」

「……ありがとうシルヴィ。いつも助かる」

「ほ、褒めたって何も出ないわよ……。私はフィリアを介抱するから」


 少し照れ臭そうに頬を染めてツンとするシルヴィ。そのままこちらを見ずにスタスタとフィリアに歩いていった。

 こういう優しくて可愛いところもシルヴィの魅力だよな。ゆるふわな部屋着も可愛いし……。

 俺がスケベな中年みたいのことを考えてると、彼女は俺にかけたのと同じ魔法をフィリアにかけていた。

 フィリアはそれで目を覚ましたらしい。パチリと目を開けると周囲を伺った。


「……あれ、シルヴィ? ジークは? 決着は?」

「フィリア、悪いけど邪魔させてもらったわ。敷地内での私闘は禁止なの。学校に怒られるわ」

「むー……。くやしい。結構いいとこまで行ったんだけどな」


 シルヴィにもたれながら、フィリアは頬を膨らます。その不満そうな顔にシルヴィは笑った。

どうやら、あの状態になったことは覚えていないらしい。


「ふふふ、そうね。でも良いところまで行ったならすごいわ。彼、中等部の本大会の優勝者だもの」

「でも、勝ってないし。勝ちたかったし」

「意外と負けず嫌いね。まあいいわ。フィリア立って」


 シルヴィにされるがままに起き上がるフィリア。そして彼女は俺を見ると不満げに目を細めた。


「最後覚えてないけど、気絶してたってことは負けたみたいね……」

「そう、だな……。ふふふ、今回は俺の勝ちだ」


 俺は不敵に答えた。さっきのことはまるでなかったかのように。煮え切らない気持ちはあるが本人が覚えていないんじゃ仕方がない。

 そんな俺に対し、フィリアは好戦的な笑みを浮かべる。


「でも次は負けないよ?」

「さあどうかな? 今度も俺が勝つかもよ? 技も見切ったことだし」


 俺は中空を切るジェスチャーをする。フィリアがムッとして頬を膨らます。


「ジークの意地わる……!」

「はは、勝者はなんでも言えるのさ」


 シルヴィもいるので、戦闘中のようなゲスさは隠した。あんまりオープンにはしたくない。


「そういえばフィリア、最後なんだけど……」

「二人とも、話は後に。早く着替えてきなさい」


 俺がフィリアに左腕のことを訪ねようとした時、シルヴィが話に割って入った。その有無を言わせぬ眼差しに、おれは思わす口を閉じた。その様子に、フィリアも後ずさる。


「……じ、じゃあ、話は後でねジーク」

「あ、ああ、そうだな」


 左腕の件は後で聞けば良いか。人がいる前ではませる内容じゃないかもしれないしな。

 フィリアもシルヴィの様子に会話を諦めたようだ。寮へ戻ろうと歩きだす。


 その瞬間、ガシッと肩を掴まれていた。フィリアが振り返ると優しく微笑むシルヴィの顔。


「し、シルヴィ……?」

「そうだった。フィリアはまだここにいなさい。あなたには用事があるの」

「せ、説教じゃない、よね……?」

「そんなことしないわ。安心なさい」


 その言葉にホッと胸をなでおろしたフィリア。シルヴィはメガネを掛け直した。

そしてぴっと指をさす。その方向には竹林と、俺が切り刻んだ竹の残骸があった。


「これ、片付けなさい」

「……か、勝手に枯れるよ? それにあの残骸はジークが……」

「はやく。今、すぐに」

「はいっ!」


 有無を言わせぬ委員長の気迫に、流石にフィリアも背筋を伸ばした。慌てて竹林に駆け出していく。

 流石です委員長。クラス最強はあんただよ。

 

 俺は振り返ることなく、まっすぐ寮に向かった。

 背中には、痛いほど視線が突き刺さっていた。



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