プロローグ『ある転生者の事情』
1
全てが白く染まっていた。
存在するのは自分と、そして正面にいる彼女のみに思えた。
そんな体験をしたのは初めて――
――いや、2回目だ。
癖のまったくないまっすぐな金髪。これ以上ないほど整い、色気と幼さを両立させた顔立ち。
パッチリした碧眼。完成された流線を描く細身のプロポーション。
漫画、アニメに傾倒した男子が思い描く理想的なエルフっ娘が目の前にいた。
ありふれた例えをするのであれば美の化身。その美の化身が可愛らしくにこりと微笑む。
「こんにちは。初めまして」
まるで鈴を鳴らしたような声はその容姿と相まって、彼女が天上の存在であるような錯覚をおこしていた。
「フィリア・ランドと言います。これからよろしくお願いします」
しかし、彼女は神ではない。なぜならここは教室。そして今は現実だ。
そもそも俺が知ってる神はサンタクロースに似たビール腹の老人だったし。
ここは俺が転生した今世の現実であり、俺のパソコン上の青春。その舞台。
裏ルートから裏設定、その全て知り尽くしている学園恋愛シミュレーションの世界だ。
そのはず、なのに。
あんた、誰や。
思わずエセ関西弁で感想を抱くほど俺は混乱をしていた。
現在俺は、全く想定外の出来事が起こってパニックになっている。
冒頭にもどるが、真っ白なのは世界ではなく頭のことだ。
ギャルゲーに転生したら、知らないヒロインが転校してきた件について。
プロローグ『ある転生者の事情』
話をしよう。あれは確か一六年前の話だ。
昔流行ったRPGの語りを真似をしつつ、ざっくりと自分語りをすれば現代日本で大学生であった俺は事故で死んだ。そして神に出会った。
転生させるけどどうしたらいいと、モコモコな髭の神様は俺に尋ねた。
「PCギャルゲーの『学園ファンタズム!~マジマジラブリケーション~』に転生させてください!」
俺は迷わずこう叫んだ。
かくして、俺は『学園ファンタズム!~マジマジラブリケーション~』通称『学ファン』の世界に転生した。
俺の希望通り、原作主人公、ジーク・フリントウッドとして生まれた俺はこの世界をエンジョイしていた。
そして、超頑張った。
前世でやらなかった努力をした。魔法の発明もやってみた。悲しい過去のヒロインを悲劇から救うなんてこともした。
語りだしたらきりがないほどの冒険活劇、しかし今は割愛させていただく。
だって知らないヒロインが出てきたんだもん!
こんなヒロイン知らないよ!? つーか、エルフってなんだ。この世界にエルフなんていない!
なぜヒロインとわかったのか。そういうマークが出るからだ。好感度というパラメータにな!
パラメータの話は後ほど。今は一刻も早く状況を整理したい!
この世に生まれて十六年。過去に色々ピンチはあれど、これほど混乱したことは無い。
それこそ前世を含めた三十五年の中で初めてだ。神との遭遇ですらこれほど慌てなかったのに。
そんな内心大荒れの俺をよそに、教師に促され未知のヒロイン(仮)は席に座る。
大学の講義室に似た、すり鉢状の教室。席はどこに座ろうが自由だ。俺は前から2番目の列に座っていているが、転校生はちょうど俺の前に座った。
委員長、もしくは鬼教官と呼ばれるクールビューティ。シルヴィ・ロレンソの隣の席に。
肩まで伸ばしたまっすぐな藍色の髪、前髪にはピン、そしてメガネという、まさに正統派委員長。
イベントやホームルームなどの仕切りが得意で、理屈が合わなければ不良だろうが教師であろうが関係なしでゲキを飛ばす、感情を完全に制御した理性の塊。人呼んで鬼教官、もしくは絶対零度。
美人であるが、初対面の相手には冷静で淡白すぎる対応をとる性格のため無愛想に見える。隣クラスのイケメンが声をかけるも、二言目には撃沈していたという武勇伝が残るほどだ。
そんな彼女の隣に座った転校生。クラスの誰もが心配そうに見つめた。
「隣、いい? 私はフィリア・ランド。よろしくね? 実は私、田舎から出て来たからあまりこっちのこと詳しくないんだ。教えてくれると、嬉しい」
「そそそそそうなんだ! こっここれからよりょ、よりょしゅくね!」
あ、一瞬でキャラ紹介を反故にしないでくれませんか。
悪戯っぽく照れたように笑うフィリアに、委員長は真っ赤になった。
鬼教官、ワンターンで陥落。その光景に教室がざわつく。
いつもはクラスメートにも厳しく、絶対零度と呼ばれる委員長。それがたった一言で氷解だ。いや、それどころか蒸発している。
いや、気持ちはわかるよ委員長。ちらっと横から見てた俺もくらっと来た魅力的な微笑みだった。正面からあれを受けたらひとたまりもないだろう。
でもね、キャラクターってのがあるでしょう。もうちょっと頑張ってよ。
今だに緊張でしどろもどろになってる委員長。
その様子を見て、俺はだんだんと頭が冷えてきた。慌てている人をみると落ち着きを取り戻すというのは本当のようだ。
転校生は対応に困っている。さて、助け舟を出そうかな。
「……委員長。ランドさんに名前教えてあげないと」
「!? そ、そうだったわ! 私としたことが……。おほん、わ、私はシルヴィ・ロレンソ。シルヴィでいいわ。わからないことがあったらなんでも聞きいて」
メガネをカチャリと掛け直し、いつもの調子に戻した雰囲気を作る委員長。しかしまだ若干顔が赤い。
というか親切すぎないか。淡白な冷たいキャラという設定が微塵もないのだが。
この委員長と呼ばれる彼女、シルヴィ・ロレンソはメインヒロインの一角だ。『学ファン』に登場する四人の看板の一人。
実は可愛いものには目がなく、一番仲のいい友達がツンデレロリというのだから筋金入りだ。
ちなみにそのギャップは彼女との親交を深めていくと見えてくる要素で、普通の学園生活では決して見せない姿だ。ゲームの時の話だが。
どうやらこの転校生は委員長の琴線に触れたようだ。普段見せない切なげな目で、隣に座る彼女を見ている。
おそるべし、超絶美少女エルフ耳転校生。属性多いな。
ちなみに例のツンデレロリは、委員長の隣でガーンと固まっていた。いまだかつてない不細工な顔だ。しばらく復活はしないだろうから紹介は今度にしよう。
「うん。ありがとうシルヴィ! せっかくだけど後でこの学園の案内頼んでもいい? 来たばっかりでよく分からなくて……」
「っ! もちろんよ。こう見えてこの学校には詳しいから任せてちょうだい」
早速頼りにされて、一瞬、とろけた笑顔を見せるがすぐに元の顔に戻る。ああ、シルヴィのキャラ崩壊が止まらない。
「……委員長もしかして緊張してる?」
「な、わ、私が緊張してるわけがないでしょう! ジーク、転校生に変なことを吹き込まないで!」
俺の茶々にシルヴィが少し声を荒げる。名前で呼ばれたところからも分かるとおり、俺とシルヴィは仲がいい。結構好感度アップ頑張ったからな。
そして、だからこそ、この反応を知ってる。本当に緊張してるぞ。
「シルヴィ、緊張してるの?」
「な、ふ、フィリアまで……」
転校生のフィリアにすら緊張がばれて、赤くなりもごもごするシルヴィ。そんな彼女の手にフィリアは自分の手を重ねた。
「大丈夫! 私も実は緊張してる。シルヴィに失礼なことしないかなって」
「そんな、失礼なんて……」
「私たち一緒ね。ふふ、きっと仲良くなれる」
「フィリア……!」
慈愛に満ちた表情で微笑んだフィリア。
いつものクールビューティは完全に崩壊。シルヴィは頬は上気させ感激していた。重ねられたフィリアの手をきゅっと握りかえした。
目の前で二人だけの空間が形成されている。周囲に花が飛ぶのを幻視するほどだ。
あれ? 委員長そんなにちょろかったけ?
――パラメータチェック、オン。
しょうもない理由ではあるが、二人の好感度を見てみる事にした。
電子的なエフェクトとともに、二人の頭の上にハートマークと矢印が現れる。
シルヴィの矢印はフィリアに、フィリアの矢印はシルヴィを向いている。シルヴィのハートに表示された数字は65。
フィリアは40だ。
察しのいい方はお分かりだと思うが、コレは好感度の数値。
そう、俺は数ある転生ものの例に漏れず、パラメータというものを確認ができる。
しかし、制限があって詳細に見えるのは他人の好感度と自分の能力値だけ。相手の能力値は基本、見ることはできない。
とはいえ、自分の能力値がいつでも見えるだけで十分だろう。それに、重要なのは好感度だ。
他人の好感度が見えるのは非常に便利。しかも、自分に向けるものだけでなく、他人に向けるものすら見えるのだから、素晴らしいこと、この上ない。
数値の仕様はゲームと同じ。
黄色のハートは友好、ピンクのハートは恋愛。矢印は好感度の相手をさしている。
たとえば目の前の状況を例にとると、フィリアからシルヴィには黄色のハートで40の数値。
見ず知らずの相手には大体10前後しかないので、初対面にしては非常に友好的な数値だ。
そしてシルヴィからフィリアには、ピンクのハートが65で向いている。
ピンクのハートは恋愛。最大値は100である。
ちなみに俺には63。
「ちょっと待てえええ!」
「わ、え、どうしたのジーク!? 急に大声出して」
思わず声が大きくなった。シルヴィが驚いてこちらを向く。
落ち着き始めていた頭は、意表を突かれて再び混乱していた。
どういうことだ? 何が起きてる? 委員長の恋愛度バグってるのか?
シルヴィとは出会って三年の付き合いになる。コツコツ積み上げた好感度はこのクラスの誰よりも上だった。
なのにこんなぽっと出の超絶美少女エルフに一瞬で抜かされるなんて……。
大体、委員長は女子だろう!? 相手は女子なんだぞ!?
ここはギャルゲー世界であって、決して百合ゲーなどではない!
「い、いや、なんでもない……。ただの発作だ」
「そ、そう……。あなたそんな発作があったのね。知らなかったわ……」
心配そうな顔で、その実ドン引きしてる顔。あ、恋愛度が60にさがった。なんてことだ……。
「えっと、大丈夫? 発作って体調悪いの?」
心配そうな顔でこちらを伺う転校生。ちがう、そういう意味ではない。一体誰のせいだと思ってやがる。ちくしょう、可愛いなこいつ。
思わずジト目になりそうなのを堪えて、転校生に笑顔をむけた――
「だ、大丈夫。ありがとう心配してくれて――」
――瞬間、完全に俺はフリーズした。まさかこんな短時間で人生最大の衝撃を二度も更新するなんて。
転校生の矢印は俺に。
好感度の数値は70。
ハートは、インクをこぼしたような真っ黒をしていた。
「……え? 真っ黒って、え?」
「何の話をしてるのジークは……。そうだ紹介しておくね」
未だかつてないことだ。ゲームの頃ですら目にしたことがない色。明らかに普通とは違うハート。だが、直感が告げていた。多分、きっと、いや絶対、コレはよくないタイプのやつ。
硬直する俺をそのままに、シルヴィがフィリアに俺を紹介した。
「彼はジーク・フリントウッド。私とは長い付き合いで、なんていうか腐れ縁ってやつね」
「⋯⋯フリントウッド⋯⋯そうなんだ! 私はフィリア・ランド。これからよろしくね!」
屈託のない笑顔を向けるフィリア。その笑顔は眩しいほどに輝いていた。普段なら浮ついてしまうのだが、今の俺はそれどころではなかった。
黒いハートの好感度90。
――めっちゃ、上がっとるやんけ。
教師のかみなりが落ちるまで、俺の硬直は続いた。
今まで読み専だったんですが、つい魔が差して書いてみました。
ノリで展開を書いているのでどうオチがつくか自分でも予測できてないです。
読んだ方、事故ったとでも思ってください。
目標は文庫本1巻分。目指せ10万字完結!