9:使えるものはなんでも使いましょう。
(なんだ、このガキは……!?)
山賊の頭領は困惑していた。
手下どもは大してステータス強化もされていないボンクラばかりだ。
多少の腕利きが相手なら、かなうことはないだろうとわかっていた。
だが、この女。
(速い……! いや、速さだけならもっと上はいる。こいつは……狙いを外すのが上手いんだ!)
恐らくは、敏捷性を重点的に伸ばしたステータス振り分け。
総合的なステータス自体は、頭領に及ぶべくもないだろう。
だが――あまりにも勘がいい。
まるで、幾百幾千の死地を潜り抜けて来たかのような判断力。
こちらの呼吸を狂わせる不規則な挙動。
戦えば戦うほど、こちらの手の内を丸裸にされるかのような悪寒を感じる。
――間違いない。このガキの戦闘勘は、おれより上だ。
自分の半分の年月も生きていない小娘が、いったいどうしたらそれだけの経験をつめるというのか――?
(速いうちに勝負を決めないと……こっちが狩られるッ……!)
◆
当然の話ではあるが――ホノカに豊富な殺し合いの経験などない。
平和な日本という国で生まれ育ち、人とぶつかるほどの関わり方もしてこなかったホノカは、そもそもケンカの経験すらなかった。
ただし――それは生身での話。
日本にいた頃、円城ホノカはゲーマーだった。
数多くのジャンルのゲームを嗜んだが、特にオンラインで他のプレイヤーと対戦するタイプのゲームを好んだ。
そしてネット回線を通じて出会った数々のプレイヤーとの戦いを通して、ホノカの性能と技術は高められていく。
動作の起こりを見逃さない、格闘家顔負けの反射神経も。
動きを先読みして銃弾を送り込む、精鋭部隊のごとき偏差射撃も。
相手の視線をかわして身を隠す、暗殺者の立ち回りも――
すべて、ゲームで身につけた。
ホノカにとって、運動能力の基準はゲーム世界の超人のものだ。
しかし、現実のホノカでは意識に体が追いつかない。
そのため、およそ十五年の年月を運動音痴として生きてきた。
しかし――強化素子によって強化された今のホノカの身体能力は、ゲームで慣れ親しんだ超人と遜色ないところまで至っている。
かくして、歯車がかみ合うように、ホノカの感覚に身体能力が追いついた。
加えて、ホノカの倫理観は少々特殊だ。
十名以上もの山賊たちを葬ってなお、ホノカはそれをスコア程度にしか認識していない。
これらが合わさった結果――
幾百幾千どころか、数十万数百万の〝実戦〟を経て鍛え上げられたホノカの戦闘勘が、異邦の地に飛ばされて初めて開花する。
鼻先すれすれを通り過ぎるグレートアックスの威圧感にも、ホノカは怯まない。
その胆力があってこその、定石を外した大胆な動きに、山賊の頭領は翻弄される。
◆
ジグザグ軌道でホップ・ステップ・ジャンプ&ショット。
空中で猫のようにきりもみ回転、からの銃撃銃撃銃撃。
ヒット・ヒット・ヒット。
リズミカルに撃ち出される銃弾は、一発残らず相手に命中。
けれど、鱗の肌に弾かれて大きなダメージを受けている様子はありません。
そう、大きなダメージは。
かれこれ十発以上打ち込んで気づきましたが、頭領さんはなにも不死身というわけではないようです。
銃弾を受ければ足が止まり、衝撃と痛みにわずかに眉をしかめます。
そもそも、完全なノーダメージなら、斧や腕で頭を庇う必要はないのです。
数百発も撃ち込めば音を上げるかもしれませんが、とはいえ、手持ちの銃弾もそろそろなくなりそう。
一方、相手のグレートアックスは一発でも当たれば即死は確実。
でも、徐々にその動きの癖もわかってきました。
よし――しかけますか。
◆
女の動きが雑になり始める。
スタミナ切れか、集中力が尽きたか。
いずれにしろ、頭領にとっては好機だ。
柱を駆けあがり、こちらへ向かって跳躍。
女が頭上をとる。
が――
(あいにくだが――その動きはもう見飽きたぜ!)
相手の動きに慣れてきたのは頭領も同じ。
三次元的な動きで相手をかく乱するのが基本的な立ち回りなのだろう。
だが、空中ではそれ以上の身動きがとれない。
(動きが雑だ! 仕留めた――!)
確信を得た頭領の、迎撃の大ぶり。
迫る分厚い金属の刃に、女がハッと目を瞠る。
頭蓋骨を真っ二つにしようと迫る斧。
グレートアックスが女の頭蓋骨にめりこみ、容易く破砕。
胴体まで真っ二つに両断する――
――はずだった。
「なっ……!?」
空中で女が制止。
目測を誤ったグレートアックスは虚空だけを裂く。
(なんで空中で動きが……!?)
グレートアックスの重量に振り回され、体勢を崩した頭領は種を知る。
わずかに見えた女の背後。
後ろに回した手が革製のベルトを握り、バックルを通して作られた輪が柱に巻き付いているのを。
女は柱にひっかけたベルトで急制動をかけたのだ。
そして――今の自分は両腕でグレートアックスを振りぬき、無防備な状態。
いたずらが成功したことを喜ぶ子供のような笑みで、
女は無邪気に引き金を引く。
「……ッ!!」
ガヅン!
目の奥に火花が散る。
鱗で覆われた額は拳銃弾をはじきこそしたが、運動エネルギーをゼロにすることはできない。
頭が大きく後ろに振られ、軽度の脳震盪を起こし、意識が一瞬飛ぶ。
「……ッ、ぐぅぅッ!」
舌の先端を噛み切り、強引に意識を引き戻す。
意識が飛んでいたのは一秒か、二秒か。
見開いた視界に、既に女の姿はない。
ほとんど勘だけで、身を捻りながら片手でグレートアックスをぶん回す。
「ひゃわっ!?」
背後に回り込んでいた女に命中。
否。
リボルバー拳銃でガードしつつ、自ら飛びのいた。
間合いを開けて相対。
開いた間合いは敵に有利。
だが、頭領は笑う。
少女の手のリボルバー拳銃は銃身がひしゃげていた。
「かっ、ははっ! ……惜しかったなぁ、お嬢ちゃん。正直、ひやっとしたぜ。だが、銃が壊れたな。これでもう、勝ち目はねぇだろ」
「いえいえ~。いいんですよ~、これはもう。撃つ必要もないですし」
強がりを言いやがる――思った直後、異変に気づく。
ジジジジ――何かが焦げるような音と異臭。
背中だ。
腰巻に挟まれている、円筒状の物体。
「なっ……!?」
「鱗のせいで、火の熱さに気づけなかったんですね~」
にっこりと、花売りの娘が客に向けるようなあどけない微笑。
「さようなら。けっこう、楽しかったですよ。頭領さん」
直後、頭領の腰巻に挿し込まれたダイナマイトが爆発した。