8:適正レベルを無視して進んだらボスが思いのほか強くて詰みかけるやつ。
砦の中に建つ、頑強な建造物。かつては指揮官の寝所と武器庫を兼ねていたであろう空間。
その中心にしつらえられた玉座に、身の丈二メートルを超える大男が座っていた。
「か、頭っ! まずいです! 侵入者が暴れまわってて……っ、もう何人もやられて……!」
状況を知らせに来た手下の報告を聞き、山賊の頭領は思う。
暴力とは、この世で最も明快な力の形だと。
権力も富も、暴力に付随してついてくる副次的な価値であり、すべての財は暴力を源流に置いている。
純粋な暴力だけでのし上がってきた頭領にとってそれは真理であり、彼の暴力についてきた手下は彼の財だ。
ゆえに、それを損なわせる侵入者は許し難い害虫だった。
「――――それで?」
「……え?」
「それで――てめぇはこんなとこでなにしてやがる?」
「え、いや……頭に状況を知らせに」
これ見よがしにため息を吐く頭領。
「てめぇよぉ――まさか、おれに知らせたら、後はもう自分は戦わなくていい、とか思ってんじゃねぇだろうな?」
「あ……っ」
手下の顔がみるみる青くなる。
手下は自分の所有物だ。故に、好きに壊していいのは自分だけ。
頭領は立ち上がる。
彼の世界を侵し、破壊しようとするネズミには、自分こそが誰よりも暴力を使いこなせることを証明しなければならない。
傍らの床に突き立てられた巨大な斧に手を伸ばす。
入り口は正面の扉のみ。そこを開いて現れた時、真正面から叩き潰してやろう――そう考えていた。
だから――採光用の小窓から筒状の物体が投げ入れられたのは、頭領にとって予想外の出来事だった。
筒の一端から伸びた導火線には火がついており、徐々に筒本へと近づいていく。
「だ……、ダイナマイト!?」
手下が悲鳴を上げる。
直後、爆炎が暴れ狂った。
◆
「おー。結構派手ですねー」
手で庇を作って、つま先立ちで目を凝らします。
使ったダイナマイトは、テントのひとつの箱に入っているのを見つけました。
壁の一部が崩れ、中から煙が上がっています。
「これで綺麗に掃除できましたかね」
バギャン――!
重そうな両開きの扉が内側から吹き飛び、わたしの真横を回転しながら飛翔。
地面を抉ってようやく停止。
直撃したら死んでいたかもしれません。
「――随分ふざけたことしてくれんなぁ、お嬢ちゃん」
煙の中から現れたのは、ひょろっとした山賊。
でも、なにかおかしいです。
肩幅の割にやけに縦に長く……って、足が浮いています。
続いて煙を割って現れたのは、筋肉に血管が浮き上がる、マッチョの大男。
どうやら、ひょろっとした山賊はマッチョに首をつかまれてぶら下げられていたようです。
「人を盾にするとは……なんて卑劣なっ!」
「いかれてんのか? てめぇが投げ込んだダイナマイトのせいだろうが」
人間一人を片手でぶら下げるとは……たぶん、膂力のステータスを集中して上げているのでしょう。
「大方、村に雇われた用心棒ってとこだろうが、人質の命はお構いなしか?」
あ。
素で忘れてました。
「……死にました? 人質」
「無事だよ。全員地下の牢に繋いであるからな」
あー、よかったー。依頼条件失敗かと思いましたよ。一般市民への攻撃は大抵ご法度です。
「頭がおかしいのか、底抜けのバカなのか知らねぇが……今のおれはすこぶる機嫌がわりぃ。わかるか? いや、答えなくていい。聞いてるんじゃねぇ。確認だ」
「確認?」
「つまりだ。――おれをキレさせた奴は、楽な死に方が出来ねぇってことだよッッ!」
ブォン!
高速で人型のつぶてが……というか、盾にしていた手下が飛んできました。
「うわぉ!」
横にかわそうとして、すぐに本能で却下。
垂直にジャンプ、飛んできた男の死体を両足で受け止めて、そこを足場に後方跳躍(ドロップキックの逆回しのようです)。
跳んだ直後、手下さんの死体が真っ二つに両断されました。
「んぇあっ!?」
真っ二つにしたのは、頭領さんが振り下ろした巨大な斧。
ゲームならグレートアックスとか名前がついてそうな品です。筋力要求値がめっちゃ高いやつ。
投げた死体に追いつくほどに敏捷性を上げていながら、あんなに重そうな斧を使いこなすほど膂力が高いとは。
おそらく、膂力が第一、敏捷性を第二に強化しているのでしょう。
相手のステータス強化の方向性を見抜くのは対人戦で大切、とお師匠さまが言っていました。
「よく避けたなぁッ! だが、いつまでもつ!?」
ラッシュ&ラッシュ&ラッシュ。
休みないグレートアックスの嵐が、わたしをどこまでも追いかけてきます。
パンパン!
苦し紛れの銃撃。
グレートアックスを盾にして弾かれます。
見かけによらず、弾道を見切る器用さも持っているようです。
それなら。
「よっ」
手首のスナップで、拾ったガラス容器を投擲。
反射的に叩き割る頭領さん。
ぶちまけられるガラス容器の中身の粉塵――炊事場からくすねていた胡椒。
咄嗟に足を止め、粉塵を吸わないように顔を庇う頭領さん。
いただきです。
パンパン!
狙いすました二連射撃。
ヘッドショットを避けるため、頭部を守っていたグレートアックスでは防ぎきれないお腹に二発の銃弾が命中。
これで決まった――と思いきや。
「《鱗の肌》ッ!」
ビキビキビキ!
なんとっ!
頭領さんの体の表面が、ワニみたいな鱗で覆われました!
銃弾が鱗に弾かれてそれます。
「うそッ!?」
「ククク……驚いたかい、お嬢ちゃん?」
「はい……驚きました」
わたしは素直に頷きます。
「まさか、ワニと人間のハーフがいるとはっ……! お父さんとお母さん、どちらがワニなんですか?」
「なわけねぇだろがっ! スキルだよ! 耐久系の!」
ああ。そういう。
そういえば、耐久力を上げると衝撃耐性が上がるほかに、体の表面を他の生物のものに置き換えられるスキルも習得できるって、お師匠さまが言ってましたっけ。
「わかったろ――おれに銃弾は利かねぇ。銃士じゃあ、おれには絶対勝てねぇんだよッ!」
むむ……これは、あからさまに相性が悪い相手のようですね。
向かってくる頭領さん。
振り回すグレートアックの迫力に押され、後退するわたし。
苦し紛れに銃撃。
頭領さんは頭に飛んできた銃弾を腕で弾く。
「痒いなッ!」
こちらの攻撃は無効。あちらの攻撃は当たれば即死。
敏捷性はこちらの方が少しだけ上なのか、どうにか攻撃をよけ続けてはいますが、反撃の手を持たないのではじり貧。
これは……明らかに場数を踏んだ中盤以降に戦うべき敵なのでは?
今のわたしが戦うには、レベリングが足りてない気がします。
けど――
「――――あはっ」
胸の奥から湧き上がる、胸を躍らせる感覚。
ゲームをやっていて、到底倒せそうにないボスキャラと出会った時のワクワクにも似たものが、わたしの胸をノックする。
ああ――楽しいなぁ。
ブクマ・評価していただき、ありがとうございます!
明日も昼12時頃投稿予定です。