7:ステルスゲームは途中から無双ゲームになるタイプです。
拝啓、おかあさん。
ホノカは今、山賊の砦に奇襲をかけています。
◇ ◇ ◇
「いざや」
外壁からそっと飛び降りて無音で着地。
身を低くして、テントとテントの間に滑り込みます。
足音と呼吸音をできるだけ起てないようにしつつ、ターゲットに接近。
鍋の様子を見ていた山賊の背後に忍び寄り、見張りの男から奪っていたベルトをひょいと首に通します。
「ん? なん……、ぐッ!?」
背中合わせになって、自分の背中で吊り上げるように締め上げます。
こうすると、気道と頸動脈を同時に締められるし、背筋を使っているので非力なわたしでも大の男を担げるのです。
もがいていた山賊が静かになったのを確認してから、そのまま背負ってテントの陰に引きずり込みます。
うが、重い。多少なりと膂力も強化されてるからなんとかなったけど、力が抜けてる分、人間の死体って重いんだなぁ。
「ふたーつ」
さて、次に狙うは立ち話をしている二人組――のはずだったのですが。
「おぉい、今日の夕飯なんだが、ボスが……っ、なんだてめぇ!?」
テントからのっそり現れたおじさんと鉢合わせ。
あちゃー。
やってしまいました。
まぁ、しょうがないです。ここからはアドリブで。
「あぁ、よかった。この人が突然倒れたんですぅ。手を貸してもらえますかぁ?」
「なに? 見せてみ……いや待て。てめぇ……さらってきた女じゃねぇな」
速攻でばれました。
おかしい。不二子ちゃんばりに相手を誘惑するはずが。
なにが足りなかったのでしょう。乳か。
「ここでなにやって……っ、おい、そいつもしかして、死ん――」
体を捻って勢いをつけ、背負った男をスイング。
「のわっ!?」
死体にのしかかられて転倒するおじさん。
飛びかかって喉をナイフで一閃。
あ、袖にちょっと返り血ついちゃった。落ちるかな。落ちるといいな。
おじさんは口を金魚みたいにパクパクさせてますが、残念ながら喋れないようで。
そのまま炊事係の山賊の隣でこと切れました。なかよし。
「みっつ――」
「侵入者だ!」
うげ。バレた。
二人組がこっちに銃口を向けてきます。
ダン! ダダン!
立て続けに鳴り響く銃声。
慌てて横転、爆ぜる地面に追い立てられるようにテントの間に逃げ込みます。
「なんだ!?」
「侵入者だッ! 二人やられた!」
「見張りはどうしたっ!?」
「ロニーがいねぇ! クソッ! 三人殺りやがった!」
騒ぎに気付いた山賊が、テントや建物の中から飛び出してきます。
うーん。
ばれる前に、もうちょっと減らしておきたかったんですけどねー。
「まぁ、しょうがないです。ステルスゲーも、見つかると無双ゲーになっちゃいますし」
樽の陰に隠れて、腰のホルスターからリボルバー拳銃を抜きます。
深呼吸をひとつ。
――よし。
「踊ろうか、ベイビー」
古い映画で見た気がする直訳台詞で気分をだして、飛びだす。
パッシブスキル《精密射撃》。
スキルの恩恵とは不思議なもので、まるで何年も訓練を続けたように、『こうすればいいんじゃないか?』というのが本能的にわかるようになります。
射撃なら、銃の握り方や銃口角度を最適に調整してくれて、狙ったところに銃弾を当てやすくなります。
パン! パン!
飛びだしざま、撃ち込んだ二発がそれぞれ別の山賊の肩と胸に命中。
おしい。一人仕留めそこねた。
やっぱり、レベル1の《精密射撃》スキルでは、十メートルも離れると相手を確実に仕留めることはできないですね。
応射の銃撃。
数倍の火線がテントごとわたしを引き裂こうと襲い掛かります。
「うわっ、わわっ、ひゃわわ~~~!」
慌ててテントの陰に逃げ込みます。
「どこ行きやがった!?」
「探せ! 仲間を四人も殺しやがったクソアマだッ! なぶった後で家畜の餌にしてやるぁッ!」
ひぃ。
なにあの人たち、怖いなぁ……人の命をなんだと思ってるんでしょ。
人を殺すような悪い人には、おしおきです。
◆
「あのアマ、どこ行きやがった……!」
山賊の男は、ぎらついた目つきでテントの間に目を光らせる。
既に四人やられているが、暴力を頼みに生きてきた男にとって、それは恐怖する理由にはならない。
高ぶる怒りが闘争心となって、男の攻撃本能を刺激する。
所詮は多勢に無勢。
数を頼みに弱きものを蹂躙してきた男にとって、狩りとは大勢で追い込むものだ。
ただ――男は失念していた。
今、相手にしているのはただ駆られるだけの羊ではない。
自らの牙を、爪を、こちらに突き立てようと虎視眈々と狙う、狼であることを。
時として数の有利は、一人一人の判断を曇らせ、注意をおろそかにさせる。
突如――足首に激痛。
「づぁ……!?」
灼熱にも似た痛みが走り、自分の意志とは無関係に膝が落ち、うつ伏せに倒れる。
見れば、足首に深い刃物傷。
いったいどこから?
そう疑問を抱いた男の視線が、一対の瞳とかち合う。
テント下部に開いた、数センチほどの隙間。
そこからこちらを覗く、まだ子供と言える年齢の少女の眼。
どこまでも普通で、無垢で、絶望も憎悪も知らない童女のような眼で――その少女は、男に銃口を向けていた。
「ばぁ」
――ああ。
この世に死神なんてものがいるとしたら、きっとこんな眼をしてやがるんだろうな。
それが、男の最期の思考となった。
◆
怒号が響く。
銃声が轟く。
悲鳴の残響は銃火に呑まれ、新たな血飛沫が花と咲く。
山賊たちにとって、その襲撃者の存在はまさに悪夢だった。
視界の端を疾風のように駆けたかと思えば、背にしたテントから銃弾を撃ち込まれる。
鼠のように低い位置をすり抜けたかと思えば、壁を蹴って身軽に宙を舞い、頭上から鉛弾を降らせる。
本当に敵は一人なのか――?
まるで幽霊のように現れては消え、着実に仲間の数を減らしていく侵入者に、山賊たちは半ばパニックに陥る。
むやみやたらに放たれた銃弾は同士討ちを引き起こし、さらなる混乱を招く。
銃声は混乱が蔓延したのをピークに徐々に数を減らし――やがて、ぷつりと途切れた。
静寂が落ちた砦に、もはや立つ者はいない――ただ一人を除いては。
「じゅーなな――っと」
自分が生み出した死者の数を数え、少女はにっこりと微笑む。
「――うん。やっぱり、うさぎを狩るのと基本はおんなじですね。食料調達押し付けられただけかと思ってましたけど、お師匠さまのやらせることって、なんだんかんだ理にかなってるんだな~」
昨晩予習した範囲が試験問題に出た、とでも言うような気楽さで、少女は呟く。
「さぁて。あとは、建物の中だけですねー♪」
鉄火の夜は終わらない。
薄闇の空に月が昇る。
これからが、狂騒の本番だと言わんばかりに。