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4:狩られるくらいなら、狩りましょう。


 パァン――!


 遠くで聞こえた銃声に、俺は首を傾げる。


「ホノカが逃げていった方角……弾は飛んできてない。……暴発か?」


 ホノカが銃を拾ったことは確認している。

 残弾は二発のはずだから、無駄撃ちするとは思えないんだが。


「確かめに行くか」


 たとえ待ち伏せされていても、返り討ちにすることは余裕だ。

 敏捷性を超人レベルまで鍛えた脚力で、あっという間に銃声の上がった地点まで到達。


「……いない?」


 知覚できる範囲にホノカの姿はない。

 さらに奥へ逃げたか。


 ふと、なにかが焼ける臭いに気づく。

 臭いの元をたどると、焼け焦げた木片が気の洞に転がっていた。

 そのそばには、空薬莢が落ちている。


「へぇ――思い切りがいいな」


 ホノカのステータスのうち、器用さだけは元から高かったことを思いだす。

 マッチはさきほど、追っ手だった男の遺体から掠め取っていたのだろう。手癖の悪いことだ。

 それよりも驚くべきは、二発しかないうちの弾丸の一発を陽動に使う思い切りのよさだ。


 思わず、にやりと笑みが浮かぶ。

 ……っと、いかんいかん。まだ試験の最中だ。


「俺をこっちに引き寄せたってことは――狙いは銃弾の補充か」


 とすると――ホノカは今、森を引き返して男たちの遺体の場所へ戻っているはずだ。


 俺も元来たルートを引き返す。

 今度は急がず、ホノカの気配を探りながらだ。

 周囲にホノカの気配はない。

 俺と出くわさないように迂回しているんだろう。それなら、俺より先に男たちの遺体まで先回りすることはできないはずだ。


 遺体が放置された地点へ戻るが、手つかずのままだ。


「弾薬の補充はしていない――と」


 さて――どうしかけてくるかな。

 少し、自分が期待していることに気づく。


 なにかを楽しいと思うのは、随分久しぶりだった。

 最後に胸が高ぶったのは――十年前か。

 余生は隠居して過ごすつもりだったんだが、なかなかどうして、人生はなにが起こるかわからなくておもしろい。


 不意に、頭上から気配。


 視線と共に銃口を跳ね上げる。

 目に見えるのは、白。


 ホノカのブラウス。

 いや――木の枝を髪ゴムで結んで大雑把に人の形を作り、その上にブラウスを被せただけのダミーだ。


 背後で草を踏む音。

 振り返りざま銃口を向ける。

 そこに転がる、拳大の石。


 陽動につぐ陽動。

 となると、本命は――


 銃を持っていない手で、未だ空中にあるダミーを払いのける。


 その陰に、ホノカはいた。


 ダミーの陰から奇襲をかける、二重の騙し討ち。

 その手のリボルバー拳銃は、既に俺へ向けて突き出されている。


「ハッ!」


 思わず笑みがこぼれた。


 スキル《集中》発動。

 世界全体が粘液の中に沈んだかのように、あらゆるものの動きがスローになる。


 ホノカと目が合う。

 温度のない目。

 人を殺すことへの高揚も躊躇いもなく、ただあたりまえの日常の一手段として、殺人に手を染めようとしている。


 なるほど――ますますいい。

 こいつの容赦のなさは天性のものだ。


 けどまあ――やられてやるわけにもいかないな。


 発射される銃弾。

 一秒の百分の一以下の後には俺の体を貫くであろう銃弾の軌道が、俺の目には赤い線となってはっきり見える。


 知覚系スキル《集中》による意識の加速。それと併用発動する上位スキル――《弾道予測》。


 片足を軸に反転。

 死を運ぶ赤い線から身をかわす。


 既に俺が銃弾を回避していることにも気づいていないホノカ。

 銃を握った手をつかみ、くるりと捻る。

 ホノカの体が空中で一回転。


 ズダァン!

 地面に叩きつけられ、ホノカの華奢な体がバウンドする。


「むぎょっ!?」


 珍妙な声をあげるホノカに銃口を突きつけ、


「ゲームセット――だな」

「あぅー……やられちゃいました」


 目の前の銃口が見えてないような暢気な声で、少し悔しそうにホノカ。


「やぁっぱり、お師匠さま強いなー。銃の使い方が上手いだけじゃないんですねぇ。最後、どう動いたのかまったくわかりませんでした」

「まぁな。経験を積めば、それなりに芸達者にもなる。それより――おまえ、なんで向かってきた? 俺から逃げろって言ったろ?」


 俺がホノカに課した訓練の達成条件は、一時間逃げ切ること。

 ホノカは一瞬きょとんとして、


「あー……それはまあ。そっちの方が確実かな? って。お師匠さまから逃げる方が大変そうです」

「ほう」


 まっとうとは言い難い思考。

 予想外――というよりは、期待以上か。


「おまえ、おもしろいな」

「ふぇ? そうですか?」

「ああ。鍛えがいがある」

「いじめがい、って聞こえますねぇー……」


 たははー、と笑う。

 銃を引っ込めても、ホノカは寝転がったままだった。


「で、どうやったんだ?」

「はぇ?」

「どうやって、俺を追い越して罠を張った?」

「あー。それはですねぇ。スキルをとりました」


 うんうん。

 その状況でとり得る、あらゆる方法を考える。

 機転が利くのはいいことだ。


「なんのスキルだ?」

「《パルクール》」


 ああ――どうりで。


「木か」

「はいっ。枝から枝へ、こう、ぴょーんぴょーん、っと」


《パルクール》――日常空間のあらゆる場所を、身一つで飛び回る移動系のスキルだ。

 取得すると移動できる経路が〝見える〟ようになり、適切な動きができるようになる。


 取得するには、敏捷性のステータスが25必要だ。

 そして、移動系のスキルではあるが、もうひとつ条件がある。

 膂力が11以上あること。

 昨日の薪割りによって、かろうじて要求値を満たしていたのだ。


 銃弾による陽動を仕掛けた時点で、既にこいつは樹上を移動していたのだ。

 俺が時間差で破裂した銃弾の様子を見に行った時点から、死体の回りで罠をしかけ始めていた。

 後は、さっきの通りだ。


《精密射撃》や《パワーブースト》なんかの攻撃系スキルを取得していても、到底俺には敵わない。

 そう判断して、即座に二重三重のトラップの手順を組み立てたということだ。


「この短時間でよくもまぁ、こんな小細工が思いつくもんだ」

「にへへ~。こういうの、好きなんですよ。まぁ、ゲームなんですけど」

「ゲーム?」

「あー。この世界にはないんですかね、テレビゲーム。えーと……実際は体をうごかさずに、コントローラーを使っていろんな人間になりきって戦ったり隠れたりする遊びです」

「ほう」

「もう、そればっかりやってたから、どんどん目が悪くなっちゃって~。でへへ」


 なるほど。

 合点がいった。

 こいつの運動能力はそう高くないが、反射神経や判断能力はそう悪くなかった。


 つまり――こいつは自分ではない人間の動きに慣れ過ぎていたんだろう。

 想定する自分の動きと実際の身体能力が噛み合わないせいで、ただ走るだけでも転ぶようなありさまだった。


 言ってみれば、意識の中の自分と現実の肉体の動きが噛み合っていないというか。

 そりゃ、右足を地面に下ろしていないのに左足を前に出そうとすれば、足ももつれる。


「強化素子で身体能力が底上げされたことで、ようやく意識と身体能力が噛み合いだした――ってことか」

「はへ?」

「なんでもねーよ。それより、ステータス見てみろ」

「え? でも、今朝見たばかりですよ?」

「それは俺とやりあう前だろ。いいから開いてみろよ」

「はぁ。そうおっしゃるのなら。――オープンステータス」


 女の子座りになって、ステータスを開くホノカ。


【ホノカ・エンジョウ】

 女

 STR(膂力) : 11

 AGI(敏捷性): 28(+7)

 DEX(器用さ): 16(+4)

 PER(知覚) : 9(+8)

 END(耐久力): 25(+1)

 INT(知性) : 1(+1)

 総合値     : 90(+21)/90

 Lv.5

 スキル

・《パルクール》Lv.1 ◆◇◇◇


「…………? お師匠さまー。この、かっこプラス7、とかってなんですか?」

「強化素子が足りてないと、経験を積んでもそうなる。スキルに10振ったから、ほとんど反映されてないんだ」

「っていうことは……おおっ!? めちゃくちゃ上がってるっ!? なんで!?」

「実戦と訓練じゃあ、集中力が違うからな。成果はそりゃ段違いさ。保留されてる分は、追加で注入すれば上がるよ」

「なんと!」


 目を輝かせて膝立ちで俺に詰め寄るホノカ。


「くださいっ! お師匠さまのを! わたしの中にっ!」

「うん。言葉づかいには気をつけような? ――それより、いつまでその恰好でいるつもりだ?」

「んにゅ?」


 きょとん、と首を傾げるホノカ。

 そのそばには、ブラウスを被せたダミー人形。


 ホノカの上半身は、下着だけだった。


「んにょわぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!? こ、こっち見ないでくださいぃぃぃ!」

「へいへい」


 指摘した途端に顔を赤くして体を隠すホノカから目をそらし、俺は肩をすくめるのだった。


明日も二話投稿する予定です。

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