3:本格修行開始! なのですが……この師匠、ガチで殺る気まんまんです。
前回までのあらすじ。
走ったらステータスが上がりました。いぇい。
◇ ◇ ◇
そんなこんなで、陽が沈むまでわたしは走り込みを続けさせられました。
「つ……つかれたぁー……」
お師匠さまの家に入るなり、力尽きてソファーに突っ伏します。
「おい、汗流してからにしろよ。ソファーに染み込むだろ」
「天然物の女子高生汁です。世の中にはお金出しても欲しい人だっています」
「……おまえの世界、いろいろとヤバくないか?」
ちなみに、ステータスはあれからさらに敏捷性が19、耐久力が17まで伸びました。
このぶんだと、明日の夕方には目標の30に届くかな?
「今日は特別に飯の用意しといてやるから、汗流してこい」
「はいぃ~……って。ここ、お風呂あるんですか?」
どうにもこの世界、桶に溜めた水で行水するのが一般的なようです。
まぁ、わたしは行水すらめったにさせてもらえない生活だったのですが。
「そんなぜいたく品、あってたまるか。表の井戸で洗ってこい」
「なんと。うら若き乙女に、外でマッパになれと?」
「安心しろ。どうせ熊か狼くらいしかいねぇよ」
「なんだ、なら安心……え、熊って言いました?」
「いいから行け」
「わぷっ」
タオルを投げつけられ、しぶしぶ外に出るわたし。
井戸水をポンプで桶に汲み、頭からばしゃり。
冷たいけど、火照った体にはちょうどいいです。
「……そういえば、着替えなかったんでした」
どうせだから洗濯も兼ねてと思って服の上から浴びましたが。
これ、替えの服とか貸してくれますかね。
「……ええい、ままよ!」
思い切りのいい女、円城ホノカ。普通にキャストオフ。
後先考えないとも言う。
山の稜線に沈んでいく夕日がまぶしくわたしを照らします。
雄大な自然の中、野生そのままの姿のわたし。(眼鏡は体の一部です)
この半年間の奴隷のような生活にはなかった解放感が、この大自然にはあります。
ひょっとすると――もとの世界にいたときも、こんな解放感はなかったかもしれません。
「もしかしたら――ここが、わたしがいるべきせか」
「おい」
「ギャーーーーー!」
お師匠さまが窓を開けて顔を出してきました。
「の、覗かないって言ったじゃないですか!?」
「覗いてないだろ。俺はおまえを呼ぶため、堂々と顔を出したんだ」
「開き直った!?」
「安心しろ。おまえみたいなガキの体に興味はない」
「うぅ……複雑ですけど、それならまぁ……」
「――と思ったが、そこそこいい体つきしてんのな、おまえ。見直した」
「見直さなくていいですからこっち見ないでくださいぃぃぃっ!」
はいはいわかったよ、と言いながら窓を閉めるお師匠さま。
興味を一切もたれないのも釈然としませんが、真顔でああいうこと言うんですもん。
なんなんでしょう、わたしのお師匠さま。
ガラガラ。
「言い忘れたんだが」
「ギャーーーーー!」
また出てきた。
「なんですか!? なんなんですかぁ、もう!?」
「飯食う前に、裏で薪割りしておけ」
「なんで汗流してから言うんですかねぇ!?」
そんなこんなで、修行一日目は過ぎていきました。
◇ ◇ ◇
拝啓、おかあさん。
なんだかんだで修行二日目。
今日もホノカは走ってます。
「よーし、休憩だ」
「はひゅーっ、はひゅーっ!」
この鬼師匠、朝からホノカを全力疾走させます。
朝っぱらから走るなんて、学校に遅刻しそうになった時以来です。大体週五くらいでしたっけ。
「どうだ。昨日よりだいぶ楽になっただろ?」
「はひゅ……そういえば、結構走ってましたけど、昨日よりかは楽です」
「ステータスアップの成果だな。自分では気づかなかったかもしれんが、速度もだいぶ上がってたぞ」
「マジですか?」
今なら体力テスト、万年ビリを脱出できるかも。
「ステータス、開いてみろ」
「あい。――オープン、ステータス」
【ホノカ・エンジョウ】
女
STR(膂力) : 11
AGI(敏捷性): 27
DEX(器用さ): 16
PER(知覚) : 9
END(耐久力): 25
INT(知性) : 1
総合値 : 89/100
Lv.5
スキル
・なし
おおうっ!
思ったより上がってます!
「お師匠さま、お師匠さま! いっぱいあがりましたよっ! 褒めて褒めて!」
「おう。えらいえらい」
わしゃわしゃ頭を撫でるお師匠さま。
女の子に対してというより子犬をあしらうような手つきの気もしましたが、人から褒められるのは十年ぶりくらいなので問題なしなのです。
なにげに膂力も上がってるのは、昨日の薪割りのおかげでしょうか。
「そういえば、ステータスにHPはないんですね」
「なんだ、HPって」
「体力……というか生命力? みたいなやつです。攻撃を受けると減っていって、ゼロになると死ぬ」
「そんなもん、数字で表すまでもないだろ。腹に大穴開いたり、首を斬り落とせば大概人間は死ぬ」
「そういえばそうですね」
腕がもげたりするような大怪我が、薬草食べただけで治るわけないですし。
「あれ? じゃあ、耐久力っていうのはなんのためにあるんですか?」
「それはだな、衝撃を緩和する構造を体の中に形成したり、自己回復力を高めたりするのに影響するんだ。腹に銃弾くらうくらいはかすり傷ってやつもいるぞ。骨も硬くなるから、鍛えてる奴はヘッドショットしても弾かれたりする」
なんと。シューター系のゲームはヘッドショットで大体即死なので、これは驚きです。
「まぁ、それだけ鍛えてる奴はそうそういない。たまーに、殺しても死ににくい奴がいる、くらいに思っとけ。だから、死亡確認はしっかりとな」
「ラジャーですっ」
「うんうん。素直でよろしい。殺す気まんまんなのが、年頃の女子としては玉に瑕だが」
生徒の個性は伸ばさなきゃな、と呟くお師匠さま。
「えーっと、膂力は上半身の筋力、敏捷性は下半身の筋力、器用さは指先の器用さ……なんか、器用さは地味じゃないですか?」
「そうでもないぞ。銃の扱いなんかに影響するし、ワイヤーなんかの特殊な武器を使う時にも補正がかかる」
「おー、それいいですね」
「ま、しばらくは敏捷性を重点的に磨け。余裕ができたら他のも伸ばしていい。タイミングは俺が指示する」
「了解でぇっす!」
アクションRPGのキャラクターの育成方針を考えるみたいで、だんだん楽しくなってきました。
「わたし、才能あります?」
「走ってただけだろ。調子に乗るな。――とはいえ、思ったより伸びがいいのも確かだ。……よし、予定を繰り上げて、次の訓練に移るか」
「次ですか? 今度はなんです?」
わくわく。なにかなー、なにかなー。
お師匠さまは不意に懐から拳銃を抜きます。
「おっ、射撃訓練ですかー。いいですねぇ」
けれどお師匠さまはにやりと笑い。
「いいや、違う」
その銃口をわたしに向けます。
「……はえ?」
「今から俺がおまえを狩る。成長した能力を使って、一時間逃げ切ってみせろ」
たらー、と冷や汗がこめかみを伝います。
「えっとぉ……冗談、ですよね?」
「だといいな」
にやり。殺人鬼のような冷たい目。
あ。これ、マジのやつだ。
「はいスタート」
「のぉう!?」
銃声が響いて、わたしの髪が何本か宙に舞います。
慌てて駆け出すわたし。
一目散に森に飛び込みます。
「おう、そうそう。逃げろ逃げろ。木を使って射線を切れ」
「あ、悪魔~~~!」
泣きそうになりながら、わたしは追い立てる鬼師匠ならぬ悪魔師匠から逃げるのでした。
◇ ◇ ◇
ホノカの成長は早い。
ちょっと褒めれば怠けそうなので、ホノカの成長速度を本人には「普通だ」と言ったが、実は相当なものだ。
強化素子がうまい具合に体に定着しているんだろう。定着効率は個人差があるが、これがスムーズにいくのもある種の才能だ。
「さてさて――あとはどれだけ応用力があるかだが」
実のところ、最初は暇つぶし程度のつもりだったホノカの教育も、だんだん楽しくなってきていた。
あいつには素養がある。この伸び率なら、俺の固有技能を覚えさせることもできるかもしれない。
自分の技術を後世に残すということにこだわりはもっていないつもりだったが――それはそれでおもしろい。
「ま――俺から逃げ延びられればの話だけどな」
◇ ◇ ◇
「はっ、はっ……!」
森の中、お師匠さまから一目散に逃げるわたし。
大きな木の幹に背中を預けて、息を整えながら元来た道を覗き込みます。
「で、でも……まさか、本気で殺そうっていうわけじゃ――」
パァン!
目の前で木の幹が弾けました。
ザ・弾丸。
「いやぁぁぁぁああああ! 本気で殺りにきてるぅぅぅぅぅ!」
慌てて走り出します。
お師匠さまの位置はここからはわかりません。ということは、そうとう遠い場所から撃ってきてるということで。
「こっちは丸腰、向こうは銃……!」
今日はショットガンは持ってないみたいですが、なんの慰めにもなりません。
ふと――森の中に倒れている人を発見。
と思ったら、昨日のひげもじゃAとBです。どっちがAだっけ。
はたと足をとめます。
グリフォンは森の動物に食われたのか、ほどほどに食物連鎖中。
重要なのは、そのすぐ近くに落ちている金属。
銃です。昨日、わたしがひげもじゃーズを撃退する際に使った、元ひげもじゃ所有のリボルバー拳銃。
弾倉を確認してみると、わたしが撃たなかった二発分が入ったまま。
「予備の弾、持ってないかな……わひゃっ!?」
ひげもじゃの体を漁ろうとしたら、目の前の地面に着弾。
慌てて逃げます。
数百メートルを蛇行しながら全力疾走。
巨木の洞に滑り込んで、状況整理。
結局、手に入った弾丸は弾倉に入ったままの二発だけ。
闇雲に撃ったところでどうにかなるものではないです。
その時、天啓のようにお師匠さまの言葉が脳裏をよぎります。
お師匠さまは言っていた。
『そこそこいい体つきしてんのな、おまえ。見直した』
違う。そこじゃない。
『成長した能力を使って、一時間逃げ切ってみせろ』
成長した能力。
わたしのステータスは、確かに昨日よりもいくらか上がっている。
けど、お師匠さまには到底かなわないでしょう。
なら――
「スキル……!」
すぐにウィンドウを表示させます。
「えぇーっと……スキルっ! スキル欲しいですっ!」
適当に言ったのですが、ちゃんと開いてくれました。
ずらーっと並ぶ無数のスキル。
「えっと……取得可能なスキルだけ! まだ多い……戦闘系のスキルで!」
だいぶ絞られました。
その中で役に立ちそうなものを探します。
「《精密射撃》……銃火器の命中率に補正がかかるスキル……うん、これはよさそうですね。――あ、でも」
画面をタップしようとした手が止まる。
あの超人的速射でグリフォンを撃ち落としたお師匠さま相手に、付け焼刃の射撃スキルでどうにかなるでしょうか。
おまけに、こっちは残り二発。
見れば、初歩のスキルはどれも必要強化素子が10ポイント。つまり、今の私では一つしか取得できません。
「どれ……どのスキルなら、お師匠さまに対抗できる……!?」
考えれば考えるほど、どれも正解とは思えなくなってきます。
と――ひとつのスキルが目に入る。
「――コレです」
自分の考えが正しければ――これ以外に、自分がお師匠さまから逃げ切れる方法はない。
けど、
「ただ逃げるだけっていうのも、芸がないですよね」
うん。
ちょっと、楽しくなってきた。
今日も19時頃にもう一話上げる予定です。