2:ステータス優遇も固有スキルもなしって、どういうことですかっ!?
拝啓、おかあさん。
なんだかんだで、ホノカは森で会ったお兄さんに保護されました。
「ここがお兄さんの家ですかー」
案内されたのは、森の中にひっそりとたたずむログハウス。
お兄さんはたぶん、二十代の半ばくらい。
若そうなわりには、どうにも隠居してるおじいさんみたいな風格を感じます。
闇社会から逃れてひっそりと生きる、元殺し屋とかかもしれません。
「まあ入れ」
「なんか秘密基地っぽいですね~」
ワイルドな格好と住処なので散らかっているかと思ったら、意外にこざっぱりとしていらっしゃる。
単に物が少ないだけかもしれませんが。
勧められるままにソファに座ると、お兄さんも対面に座ります。バイトの面接みたいです。そういえば初めてやったバイト、二時間でクビになりましたっけ。
「あっ、そうだ。先ほどはナイフを貸していただいて、ありがとうございましたー。おかげで助かりました」
わたしがナイフを差し出すと、「ああ」とそっけなく受け取ります。
「……おまえ、ナイフ使ったことあるのか?」
「? 果物ナイフなら、まぁ」
「いや、そう言うのじゃなくって。対人戦で使う格闘ナイフだよ」
「まさかまさか。一介の可愛いJKにそんな物騒な経験、あるわけないじゃないですか~。やだなぁ、常識で言ってくださいよぅ。……あれ? なんでわたしの頭つかむんですかあああいだだだだっ! いだいぃぃぃぃぃ!」
「ああ、悪い。なんかおまえに勝ち誇られると、無性にむかつくんだ」
頭蓋骨が軋む音、初めて聞きました。
「あうぅ……」
「その割には、躊躇いなく斬りつけてたよな。おまえのいた世界、そんなに物騒なのか?」
「いえ? 通り魔事件でも起ころうものなら、ワイドショーのネタになるような法治国家でしたよ」
「ワイドショーがなにかは知らんが、要はおまえ、人を殺したのは初めてってわけか」
「というより、傷つけたのも初めてですけどね。ケンカとか、したことないですし」
なんだろう。お兄さんがうさん臭そうな目で見てきます。
「……普通、初めて人を殺した人間ってのは、もっと動揺するもんなんだけどな。おまえはないのか? 人の命を奪ったことに対する良心の呵責とか、葛藤とか」
「…………?」
不思議なことを言うお兄さんに、わたしは首を傾げて素朴な疑問を投げかけます。
「え? だって、悪い人ですよね? 悪い人なら、別に殺されたって文句言えないでしょう?」
◇ ◇ ◇
少女――ホノカの言葉に、俺の中で理解の波が広がる。
なぜこんな平凡な人間が召喚されたのか不思議ではあったが、納得した。
こいつの倫理観は、決定的に壊れている。
なにか異常な経験の積み重ねでこうなったのではない。最初からこういう生き物として生まれ、誰にもその歪に気づかれることなく育ったんだろう。
悪人を殺しても、正義感による高揚があるわけでもない。
いいことをしたとすら思っていない。
自分を正当化する手順を踏まず、自分のしたことを普通に受け入れている。
なるほど。
この娘はどこまでも欠陥品で、異分子で、異端児で。
そして、どうしようもなく、この世界に向いているらしい。
正直言えば、さっさと放り出そうと思っていたんだが。
「――よし、気が変わった。おまえ、ここで暮らせ」
「……ふぇっ!?」
人を殺しても動じなかった奴が、急に驚いた声を上げる。
「ん? どうした、どうせ行くあてはないんだろ」
「そ、それはそうなんですけど、そのぅ……」
「なんだよ、問題あんのか?」
「えっと、そのぅ……だって、知り合ったばかりで、そんな……」
ああ。さすがに、見ず知らずの男の家に住むのに抵抗を覚える程度には常識があるのか。
「そんな……いきなりプロポーズだなんてっ!」
一段飛ばしに飛躍していた。
「いや違うから。とりあえず、魔獣やら山賊やらに襲われても生き残れるように鍛えてやるって話だから。おまえは俺の弟子で、ただの居候。なんならこき使う気まんまん」
「あ、そうっすか」
一瞬で素に戻った。
なんなのこいつ。
「そういうことなら、お願いしたいです」
「ああ。しばらくここにいろ。おまえには、いろいろ教えることがある」
「エロいことですか?」
「そういうことは、もう少し成長してから言え」
「……熟女好き?」
「黙れ」
すぱーんと後頭部をはたく。「いてて」と頭をなでつつも、なにやら嬉しそうに口元が緩んでいる。
「なんで笑ってんだよ。気持ちわりぃな」
「ああ、いえ。なんか、こういうの久しぶりだなって。こっちに来てからは、犬か馬みたいな扱いだったんで」
「馬の方が仕事しそうだけどな」
「うぇへへへ~」
照れるところだろうか。
「あっ。そう言えば、お兄さんの名前聞いてなかったですねー。お兄さんだとちょっと呼びづらいです」
「ああ。そうだったな。アシュレイだ」
「了解しました、お師匠さまっ!」
呼ばねぇのかよ。
◇ ◇ ◇
さて、そんなこんなで、この頭空っぽのJK(という期間限定で名乗れる社会身分だったらしい)の指導をすることになったわけだが。
「一応聞くけど、おまえ〝強化素子〟についてはどの程度知ってる?」
「ほとんどわかりませんっ! 一回、同じ奴隷の子に教わった気もしますが、忘れましたっ!」
「うん。元気のいいバカでなによりだ」
「うぇへへへ~、褒められたぁ♪」
バカと言うより、単に精神年齢が三歳児並なのかもしれない。
「あ、でもあれですよね! スキルとか、ステータスとか強化してくれる便利なやつですよね! わたしにはどんなスキルがあるんですかっ?」
「キラッキラの目で見つめてくれてる所に残念なお知らせだが、特に先天的なものはなにもなさそうだ」
「なんと! …………あ! あれですか! 最弱と見せかけて最強! 的な!」
「おまえ運動苦手だろ?」
なんか、普通に走ってて転んでたし。
それでいてナイフの使い方は適切だから意味が分からんのだが。
「それなら、頭脳系スキルでワンチャン!」
「頭いいの?」
「この前の試験、赤点だらけでした! ……ハッ!? しまった! わたしバカでした!」
「うん、俺は知ってたよ」
「さすが師匠! わたしのことならなんでも知ってますね!」
うん。まだなんにも教えてないけどね。見たまんまを言っただけだけどね。
「けど……むぅ、せっかく転生したのにスキル優遇なしとはー……あれ? 転生はしてないのかな? 転移?」
「その辺の区別は別にどうでもいいんだが。――そもそも前提として、おまえは〝強化素子〟を取り込んでない。この世界に着いた瞬間に受けられる恩恵でもないからな」
「取り込む……って、どうやって?」
「買うか、奪うかだな。今回は俺が特別におまえに別けてやろう。後ろ向け」
「おねがいしまっす!」
素直に後ろを向いたホノカのうなじに触れる。
「はにゅ! くっ、くすぐったいっです~!」
「我慢しろ。脊髄と脳に直結してるここが一番効率がいいんだよ」
右手に意識を集中。体内に貯蔵している強化素子を手の平から送り込む。
「あー……なんかー、ぽわぽわしますー……きもちー」
「ま、こんなとこだろ」
十秒ほどかけて強化素子を流し終える。
「これで強くなったんでしょうか?」
「いや、それはあくまで下準備だ。体内に取り込んだ強化素子は、経験を積むのに合わせて、脳や体の各部位に定着して、筋力や神経の信号伝達を強化する」
「わかりません!」
「ああ、バカだもんな。つまり、走ってれば足腰が強くなって、重いものを持ち上げたりしてれば腕力や背筋が強くなるってことだ」
「……なんかそれ、ふつうじゃないですか?」
「言われてみればそうだな」
それだけ聞けば、筋トレするのと同じことだ。
「それはともかくとして、とりあえずおまえのステータス見てみるか。育成方針を決めるのにも、今現在のおまえの能力を知るのが重要だ」
「おぉう! そういうのを待ってたんですよー! わたし、こう見えてゲーム大好きっ子でして! ワクワクしますねぇ! どうすれば見れるんです?」
「基礎的なシステムは、脳内にすぐに形成されるからな。念じるだけでもいいんだが、慣れないうちは『オープン、ステータス』って口に出して言えばいい」
「わっかりましたぁっ! ――オープン、ステータス!」
ブゥン――と音が響き、空中に青白い光の文字が投影される。
どれどれ――
【ホノカ・エンジョウ】
女
STR(膂力) : 7
AGI(敏捷性): 4
DEX(器用さ): 16
PER(知覚) : 9
END(耐久力): 6
INT(知性) : 1
総合値 : 43/100
Lv.2
スキル
・なし
「……………………」
「……………………」
寒々しい風が吹いた――ような気がした。
「……ど、どうなんですか、お師匠さま? なんか、一桁ばっかりですけど……ゲームだとこれ、たぶん序盤の雑魚モンスターくらいのステータスに思えるんですけど」
「…………ステータスは、平均的な一般男性を10から15の範囲として測定されてる」
「はぁ……偏差値みたいなもんなんですね……あれ? ていうことは、これって……」
「ゴミだな」
「神は死んだっ!」
膝をつき、大袈裟に天を仰いで叫ぶホノカ。
「人並み以上なのは器用さだな。ナイフの扱いがうまかったのも納得だ」
「そんなことより! わたしの知性1ですよ!? どういうことですか!?」
「落ち着けよ。知性だけは特殊な判定だからな。事象演算……魔法を扱うのに必要なステータスだ。そういう力のない世界にいたなら、おまえの能力が1でもおかしくはない」
正確には、知性は〝事象演算干渉能力〟と言うが、ややこしいのでこいつには説明しないでおく。
どうせ、そういう方向に伸ばすつもりもないしな。
「ううぅ……でも、ほとんど並以下って~……」
「そう落ち込むな。これを効率よく上げられるのが〝強化素子〟だ。俺の指示に従えば、結構なテンポで成長できる」
「ほんとですかぁ?」
すっかり意気消沈して背中を丸めてしまっているホノカ。
その背中をバシン! と叩く。
「あひぃ!? いぃ、いたいですよぅ!」
「オラ、気合入れろ。鍛えれば鍛えるほど、体内の強化素子は定着する」
「はぁ……具体的には、なにをすれば?」
「なにをするにもまずは、ある程度の耐久力と敏捷性――つまり、スタミナと下半身の筋力が必要だ。つまり」
「つまり?」
ぽん、と肩に手を置く。
「走れ」
「ただの部活!?」
◇ ◇ ◇
「ひぃ、ひぃ、ひぃ……!」
拝啓、おかあさん。
お師匠さまのもとで修業を始めたわたしですが、なんかひたすら走らされてます。
かれこれもう、一時間ほど走ったでしょうか。
全身汗だくで足はがくがく。ろくにご飯も食べれてないわたしの体力は今にも限界で転びました。
ずべしゃあ。土の地面にヘッドスライディン。
「お、お師匠さま~、もう、限界、ですー……」
「なんだ。もう音を上げたのか?」
お師匠さまは庭先のロッキングチェアに座って高みの見物です。
「そんなこと言われても~……わたし、栄養のあるもの食べさせてもらってないんですよー。うっすいおかゆか硬いパンばっかりで」
「今日はしっかり食わせてやる。――まぁ、初日からオーバーワークすぎるのも問題だな。とりあえず、井戸で顔でも洗ってこい」
「はひー」
ゾンビのように這いずって、庭先の井戸に向かいます。
そこで力尽きました。
見かねたお師匠さまがポンプで井戸水を出してくれます。
頭からぬれねずみになるわたし。
「……お師匠さま。ブラウスまでびっしょびしょです。もうちょっとソフトに」
「文句言うな。それよりステータス出してみろ」
「わかりましたよぅ。――オープン、ステータス」
【ホノカ・エンジョウ】
女
STR(膂力) : 7
AGI(敏捷性): 11
DEX(器用さ): 16
PER(知覚) : 9
END(耐久力): 12
INT(知性) : 1
総合値 : 51/100
Lv.3
スキル
・なし
「敏捷性が7、耐久力が6……ですか。結構あがってるみたいですけど、これってどうなんですかね」
「ん……まぁ、普通だな」
「普通ですか~」
まあ、いいか。
普通が一番ってよく言いますし。下の中で生きていたわたしとしては上出来でしょう。……下の下だったのかな?
「そういえば、総合値っていうところの、右の100はなんですか? てっきり、レベルアップまでの必要経験値かと思ってたんですが」
「俺がおまえに注ぎ込んだ強化素子の総量だよ。51ってのは、おまえの体に定着した量だな」
「ふむふむ。……あれ? となると、成長は100で頭打ちってことですか?」
「総量を増やさない限りはな。それと、強化素子をスキル取得に回すこともできる」
「スキルっ!」
突如として聞かされた素敵ワードに、わたし大興奮。
「はいはいっ! スキル欲しいです!」
「慌てんな。そもそもステータスを伸ばさなきゃ、取得できるスキルは限られてる」
「必要ステータスってことですかぁ。ちなみに、今のわたしならどんなスキルがとれるんです?」
「そうだな……《DEX(器用さ)ブーストLv.1》とか、《体力回復高速化Lv.1》とかだな。あとは――《裁縫Lv.1》とか」
「いらねー! 裁縫スキルいらねー!」
めっちゃ家庭的でした。
いや、クラフトゲームならそれでもいいんでしょうけど。
「ていうか、なんでそんなスキルがあるんですか!?」
「別に戦闘特化のスキルしかないわけじゃないぞ。この世界の神……みたいなのがいてな。どういう基準でスキルを作ったかは知らんが、こういう日常に密着したスキルはよくある」
「神様?」
「それについてはおいおいだ。どうせおまえ、忘れるし。バカだから」
むぅぅ。お師匠さまとはいえ失礼な。
まぁ、たぶん忘れますけど。
「それはともかくとしてだ。とりあえず、敏捷性と耐久力が30越えるまでは走り込み。スキルも次の訓練もそれからだ」
「うへぇ……」
言い渡された課題に、泣きそうになるわたしでした。
明日も12時と19時を目安に、2話投稿予定です。