1:逃げ出して、デッドエンド。
初投稿です。
よろしくお願いします!
拝啓、おかあさん。
ホノカは今、怪物に追われています。
「ひぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁああああああ……!」
『Giiiiiiiiiiiiiiiii!』
鷲の頭と羽に、ライオンの体をくっつけた怪物。
ゲームとかで見る、グリフォンというやつです。
木々が生い茂った森の中、上空からわたしを追いかけてくるグリフォン。
枝葉が邪魔をしてるからどうにか逃げられているけれど、少しでも躓こうものならあっという間に追いつかれてしま転びました。
「あいたぁっ!」
ずべしゃー、と苔むした森の地面にヘッドスライディン。
ブラウスが露でべっちゃべちゃ。
眼鏡についた苔を払いながら見上げると、一直線に迫るグリフォンの爪。
あ、これ死にましたわー、あえなくデッドエンドですわー。
思えばなんと不幸な人生。
半年前、光る魔法陣に飲み込まれて異世界に拉致られたわたしは、勇者として歓待されるでも生産スキルに目覚めて文明を発展させるでもなく、ただただ労働力として家畜のような扱いを受ける日々。
慣れない重労働。転々とする職場。
よっしゃいっちょ逃亡してリスタートしたるわー、と一念発起した結果がこれです。
速攻で追っ手がかかり、魔物使いの使役するグリフォンに追われている、絶体絶命のこの状況。
頭をよぎるこれは……走馬燈?
『おまえ、マジでグズだよな』
『姉ちゃんってさ、ほんと取り柄ないよね』
『ねえ、円城さん、言いにくいんだけど……部活、辞めてくれない? なんていうか――邪魔』
あれ? あれれれー?
こういう時って、幸せな記憶がよぎるものでは?
世界がわたしに優しくない。
こんなピンチにこそ不幸な人生の裏返しに勇者的なすぅぱぁぱぅわーが目覚めるべきだと思いますが、残念。まったくそんなことはなかったぜ。
無情にもグリフォンの爪がわたしのたわわなボディ(誇張表現)を切り裂く――その直前。
パン! パパン!
銃声銃声、また銃声。
わたしの顔のすぐ横を通った弾丸が、グリフォンの胴体を貫きました。
墜落するグリフォン。やーい苔まみれー。
『Giiiiiiiiii……!』
あ、生きてる。
ズダン!
さっきよりも重い銃声。
あ、死んだ。
「――騒がしいと思ってきてみたが」
現れたのは、狩人か殺し屋みたいな格好のお兄さん。
やたらごてごてした革装備がかっこいい。
やる気なさげに持っているのは、長い銃。水平二連装式のショットガンみたいだけど、ファンタジーっぽいデザインでかっこいい。獣狩りとかしてそう。
お兄さんはじろりとうさん臭そうにわたしを見下ろします。
「なんだ、おまえ?」
「ただのJKです」
「ジェイ……? なんだ、名前の略称か?」
「いえ? 名前は円城ホノカですよ」
「ああ……いや、それはどうでもいいんだが。なんでグリフォンなんかに襲われてたんだ? 合成獣ってことは、使役者がいるんだろ。おまえみたいなのをわざわざ狩ろうとする理由がわからん」
「それはわたしが逃げて来たからでしょうねー」
「なんだ、おまえ奴隷か?」
「そんな感じです。遭遇した第一異世界人が山賊みたいな人たちだったのが運の尽きでした」
「異世界……? ――ああ。おまえ、転移者か」
なにかぴんと来るものがあったのか、お兄さんは目をニヒルに眇めてわたしを見つめてきます。
はて。異世界人というのはこの世界でも一般的ではないようなのですが、このお兄さんはなにか知っているようです。
「にしても、なんでこんなのを……」
「あ、そうだ。助けていただいてありがとうございます」
お礼は大事。お母さんにそう教わりました。特におまえは人の世話になることが多いから愛想は大事だって。
けれどけれど、お兄さんは眉をぐにゃっとしかめて、
「別に助けてねぇよ。庭に魔獣が入ってきたから、駆除しただけだ」
「……ツンデレ?」
「ちげぇよ。――使役者がおまえを追ってくるだろ。そいつから助けてやるつもりはねぇ。自分でなんとかしろ」
あ。この人、本気でもう助けてくれる気ないやつだ。
目を見ればわかります。見捨てられるのには慣れてますから。ホノカは鋭い女なのです。えへん。
「生き延びたきゃ、自分でなんとかするんだな」
「んー。じゃあ、銃貸してください」
「甘えんな」
にべもなく言いながらも、お兄さんは腰のナイフを鞘ごと貸してくれました。やっぱりツンデレ?
「それでなんとかしろ。できないなら降伏しろ」
お兄さんは徹底した現実主義者のようです。
ナイフを鞘から抜いて刃渡りや厚さを確かめてみます。
「んー。それじゃまぁ、やってみます」
「がんばれよ」
お兄さんは本当に助けてくれる気がないようで、さっさと森の奥へ消えました。
手には一振りのナイフ。
追ってくるのは武装したやばい人たち。
現状を確認して、わたしはひとつ大きく頷く。
「よーし。がんばるぞー」
◇ ◇ ◇
「おい、どうなってる? おまえのグリフォンは」
「わからねぇ……いきなり反応が消えた。それにさっきの銃声……誰かが横槍入れやがったか?」
森の中、わたしを追ってきたのは二人組の男たちでした。
手前にグリフォンの使役者らしきひげもじゃの男、その少し後ろにひげもじゃの男。
しまった、どっちもひげもじゃだ。区別がつかない。もうAとBでいいや。
ひげもじゃAとBは、どちらも拳銃で武装しています。
六連発式のリボルバー。構え方からして、専門の訓練を積んだようには見えないです。洋画はよく見るので、ホノカは詳しいのです。
「あ、おい、あれ! おまえのグリフォンじゃないのか!?」
「……クソっ、死んでやがる! どんだけ金積んだと思ってんだ!」
グリフォンの死骸を検分するひげもじゃA&B。
――その無防備な頭上から、わたしは襲い掛かった。
「てりゃっ!」
気合いと重力加速を乗せた一刀両断の兜割り。
振り下ろしたぶっとい木の枝が、ひげもじゃAの頭をしたたかに殴打。
枝が砕け、わたしの手がしびれる。
「ぐがっ!?」
たまらず地面に崩れ落ちるひげもじゃA。
そしてわたしも尻もちをつく。
「な……!? このガキ……!」
ひげもじゃBが慌てて銃をこちらに向けてきます。
短くなった木の枝を投擲。
奇跡的に手に命中。狙いが逸れた銃弾は明後日の方向へ。
スカートの後ろに固定していたナイフを抜き、突っ込む。
「とうっ!」
そのまま体当たり。
絡み合うように倒れるわたしとひげもじゃB。
拳銃を持ち上げてわたしを撃とうとするひげもじゃBの手首を、ナイフで切りつける。
たまらず拳銃を取り落すひげもじゃB。
「づぁ……!? てめぇ……、ッ……!」
ひげもじゃBが目にしたのは、突きつけられる銃口。
それが、ひげもじゃBが見た最後の光景。
「ばいばい」
ドン!
銃火が咲き、ひげもじゃBの額に穴が空く。
「なっ……、嘘だろ、おい……!」
ようやく起き上がったひげもじゃAが、仲間の死体に愕然とする。
「クソアマぁッ!」叫びながらこちらに向けられる銃口。
やけになって撃った弾丸は、すべてわたしの盾となった仲間の死体に吸い込まれる。
カチ、カチ、と空撃ちするひげもじゃAに向けて、わたしはひげもじゃBの陰から銃口を向ける。
ドン! ドン! ドン!
一発目は外し、二発目は脇腹に、三発目は胸の真ん中に命中。
どさりと音を立てて崩れ落ちるひげもじゃA。
――秘技・ひげもじゃシールド。相手は死ぬ。
ひげもじゃBの死体を放り捨てて、体をのばします。
「んん~~~、なんとかなったぁー」
やったぜ。今夜はかつ丼だ。
いや、食べ物どころか家すらないんですが。
◇ ◇ ◇
「……生き延びた、か」
強化した視覚ごしに結果を確認し、俺は目を眇める。
いよいよとなったら、助けるつもりではいた。けれど、あのガキは結局自分の力でどうにかしてしまった。
「つうか……ほんとに堅気か?」
相手の注意が向くであろう、グリフォンの遺骸の上で待ち伏せしたこと。
唯一の武器であるナイフはあくまで予備にとっておき、リーチのある木の枝を使って奇襲をかけたこと。
相手の手首を狙う冷静さ。
敵の死体を盾に使う状況判断力。
そしてなにより――人を殺すことを躊躇わない思い切りのよさ。
先ほどまでの抜けたイメージとはかけ離れている。
動き自体は大したことはない。だが、最適解を導き出す速さは熟練の戦士そのものだ。
「この世界に呼びだされたのも、わからなくはねぇな」
この世界に呼ばれるのは、俺のように既に戦闘技能のあるやつばかりだと思っていたが……どうやらそうでもないらしい。
「おもしろい――かもな」
関わるつもりはなかったのだが――気が変わった。
◇ ◇ ◇
森の奥から足音がして、振り向くとさっきのお兄さんが近づいてくるところでした。
「おまえ、行くとこあるのか?」
「あー……全然。あてもなにもありません。とりあえず、今日は野宿かなーって思ってました」
「だったらうちに来い」
「へあ?」
突然の申し出に、少々混乱するわたし。
「飯くらい食わせてやる。ついてこい」
顎をしゃくって歩き出すお兄さん。
他にあてもないので、わたしはついていくことにしたのでした。
夜19時頃にもう一話アップする予定です。