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6.18

二百年後。


「こうしてヴィンターリア王国の名物のこの時計塔が作られ始めたんだ」

 俺はヴィンターリアに作られた石の時計塔の展望階で子供たちを相手に懐かしい思い出を昨日のように呼び覚ましながら語っていた。

「当時も今もこの塔と同等の物を建てようと思うと気の遠くなるような時間と高い技術が必要で今の職人たちでも簡単に造れないんだ」

「はい、マサル様。気の遠くなるような時間って実際にはどれくらいかかったんですか?」

「二十二年と十一か月かな? 毎日誰かがこの塔まで来て作業をしていたよ、その頃は今より人口もずっと少なくて王都の規模も小さかったんだ。今でこそ城壁の中にこの塔があるけど建造してるときは完全に城壁の外にあって常に危険が伴っていたんだ」

「約二十三年も魔物のいる場所を何十人も来ていたってことですか?」

「そうだよ、塔の建設から一年ほどで初代女王アデリナの叔父ランスロットが兵士たちと一緒に道を作ったから無茶苦茶危ないって事は無かったけどな」

 俺の教育を受けた子供たちが塔の建設に興味持たない訳が無く、子供たちの身を案じたランスロットは塔の建造で出た石材の端材で道の整備を行ったのであった。

「それでも塔の建造には色んなトラブルがあって人々は協力しあって問題を解決していったんだ」

「例えば?」

「そうだな、一番最初に起きた事件はトイレが無い事だった」

「えっつ? トイレ?」

「言ったろ? 街の中になかったから作業員のお手洗いに困ったんだ。流石にこれは助けて下さいってすぐに救援が来たね」

「もしかして塔の横に公共トイレがあるのは……」

「当時の名残だな。それから塔の周辺には生活の拠点に必要な物が増えていくんだ」

「他には?」

 興味深々で子供たちは俺の顔を覗き込んでくる。

「他かぁ……水問題だな」

「井戸が足りなかったのですが?」

「いや井戸は集落だった頃があるから十分にあったんだ」

「じゃあ、水問題って?」

「単純に完成してない塔には屋根が無いから雨が降ると中に川が出来るんだよ。特に雨季の時には大変で人が中に入れない程だったんだ」

 下手に入ると石作りのウォータースライダーの洗礼を受けることになるのだった。

「当時は城壁の外だから塔の周りは雨季は水の中だったから小舟じゃないと来れないんだ」

「あれ? でも毎日誰かが作業してたって……まさか!」

「そう、してたんだよ作業を……ほら今は雨が降っても中が川になったりしないだろ? もし水が入ってきても外壁の外側を水が流れるように塔の中を水路を作っていたんだ」

「雨季の前に水路を作れば良いのに」

「そうすると雨季にする塔の仕事が無くなるんだよ。毎年塔は高くなって新しい階層が出来るし雨季に塔の上で石積みは危なくて出来ないからな」

「危ないからお休みすれば良かったのに」

「そう思うだろ? でもそれは一度だけ試して物凄い悪手だと気が付いたんだ」

 ただ工事を天候不良で休む……こんな事に罠が隠されているとは誰も気付くわけがないじゃないか!

「何があったんですか?」

「排水の穴が詰まって魔物が住み着いていたんだ」

「げっ! 大変じゃ無いですか!」

「しかもただの魔物じゃない! 蛙の魔物が中に溜まった水に卵を大量に産んでいたんだ」

「凄いですね……想像しただけで悪夢です」

 甘い! それだけで終わらないのがこの話の真の意味で悪手だったとされる所以である。

「その蛙の魔物は美味しいから天敵が多く、狙われるから卵も多かったという事で色んな場所で水路が卵で詰まってしまうし卵やその蛙の魔物自体を狙って鰐の魔物や淡水に棲む鮫の魔物が群がっていたんだ」

「完全に(ごはん)が逃げ場のない場所にいる感じですね」

「蟹とかだったら俺も喜んでたかも知れないけど蛙じゃあねぇ……」

 流石に蛙も鰐も鮫も大量の在庫が欲しいと思わなかったのだった。

「そんな風に色んなトラブルがあっても実際は誰も悲痛になったりせず、むしろこんな事があったよと皆で夕飯の楽しい話題にしてたね」

「ヴィンターリア王国の建国者たちって凄い人たちが多いって習ったけど本当なんですね」

「そりゃあミスリル像が残ってるくらいなんだから凄いわよ!」

 俺が暇つぶしに作った像は思った以上に大切にされ今も色褪せていないのだった。

「そんな凄い人たちの子孫だろ君たちは。同じ位凄い事をすれば良いさ」

 そう今ここに来ているのはアデリナとザーグを始め、ミコトとメイにリュリュ、ランスロットやエレーナ、クックたちの子孫までいるのだ。

「英雄と呼ばれたランスロットがまさかアデリナにお見合いして結婚するよう迫られた時に逃走を図ろうとしてお見合い相手に捕まるとは思わなかったし、結婚の条件にかぐや姫みたいにエレーナは無理難題を出したのにそれをクリアして結婚を認めさせる傑物もいた」

 甦る彼らと過ごした日々……もう神であっても手の届かないところに行った友たち。

「クックは堅実なせいか意外にモテて結婚希望者が多過ぎて四人と結婚するようになって慌ててたっけ……ルルさんは結局色んな誘いから逃げ切って孫たちに夢中だったな……」

「マサル様?」

 心配そうに顔を覗き込む子供たちの顔が涙で歪む。

「大丈夫さ……こんなに素晴らしい宝物を皆は残して行ってくれたからね」

 子供たちの頭をくしゃくしゃと撫でて立ち上がる。

「さぁ、そろそろ帰る時間だ。また遊びに来なさい」

「もっとマサル様と一緒にいたら駄目?」

「家族が待っているだろ? 俺もビクティニアスが待っているから帰らないと」

 そう悲しみに暮れる事なんてない、俺は何も無くしてなんか無いんだから。



 神界に帰るとビクティニアスの下へ戻る前にアイラセフィラに捕まってしまった。

「珍しいな俺の帰還を待っていてくれるなんて」

「珍しいなじゃないわよ! また新入りが来るから指導してって言ったじゃない!」

「悪い、子供たちの呼ぶ声が聞こえたから地上(した)に行ってたんだ」

「マサルが神様の移住を始めたんでしょう? 噂が噂を呼んで色んな世界から神々が移住してきているのよ。神が九人しかいなくて困っていた頃よりずっと良いけど神同士のトラブルも増えているわ。ちゃんと面倒みてやってよ」

 そんな風に怒ってみせているが実のところそんなにアイラセフィラは今の状況を憂いている訳ではないのを知っている。

「指導の件に関しては了解したよ。それより最近どうなんだ?」

「どうって? なんの話よ?」

「なんの話って、最近仲がいい闘神がいるんだろ?」

「……なんの事よ……気のせいじゃない?」

 アイラセフィラの目があからさまに泳いでいる。

「アイラのタイプがあんな屈強な元英雄だとは知らなかったよ。筋肉が良いのか? それとも優しいか?」

「っ‼ 違うって言ってるでしょ!」

 照れて真っ赤になっているアイラセフィラはとても貴重だ。

「まぁ、どうなるにしてもビクティニアスには報告しとけよ」

「そんなんじゃないって言ってるじゃない!」

「新人たちにはちゃんと話をしとくよ。明日は必ず行くから集めといてくれるか?」

「ちゃんと敬意を払うのよ。みんな先輩の神様なんだからね」

「分かってるって、そんなに信用無いか?」

「信用はしてるわよ、ただ最近は荒くれているとかそういうのは無いけど、変な神様が多いから」

 つい先日は全裸で草原を駆けていく神様がいて厳重注意をしたのは嘘のような本当の話だったりするのだ。

 別に悪気があるわけでは無いけど常識がこの世界とかけ離れていた為に起きる事故もあったりするのだった。



「ただいま、今帰ったよ」

「お帰りなさいマサル、子供たちは元気だった?」

「あぁ、元気いっぱいだったさ。なんだか色々懐かしくなったよ」

「みんなどこか面影があるもんね、凄く分かるわ」

 そんなこんなで地上は俺にとって心地よくもあり寂しさも感じる場所になっていた。

「そんな事よりうちの可愛いベイビーは?」

「少し前に眠った所よ。抱っこする?」

「良いのか? 起きたりしないか?」

 なんて話をしながら目的の部屋へと向かう。

「パパが帰って来たわよ」

「良い子にしてたかい?」

「良い子に決まってるわよね、私とマサルの子供なんだから……ほら、パパに抱っこしてもらいましょうね」

 ビクティニアスが眠る我が子を抱き上げ俺の腕の中へと優しく渡す、

「ほらパパでしゅよ~♪」

「あっ、マサルが抱っこしてる! 代わってよ!」

 抱っこした途端にアイラセフィラが乱入してきて抱っこの交代をせがむ。

「ほらアイラ、もう暫くマサルに抱っこさせてあげて」

「うぅ……姉様がそう言うなら……」

「仕方ないなぁ……ほら、アイラ交代だ」

 そっと我が子をアイラセフィラに手渡す。

「こんだけアイラが騒いでいるのに他人事のように寝てるな……」

「それはマサルの子供だからね」

「ビクティニアスだって俺に負けず劣らず図太いだろ?」

「うわっ、女性に向かって図太いなんて失礼よ!」

「その発想が出るアイラが失礼だ」

 俺とアイラセフィラの掛け合いにビクティニアスが笑う。

地球にいた頃は、こんな幸光景を俺が築けるとは思ってなかった。

なんとなく頑張って仕事して他はなんとなく妥協しながら生きるのだと思っていた。

でも思わぬ出来事から人生は一変して好きな女性が出来、結婚まで出来てしまった。

 出会った人たちは生きる事に一生懸命だし恰好良かった。

 いつの間にか俺も恰好良く生きたいと思うようになり、色んな事に挑戦するようになったんだけど、人間まで止めてしまった。

 後悔? そんな物は考える時間すら無かった。

後悔なんてしながら後ろを見てる暇を誰もくれなかったからな。

「ねぇ、マサル? これからこの世界で何がしたい?」

「何がしたいって……そうだな。せっかく色んな世界に繋がりが出来たんだからアルステイティアの色んな事を知ってもらいたいな」

「知って貰うって……どうするのよ?」

「そりゃあ……決まってる」

 こう言うのさ!



『ようこそ剣と魔法が閃き、


様々な幻獣や魔獣、魔物などの生き物が住まう


幻想世界アルステイティアへ』



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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かった
[一言] やっと『田舎のホームセンター男』、エンディングまで読めました♪ そうだよねぇ、人間と神さまじゃあ流れる時間が違うもんね。 まさか、最終話が子孫の人々への昔語りで始まるとは思いもしませんでし…
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