6.15
♢メイとリュリュの挫折~ミコト視点
新大陸調査と交易を目的としたこの旅はいきなり戦に突き当たり鬼人族の争いに巻き込まれた形になったのだが、マサルさんの仲介で戦は中断となり解散となったらしいのだが……。
「解散って言われて本当に戦争止めちゃうんだもんなぁ、神様は別格って事か……同郷なのに格の違いを思わせられるばかりだよ」
最近僕は悩んでいる……この世界に来て確かに身体は鍛えたし色々な経験を積んだ。
それは地球にいた時の何倍もの濃度と速度をもって僕を変えていき少しだけ自信が持てた。
しかし、僕が刀や剣を振り自衛する力やマサルの守りたいものを守る為の力を習得している間に隣の女の子たちは実用に耐える軍用の船を設計してしまったのだった。
「足りない……いつも僕には必要な何かが無い……」
こんな思いが心を支配しているのはおかしいのではなかろうか? 僕だけなんじゃなかろうか?
そう思ってしまうだけで僕は心を何かに蝕まれたような錯覚に陥るのだった。
「こいつら三人はヴィンターリア王国の使者にして優秀な俺の弟子たちだ」
そんな紹介をマサルさんに受け鬼人族から怪しい視線を集めた後、何故か俺だけがマサルさんに呼び出されていたのだった。
「分かってるな? 俺が作業をしている間はメイとリュリュはお前が守るんだ。決して目を
離すな」
「えっ? 別々に行動するんですか?」
「そうなるな。流石に上下水道は何とかしないと俺が我慢出来ないし、まともな井戸を掘らないとお腹壊すぞ?」
海外に行って生水飲むと怖いからミネラルウォーター買うノリで井戸掘るのがこのマサルさんのクオリティなので文句を言っても仕方ないのでこれに関しては諦める。
「でも、僕だけで大丈夫ですか?」
「お前たちの事を少し出来る若造くらいにしか思ってないから大丈夫だ。ただ部屋の入り口の外にいた一見見張りの男たちは気を付けろよ、暗殺者だからな」
「暗殺者!? 大丈夫なんですかそれ?」
「暗殺の任務は受けてないから大丈夫だ。それに敵対してもメイとリュリュが戦闘に加われば何とかなるさ」
「メイもリュリュも非武装なんですけど……」
「武具は置いていくし装備させておくよ」
とても不安の残る情報である。
「あっ、そういえば……ミコト最近焦ってるだろ?」
いきなり飛んできた直球に思考が停止する。
「メイやリュリュに釣り合いがとれる功績をと思って船長に推したんだけど、ミコト自身が自信が持ててないから胸を張って仕事が出来てないだろ?」
「だって僕はマサルさんがそうやって同郷のよしみで贔屓してくれてるだけで、自分では何も出来てないガキだって知ってますもん」
きっとマサルさんがそうやって贔屓にしてくれていなかったら生き残れていたかすら分からないのである。
「なぁ、ミコト? 特別っていうか、特殊になりたいか?」
何故だかばつが悪そうなマサルさん……特別になりたいか? なんて聞かれたら答えは決まっているじゃないか……勿論、是だ。
「特別にはなりたい! ……でも特殊って何です?」
マサルさんはいつも素直に喜ばせてくれない。
「ミコトがこの世界に来た時に地球に帰れない話はしたな?」
「? しましたけど……」
「ほら、肉体的そのままじゃあ世界を渡れないって話をしたのを覚えているか?」
「確かスキル券とかって神の力を使わないといけないとか……えっ? まさか!」
「うん、ちょっと色々あって余ってる。今も日本に帰りたいか?」
「……帰れるんですか?」
突然の話に思考が混濁する。
「俺がめちゃくちゃ頑張れば何とかなる感じかな?」
「帰ったらこっちには……」
「それは流石に無理だな。一度帰ると残念だけど縁は切れると思ってくれ」
流石にそんな都合の良い話は無いと思いつつ聞いてみたが……縁が切れる? この世界と……。
「おい、ミコト? 大丈夫か?」
「え? 何がですか? あれ? 僕……泣いて……」
何故か涙が止まらない……地球に帰れないと聞いた時だって感じた事の無い喪失感が身体中を占めていく。
「僕……帰れません。向こうで心配している家族には悪いですけど、こっちでやらなきゃいけない事があるみたいです」
「別に悪い事じゃないさ、俺もミコトも同じ穴のムジナだからな……こんな事考えてるんだろ? 向こうの世界じゃあこんなに人に必要とされなかったと」
確かに皆優しくて自分を必要としてくれる……少し喪失感が和らぐ。
「こんなにやりがいのある仕事も無いし」
こんな自分に仕事を責任持ってやれと任せてくれる……また喪失感が和らぐ。
「ヴィンターリアの皆も家族だし、何よりメイもリュリュもいるしな」
「そうそう、メイとリュリュがいるし……ってちょっと!?」
何より大切な人たちが出来た……感じていた喪失感が全て無くなる。
「いつの間にか、もうここは僕の世界になっていたんですね」
「あぁ、同じ穴のムジナだろ? もうこのアルステイティアが愛おしくて仕方ない」
「マサルさん、言ってて恥ずかしくないんですか?」
「恥ずかしい訳無いだろう? 俺はこの世界の神だぜ」
そう言って胸を張るマサルさん、この人を目標にいままでやってきた……きっとこれからも追い付けないだろう……でも、ずっと追いかけるのだ
「じゃあ、取り敢えずこれだけはミコトにやるよ」
「これはまさか……スキル券? でも僕は帰らないって」
これを使うと英雄にだってなれる神の力の欠片……それが僕の手の中に。
「さぁ、そのまま持っていてもミコトには意味ないだろ? さっさと使おうぜ!」
「はい!」
マサルさんが地面を剣で突くと地面には魔法陣、そしてその中からスロットマシンが競り上がってきた。
「なんでスロットなんですか……」
「色々あったんだよ、気にすんな」
何故だか嬉しそうにマサルさんはスロットを撫でる。
「さぁ、スロット開始だ!」
「……なんか十枚で十一回って書いていると単発で引くの勿体なく感じますね」
「俺も同じ事言ったよ……でも残り九枚を集めるのは無理だな」
流石に膨大な神の力を込めたアイテムをあと一つでも二つでも追加で欲しいとは言えないけど……マサルさんは言っちゃったんだ。
「因みに、どんな力が欲しい?」
「そうですね……やっぱりマサルさんみたいな物作りか癒しの力ですかね?」
昔だったら戦闘系のスキル一択だったけど目の前の神様にまでなった人を見ていると一人が武器を振るって出来る事は小さく思えて仕方ないのだった。
「意外な答えだな……もっと夢を持っても良いと思うけど、まぁそれぞれか……」
マサルさんが苦笑しているうちにスキル券をスロットに挿入する。
「まぁ、なんだって活かせるかどうかは自分次第ですよね?」
「その通りなんだけどな……使えない能力なんて多分無いさ」
多分って所が怖いな……。
「じゃあ、スロットスタートします」
ガチャリとスロットの横のレバーを引くとリールが物凄い勢いで回転を始めた。
「ここだ!」
ポチリとストップのボタンを押すと徐々にリールの回転が落ちてきた。
「何が出るかな♪ 何が出るかな♪」
マサルさんは何やら歌いながら小躍りし始めた。
「おっ? 止まる! あっ!」
「ミコトどうした? ネタスキルでも出たか? ってレアスキルじゃねぇか!」
「ふふふっ、マサルさんとお揃いですね!」
そう星の数ほどあるスキルの中から当たったのはマサルさんの持っているレアスキルの一つ『空間収納』だったのだ。
「これは大当たりですよね?」
「確かにこれ程に便利なスキルは無いくらいに便利だな。手ぶらで旅行出来るし、武器も隠し持ち放題だぞ!」
旅行は良いとして武器って暗殺者でも目指してたんですか……。
「取り敢えずメイとリュリュの荷物と武具を預けておくな。後は食料と寝具に薬品だろ……」
どんどん出される物を次々収納していく。
「工具に裁縫道具に筆記具に……テーブルに椅子に……」
なんでテーブルや椅子まで持ち歩いてるんですか!?
「燭台に蝋燭だろ、食器もいるよな……あっ、絨毯もあった方が良いな」
新居でも立てて暮らす気なんだろうか?
「あとは建材を少々にセメントだろ、レンガにブロックもいくらか欲しいよな……」
本気で新居でも建てれちゃいますよ!?
「最後に一メートルの立方体の石材をたくさん……」
「ちょっと待って下さい! 何をさせる気ですか!?」
こんな大きさの石材をその辺りに置いたら嫌がらせにしかならない。
「何かあった時に籠城くらいには使えるかなと……」
「確かに籠城には使えるかも知れないですけど……って何個出すんですか!? ちょっと止めて下さいよ!」
既にアイテムボックスの中に一メートルの立方体の石材が四百個くらい入っている……マサルさんのアイテムボックスの中ってかなりヤバイ気がする。
「じゃあ、メイとリュリュの所に戻るか。アイテムボックスは二人に話すのは良いけど他には内緒にしろよ。本当にレアな能力だからな」
「護衛役の僕がそんな目立つ事はしないですよ。僕が目立つ時は鬼人族と敵対した時でしょうけどね」
そんな何気無く発した言葉が本当に現在になるとはこの時思ってもいなかった。
「メイ、リュリュもっと下がれ! 前衛は僕が抑える!」
「一人じゃあ無理だよ、お兄ちゃんがいつ帰ってくるか分からないのよ」
「そうだよ、師匠が帰ってくるまで無理せず何とかしようよ」
メイとリュリュが頼ってくれない事に少し苛つきながら僕は刀を鞘にしまって、アイテムボックスから巨大な石材を入り口に出して塞ぐ。
「良いから言う事を聞いて、僕がメイとリュリュ二人の護衛を任されたんだ。二人はしっかり防具つけて安全な場所に!」
僕たちに割り当てられた部屋で籠城の体制を整えながら、何故こんな事になったのかを思い返してした。
「なんなんだあの男は! 街並みがみるみる変わっていくぞ!?」
なにやら偉い人らしい男が大きな声で騒いでいる。
「「まぁ、それはお兄ちゃん(師匠)ですから……」」
他の人には異常でも僕やメイやリュリュにとっては日常過ぎて温度差が酷い。
「あっ、この財務資料なんかおかしいですよ?」
「こっちの経理も計算が合いません」
「………………」
空気を読まないメイとリュリュに顔がひきつる偉い人。
「やる事ないからって他所の監査なんかしなくて良いんだぞ?」
なんでマサルさんのやってる事で色々と燃えている人たちに更に燃料を投げ込むの? この娘たちは……なんの弟子してるんだよ。
「あぁ! 我が家が消えた! 何が起きているんだ!?」
きっと前より豪華な家が後から生えてくるんだろうけど、あぁ……偉い人怒ってるなぁ……。
「この地区は犯罪率高いので対策が必要ですね」
「こっちは貧困層が多いので補助金が必要です」
次々とダメ出しをしていくメイとリュリュ……ここはヴィンターリアじゃないんだから無茶言わないであげて欲しい。
「一体なんなんだね! 君たちは!」
この偉い人には同情するが過去の資料を見た限り大して仕事をしているとも思えない。
「すいません、この娘たち仕事は出来るんですけど世間知らずでして……」
「………………」
顔を真っ赤にする偉い人は遂に部屋を出て行ってしまった。
「ちょっと二人とも、ここの財政とかにまで口を出さなくて良いから……越権行為というヤツだよ」
「「だってやること無いし」」
暇だと他所の街の監査するって何だよ……。
「ほら、船の模型の製作キットをマサルさんから預かっているから遊んでたら?」
「お兄ちゃんから! 新しい船作っちゃお!」
「って、メイちゃん……喜ぶのは良いけど今ミコト君が師匠みたいに物出したよ!?」
「……って何で!? アイテムボックスってヤツだよね!」
こらこら大きい声で言わないで……声が大きいよとジェスチャーで窘めてメイとリュリュを少し落ち着かせる。
「色々あってマサルさんに使えるようにして貰ったんだよ」
「貰えるの!? お兄ちゃんにお願いしたら私も貰える?」
「師匠からですか……ますます底が見えないですね」
「いやいや今回こうやってスキルを貰えたのは特殊だよ? お願いしても貰えないからね」
メイとリュリュがスキル券の事を知っているかどうかは知らないが神力を封じ込めたものをねだられたらマサルさんも困るだろう……この二人には甘いからなぁ……。
「ほら、二人の荷物とかは僕が持てば良いんだから問題ないだろ?」
「貰えないのかぁ……じゃあ、ミコト君で良いか」
「我慢しよっかミコト君で……」
この扱いにも慣れているのが何だか悲しい。
「じゃあ、やることも無いし船作ろう、船!」
それから二時間……寝室の準備などで目を離したのが良くなかった……。
「やり過ぎだよ……」
そこには精密に作られた船の骨組みの模型が……周囲では鬼人族の偉い人たちが唸りながら模型を作る二人を見ている。
「二人とも今日の作業はそれくらいにして寝室の確認をしてね」
と船の模型作りから引き離したのだが、その日の夜……テンプレというか何というか二人を拐う為の刺客が侵入して来たのであった。
「……見張りをしていた暗殺者のお兄さんたちじゃないですか……」
「っ!!」
身元がバレている事に動揺する刺客たち。
「ちょっと悪いけど拘束させて貰うからね……ってヤバいな……下からたくさんの気配がする」
バレちゃったなら開き直って制圧してしまえといった所だろう……何が民主主義派だよ、これじゃあそれを隠れ蓑にしたマフィアか闇組織か何かである。
「メイ、リュリュ! 戦闘体制! 向かい打つよ」
僕は刀を携え部屋の中央に位置取るとメイとリュリュにはっきりと言い放つのだった。
「二人ともいい加減に自分たちを客観的に見て、何をしたらどんな影響が出るかを考えてくれ。いつまでもマサルさんの加護に守られている訳にはいかないんだぞ!」
メイもリュリュもシュンと身体を小さくしながら僕の話を聞く。
「二人には影響力がある、二人が目指してきたマサルさんのように生活を変える力があるんだ……でも力とは責任が付いて回る。安易に見せびらかして良いものじゃないんだ、マサルさんが後の事は知らないって言いながら好き勝手物作りしてたか?」
好き勝手はしてたんだろうけど、何だかんだ言いながらアフターケアをしっかりするのがマサルさんの物作りであったり交渉なのだ。
「生活を豊かにする、人を育てる為に色々と走り回っているのがマサルさんだろ? 今のメイとリュリュは何だよ? 自分たちの力を人の為に使えているか? 今みたいな事をやるのを目指していたのか?」
そう彼女たちは出来るからこそ失敗しているのだ。昔からやりたい事の為に課題を出されその課題を超える事で大きくなり続けていた……そう失敗も無く。
「力ある者の無責任なんて最低だ、人を傷つけた事にも気付けないから……」
敢えて強い言葉を選びメイとリュリュを責める……この二人なら乗り越えてくれるから……きっと今までより強く素敵な二人になるから。
「二人は後ろで見てな……自分たちがやった事の顛末を……」
腰を低くしてマサルさんから預かっているアダマンタイトの刀を構える。
「その石を超えてきた者を斬る。命が欲しければ引け!」
叫ぶと同時に本気で刀を一閃……一メートルの立方体だった石材の角がが僕の刀によって斜めに切断されズレ落ちる。
「僕たちはヴィンターリアの使者として来てるんだ、あんまりヴィンターリア舐めるなよ!」
戦いの邪魔になりそうな物を手当たり次第に建物から切り離しアイテムボックスへと収納していく。
「こ……この化け物……」
刺客のお兄さんが恐怖に顔をひきつらせ縛られたまま後退る。
「その化け物を怒らせたのはあなたたちだろ? 君たちは僕の大切な女性に手を出した。仕方ないよね? 反撃されても」
「大切な女性? 今の言葉って……」
「メイちゃんの事? リュリュですか?」
気持ちが高ぶり思わず口にしてしまった言葉をしっかり拾うメイとリュリュ。
「くっ……二人ともだよ! ずっと一緒に生きていきたいと思ってるよ! 悪いか!」
もうヤケクソである……もう僕は泣いていいよね?
「そっかぁ……二人ともかぁ……セットなんだね?」
「告白とプロポーズもまとめてされるんだね……ちょっと想像と違ったよね?」
さっきまで怒られて泣きそうな顔をしていたのに、今は少し意地の悪い嬉しそうな顔をしている……って、あれ?
「想像と違った? えっ? 僕が告白とかプロポーズするのを想像して……」
「馬鹿! 言うな!」
「アホ! 気付くな!」
メイとリュリュが模型作りに使っていた木槌を投げてくる。
「痛いって! 分かったちゃんと帰ってから改めてこの話はするから許してよ!」
と振り返るとメイとリュリュの向こう側……窓の外に信じられないものを発見してしまった。
「何してるんですか? マサルさん……その手に持っている物ってまさか……」
「えっ? 高画質、高音質のカメラだけど?」
「………………いつから?」
「メイ、リュリュもっと下がれから? あれ? もう少し前かな?」
「最初っからじゃねぇか! この野郎!」
「いやぁ、格好良かったぜ! なぁ、メイにリュリュ?」
完全に一緒になって弄られているメイもリュリュも顔が真っ赤だ……これは羞恥の赤なんだろうか? それとも怒りなんだろうか?
「ミコト君、リュリュちゃん……一緒に倒すよ」
「今日こそは師匠にごめんなさいさせてやるです!」
いやぁ、無謀だと思うなぁ……でもこんな祭りに乗らない訳には行かない!
「「「絶対に泣かす!」」」
心を一つにした三位一体の攻撃は最後までマサルに掠りもせずに一帯の建物を全壊させたのだった。
翌日……
「もう嫌だ! こんなところの兵士なんて辞める!」
と辞表を持って行った兵士たちが目にしたのは、
「儂らも辞める……あんなの相手にするの無理だもん」
という泣き顔のお偉いさん方であった。




