6.13
◇ランスロットと焔の場合〜あきれるフィナ
「ランスロットと言ったか? 悪いがその剣を見せてくれ」
「おっ? 構わないぞ。焔の剣も見せて貰えるか?」
互いの剣を交換して鞘から抜く二人。
「「素晴らしいな!」」
早速意気投合したようだ。
「この剣の素材はなんだ? こんなに重く硬い金属を俺は知らない」
「それはアダマンタイトだよ。武具に使うには重さを気にしないならこれ程良い素材は無い」
「そうだな、重さは慣れるものだからな!」
既にフィナはこの二人が暴走し始めることも、仕事を忘れてしまう事も理解して頭を抱えたくなった。
「まったく、私はコイツらの母親じゃないのよ!?」
武器談義に華を咲かせながら自陣へと帰ると意外な事に二人は急に口数が減り、なんというか英雄の風格を漂わせ始めたのだった。
「ご苦労、何事もなかったか? この度の戦は神マサルの仲裁で無くなった」
「そのような事に……残念でございますな、せっかくの機会でしたのに」
「いや、戦となればこちらにも死者は大勢出よう。ましてや戦いが不良な事は相手も承知しているはず、間違いなく手を組んで我らに挑んで来たであろう」
「しかし、万が一にも負ける事などありませぬぞ」
焔の部下らしき男のその言葉にランスロットが口を挟む。
「それで民や兵がいくら死んでも問題無いわけだな? 本物の力ってのは戦わずして勝ちをおさめる者だぜ」
「貴様っ! 部外者が何を知ったような口を!」
焔の部下たちは殺気を帯びランスロットを囲むように広がり始める。
「馬鹿者! 彼は神マサル様の使者として我が迎え入れたのだ! それに一緒にいるのは神フィナ様だ! 頭が高い!」
「「「「「「ははぁあ……」」」」」」
戦場にいた焔の勢力たちはフィナの中心に扇状にどんどんと平伏していく。
「別に挑みたいなら挑んで来て良いんだけどね……死んでも知らないけど」
とフィナは呟き、
「フィナ様が本気出したら一瞬でみんな死んじまいますから勘弁して下さいよ……」
邪神の頃にマサルを一瞬で殺してみせた光景が少なからずトラウマなランスロットは必死になだめようとしている。
「…………では、お二方……行きましょうか。皆は後でついてくるが良い」
戦闘において勘の良い焔はランスロットを見てフィナを絶対強者に位置付ける事にする。「では、行きますよ。どちらですか?」
とさっさと移動し、言われた馬車に乗り込む。
「……では、お相手はこちらのメイドが……そして御者と護衛は我々が行わせて頂きます」
「ちっ、上手く逃げましたね焔にランスロット。お二人とも戦いが好きなのでしょう? 後で稽古をみてさしあげますからお楽しみに」
妖艶に笑うフィナにランスロットも焔も背筋に冷たいモノが走り、
「「謹んでお受け致します!」」
と反射的に答えてしまったのは仕方のないものだろう。
「……臭いわ」
仕方ない事なのだがやはり上下水道なんてものは無く、汲み取り式のトイレの劣化版みたいなトイレしかないこの街はフィナの顔を盛大に歪ませる事に成功したのである。
「我慢して下さい……ヴィンターリアから帰ったらポータリィムだって少し臭いが気になったのですから仕方がないのです」
「そうね……それが分かるならランスロット! あなたの仕事は分かるわね?」
「衛生観念を伝える事であります!」
「それじゃあ足りないわ! 戦が無くなって力が余ったのがゴロゴロいるんだからすぐに改善に当たりなさい! それも私の滞在場所を中心に素早く! 良い?」
「了解しました! では、マサルに教本と資材の援助を求めて宜しいでしょうか?」
「私が連絡しておきます。しっかり励むように」
それだけを言い残しフィナはメイドを連れて歩き去ってしまった……きっと馬車も乗り心地が悪く乗りたくないのであろう。
「そんなに臭いか?
「……出来るだけ早めに汚物の処理をしないとマサルが資材を持ってきた時にキレて街並みが変わるぞ……」
良い意味にだけど。
「俺も少し前まで一つの都市を総括していたんだ。マサルが来て指導を受けて街は凄く綺麗になったし、街の人たちの生活も変わったんだ」
「少し前まで? なぜ辞めたんだ?」
「マサルの元で学べるだけの関係性を持つのが俺しかいなかった。いや、ワクワクしたんだろうな……数日いただけで都市の雰囲気も生活も変えて、獣人たちを助けて国を起こす」
「絵物語のような話だな?」
「そしてぶちギレたら国の王都を丸ごと粉々に粉砕したり」
「どこの魔王だ!?」
「いや、その王都は魔物に襲われて誰も生きていないのを知り、魔物を逃げる時間を与えないように魔法一撃で決着を付ける必要があったとはマサルの弁だが……まぁ、実際にそれしか筋道が無かったんだろうな」
「神とは恐ろしいものだな……」
「いや、その時はまだマサルは人間だった。マサルが特殊なだけでな」
「特殊もいき過ぎると凄まじいものだな」
「そんなマサルを一瞬で殺したのが同時敵だった異世界の神フィナ様だ。絶対に怒らせるなよ」
「絶対に怒らせないよう配慮しよう!」
「因みに他言無用で頼む。フィナ様もきっと気にしておられるからな」
「分かった、墓場まで持って行こう。それでそんなフィナ様にどうやって勝ったのだ?」
「ビクティニアス様とアイラセフィラ様が大変お怒りになられてな……」
「う? どうした? 寒いのか?」
「神の本気の殺気というモノを思い出してな……いや、それより続きだ。マサル異世界の神々の力によって神になって蘇ったのだ!」
「は?」
まぁ、理解出来まい。
「それからは一方的でフィナ様は倒され消滅するしかないという所をマサルの慈悲によって生かされたという訳だ」
「なんとも慈悲深い!」
という風に周りには見えていたし、そういう事にしている。
「おっ、話していたら部隊が見えてきたぞ?」
「じゃあ、まずは穴堀からだな! 汚物を運び捨てる深い穴が必要だ」
「もう働かせるのか?」
「休ませても良いけどフィナ様の所には説明に行って貰うからな」
「すぐに穴を掘らせて汚物を処理させよう!」
こうして死ぬ気で汚物と向き合い続けた二日間、焔とランスロットは背後にいると思われるフィナを警戒し修羅と化したのだった。
その頃、フィナは……。
「少しの間神の仕事の為に帰って来ます。くれぐれも私がいない事を悟られて彼らが手を抜かぬよう可能ならこの部屋をお使いなさい」
逃げているのだった。
「という訳で衛生というものは生活の上で大変重要であり、出産時の死亡率や三歳までに病気で死ぬ確率が大幅に減ったという事が証明されており、清潔な街並みや下水道で汚物を処理する事は大変大きな利益になると言えます」
妙に講習慣れしたランスロットは清々しい顔で話終えると、目の前には集中力を失くした死んだ魚のような目をした文官たちがいた。
「ははっ……オレも同じような顔をしてたんだろうな」
過去の自分を振り返り恥じていると、意外な人物から声がかかる焔だ。
「質問良いか? 出産時の死亡率というのは子供の死亡率だけか? それとも母子共にか?」
「勿論、母子共にだ……(こいつは俺と同じ脳筋だと思ったのに!)」
フィナが怖くて真面目に聞いていたのには気付かない。
「ランスロットは出産時に清めると言ったがどうするのだ?」
「酒だ。強い酒は戦場でも消毒に使うだろ?」
「経験上そうするのは知っていたが悪いものを取り除いていたのだな?」
「そう言う事だな」
「そういう清めに使う為の酒は交易で今後取引は可能か?」
「女王次第だが多分問題無いと思うぞ? オレも推薦してやるし、ただ大陸内で入手可能なら運送費を考えるとお勧め出来ないな」
「なるほど輸送費が嵩んでしまっては民が使用出来ないな」
「マサルなら無いなら作れって言うだろうけどな」
「難しいだろうな……街の様子を見ただろう?」
「そうだな……(あの理不尽は経験してみないと分からないだろう)」
驚く焔の顔を想像してランスロットはバレないように表情を必死で隠したのだった。
「おい! ランスロット! 街に下水道導入するのに全面に人が住んでたら改装出来ないだろ! さっさと焔と一緒に移動させろ」
マサルが来たと思った瞬間に既に文句を言われる。
「くっ、どこからが良い?」
「一番目立つ所だ! 最低限必要な物を持って外に出せ、後は何とかする」
「じゃあ、屋敷周りだな。生活しているのは自分の一族だけだからすぐに移動させよう」
「取り敢えず小屋は建てておくからそこに住め。ついでに手の空いているのに生きたスライム捕まえて来させてくれ」
慌ただしく人が行き交う中で街の周囲を確認していたマサルはあるモノを見付けてキレる事になる……巨大な穴に放置された大量の汚物。
「なんじゃこりゃあぁぁぁぁっ!」
当然、ランスロットと焔は再度衛生について教育されるのだった。
「こんなもの戦場の肥やしにしてやる!」
周囲の土ごと汚物を持ち上げたマサルは戦場のど真ん中にそれをぶちまけたのだった。
……その次の年、雑草も生えないと言われていた戦場の真ん中に花畑が出来たと話題になったのだが、その真相は神のみぞ知るのであった。
それはマサルの燃える仕事になったのは仕方ないだろう……ここ焔の住む館は瓦屋根を使った白壁の何処と無く昔の日本を思わせるような立派な建物だったのだ。
「……ただ壁も何もかもが汚い……」
聞けば昔の戦で職人が死に技術継承が途切れたのだという。
「どうせなら一新してやるか……」
こうなったら誰にも止められないのがマサルなのである……えっ? なぜって? 気がついたら取り返しがつかないくらい作業が進んでいる為だ。
「まずは丁寧に解体して回収かな?」
無音で一時間で消えた館には案外誰も気がつかないのだ……気がついたのはランスロットと戻ってきたフィナだけで危うく飲んでいるお茶を吹きかけた。
「次は下水道を作って周りには堀を作ろう。外壁は土壁だったけど白壁にしちゃって良いよね?」
別に誰かに許可を求めている訳ではない……そうして五時間後には……。
「終わったぞ〜金目の物や私物らしき物はここに置いていくからな」
「「「「「「なに! この大金⁉」」」」」」
偶然にもマサルは地下にあった隠された埋蔵金を発見していたのだった。
「って館も気持ち悪いくらい綺麗ですよ? 倉が三つもありますし……堀に塀に門まであります!」
「馬小屋が倍の広さに!」
勿論、中は日本屋敷とは違って畳は無く石畳とタイル張りなのはここが土足文化だからだ。
「焔様っ! 井戸が屋敷内に二つもあります!」
「なんだって⁉」
「門と馬小屋の間に一つ、煮炊き場の近くにもありますぞ?」
「それに家の中に池が作ってあります、何でしょうか?」
「それは風呂だな! 湯を入れて身体を洗ったり浸かる場所だ! 風呂は良いぞぉ!」
ランスロットは風呂に早く入りたくてうずうずしているが井戸には何も付いて無いし、薪も置いてないので諦めるしかないのだった。
暫くすると街の各地で破壊と再生は始まり、この焔の住む街は良くも悪くもマサルの箱庭へと変わっていく。
「おい……街の民家が西半分無くなってるぞ……しかも城壁の外で炊き出しをしてるぞ?」
焔は正気を疑ってランスロットの肩を揺する。
「でも館の塀の上かる俯瞰でマサルの作業を見てるともっと驚くぞ? あぁ、炊き出ししてる民のところにはフィナ様がいるらしいぞ」
どちらも目が離せない状況に焔は冷や汗をかきながら見守る事しか出来ない。
「ほら、始まるぞ!」
少し首を傾げるマサル……何かを探してまだ民家のある方へとどんどん移動して足を止める。何やら東過ぎるのが気に入らなかったようで……。
「ちょっと⁉ 民家破壊し始めたのだが⁉」
あっという間に更地になった街にマサルは印も付けずに穴を堀始める。
少しの間姿が見えないのが凄く恐ろしく不安だ。
「なぁ、ランスロット……手伝ったりしなくて良いのか?」
「あれを手伝う? 出来るならやってみたら?」
「無理だ……だからランスロット頼む!」
なんて会話をしている内にマサルは出て来て、
「スライムいれて!」
とこちらに叫んでいる。
「どういう事だ? 確かにスライムを捕まえて欲しいとは言われてたが」
「スライムが汚物を解体してくれるんだよ」
「本当か! それは凄いな! すぐに取ってくる!」
焔は子供のように樽に入った大量のスライムを持ってきた。
「あれ? こいつ色が普段見るのと違うぞ? 地域性か?」
「本当か!? 問題があるだろうか?」
「おぉい! マサル! このスライムを見てくれ!」
ランスロットに呼び出され何か面白い事があったのかと作業を放り出し瞬時にやってくる……こういうところは男は直らないもので、子供のままなのである。
「おっ? 色違いか? この赤のは大丈夫だけど黒のは要確認だな」
「赤のは大丈夫なのか?」
「むしろ消化力強めだな、動物の死骸を食べてた。他の特性は普通のスライムとあまり変わらないけど、若干火に強い」
いつの間にそんな事調べたのか……。
「黒のはどうなんだろうな?」
「ちょっと貰うぞ? まずは地面において燃やす……って、うわ! 燃料でも飲んでるのかってくらいの勢いで燃えたぞ!? これは街中では危険だな……俺が預かろう」
しれっと回収するマサルはきっとろくでもないことを考えていると分かっていても止める人はいないのだ。
「そう言えば止める人……ビクティニアス様とアイラセフィラ様はどうしてるんだ?」
「…………二人で南国にバカンスに行ってる」
「「………………」」
「……なんか言えよ」
「「………………」」
ランスロットの問いに、ただ今どこにいるのかなと思い出すのに時間がかかっただけなのに微妙な空気になったのを利用して、マサルは次の悪巧みを始める。
「なんか言えよぉおぉぉぉぉぉぉっ!」
と駆けていき街の外壁までを破壊する。
「ぎゃあぁぁあぁぁぁっ! なんて事を!」
「あっ……マサルやりやがったな? っていうか外壁の構造もスカスカだな」
今度は焔とランスロットの反応は正反対になる。
「将来的に残り二つの部族と交易する事も考えて城壁の入り口を三つに増やして、見張り台や道路を先に配置して、三つの門と焔の館を十字に広い道路を設置しよう」
「待て、それは防衛的には問題があるぞ!」
と焔は慌てるが、
「狭い道は閉鎖しやすいから閉じれば広い道を敵軍は来るよな? 単騎や少数で早駆けしてきたら?」
「良い矢の的だな」
「大群で来たら?」
「格好の罠の餌という訳か……」
相手の行動を絞り読み切れば勝ちは易いのである。
「両側の建物は総二階にして瓦屋根にする。敵が来たら瓦が両側から落ちるのさ仕掛け一つで……勿論、狭い道でも可能だぞ」
「それを抜けたら?」
「五ヶ所の道が百メートル程の距離抜けて落ちる。落とし穴だな♪」
「上を意識させて下が落ちる……引っかかるな」
十メートル下へようこそ!
「そして、一番の目玉! 館までへと続く階段と堀に塀の出番!」
「階段もか?」
「このよく磨かれた黒曜石の解体には……敵が上がって来たら上から油を流してやってくれ。次に樽を転がす、油に火をつける」
「戦は戦わずして勝つか……これでは武人は要らないな」
「何を馬鹿な事を言ってるんだ。焔やランスロットみたいなのは勘で避けるだろ? でも本当に大切な事は二人みたいな英雄が死んでいなくなっても街を守れる力がある事だろ?」
中には例外がいると諭される。
「そうかも知れないな……幼少の頃から訓練すればする程に強くなって戦いが好きなのに相手がいなくなってしまった……」
焔が話す何処かで聞いた話に思わず吹き出してしまう。
「ランスロットと同じ事言ってる馬鹿がいる! せっかくだから同格の武器作ってやるから戦ってみろよ!」
「作ってくれるのか!」
焔の持つ武器は太刀の姿に似た大鉈。素材は鋼で、動きから見ても刀を使う戦国武将のようなスタイルだろう。
「まずは………………。」
「「まずは?」」
「そろそろ魔道具が地下水脈に到達するから、民たちの家を建ててしまおう!」
結局、豊富な地下水脈が見付かり街の全体が瓦屋根の白壁で統一された立派な街が三日で出来たのであった。




