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6.9

 オレは先日まで沿岸都市ポータリィムで騎士団司令をしていた。

 時に変わり者、異端児、英雄など様々な呼び名と共に他の者では歩むことが出来ないだろう破天荒な人生を送っていた。

 勿論それは全てが良い事ばかりではなく、騎士という立場上国に縛られ望んでもいない戦いの日々に辟易させられオレの力を恐れた者たちから王都を追われ辺境の司令の座に就くのだが形式自体は褒賞という形だったし、オレ自身も王都にいる事を苦痛に感じていた為に双方の合意での左遷となった訳だ。

「叔父様、私も王都を出てついていくわ。あんな家族の下に一人置いていかないで」

 そう言って部下と共に辺境の地へとついて来た姪のアデリナには騎士団という男所帯の中で育った為に淑女教育を嫌いお転婆に育ってしまったのも仕方なかろう。


 沿岸都市計画も順調に進み、部下たちも鍛えに鍛え成長が見えてきたある日の事だった。


「ランスロット司令! ゴブリンの群れの討伐に向かっていたクック小隊が戻りました」

「問題なく討伐は終わったのか?」

「それがクック小隊長が可能な限り早く面会して欲しいと申しております」

 この日、オレたちの人生は大きく変わる事となるのだった。

「奴隷の解放ですか⁉ 奴隷は我々の財産ですよ」

「彼の言葉によるとそれはグレイタス王国の勝手な言い分で我々は侵略者な訳です」

「なんだそれは! 部外者が勝手なことを!」

「ではこれも彼の弁ですが、彼がポータリィムを占拠したなら我々は奴隷として何をされても文句は言えないってことですよ?」

「愚かな! 一人で何が出来ると言うのだ!」

 馬鹿な選民意識を持った部下の一部は自分たちのやっている事は正しいと思い、自分たちが負けることを考えていない。

少し考えれば背景に何かしらの集団がいる事を想像出来るではないか……それは我々が不当に住む土地を追い出した獣人ではないのかと何故考えない?

「私たちでは彼一人だとしても勝てない……戦えるとしたらポータリィムでもランスロット司令ただお一人でしょう」

 その言葉には流石にオレも息をのんだ……このクックという男はその自信のなさと腰の低さに小隊の隊長なんてやっているが騎士団の中でも飛びぬけた技量を持つ強者である。

そのクックが集団で戦っても勝てないと言わせる程だと? それも完全にポータリィムの騎士団が負ける事まで想定して話す程の男が交渉相手なのだ……オレはこの時点で相手を甘く見たり、侮ったりしないよう気を引き締めたのであった。



「奴は規格外すぎるな……騎士団の全員に通達を出せマサルの滞在中、勝手に接触する事を禁ずると。あれはただ腕が立つだけじゃない、何でも有りなら本当に沿岸都市壊滅も有り得る」

 マサルとの対面後、真っ先に出した指示はそれだった。

 クックの言っている事が大げさではないと実際に会って感じたどころではなかった、あれは未知数過ぎる……交渉一つとっても相手の利益と自分の出来る事を瞬時に提案し、周囲の反応を見ながら笑顔のまま乗り切って見せたのだ。

「いつ敵対しても仕方ない騎士を相手に囲まれてあの胆力……むしろ我々騎士団の側が飲まれていたな」

「それにしてもランスロット司令、本当に彼と決闘をするんですか?」

「んっ? なんだ? オレが負けるとでも思っているのか?」

 新人の頃から一対一での戦いに負けたことのないオレはこの時本当に負ける事になるなど微塵も思ってなかったのだった。



「あんなのインチキですよ! 決闘にあるまじき行為です!」

 オレとマサルの一騎打ちが終わると人間主上主義の馬鹿や貴族意識の強い馬鹿が執務室へと雪崩れ込んで来る……部外者でありながら短時間で民の生活の向上に努めたマサルとこの愚か者たち……比べるだけ虚しさと憂鬱さを感じた。

「どこの何がインチキで決闘にあるまじき行為なんだ?」

「自分にだけ良い武器を用意するなど卑怯だとは思わないのですか! ランスロット司令の剣も用意しているなら先に渡せば良いのです! 騎士道精神に反します」

「彼は騎士ではない、それに決闘で自分で武器を用意出来ないのはこちらの落ち度で彼の勝利には何の関係もない」

「騎士でないのは知った事ではありません! みすみす我らグレイタス王国の財産である奴隷を取られたのですよ!」

 ここまで腐っているか……しかしこれで今後このような馬鹿を相手しないで済むのはオレ個人としても騎士団全体にとっても大きな利益になるであろう。

「君たちの意見はよく分かった。騎士道精神を理解できる君たちだ快く処分を受け入れてくれるだろう?」

「……処分ですか? 一体何の話を?」

「先ほどの決闘は沿岸騎士司令ランスロットとして彼に願い実現したものだ。その決闘は神聖なもので不可侵であると考える。決着のついた決闘を穢した君たちを騎士団から追放する」

「追放ですか! 我々の実家が黙っていませんよ?」

「知るか! 文句があるなら言って来い! オレが決闘なりなんなり相手してやろう」

 彼らの中には名家や名門と呼ばれる家柄の次男や三男もいるがオレを敵に回すためにポータリィムに乗り込んでくる程に肝の座ったものはいないであろう。



「くっ……何でこんな事に……」

マサルと解放された獣人たちと共に集落へと向かう一段の中に姪のアデリナの姿があった。

「大丈夫ですよ、そんなに簡単に集落なんて大きくならないですしすぐに帰って来ますよ」

「それはそれで危険的な意味で心配なんだが……やはり護衛に何人か送るか?」

「さぁて、仕事に戻るか……訓練に使った資材の補給しとかなきゃ」

 部下たちは全員が何事も無かったように街の中に戻っていく。

「この裏切り者ぉぉぉぉぉおぉぉぉおぉっ!」



 そんなこんなで月日が過ぎた。

「えっ? 獣人たちの集落は大きな街になっていて要塞のようだと⁉」

「そうなんです、それに噂によると……言いにくいのですが……」

「何なんだハッキリ言え!」

 いつももっと言葉を濁す部下たちに嫌な予感しかしない。

「獣人の街はグレイタス王国から完全に独立して建国するらしいです」

「それは良い事じゃないか、国として神に認められたら下手な侵略も蔑む者も減るというものだ」

「それだその……建国される国には女王が立つらしいんです」

「別に女でも構わないじゃないか、先の戦で獣人たちの男が減っているんだろう」

 特に男尊女卑とかではないし王じゃなく女王が立ったからと言ってなんなんだ?

「その……新しい国の女王というのが……アデリナという名前だと……」

「はっ? 今なんて言った? アデリナが女王? なんでそんな話になっていて不確定な情報なんだ⁉ 諜報は何をしているんだ」

 事ある毎に情報は報告が上がってきているはずだが?

「集落の中、今は街ですけど諜報の人間は入れないですからねぇ」

「なぜだ⁉ 獣人の街と我々ポータリィムは和解していて何かあれば協力しようという約束もあるのだぞ」

「そりゃあ怖いですから……以前の戦いはマサルに言わせれば侵略行為で、それをやはり俺たちも立場的に認める訳にはいかないですが、事実だと感じている訳です。ならその被害者である獣人たちの住む場所に誰が入っていけると思っているんですか?」

「あそこにはマサルとアデリナしか人族はいないのだったな」

 物理的にも入り込む余地も無いか……。

「兎に角アデリナと新女王についての情報を集められるだけ集めて欲しい……頼む!」

 この後、結局アデリナが新女王へとなると決まったと確定情報が入ったのは、建国記念の催しへの招待が届いてからだった。

「しかも結婚するらしいですね」

「はっ⁉ 結婚だと……相手はマサルじゃ……」

「ないらしいですね。グレイタス王都の騎士らしいです」

 なぜこうなった……アデリナは世の広さを見に行っただけのハズだったのに。



「マサルの周りには何でこんなにトラブルが起きるんだ⁉」

 建国にアデリナの戴冠式に結婚式にと慌ただしい日々が終わったと思ったら今度はシュテンツェン壊滅に関わった破壊神が来襲だと? 

「まさか神と戦う事になろうとはな。身震いが止まらないな」

 この時までオレには強者としての自信がいくらばかりあったのだが……。

「何が起きた⁉ マサルが何故倒れているのだ!」

 鎧まで着て用意できる事は全てしたと言っていたマサル……オレから見ても化け物のような強さの男が一撃で煙を帯びながら倒れて行くのを信じられない思いで見る。

「アイラ! マサルの心臓が動いてない!」

ビクティニアス様の声にその場にいる全ての者が立ち尽くすのを感じた……これはマズい!

「てめぇ! 何やってくれてんだ‼」

 渾身の力を振り絞り大剣で邪神を吹き飛ばすが、邪神はこちらに関心も示さない。

「くたばれっ!」

 怒りの中で何度もマサルの作ってくれた大剣を振るうが効いている気がしない……。

「時間を稼げ! 絶対にマサルがなんとかしてくれる!」

 俺たち騎士団は決死の覚悟で邪神へと剣を構え吼える……唯一にして最大の希望マサルが戦場へと戻る事を信じて……。


 しかし、そんな小さな希望は脆くも崩れ去ってしまうのだった。


「……アイラ? なんで治療を止めているの?」

「……もう死んでる……」

 ビクティニアス様とアイラセフィラ様のその決して大きな声で交わされてはいないハズの会話は不思議な事に戦場にいる全ての者に届くのだった。

「嘘だ……アレが死ぬなんて嘘だ……」

 目の前が一瞬暗くなってふらつく……しかしオレたちは背後に膨れる猛烈な悲しみと闘志によって戦場へと意識が強制的に戻されるのであった。

「アイラ……行くわよ。邪神だか何だか知らないけどアレを私は許さないっ!」

「えぇ、アレがどこのどんな神かは知りませんが必ず息の根を止めて差し上げますわ!」

 敢えて言おう……この瞬間のこの女神二柱にオレは人生で一番の恐怖を感じたのであった。



 その後、あっさりと神となって甦ったマサルによって邪神は下されたのは今でも納得がいかないのだ……完全に人の理解の幅を超えているし、あのビクティニアス様とアイラセフィラ様が優しく穏やかに戻ったのだからオレに文句が言えるハズもなかった。

 それからもマサルが神になった事で何処かに姿を消したり、帰ってきたと思ったらいつの間にか外洋船なんてとんでもない物を作って別の大陸を発見したと言われたり忙しい話である。

「ランスロットよ。ヴィンターリアへと出向き造船やその運用を学んで来る気は無いか?」

 久しぶりの登城での謁見の場で王に土下座しそうな表情でそうお願いされるのであった。

「適任者が他にいないのだ……しかし我が国としての体裁もあるので立候補という事にしておいて欲しい。勝手な事を言っているのは分かるが人材不足を吹聴して回るわけにはいかないので頼む」

「くっ……立候補で司令という立場を投げ捨てたとなればアデリナに何を言われるか分からないではないか……しかし王の頼みだ、引き受けよう」

こうしてオレは沿岸都市ポータリィムの司令の座を直属の部下に譲りヴィンターリアへと引っ越す事になったのであった。

「えっ? マサルはビクティニアス様と一緒に新婚旅行に行って不在⁉ 帰って来るまで政務の手伝いにだと……船の設計はメイちゃんとリュリュちゃんがしているし、ミコト少年との邪魔をされたら困るから近づくなと……」

 オレの受難はまだまだこれからなのかも知れない。


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