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6.8

 有言実行という事で俺はホームセンターの外でのサービスをこなす為に後輩である斎藤の家を訪れていた。

「斎藤、吉野さんの所の草刈りに行くぞ。朝の涼しい時間に終わらせないと後で酷い目にあうぞ」

「何で鳴海さんがボクの家に⁉ って言うか今まだ朝の五時前ですよ!」

「吉野さんの家の田んぼは広いし、ついでに小学生の通学路になっている場所も草刈りするから」

「聞いてませんよ⁉ それに後で酷い目にあうって?」

「早く終わらせないと暑い中肉体労働する事になるって意味だ。朝飯も準備してるから早く着替えて来い」

「……うぅ、ボクは朝ご飯いつも食べないんですよね……」

 そう言ってぼやく斎藤の鼻先にビクティニアスは何やら突き出す。

「はい、朝ご飯は私が頑張って作ったクラブ(・・・)ハウスサンドですよ。斎藤君も食べますよね?」

「うっ……美しい新妻の手作りだと⁉ どれだけ神様は不公平なんだ……いただきます」

 ちゃんと俺のと同じように手作りしてくれてるんだからウチの神様は公平だぞ。

「なんか凄い美味しそうな匂いがしますね! じゃあ一口……んっ?」

 斎藤が噛り付くのを横目に畑に向かうべく借りてきた車を発進させる。

「美味しいです。なんか思ってたのとは違いますけど……これが本場の味なのかな?」

 首を傾げながらクラブハウスサンドに噛り付く斎藤の言葉に疑問を覚えつつ俺も手渡されたクラブハウスサンドを齧る。

「って、ビクティニアス……クラブハウスサンドのクラブは蟹じゃないぞ?」

「違うわよ! クラブハウスだからヤドカリの仲間でヤシガニを入れたのよ」

 どや顔のビクティニアスに何処からツッコミを入れたらいいのか分からず黙々とクラブハウスサンド擬きを胃の中に収めていく。

「……ヤシガニってどこで売ってたんだ?」

「斎藤……旨かったなら小さい事を気にするな。むしろ珍しい物だからしっかり食っておけよ」

「そうっすね。美人が作って美味しいんなら問題ないです」

 眠たいのもあり斎藤は早々に考えるのを諦め二つ目のクラブハウスサンド擬きを手に取る。

「斎藤は草刈り機を使った事無いんだったよな? 取り敢えず怪我をされたら困るから手押し式エンジン草刈り機を用意しといたから傾斜の少ない場所の除草をして貰うから」

「エンジンかけたら自走するからついていくだけのやつですよね?」

「そうだ。間違ってもよそ見して溝に落としたり石やコンクリートにぶつけたりするなよ」

「そうですね、怪我するのも嫌ですけど鳴海さんに何を言われるか分かりませんしね」

「怪我もだが機械もお客様の備品だから大切に使えよ」

 草刈り機はこの草刈りをすると申し出た時に修理と整備を同時に頼まれて使用の許可を貰った物なのだから壊してしまうなんて論外なのだ。

「ほら着いたぞ?」

 到着したのは一面見渡しても田んぼと水路しかない畦道(あぜみち)である。

「確かにまだ涼しいですね。で、鳴海さんどこの田んぼが吉野さんの田んぼですか?」

「この辺りは全部そうだな。この道に面している田んぼは吉野さんの田んぼか委託されたものだから遠慮せずに好きなだけ刈っていいぞ」

「マジで⁉ 吉野さんってうちの親父たちより年上じゃないですか? どんだけタフなんですか」

「農家の人はタフじゃないとやってけないからな。ジム行ってますとか毎日走ってますって若者より俺は元気に思えるな」

「じゃあ何でボクが草刈りを?」

「誰も好きで草刈りなんてしてると思ってるのか? 田んぼの周りは兎も角、道路の脇や川なんかは自治体や農家の方たちが無償でやっている場合も多いんだぞ」

「ついでにってやつですか?」

「馬鹿野郎‼ 草むらを放っておけば草の種が飛んできて田畑に雑草が生える原因になるし、蛇や危険な虫なんかの住処にもなる。背の高い草が生えていると車に乗っている人の視界を悪くするし、歩行者も足を取られやすい」

 管轄が誰であろうとそこは問題ではなく、誰かが困るのであれば助け合いの精神で解決するのが田舎流だ。それが自治体であったり近所の農家の人であったりするのだがそれが当たり前になってしまうのは間違っている。

「斎藤も生まれも育ちもこの辺りだろ? 周囲の川なんかで遊んだこともあるだろ? それが出来るのだって近所の人たちが休みの日に集まって草刈りなんかをして安全を保っていてくれたからなんだ。お前も大人なんだからいい加減人や地域の守り方を覚えて欲しい」

「そんな風に言われると断れないじゃないですか……」

「昔の俺じゃないんだから只で働かせる気はないから安心しろ、ちゃんと許可も取ってあるし給料も出るからな」

 無料奉仕なんて続かないから意味が無いのだ。

「……そつが無さ過ぎて勝てる気がしない……」

 ブランクはあるものの、まだまだ後輩の斎藤に勝てる気でいられたとは不服だが相手をしていると作業が遅れるので頬っておいて準備を始める。

「ほら、燃料を入れて草刈り機を動かせ! 動かし方は修理の後の点検の時の動作確認するから分かるな?」

「分かります! すぐやります」

 斎藤が準備を進める中、俺は先に準備を済ませておいた草刈り機を担ぎ傾斜のきつい場所や足場の悪い場所の除草を始める。



 ……二時間後。

「本気でやったら終わるものなんですね……こんなに広いから終わらないと思っていましたよ」

 実のところ今日や明日に終わるはずが無いのだがアルステイティアへ行き神となった自分の身体が思った以上に地元の仕事で動くので調子に乗っていたら他所の田んぼまで草刈りが終わっていたのだった。

「調子に乗って他所のところまで草刈りしてたのは黙っておこう……そうせ斎藤には吉野さんの田んぼが何処までなのか分からないんだから」

「鳴海さん何か言いました?」

「ついでだから小学校の周りも草刈りしていこうかなって言ってんだ」

「鳴海さんがやっぱり厳しい⁉」

「何言ってんだか、まだ朝の七時だからな? しかも勤務中だからな」

 こうして言い訳をきっかけにまた新たに二か所程の除草を二時間ほど続けたのであった。

「……うぅ……体中痛いです」

「通常勤務とは使う筋肉が全く違うからな。これから昼ご飯行って……横山さんの所の側溝の修理は周囲に高い木があるから日中の作業でも木陰だし、木村さんのところの畑仕事は夕方の涼しい時間帯を狙って行けば良いだろ」

「お昼ご飯奢って下さいよね。鳴海さんが朝早くから来るから用意してないんですから……それともまた奥さんの手作りですか?」

「安心しろ、俺の手作りだ!」

 ビクティニアスの手作りと聞けば聞こえはいいがパンを切って野菜をちぎって茹でてあるヤシガニの身を出してドレッシングに和えて挟んだだけだぞ? 甲殻類の身の出し方はプロの手際だけど彼女に料理なんてさせてはいけないのだ……立場的にも身の安全の意味としても……ビクティニアスの言うなりに甲殻類ばかり食べていたら痛風になるわ。

「鳴海さんの手料理っすか⁉ ってか料理も出来るんですね、本気でなんでホームセンターなんかで働いてるんですか」

「そりゃあ、俺の就職した頃で言えば工場なんかを除くとホームセンターが一番地元で大きくて花形のお店だったんだよ。今でこそ車で少し街まで行けばショッピングモールなんてお洒落なところも出来て来たけど、今でも農家なんかのおじさんやおばさんたちには身近で便利なお店だからな」

「確かに店の大きさだけは凄いですもんね。あの無駄に多い商品も言いようによっては品揃えが良いと言えなくもないですし」

「無駄じゃないからな? 消費者にとっては選択肢が多くある事は重要なんだぞ。ショッピングモールとは違ってホームセンターは一般の方だけじゃなくプロの方にも広く対応しているんだからな。本来なら専門店に行かないといけない物が揃うってのは凄い事なんだぞ」

「プロの人が型番でパーツとか注文するのに未だに慣れないんですよね」

「分からなかったら聞くか勉強するしかないな。大抵の商品の型番ってのには意味があるからな。何万もある商品を覚えるより型番の指す意味から検索する方が楽だぞ」

「勉強って簡単に言いますけどどれだけ有ると……」

「俺は覚えてるぞ? 俺の通った道だなんとかなるさ」

 本当にこの後輩は俺の人脈や仕事を引き継いで色々と出来ることが増えて信頼されていくのか、店長のように口ばかりになっていくのか……心配事は尽きぬのだった。



「ちょっと鳴海さんおかしくないですか⁉」

「何が? それより荷物は運んでやってるんだから早く歩けよ」

「いやそれがおかしいって言ってるんですよ! 鳴海さんの持っている側溝の蓋は全部で軽く百キロくらいありますよ⁉」

 そう言えば何となく向こう(アルステイティア)と同じような事をしているせいで力加減を忘れていた。

「頑張って鍛えて斎藤も力持ちになれよ?」

「いやいや確かに鳴海さんは凄い痩せたし鍛えたんでしょうが無理ですよ」

 知ってる……きっと身体を壊す方が先だろう。

「まぁ、斎藤は無理しないように運べるものを運んでくれれば良いんだけどな。ちゃんとお昼は御馳走したんだからちゃんと働けよ?」

「驚きましたよ、あんな凄い弁当はボク食べた事ないですよ! 本当にあれは鳴海さんが作ったんですか?」

「見た目ほどは手間はかかってないんだけどな。ただ久々に地元に帰ったんだから鰆が食べたくなっただけで……煮つけたりしても良かったんだけど、やっぱり俺の好物の西京焼きにしてみたんだ」

「西京焼きって癖があって苦手だったんですけど好きになれそうっすよ」

「そりゃあ良かった、大人になって好き嫌いはみっともないしな」

 未だにピーマンの食べられない斎藤はそっと視線を逸らすが、こちらは怪力の話題を逸らせれたので問題は無い。

「この辺りから側溝の蓋が痛んでいるな。斎藤は荷物なんかはそこに置いて一通り側溝を見て何枚くらい蓋の交換が必要か見て来てくれ」

「分かりました! じゃあ行ってきます!」

 と肉体労働ではなく身体的に楽な作業を言い渡された斎藤は嬉々として側溝沿いに歩いていく。

「後で面倒で汚い作業があるんだけど……よし、逃げれない状態を作っておくか」

 なんて言いつつ始めたのは全ての側溝のコンクリート製の蓋を全部剥がす作業だ。蓋の交換が目的だったのだが側溝が詰まると臭うし衛生的にも良くない。

それに田舎の溝の中は意外と動物の通り道になっていたりもするので塞がると道路を通る動物が増え余計なトラブルにもなるのだ。

「げっ……虫がいっぱいいるな。動物の餌になるから大量の水を流して掃除する訳にもいかないかな? となると手作業か……確かこの側溝を作った時に発注を受けたのが八十枚だったから八十センチをかけて……単純計算で六十四メートルか……直ぐに終わるな」

「って何で壊れてない蓋まであけてんですか! いっぱい虫沸いてるし!」

「むやみに殺すなよ? そいつらは毒とかないし害虫じゃないからな」

「でも大量のミミズとか気持ち悪いっすよ⁉ なんとかならないですか?」

「狸とかの食べ物が減って人里に下りてくるより良いだろ? それにミミズは良い土を作る農家の味方なんだから、むしろ益虫だ」

「確かにそう言われたら畑のそばのミミズは殺したりしにくいですね」

 とか言いながら斎藤は側溝の掃除を始めた。

「えっ? どうしたんだ? いきなり掃除なんて始めて⁉」

「どうせそのつもりなんでしょ? 鳴海さんの手口くらいもう分かっているんですから」

「少し見ない間に立派になって……」

 溜め息をつきながら掃除する斎藤の成長した姿に俺は感動を覚えていた。

「ボクは掃除を自主的にしただけでここまで言われる程に酷いと思われたんですね……まぁ良いです、さっさと作業を終わらせてしまいましょう」

「じゃあ俺はコンクリートの蓋を剥がして行くから詰まったりしそうな箇所があったら掃除を頼むな」

「了解しまし……って既に何枚剥がしちゃってるんですか⁉ 隙間に土とかが詰まって簡単に持ち上がらないはずなのに……本当に馬鹿力っすね」

「馬鹿は余計だ! そんな事言うやつにはゲジゲジを投げてやる! とりゃ!」

「ちょっと⁉ 無駄な殺生は駄目とか言いながら生き物投げるの禁止っす! ってかこいつも保護です?」

「ゲジゲジはゴキブリとかを食べてくれる人間にとっては益虫だからな……見た目はゴキブリの何倍も気持ち悪いけど」

「そう思うんなら投げたりしないで下さいよ……もう本当に子供なんだから」

「なっ! そんな事はピーマン食べられるようになって言うんだな!」

 そんなこんなで精神的に子供な男二人は、ビクティニアスの来るまで口喧嘩を続けるのだった。

「まったく、男なんてどこまで行ってもガキなんだから……」



 側溝の蓋の修理・交換の後、木村さんの家の畑に行くと想像通り連作で土のバランスが崩れているだけでいくつかの肥料をまく事で処置が済みホームセンターへと引き上げると閉店間際だった。

「げっ、もう閉店の店内放送が流れてる。鳴海さんも道具を片付けて帰りましょうよ」

 先ほどまで疲れただの身体が痛いだのと言っていた斎藤も帰り支度は早く、店員たちの呆れ顔が印象的だったが朝五時から連れまわしていたのだから仕方ないだろう。

 それからの数日はホームセンターの仕事を手伝いながらお客様の相談や悩みを聞きつつ斎藤を連れて問題の解決に勤しむのであった。

「じゃあ明日からは俺とビクティニアスは新婚旅行に戻るから後は斎藤に任せたぞ」

「えっ? どういう事っすか⁉ 鳴海さん戻って来たんじゃないんですか⁉」

「聞いてなかったのか? 俺は海外暮らしだしビクティニアスだってあれで要人なんだぞ?」

「……じゃあこれからは?」

「斎藤がお客様相談に対応できるように色んな職人の人たちに顔合わせも済ませたし、後は斎藤次第だな。お客様の要望と期待に応えるも良し、店長のようになるも良しだぞ」

 選択肢の有るようで無い酷い言いようではあるが、多少なりともこの後輩に俺は期待しているのだろう。可能であるならば自らが指導した人間に自らが築いた地位や立場を継いでもらいたいというのは人として生まれ持った本能ではなかろうか。

「鳴海さんはズルいっすよ。こんなに綺麗な女性と結婚して、どうせ海外でだって頼りにされてるんでしょ? その上にボクみたいな素晴らしい後輩がいるんですから……」

「そうだな、最後の後輩は兎も角として頼りにされているうちが華とも言うし、このホームセンターという仕事はどこまでいっても他人を通して自分を豊かにする仕事だ。斎藤にも豊かな人生が送れるよう祈っているよ」

 それだけ言い切ると俺は様々な事を覚え経験してきた古巣との決別を果たしたのであった。

「ねぇマサル? 寂しいんじゃない?」

「そうだな、ビクティニアスがいなかったら少しだけ泣いてたかもな」

 ……俺とビクティニアスの旅は続く。


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