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6.6

「ここが俺の働いていたホームセンターのコトリだ。日本でも小店舗になるんだけど田舎なだけあって駐車場が無駄に広いよな……災害時には避難場所にもなっているから無駄ではないんだけど、ヴィンターリアを開拓した今では妙に狭く感じるな」

「流石に街や国の開拓と比べるのはどうかと思うわよ? にしてもマサルが整理整頓といつも言うだけあってこのお店は綺麗にしてるわね」

「……整理整頓? ……ふふふっ……」

 俺の目についたのは苗などに水やりをした後に出しっぱなしのホース……既定の場所にない台車にショッピングカート。

「ヤバいわね……マサルの目に炎が宿ったわ」

「ちょっと行って来る!」

「お手柔らにねって言っても無理っぽいわね」

 店内に入るやいなや担当の店員を確認する……よし知っている店員だ。

「田中さん台車出てるよ! 加藤さんホース出しっぱなし! お客さんが躓いたらどうすんの!」

「はい! 今すぐに……って鳴海君? どうしたの? こっち帰ってきたの?」

「えっ? 鳴海君がいるの⁉」

 俺に気が付いた店員やパートのおばちゃんが集まってくる。

「良いから先に片付けして! 話はちゃんと出来るから」

「そうね、仕事を先に一息つけるようにしましょ」

 パートのおばちゃんたちが切り替え早く自分の仕事に戻る中、遅れて様子を見に来た男が一人店内の奥の棚の隙間から覗いて逃げるように消えていく。

「こら斎藤! お前また脚立出しっぱなしにしてんだろ!」

「はい、すぐ片付けます!」

 直接指導をしていた後輩の斎藤だ……バタバタと足音をさせて脚立を片付けに行く。

「懐かしい光景だな。帰っていたのか? 海外に行くと聞いていたが?」

 過去に聞いたことが無い程に穏やかに声をかけてきたのは店長だ。なんだか背は丸く白髪が目立って来ていて別人のように感じる。

「お疲れ様です店長……痩せましたか?」

「鳴海君がいなくなって大変だったんだよ。新しく入る人は続かないし昔からのお客さんからの要望はなかなか叶えてあげられないし、苦情も増えてね……」

「でしょうね」

「一体どうやってこれ程の仕事をこなしていたんだって皆して会議までしてね、色々なお客さんに聞いてみたら勤務時間外や休みの日にまで手伝いをしたり勉強してたんだってね」

 遠い昔を思い出すようにピントの合わない視線で店内を見渡す店長……あれ? この人ってお山の大将な感じで利益以外に興味がない面倒な守銭奴だった気が……」

「そうですね……そうやって色んな事を経験させて貰ったおかげでこの数年とても助かりました」

「そうか……君は充実した生活をしてたんだね?」

「充実してましたね。実は向こうで結婚をしましてそのご報告にもと思い……」

「そうか結婚したのか、ははは……はははははっ……」

 乾いた笑いを繰り返す店長……家庭が上手くいってないのだろうか?

「国際結婚か、言葉の壁に文化の壁……鳴海君も苦労するといい!」

 店長が黒い笑い声を漏らすが、俺は別にそういう苦労はしていない。

「マサル何やってるの? 外でいつまで待たせるのよ」

 待つのに飽きたのであろうか、ビクティニアスが最高のタイミングで現れた。

「……鳴海君? そちらの綺麗なお嬢さんは?」

「妻のビクティニアスです」

「世の中不公平だぁぁぁぁぁあぁああぁぁ!」

 涙と鼻水を垂らしながら店長は奥のスタッフルームに走り去った。

「店長、店内で走らないでっていつも言ってるでしょ」

 逃げざまにパートのおばちゃんに追撃されているのが哀れだ。

 結局、店長はそのまま体調不良を理由に帰ってしまった。

「鳴海君、悪いんだけど店長がしばらく休むって連絡してきたの……なんとかヘルプに入れない?」

「店長……少しは大人しくなってると思ったけど大人にはなれていないか」

「そんな難しい事あの人に要求しても無理よ」

 チラリとビクティニアスの方を見ると何も言わず頷いてくれる。

「暫くはこっちにいるから手伝いに来るよ。給料を貰う訳にはいかないけど馴染みのお客さんたちにも会いたいしね」

「じゃあ店長のいない間の責任者に挨拶しておかないとね。責任者は誰?」

「斎藤君よ……残念だけど鳴海君がいなくなったら若い子が彼しかいなくて昇進させる人の選択肢がなかったのよ」

 マジか……田舎の若い人材不足は思っていた以上に深刻らしい。



翌日、俺が帰ってきた事は地域中に口コミで広がっており朝からホームセンターは賑わいに包まれていた。

「草刈り機の調子がまた悪いんじゃが見て貰えんか? 他の店員に聞いてももう部品が無いから直せないとか買い換えたらとか言うばかりなんじゃ」

「昔ここで買ったチェーンソーの刃を研いで欲しいんだけど」

「畑の横の側溝の蓋が割れたんじゃ何とかならんか?」

「おはぎ作って来たから食べんかい?」

「畑のサラダ菜や青梗菜の育ちがいまいちだけど何が悪いのか見てくれんか?」

 なんか列が出来る程にお客さんいるんだけど……。

「吉野さん草刈り機だね? 相変わらず大事に使ってるねぇ、もうこの機械は買って二十年になるよね。本当は機械自体が古いから安全の為にも買い換えて欲しいけどプラグ変えて摩耗してる部品用意しとくよ」

 このお客さんは田んぼを何面も昔からやっていて年中草刈り機を使っているのだが丁寧に毎回メンテナンスをしていて驚くほどに物持ちが良いのは良い事だが、古い機械は頑丈な一面重くて扱いづらいので最新の軽い草刈り機に本音では交換して欲しい……若い人に草刈り自体を代わって貰えるのが一番なのだが……。

「草刈り機の調子も悪いみたいだし吉野さんの田んぼの畦道はまだ刈ってないでしょ? 手伝いに行くから待っててね?」

「げっ、鳴海さん草刈りまでやってたんですか⁉」

 俺の助手としてつけられた斎藤は完全に呆れている。

「当たり前だろ、さっき見たら吉野さん腰痛めてたのに気付いただろ? 困った時は助け合いって言うじゃないか」

「いや普通気付きませんよ……それに助け合いって言ったって給料が出る訳でも無いのに」

「年配の方が持つ技能なんかは金には変えられない。草刈りにはお前も付き合え」

「なんでボクが⁉ 草刈り機なんて使った事ないですよ!」

「馬鹿野郎! 草刈り機を使った事なんか自慢になるか! 自分たちの取り扱ってる商品がどういう物なのか分からなくてお客様の為になる対応が出来る訳ないだろ」

 怒られて小さくなる斎藤に変わってないなと内心笑いが込み上げてくるが、表には出さない。

「次は……チェーンソーの刃ですね。明日までに仕上げておきます。預かり証に御署名頂けますか?」

「鳴海さん! まさかコレもボクもやるんですか」

「大丈夫、ちゃんと仕込んでやるから任しておけ」

 斎藤は見るからに肩を落としす。

「次は畑の横の側溝ですが……これは流石に役場の管轄ですよね? そうですよね?」

「んっ? あぁ、横山さんの所だな。あそこの畑は道も含めて全部横山さんの家の敷地だからな、一応周辺の側溝も壊れていないか全部確認しよう。側溝の蓋になるコンクリート板は販売してるしな」

「……田舎なんて嫌いだ」

 少しずつ斎藤の表情が暗くなってきた。

「次は……おはぎですね! もうお昼なんで休憩しましょう」

「山田のお婆ちゃんわざわざありがとう、おはぎは後でいただくから置いといて!」

「おやまぁ、仕方ないねこんなにお客さんがいるんだものねぇ」

 そう言っておはぎは休憩室へと運ばれる。

「……おはぎぃ……」

「斎藤次は? ちゃんと仕事しないとおはぎ分けないぞ?」

「それは駄目ですよ! えっと次は木村さんの畑の作物の発育が悪いみたいです」

「それは実地調査が必要だな、今日帰る前に寄ってみよう」

「はい、分かりました……どうせ逃げれないんですよね」

 それからも夕方まで依頼や相談は途切れる事なく対応に追われ、客足の途切れたのを見計らって依頼の解消へ倉庫兼、作業場へと移る。

「鳴海さん、いつもこんな事してたんですか?」

「んっ? 今日は久々で仕事が溜まってて忙しかったって感じだぞ」

「そうじゃなくてお客様への対応ですよ……こんなの業務に無いじゃないですか」

「そうだな。俺だって最初は好きで始めた訳でも出来ると思ってもいなかったんだぞ」

「鳴海さんもですか? 皆が言うんです、鳴海さんは入社した年には自分で色々工夫して何でもやってたって」

 そんな後輩の言葉に色んな昔の事を思い出して苦笑がこぼれる。

「俺はそんな偉い人間じゃないよ」

チェーンソーの刃を研ぐ手を止めて斎藤へ真っ直ぐ視線を向ける。

「俺も最初は入社したてのお前みたいに定時ギリギリに来て慌てて着替えて仕事して、定時間近になるとソワソワして時間と同時に帰ってたんだ……でもそんなんじゃあ何にも出来るようにならなくてお客様に怒られる事も少なくなかった」

「なんでそんなふうに変われたんですか?」

 ずっと何年も指導員として接していた彼の目に初めて本気を感じた……アルステイティアでは当然のように感じていた熱い視線……向こうの世界では生きる為に、家族や仲間を守る為に当たり前だったがこちらの世界では何かしらの決意を持たないと出来ない瞳だ。

「全く俺は本当に情けない先輩だな……お前にもそうやって変わる力があったのに今まで引き出してやれなかったなんて」

「??????」

「悪い悪い、俺の変わったきっかけだったか? 簡単さ、何にも出来ない事を思い知らされて腐りかけてた時に追い打ちのように俺の指導員で一番嫌いだった奴にこう言われたんだ『お前なんでココで働いてる! ホームセンターで働く奴は何でも出来て一人前なんだぞ』ってさ」

「それって……店長ですよね」

 はははっと笑って誤魔化す。

「それで嫌いな奴に言われっぱなしはムカつくだろ? でもその人には聞くのが嫌でお客さんに聞いたんだよ。これは何に使うんですか? どうやって使うんですか? っていう感じに」

「お客さんに⁉ それで教えて貰えたんですか?」

「田舎のお客さんは時間もある人は多いし世間話好きな人も多いからな。そうやってお客さんに覚えて貰って勉強してると実際に使ってる所を見てみるか? とか言われ出したんだ」

 どこも若手不足で指導する相手に飢えていたのも現実だ。

「それで仕事終わりや休みの日にお客さんの所で色々するようになったんですね」

「半年くらい全部の空いた時間をつぎ込んで何とか道具も覚えれたし現場の声も聴けたから仕事が出来るように見え始めたんだ」

「そこでやっと仕事の評価に繋がったんですか⁉」

 店長からの風当たりが悪くなったのもこの頃だ。

「それからは色んな所で教えて貰える内容が増えていって資格が増えてって感じだな」

「なんかそう聞くと何でもないように聞こえるんですけど……」

「きっかけからは流されてただけだからな、止めるタイミングも無かったしな」

「そんなものですか?」

 そんなものなのだ……俺自身にも特別に努力しているつもりも頑張っているつもりも当時は無かった。

「ただただ人に認められ始めたのが嬉しかったんだ」

「普通の人じゃないですか」

「普通の人だよ? 特別な奴なんてそうそう居ないさ……結婚するまではな」

 俺がニヤリと笑うと作業場にビクティニアスが現れる。

「マサル迎えに来たよ~♪ 今夜は焼き鳥よ~♪」

 絶好調の様子のビクティニアスは俺の腕を取り出口へと無理やり引っ張っていく。

「じゃあ今日は終わりにしよう。明日は外回り行くからな……ってビクティニアスちょっと待ってくれよ」

 そんな俺の背中に「畜生……モゲてしまえ」という呪詛が届いたのは気のせいとしたのだった。


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