6.5
俺の実家の付近に来たのだからとミコトの実家へと来たのは予定通りで朝のうちにと教えられた住所に来たのだが。
「こんにちは、どなたかいらっしゃいませんか? 土原さ~ん」
「居ないなら居ないと返事して下さ~い」
俺とビクティニアスは何度も玄関の前から声をかけているのだが全く反応が無い……実のところ俺もビクティニアスも家の中に人の気配が在るのを知っているのだが、住人がいても対応してくれなければどうにもならなくて困っているのが現状だ。
「病気って感じではなさそうだよね?」
「眠ってる訳でもなさそうよ」
その時、俺とビクティニアスの中に声が響いてきた。
……神様……どうか息子が生きていますように……命を……どうか命をお守り下さい……
「これはミコトのお母さんの声?」
「こんにちはなに強く祈りが届くなんて初めて……」
突然伝わったとても強い子を思う母の想いに俺とビクティニアスはその身を強張らせながら声を受け止めていく。
「人の子ってこんなに愛されているのね……」
「ミコトがいなくなって一年が経っているというのに……俺の親も連絡の取れない時に同じように心配をさせたのかな……」
「……マサル……」
俺とビクティニアスはミコトの実家の玄関の脇へと寄り添うように座り込む……ミコトの母の声が響くごとに涙が溢れてくる。
通常は今の俺とビクティニアスのように祈りが直接に届くことはない。それは圧倒的に聞く者より祈ったり願ったりする者の数が多いためだ。神々も人格があり痛みも悲しみも感じる……全ての祈りや願いが今回のように届くと間違いなく心が壊れてしまうだろう。
何故今回のような事が起きたかというと俺とビクティニアスがミコトの関係者を探していた事と家の中から気配はするのに反応が無い為に神の権能を使って様子を見ていた為で、危険性は無いと無防備に探った結果だった。
何時間が経ったのだろう? オレンジ色の太陽とすっかりと涼しくなった風が寄り添い座る二人を撫でる。
「そこに誰かいるの?」
そう声をかけてきたのは黄色い学校指定のジャージに自転車用のヘルメットをかぶった中学生の女の子だった。
「……泣いているの?」
心配そうに俺たちを覗き込む少女はどこかミコトに似ているなんて思っていたら彼女の乗る自転車には土原命とシールに名前が入っている。
「君はミコトの妹さんだね? 俺たちはミコトの事について話をしに来たんだ」
「えっ? お兄の話? お兄生きてるの⁉」
「生きてるよ。ちゃんと元気に暮らしているよ」
「……お母さ~ん! お兄生きてるって! 元気にしてるって!」
俺たちを放り出して家の中に飛び込んでいったミコトの妹は母親の元へ家の中のあらゆる物を倒し落としながら消えていった。
あまりの光景に涙も引っ込んで目を丸くしているビクティニアスがとても可愛く俺の目に映ったのは心の中にしまっておこう。
そわそわしながら夕飯の準備をするミコトの母と妹に苦笑しながら、ミコトの父の帰宅と祖父母が来るのを待っていた。
「ただい「遅いじゃないの! 早く着替えて来て」……はい」
帰って早々にただいまさえ最後まで言わせて貰えず母に怒られてミコトの父は肩を落として部屋へと向かう。
「んっ? お爺ちゃんの軽トラの音がしたよ! 迎えに行ってくるね」
妹も微かに聞こえた車のエンジン音に反応して部屋を飛び出ていく。
「なんか良い家庭ね。とてもミコト君は愛されてるのを感じるわ」
「確かにね。当たり前の様に見えるこんな光景も本当はかけがえのないモノだったんだと初めて心に沁みたよ」
「私たちもちゃんとこんな家庭を持たないといけないね?」
「……っ! 努力するよ」
ビクティニアスの不意打ちに俺は頬を赤くさせながら何とか答える。
「すいませんお待たせして……」
申し訳なさそうに頭を下げるのはミコトの母で、隣に妹その横に父と祖父母が夕飯の準備がされた食卓を囲み座っている。
「あんたらが命の事を知ってると聞いたが間違いないか?」
「ちょっ、義父さん!」
真偽を図るように真っ直ぐに俺を睨めつけるミコトのお爺さんは年齢の割に体格もよく眼光も鋭い。
「確か大工をなさっているお爺様ですね。彼が気恥ずかしそうに話しておられましたよ」
「質問に応えんか! 命は今どうしておるんじゃ!」
焦る気持ちもとても分かるので全てを話してあげたいがどこまで話しても良いかが悩ましい。
「全部話しちゃえば? 彼らに何を話したって何にもならないわ」
ビクティニアスがハッキリと断言する……確かに異世界だの神様だのと彼らが話を他の誰かにしたところで妄想としか思われないかと腹をくくると悩んでいたことが馬鹿みたいに思えてくる。
「まず簡潔に申し上げましょう。ミコトは生きていて元気にしています。一年前に比べるとかなり筋力もついて男らしくなっていますよ」
ミコトの家族の肩から少しだけ力が抜けるのを感じる。
「それでいつ帰って来るんじゃ?」
「……ミコトは帰って来ません。いえ、帰って来れない程に遠くにいるのです」
「? あなた達は命に会ったんじゃないんですか?」
「えぇ、会いました。私が保護をして面倒を見る事になって同じ街で生活をしていました」
「それじゃあ、あなた達がここに来ているのに命は帰れないとはどういう事なのでしょう?」
命の母は冷静でいようと必死に自分を抑えながら慎重に答えを返してくる。
「その質問に答えるなら皆さんにまず告白しないといけない事があります。……私たちは人間ではありません」
「………………宇宙人?」
大人たちが言葉を発せない中で唯一反応したのがミコトの妹だった。
「宇宙人だと! 貴様ら儂らをからかいに来たのか!」
突然に立ち上がったミコトの祖父はよほど我慢がならなっかったのか手元にあったグラスを中の水ごと俺に向かって投げつける。
しかし水もグラスも俺へ届くことはなくテーブルの上で宙に浮き固定されているのであった。
「濡れるから止めたわよ? それとちゃんと話は聞きなさい。良いわね?」
ビクティニアスは何事も無かったように淡々と言うと宙に浮かぶグラスを取りテーブルに置く。
「妹ちゃん残念だね。俺たちは宇宙人ではないんだよ……なんて言ったら良いんだろう? 簡潔に言っちゃうと神様ってヤツなんだけど……自分で言っていても我は神也なんて怪しいよね? はははっ……」
「「「「「………………」」」」」
なんで宇宙人は受け入れられて神様はそんな反応なの⁉
「しょうめい……証明出来ますか?」
そう言ったのはミコトの妹で意外と骨があるのかもしれない。
「神の威を示したところで今までにそれが本物だと判断できる経験が妹ちゃんたちには無いでしょ?」
「話が進まないから本当に神様かどうかなんていいでしょ? それでミコトはどこにいるの?」
母親からすると些細な問題だったらしくミコトの話の先を促されてしまった。
「端的に言うとこの世界の他にも別の世界は存在していて、その別の世界にミコトはいます」
「別の世界……漫画やアニメみたいに異世界にお兄はいるんだ?」
妹ちゃんは流石というか最近の子らしく飲み込みが早い。
「パラレルワールドとか平行宇宙とかってやつかな?」
父の方はSF好きなのか? 理解しているようで概念が少し違う、残念。
「簡単にいうと魔物がいて魔法があって、この世界よりもっと神様と地上の人々が近いファンタジーな世界です」
「この世界より? それではこの世界にも本当に神が?」
ファンタジーより神様に食いつくか……。
「普通にいますよ」
あっ、お婆ちゃんが拝みだした。
「それで何で命は……うちの子は帰れないんでしょうか?」
「只の人には本来、世界を渡るだけの力は無いんですよ。異世界どころか月に行くのだって大変でしょ?」
「大変というか……一般人には無理な話だ」
お爺ちゃんが難しい顔して答える。
「実際に月に行けるとしましょう。はい、あなたは手を叩くと月にいます……困らないですか?」
「空気が無いから死んじゃう……」
「その通り! 本来なら他の世界に渡れたとしても適応できずに死んでしまうんですよ」
「じゃあ何でうちの子は?」
「運が良かったのですよ。まず私がこの世界から向こうの世界に渡っていて、この世界の神様も向こうの神様も監視を強化していた事。それによって私たちの救助が間に合い、言語が理解出来る加護まで与えらました」
「あなたがこの世界から渡って? とおっしゃいましたか?」
「えぇ、私もこの日本の……この岡山県でホームセンターで働いていた元人間です」
「それじゃあ世界を渡る方法は有るって事じゃないですか!」
やはりこうなったか……。
「何億もの人の犠牲と引き換えで良いなら可能ですよ?」
「それか神の力の結晶を……それも月が作れちゃうくらいの力が籠った物をお持ちですか?」
「お兄さんにはそれだけの代償が払えた訳ですか?」
妹ちゃんが俺を睨めつけ問う……この爺ちゃんあってこの孫有りか、よく似ている。
「俺にはそれだけの代償を払ってくれる神様がいたって事だ。ミコトにも言ったが彼にはそれだけの代償を払う神は存在しない」
「そんなっ! 何でよ!」
「普通の人間を辞めさせて地球に戻しても混乱しか起こらないからだ。ライオンや熊と戦素手で遊びながら殴りあえるような人間は現代の日本じゃ異端なんだよ」
「お兄がそんなに強くなれる訳がないもん!」
妹の断言に悲しそうなミコト少年の顔の幻覚が見える……ぷっ……笑える。
「既に剣を持たせたら地球の熊くらいなら斬り伏せる力があるぞ?」
「「「「「っ⁉」」」」」
「それでも只の人間さ……世界を渡るだけの力には耐えられない」
「お二人は神だと言いましたよね? うちの子が帰るのに力を貸しては……」
「無理ですね。彼女は世界を支える主神で私はその夫ですが地球程に神は多くありません。それに私たちの得た力は向こうの世界を運営する為の力です、私的な感情で使えません」
「同郷のよしみで何とかならんのかね?」
「お爺様……私は同郷のよしみで彼の傷を癒し住む所も仕事も世話をしました。今でも部下として時に指導し世界は違えど生きるために必要なものは全て与えています。これでも足りないとおっしゃいますか?」
その言葉には両親も祖父母も何にも言えなくなり俯いてしまった。嫌な沈黙が続く中、これを破ったのは妹ちゃんだった。
「仕事って言ってたけど、お兄はもう働いてるの?」
「兵士の仕事をしてますよ。あとは船乗りしたり女王に書類整理手伝わされたり?」
「兵士で船乗りで……んっ? 女王⁉」
理解不能の様子だ……っていうか俺もよく分からん!
「あんな子供に兵士をさせるのか?」
おぉっとここでお爺ちゃんの鋭い眼光が復活!
「魔物がいる世界なんで鍛えないと生きていけなかったんですよ。今も続けているのはミコトの意志で俺が口出しする事じゃないですから」
「守らなくちゃいけない女の子もいるしね?」
「「「「「なんだと⁉」」」」」
今日一番の食いつきで反応したミコトの家族にメイとリュリュを始め多くの女の子がミコトを狙っている事や、既にメイとリュリュは将来的に外堀が埋められていて結婚は確実であろう事まで全て暴露する。
「あっ、そう言えばミコトから手紙を預かっています。それとスマホで動画を撮ってきたのでテレビに出しますね」
なんだか急に空気は緩み手紙を読んだ母が「字が相変わらず汚いわね」と嬉しそうに微笑み、妹は動画を見て「お兄の癖に細マッチョで美少女ハーレムだと⁉」と呪詛を吐く。
「ふふっ、結局最後は凄く嬉しそうだったわよね」
「妹ちゃんのあのはしゃぎっぷりは見ていて面白かったよな」
「またいつかミコト君の報告はしに来てあげたいわね」
「今度は沢山の子供たちに嬉しそうに囲まれている所を報告に来たいな」
「それは良いわね! 妹ちゃんが爆発しろってきっと叫ぶわよ」
なんてミコトを山車にして俺とビクティニアスは楽しい新婚旅行に戻るのであった。




