6.4
どこの世界でも宴会というものは品というものには縁がないようで、それが神様の世界であっても例外ではないようで……。
「おらぁ! マサルもしっかり飲んでるか?」
「客人にちゃんと酒を振る舞わなかったとなれば我々の沽券に関わるのでな」
「ほら杯が空じゃぞ! ほら飲んだ飲んだ!」
飲んでも飲んでも次々に満たされる杯を空にしながら挨拶に来る神々と歓談して過ごすこと暫く、
一部では腕自慢たちが演技と称し武器を持ち出し一対一の戦いが繰り広げられる。
「ほらマサル、お主も武を修める者じゃ。是非一戦交えてくるのじゃ!」
天照の一言で演技が繰り広げられている場所へと道が出来る。
「変なところでカリスマ性を出すな天照様は……なんで俺がこんなところに来てまで戦わなくちゃいけないんだ……って言っても戦らなければならないんだろうな」
そう言いつつビクティニアスを見ると、ビクティニアスもこちらを見ていて黙って頷く。
「存分にやってやれってか。まぁ仕方ない……格好の悪いところは見せられないよな」
神具である鉄鞭を取り出し演技の舞台へと歩を進める。一歩進む度に歓声が上がり注目を集め、期待と興奮のボルテージが上がっていく。
「対戦相手は誰だ! 一戦頼もう!」
俺の声に反応したのは三柱。
「我がお相手しよう。我は建御雷神也」
「我が名は経津主神。共に手合わせ願い申す」
「日本武尊参る! 儂も一緒にやらせて貰おう」
どの神も日本神話の戦いの神たちで既に臨戦態勢で剣を抜いている。
「ゼウスやヘファイストスと手合わせした程の強者だ。我々三柱を相手にして丁度良い塩梅だろう」
建御雷神の挑発的な笑み交じりの言葉に俺はさっさと来いと鉄鞭を構える。
「いざ、尋常に……勝負!」
小さく日本武尊によって呟かれた言葉に反応し俺たち四柱は地を蹴り一瞬の間に交錯する。
「「「はっ‼」」」
同時に切り込んできた三本の剣をどうにか見切り躱す。
「なにっ⁉」
動揺を見せた日本武尊に背を向けてと建御雷神と経津主神に向けて横なぎに鉄鞭を振るう。
「がはっ⁉」
攻撃を受けて血反吐を吐いたのは背を向けられた日本武尊だった。
「動揺したところに更に背を向けて動揺を重ねて背後にいた日本武尊に回し蹴りとは足癖の悪い」
「解説とは余裕だな経津主神!」
「とか言いながら目を狙って手刀か? 手癖も悪いようだな」
日本武尊を早々に倒した事から二柱は警戒心を増して隙が無い。
二柱は俺を起点に対象になる位置から切り込んで来るのだが、片方に詰め寄るともう片方が寄ってくるので決め手に欠ける。切り結んだ回数がもうすぐ百を超えようとした瞬間、建御雷神と経津主神は同時に剣を鞘にしまい距離を取ったのだった。
「居合い?」
居合いは高速の抜刀術で本来は日本刀を使った戦闘術なのだがどうやら同様の技を両戦神は習得しているようだ。
「高速で目標を切り裂く抜刀術……一人が相手でも本来対応が難しいのに二人同時にか」
「降参しても良いのだぞ?」
「建御雷神こそ降参するなら今だぜ」
俺が軽口を叩くと同時に左右から抜刀術が向かってくる……二振りの剣が触れて火花を散らすがその間に俺は存在していない。
「上かっ! 空中に避けるとは愚かな!」
「武器一本で防ぐ術は無し!」
伸身後方宙返りで初撃を交わした俺は足場もない空中で頭を下にして両側で剣が翻るのを感じていた。
「「貰ったぁぁぁぁ!」」
「……甘いっ」
建御雷神の剣を右手の鉄鞭で経津主神の剣を左手の甲で叩き落とす。
「なぜ手で我の剣が防げる⁉」
経津主神が叫び、地に俺が足をつけると同時に左手の拳は経津主神の右胸を打ち抜く。
「な……指輪?」
驚愕の表情を浮かべたまま経津主神は俺の拳を見たまま崩れていった。
「その通り、この結婚指輪は神鋼なのさ……さて、あと一人!」
「そこまでなのじゃ! 勝負ありなのじゃ!」
天照の宣言が聞こえ鉄鞭を片付ける。
「なっ……いや、仕方が無いのか……三対一で手加減されたのだこの度は完敗であろう」
「そうじゃの……わらわもあれ程とは思っていなかったのじゃ。勝者マサル!」
歓声と拍手が鳴り響く中、新たな空気の読めない挑戦者たちが現れる。
「次は俺様だ! マサルに飲み比べで勝負を挑む!」
「いや私だ! せっかくだから大食いの対決をしようじゃないか!」
次々に好き勝手言い出す神たち。
「飲み比べに大食いか……ふふふっ、纏めて後悔させてやるぜ!」
「あっ……マサルが悪い事考えてる」
「気のせいだよ? 俺が悪い事なんて考えるもんか! 正々堂々と倒してやるぞ?」
「せっかくの宴会に悪乗りする者が多くてすまないのじゃ」
「いやいやついでだから飲み比べも大食いも出たい奴は出させてやってくれ。せっかくだから俺も物作りの神だし酒も料理も用意しよう」
そう言うと静止される前に次々と酒を出していく。
「ちょっと⁉ マサルそれって……」
「ビクティニアス静かに! せっかくの飲み比べだから神酒を振る舞うだけだって」
「……何が悪い事考えてないよ……しっかり考えてるじゃない」
と言いつつもビクティニアスの表情も笑いを堪える。
「さぁ、酒に自信のある者集え! ルールは簡単、三十分でどれだけ飲めたかを競うだけ!」
すると自称酒好きたちが山のように出てきた。
「さぁ、まずはボトル一本からだ! 飲んだ者から次のボトルを持って行ってくれ!」
「神には酒に強い者も多いのじゃ、あれらを酔いつぶすにはとんでもない量の酒が
必要になるのじゃ……大丈夫かの?」
「大丈夫ですよ天照様、きっと皆さんは適度な飲酒を考える事になるでしょう」
「本当に日本生まれの子供たちは何をするか読めないから時々怖いのじゃ……」
「気のせいですよ、気のせい♪」
勿論の事、気のせいな訳が無く飲み比べに使用した神酒は口当たりが良いくせに神を酔いつぶす事だけに特化した秘密兵器である。
これはヘファイストスの下で修業している時に年に何度かやはり宴会があり、そこで酔っ払いの神々の相手をしたのに懲りた俺が作った酒でどんな酒豪でも一瓶空ける前に酔いつぶれるという危険物なのだ。
「では、天照様は開始の合図をお願いします」
「それでは飲み比べを始めるのじゃ!」
数秒で死屍累々といった様子の泥酔した神が量産されました……俺? 当然だが飲む訳がないじゃないか。
「やっぱり罠だったのじゃ……神酒を魔改造して持って来おったのじゃ!」
「罠とは失礼だな戦略と言ってほしいな。それに勝ってから戦えって言うだろ?」
「入れていたのが毒だったら数百の神の暗殺が成功してるわね」
「何百も持っておるから危険物に見えなかったのじゃ……あんな物をなんで大量に確保しているのじゃ?」
「アイテムボックスに入れておけば腐らないし、いろんな意味で戦略物資だからな」
当然だがこの神酒のような危険な物ばかりではなく普通に飲食できる物も様々な場所から材料をかき集めて保存している。
「これで酔っ払いは排除したが次は大食いか?」
「次はどんなズルをする気じゃ……」
天照様のじっとりとした疑いの視線が突き刺さる。
「疑うのは分るけど今度は正々堂々と戦ってやろうじゃないか!」
そんな風に宣言した数分後……。
「なんでマサルじゃなくビクティニアス様が大食いの席に座っているんじゃ?」
「そりゃあビクティニアスが大食いに参加するからだけど?」
「……マサルは勿論参加するのじゃろ?」
「俺は料理人として参加だな。地球じゃ食べれない最高の珍味を出そうじゃないか!」
「地球外の珍味……ヤバい匂いがするのじゃ」
地球外……異世界はそういう表現で合ってるのか?
「マサルまだぁ~?」
「なんでビクティニアス様はこの状況で嬉しそうにしているんじゃ?」
「そりゃあこれから出てくるのがビクティニアスの大好物だからじゃないか?」
「異世界の主神ビクティニアス様の大好物⁉」
俺の言葉に周りの神々が色めき立ち始める。
「…………でその料理はどこにあるんじゃ? 何にもしていないように見えるんじゃが?」
「もう食べれる状態で保管して有るけど?」
「料理人として参加と言いながら仕事は終わってるのじゃ」
「という訳で大食い勝負の料理を発表します! 今回の料理はこれだぁぁぁぁ!」
アイテムボックスから料理を置くために空けたスペースへ取り出す。
ずぅうぅぅぅぅっぅぅぅぅん
「「「「「「なんじゃそりゃあぁぁあぁぁ⁉」」」」」」
全長十一メートルを超えるアルステイティアのポータリィム近郊の海で獲れるロブスターの酒蒸しである。
「マサル早く取り分けてよ!」
「取り敢えず適当に取り分けるからな?」
と言いながら十キログラムを超えるロブスターの身を大皿に取る。
「早く早くぅ~♪」
「お客様お待たせ致しました、メインディッシュのロブスターの酒蒸しです」
なんてウエイターの真似事をしながらビクティニアスの前に皿を置くが周囲の神々は未だにロブスターのあまりの大きさに唖然としている。
「って……もうあんなに減ってるのじゃ! 皆も早く食べるのじゃ!」
ビクティニアスがあっという間に数キロを食したのに気付いた天照が吼えると大食い自慢の神々が慌ててロブスターに群がる。
「マサル! 無くなる! ロブスター無くなっちゃう!」
「まだ沢山あるから心配要らないから心配しなくていいから」
ビクティニアスが慌てた様子を見せるが百柱以上の神が取り分けたのに半分以上身が残っている。
「マサルの嫁はアレをまだ食べる気なのか?」
「みんなで食べたら普通に無くなるだろ? アイラセフィラも同じくらい食べるしな。お代わりもあるから心配するな」
「……アルステイティアの神は化け物揃いなのじゃ……」
「地球の神々も違う意味で負けてないと思うがな?」
そんな話をしているうちにビクティニアスが驚く速度で食べ進めてロブスターは殻だけになっていく。
「しかしどんな食欲じゃ……あんなに食べると太るんじゃないか?」
「ビクティニアスはどんなに食べても太ったりしないからなぁ」
「世界中の女を敵に回しそうな話じゃな」
「なぁ、天照様……俺たちみたいな主神級の神が本当に飲食で消費エネルギーを賄えると思うか?」
急に真面目な声のトーンになった俺を天照は意外そうな顔をして見上げてくる。
「どうしたんじゃ? 急に……いや、飲食でわらわたちのエネルギーが賄えるかだったか? 無理じゃな……間違ってもわらわもマサルも一%も賄えておらんじゃろ」
「やっぱりそう思うよな? むしろ神話なんかで雲や霞を喰うなんて表現があるが俺たちは実際はそれに近い存在だと思っているんだ……違うか?」
「面白いな。星の数ほどに存在する人間ですら人間自身の存在を上手く定義出来ないのに、ついこないだまで人間であったマサルが神の存在を解き明かそうとするか?」
「そんなに俺は傲慢でも真面目でも無いさ。ただ愛している存在の事を少しでも知りたいと思うのは普通だろ?」
「そうじゃな……普通か……それに相違ないと思う。わらわたちは信仰やら世界の魔力やらという雲や霞に近い目には見えぬ力がエネルギー源となっておる」
「信仰がその源なら生まれたての神の俺がこれ程に力を持つ理由が分からないな」
生まれたてという事は世界の生き物に認知されていないという事で信仰以前の問題だからだ。
「マサルはわらわたちと違って縄張りが国単位じゃなく世界そのものと広く、一柱の神に分け与えられる基本的なエネルギー総量が多過ぎなのじゃ」
「一柱に与えられるエネルギーが多いならその分仕事も多いんじゃないのか? 結構、俺は遊んでいるぞ?」
「現状の仕事量で遊んでいるなら日本の神をやっていたら退屈で死ぬかも知れんのじゃ……現代日本で社会人を経験していると神の仕事はほぼ無意識に終わるのじゃ」
世界の維持の為に神力を送ったり、それを使って世界のバランスを調整したりくらいは基本的に無意識でやっていたが本来は相当な集中力が必要らしい。
「どんだけ現代日本人の仕事はブラックなんだよ……」
「ストレスだけを言えば神をも殺すくらいにブラックじゃな」
日本人って凄い! って言ってる場合か!
「日本人の勤労意欲については置いておくとして」
「あれは勤労意欲とは違うもっと恐ろしい何かじゃ……」
恐ろしいって……まぁ分からないでもないけど死んだ魚のような目で日本の働く人たちを思い出さないで欲しいものだ。
「兎に角、ビクティニアスは俺と出会って食事に喜びを見つけたのか食事で得たエネルギーはちゃんと仕事に回していて消費しているから太らないって事だ」
「全てを余すことなくエネルギーに変換しているからお腹の中に食材は溜まらない……つまり飽きない限り食べれるという事なのじゃな?」
「ご名答! 既に他の神々は戦意喪失しているからあのロブスターが食べ終わった頃に終了の宣言してあげて……じゃないと永遠とビクティニアスが食べるとこを見る事になるぞ」
「了解したのじゃ……ビクティニアス様が満足してくれると良いんじゃが」
「後で凝ったちゃんとした料理するから大丈夫さ」
「マサルは意外とまめまめしいのじゃな」
そんな天照様の微妙な評価と酔いつぶれて床に突っ伏した神々を残し宴会はお開きとなったのであった。




