6.3
「おはよ? おはよ? 鳳なの!」
「おはよ? おはよ? 凰なの!」
家族との再会の翌朝、久し振りの家族とのコントに疲れきっていた俺は旅館の窓辺から初めて聞く騒がしい声に強制的に覚醒を促されていた。
「大事なお手紙なの!」
「天照様からの招待なの!」
「……鳥が喋ってる……夢か?」
旅館の中庭側の窓の外に鶏よりも少し小柄な朱い二羽の鳥がどうやってその身体を空中に維持しているのか分からない程にゆっくり羽ばたきながら囀ずっている。
「夢じゃないの!」
「窓をあけるの!」
「……自分ではあけられないのか……ほら、とっとと入れ」
窓をあけると鳥たちは風に乗る羽毛のようにふわりと身体を浮かせ室内の椅子の背もたれの上へと移動する。
「えっと……鳳と凰だっけ? 天照様からのお手紙って聞いたが……あれ? 鳳と凰?」
「そうなの! 鳳と凰なの!」
「双子なの! お使いしてる偉いの!」
「って……鳳と凰って名前じゃなく種族名じゃねぇか……雄が鳳で雌が凰なんだろ?」
「「正解なの! おじちゃん偉いの!」」
誰がおじちゃんだ! というのは置いておいて、鳳と凰は朱雀とかフェニックスとか呼ばれる事もある不死鳥の子供だ。一般的には鳳凰と呼ばれる事が多いが鳳が雄の個体、凰が雌の個体である。因みに麒麟も麒が雄で麟が雌である。
「天照様からお手紙だって事だけど?」
「そうなの! これなの!」
「すぐに読むの! 返事持って帰るの!」
どうやらすぐに返事が欲しいらしい……三日後に宴会を開くので是非参加して欲しいと書いてある。
「朝から何を騒いでるの……せっかくの旅館泊なんだから静かにして……何それ! 可愛いのがいるんだけど!」
ビクティニアスも起きてきたかと思ったら鳳と凰を見付けると一目散に駆け寄って抱き締める。
「うきゃあ! 捕まった!」
「美味しくないよ! 離して!」
「ほわぁ〜ふわふわで気持ち良いわね。マサル……この子たち持って帰ったら駄目?」
「鳳と凰は神獣されるから駄目だよ」
目が本気のビクティニアスから鳳と凰をそっと引き離し椅子の背に戻す。
「天照様から手紙が届いて招待を受けた。一緒に行くだろ?」
「……この子たちも一緒なら行く」
「そういう風に天照様に言っておくよ。鳳と凰は返事の手紙を書くから天照様に届けてくれるかな?」
「それがお仕事なの!」
「必ず届けるの!」
返事には当日に鳳と凰を案内につけてくれるように一筆し、参加の旨を伝えるのだった。
「じゃあ帰るの!」
「返事は速達なの!」
椅子の背もたれから飛び立った鳳と凰は小さく宙を弧を描くように舞うと炎となり消えたのであった。
「消えた?」
「流石はマサルの故郷ね……昨日は海の大神が来たと思ったらお喋りして炎になって消える鳥だなんて」
「神様の異常性を俺と結びつけないで欲しいな」
「環境が人を育てるというじゃない。天照大御神といえばこの日本の八百万の神々の主神なんでしょ? きっと一筋縄ではいかない相手だわ」
「そういう意味では元々が只の人である俺なんか取るに足らないだろうな」
「好きなように言ってなさい……どこの世界に異世界の主神と結婚した取るに足らない者がいると思ってるのよ」
ビクティニアスはそう言って苦笑してするのだった。
俺の願った通りに天照の主催する宴会には鳳と凰が迎えに来て、二羽とビクティニアスはとても上機嫌でステップを踏みながらドレス姿で舞っている。
「ほら躍ってないで鳳に凰は説明しろ。迎えに来てくれたのは良いけど会場はどこなんだ? 必要な事を全然聞いてないぞ」
「すぐに扉が開くの!」
「ここで待っていれば大丈夫なの!」
その時、二羽とビクティニアスの舞う足元が輝き出した。
「来たの! 足元注意なの!」
「ゲートオープンなの!」
輝き出した足元から重厚な木製の扉がせり出してくる。
「街中でまた派手な事を……って誰も見ていない……認識の阻害までしているのか」
「さぁ、行きましょう! 天照大御神の座する高天原へ!」
なんで招待を受けた俺よりビクティニアスの方が行き先の情報持ってるの⁉
「そう言えば今更なんだけどビクティニアスはヘラ様と知り合いだったけど天照様と知り合いなのか?」
「ゼウスの事は呼び捨てなのに天照は天照様なのね。知り合いって訳じゃないけどヘラ様から話は聞いているわ」
「やっぱりそういう情報網はあるんだな」
「マサルと同じように一筋縄でいかない癖の強い神が多いって話よ」
だから何で俺を引き合いに出す?
「それこそ星の数ほどいる神を束ねているだけあってカリスマ性は確かな筈よ」
「さぁ行こう! 高天原で神々(みんな)が待っている」
高天原へと通じる扉を触れると力を入れていないにも関わらず重厚な音を立てて開くのであった。
「ようこそ高天原へ! アルステイティアの主神ビクティニアス様と我らが子にして異世界で神となったマサルに最高のおもてなしを!」
「「「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉっ‼」」」」」」
どこからか届いた高らかに響く声に空気が震える程の歓声が応える。
「なんだよコレ……どれだけ集まってるんだよ」
「まさか八百万の神々全てが集まっているとでも言うの?」
見渡す限りを埋め尽くす神々に俺は勿論、ビクティニアスもこの状況に困惑している。
「まさかこれ程とは……日本の神々を甘く見ていたわ。昼間から開かれる宴会にこんなたくさんの神が参加するなんて……どれだけ暇なの⁉」
「ツッコミ入れるところはそこなの?」
「だってこれだけの神がいたら少しずつ雑用してくれるだけでアルステイティアの運営が丸ごと賄えちゃうわよ!」
ビクティニアスが興奮した様子で語るがこれは仕方ない。アルステイティアには現在十一の神がいるのみでそのうち俺とフィナは常に地上で神の仕事の戦力としては半端なのだ。
「確かにあれだけいれば仕事は楽だろうけど連れて帰るわけにはいかないだろ?」
「そうなのよね……暇そうだけど皆それぞれに神の仕事があるだろうし……」
「まぁ今回は宴会なんだから仕事の事は忘れようか?」
「そうね……考えても仕方ないもの。他所は他所、うちはうちよ」
神々の歓声の中で俺たちは悠々と周囲に手を振り主宰者のいるであろう中心部へ足を進める。
「取り敢えずは挨拶からよね?」
「中心部にちゃんといてくれたら良いけど……この中から天照様を探せとか嫌だぞ? ウォー〇ーを探すのなんか比較にならないくらいの難度だし」
大半が人型ではなく人魂のような姿の不定形の神々だったり、流石に数が多いと何とも言えない姿で妖怪? と見間違うような神様も多い。
「って、遅いのじゃ! ずっと待っておるのに何をしておるのじゃ!」
突如鳴り響いた幼い少女の声……よくよく目を凝らすと目指していた中心部にある玉座の上に仁王立ちでこちらを指差す人影が一つ。
「あれが天照大御神……なんというか……予想外ね……」
「のじゃって……予想外を一周通り過ぎてテンプレじゃねぇか」
そこには白銀の髪の毛をした獣耳の幼女が偉そうに胸を張っていた。
「わらわが高天原の主、天照大御神なのじゃ! 頭が高いのじゃ!」
「ぜんぜん頭は高くないの!」
「お客様なの! むしろ天照様が偉そうなの!」
「鳳に凰! お前たちはどっちの味方なのじゃ!」
「「お客様?」」
「この裏切り者なのじゃ!」
あまりにも一方的に進むコントに俺もビクティニアスも入る隙を見逃してしまう。
「おもてなしするの!」
「お客様が一番なの!」
「言われなくても分かっておるのじゃ!」
「「天照様頭が高いなの!」」
テンポよく進むボケとツッコミ……意外と鳳と凰がしっかりしていて面白い。
「なぁビクティニアス……現実ってこんなものだよな……」
「そうね、どこにも理想や想像通りの神様も女神様もいないのよ」
「そういう意味ではビクティニアスは最初からハードルが低い女神様だったよな」
「どういう意味よ!」
「仕方ないだろ? スキル券ケチろうとするしヘラ様に滅茶苦茶に怒られてたし」
「もうそんな前の事は忘れなさいよ!」
俺とビクティニアスとの間でまでコントが始まり周囲の神々はどう反応したらいいか悩み苦笑しながら只々眺めている。
「生まれて間もない雛の癖にわらわを馬鹿にするのじゃ!」
「雛じゃないの! もう自分で飛べるの!」
「天照様のが子供なの! 特に背が子供なの!」
「むきぃ! 凰よ! 言ってはならん事を言ったのじゃ! 言ったのじゃ!」
「天照様も鳳も凰も落ち着いてくださいお客人が困ってますよ」
見かねた大綿津見が間に入り鎮めるが、俺とビクティニアスはというと
「だからそんなビクティニアスが可愛いって話で……」
「だからなんで失敗談ばっかり覚えているのよ! もっと色々あるでしょ!」
「……全く困ってませんね……むしろ何で困らないんですか」
大綿津見だけではなく宴会に集まった神々は完全に呆れてやり取りを傍観しだす。
「だいたい可愛いって言ったら何でも許されると思ってるでしょ? 何でもかんでも可愛いを付けたら誉め言葉になる訳じゃないのよ!」
「違うの⁉ 可愛いって誉め言葉だよね?」
「……誉めてるつもりなら今回だけは許してあげるけど……」
「「「「「「イチャイチャするな!」」」」」」
思わず我慢できなくなったと言わんばかりに多くの神々の声が重なる。
「「ほえっ?」」
今更ながらに注目されている事に気が付いて周りを見渡す俺とビクティニアス。
「ビクティニアス様もマサル様もせっかくの宴会です、皆さまと交流なさったらいかがです?」
「大綿津見様……見苦しいところをお見せしました」
「いえいえ、夫婦の仲の良い事は大変素晴らしい事かと思います」
「じゃあ、改めて……大いに飲んで大いに騒ごうじゃないか!」
「「「「「「おぉぉっぉぉぉおぉぉぉっ!」」」」」」
割れんばかりの歓声が俺の声に応え、宴会の火蓋は切られたのであった。
「わらわの主催の宴会なんじゃ! 無視するでない!」
天照の声はかき消され誰の耳にも届かないのであった。




