6.2
俺とビクティニアスは新婚旅行に地球へと来ていたのだが早くも二ヶ月が過ぎた頃には疲れとストレスでぐったりしていた。
「なんなのよアイツら……こっちは新婚旅行に来ているのに本当に空気が読めないわね」
「だからぶっ飛ばした方が早いって言ってるじゃないか……どうせ絡んでくるのは暇な下っ端なんだし」
ヨーロッパから始まりアジア諸国へと移動しながら各地の神話に触れたり観光を繰り返していたのだが何故かその各地で神たちから飲みに誘われたりバトルしようぜ! と大量に申し出が入ったりしていたのだった。
「あと何て名前の神だったか忘れたけどビクティニアスを口説こうとしたのには本気で腹が立ったな。もう少しで殴るとこらだったぞ」
「蹴っていたじゃない……それも半殺しになるまで」
そうだった! 名前忘れたんじゃない聞いてないのを思い出した。
「そんな些細な事は忘れたよ。何て言うか俺がこの世界に住んでいた頃は決して見えなかった物が沢山見えるのは面白いが酒代が無いから人に化けてサラリーマンしてる神様とかいて世知辛い世の中だなと改めて思ったよ」
「そんなものよ。そもそも私たち神様なんて支配者や統治者じゃなく管理者がお仕事なんだから」
「なるほど! ビルの消えかけた蛍光灯変えたり消耗品補充したりみたいな仕事多いもんな。その上で警備員や事務の仕事しないといけないからブラックなお仕事だな」
「人手が足りないのがいけないのよ……人手? 神手? なんでも良いか……猫の手も借りたいわ」
人から神にグレードアップして猫に堕ちてるけど良いのか?
「そういえば明日から日本突入だけど大丈夫?」
「大丈夫って……何が大丈夫なのかは分からないけどミコトの家族への手紙とお土産もバッチリだし、動画も何度も見返せるようにディスクに落として貰ったから問題無いぞ?」
「ミコトの事もそうなんだけど貴方の知人や友人には会いに行くの? ご家族は?」
「家族かぁ……もう良い大人だから何年も連絡取って無かったけど結婚したよって報告くらいは要るかもな」
そうそう、ついでに人間辞めましたって♪ ……言えるか!
「んっ? 何の音?」
「聞き覚えのある音だが……って携帯か! 何で契約切れてる筈の携帯電話がなるんだよ……ってマジか!」
「何? 驚くような人?」
「噂をすればってヤツだ……弟からの電話だ」
出るしかないよな? ……何かの罠か? いやしかし……よし出よう! Pi!
「もしもし?」
「マサ兄? 今大丈夫? 都合悪いならかけ直すけど?」
「……そうだな。もう何年も会って無かったもんな……」
「なんだよ気持ち悪いな……変な物でも食ったんじゃねぇの?」
生意気な弟が大人な対応の電話をしてきたから驚いてただけだ。
「変な物は……そうそう大きいザリガニ食べたぞ! 確か何て言ったか……ロブスター?」
勿論ビクティニアスチョイスだ。
「贅沢なもん食ってるな……今どこにいるの?」
「南アジアからオーストラリアの方を通って日本に向かってる?」
ヘラ様の用意したプライベートジェットだ。旅費等も全部ヘラ様が手配してくれて買い物も現金の他に初めて見た黒いクレジットカードを渡されていた。名義? ゼウスとなっているのは気にしたら負けだ。
「何で疑問系なんだよ……っていうか何で海外?」
「お土産は無いぞ?」
「何年も会って無いのにそんなの期待しねぇよ! というか会話が進まないから待て!」
俺は犬か!
「久しぶりに兄弟皆で実家に帰ろうかって話になって電話してみたんだけど来れる」
「いつの予定だ?」
「オレたちは明後日には実家にいるよ? 郵便物も帰ってくるし、何か携帯繋がらないって前に聞いてたから電話しなかったんだけど、もしかしたらって思って電話してみたんだ」
そりゃあ繋がる訳がない……海外で繋がる契約もしてないし、それ以前に契約は切れていたハズだし、別の世界にいたのだから。
「じゃあ、明後日にオレも合流出来るようにしとくな。何か要る物あるか?」
「……じゃあ、大きいザリガニ食ってたマサ兄は寿司でも買ってきてくれ。多めによろしく!」
「寿司で良いのか? じゃあ適当に買っていくな……切るぞ?」
電話を切って顔をあげるとビクティニアスが嬉しそうに微笑んでいる。
「ビクティニアスも一緒にいくだろ?」
「勿論よ! こんな面白そうなイベントそうそうないわよね!」
ご両親に挨拶イベントが面白い? 流石は女神というか肝の座りようは凄いととても関心したのであった。
したのであったのだが……海鳴家訪問当日。
「ふちゅちゅか者でしゅが宜しくお願いしましゅ!」
スーツ姿の俺の横で白いワンピースを着た輝きを放ちそうな女神ははじめの一言目で笑顔のまま盛大に噛んでいた。
「いやいや……それ弟だから! ちょっとビクティニアス落ち着けって……」
「マママママママっ…………マサ兄が彼女連れて来たっ!」
「お前も落ち着け! って奥に行ったか……ビクティニアスも冷静になってくれ、いつもの調子で心配ないから」
「しっ……心配無いわ! もう大丈夫よ」
そんな過去一番不安な返事を聞きつつリビングにビクティニアスを通すと家族と他見知らぬ顔数名の視線が集まる。
「ビクティニアスと申します。皆様、宜しくお願いします」
完全に女神様モードで挨拶を繰り出して場を乗りきろうとしているのは分かるのだが今度はやり過ぎで神様の権威みたいなのが出ちゃって全員絶句している。
「ビクティニアス良いから落ち着け、ちゃんと紹介はするから」
主神なだけあって自分から名乗るビクティニアスを静止して俺から改めて紹介する。
「彼女はビクティニアス。つい先日に結婚して俺の妻だから家族って事で皆宜しく!」
「「「「「「…………はっ?」」」」」」
何を馬鹿な事言ってんの? そんな美人さんがあんたの嫁になる訳が無いじゃないとか何とか失礼な思考が見て取れる家族一同……本気で恥ずかしい。
「どうやって騙した?」
「結婚詐欺は駄目だよ?」
「女優さんでしょ? 今日一日にいくら払ったの?」
好き好きに勝手な事を言い出す家族……好きにしろ。
「ビクティニアス、紹介するよ。父の克也と母の千春、弟の達也と和也だ」
「タッ◯じゃねぇよ! 悟です。と嫁の玲奈です」
「交通事故に合いそうだから止めてくれ、充です。それと嫁の佳奈」
しれっと嫁の紹介するな!
「弟の癖にいつの間に結婚してたんだ? あれ? そういう場?」
「マサ兄が何を勘違いしているか知らないけど他の皆は前から顔見知りだからね? 結婚式とか呼んだし会ってるから」
「そうよ! あんた何処にいたのよ! アパートは引き払っているし家族どころか職場にも役場にも何処にも何も言わずに居なくなって! 結婚式呼ぼうと」
「ん〜と…………海外? 一応、お仕事で良いんだよな?」
「そうね、お仕事という事で納得して戴きましょう。間違いでは無いしね」
ビクティニアスがあっけらかんと誤魔化す。
「そんなに堂々と話の擦り合わせを目の前でされるとツッコミにくいわ……って言うかビクティニアスさん? って事は国際結婚? 日本人じゃないんだよね?」
そうかそっちの説明も必要か……。
「日本人じゃないな。因みに後数ヶ月は日本にいるけどその後は海外生活だな」
「海外生活ってあんた……お仕事何やってんの? ホームセンターの支店長とか言わないわよね? そう言えばすっかり痩せちゃってちゃんと食べてんの?」
痩せたのはゼウスたちの仕業なんだけど……。
「俺の仕事? ビクティニアスの補佐と旦那かな?」
「旦那が仕事って……ビクティニアスさん大丈夫なのこの子?」
本気で心配する母親……勿論、ビクティニアスを心配しているのであって息子では無い。
「一応は政治関係のお仕事なのでパートナーは必要なのです」
その通り! 偉い人の隣でエスコートしたりされたりするのは家族と言えどお仕事なのである。
「この子が政治の世界……不安で仕方ないわ。いつでも捨てて良いのよ?」
「それが母親の言う台詞か! 大丈夫だよ、普段は井戸掘ったり木や石を削ったりしてるだけだから」
「それなら安心ね。似合わない世界に調子に乗ってドンドン進んでないかだけが心配だったから」
十分他意も伝わったがそういう事にしてやろう。
「これからも自重はして生きていきなさい。あんたは何でも昔から自分で勝手に突っ走るんだから」
「……善処します」
本気のお叱りもしっかりと混ざる……こういう所は流石に身内という事だろう。
「んっ? 誰か来たわ」
限界のインターフォンが鳴り出てみると明らかに異質な雰囲気を纏った寿司職人の姿をした何かがいた。
「お待たせ致しました。ご注文頂いた特上握り十人前です」
「頼んだのは近所の上握りまでしかしてない小さい寿司屋だけど?」
「そちらはキャンセルしておきましたので」
隠すつもりも無いのかよ!
「…………代金は?」
「天照様から頂いてるんで大丈夫ですよ? 因みにあっし大綿津見と申します。以後、お見知り置きを」
伊邪那岐命と伊邪那美命の間に生まれた海そのものと言われる大神じゃねぇか! 寿司の出前に使いパシってんじゃねぇよ!
「不手際が御座いましたら是非なんなりと仰って下さい」
「いえいえ不手際なんて……なんか気を使わせたみたいで天照様にも喜んでいたとお伝え下さい」
「そのお話でしたら近日中に高天原にて宴会が御座いますのでご出席頂き、本人に言って頂けたらと存じます」
勝手なキャンセルもグレードアップも不手際と言えば不手際だが好意には違いないだろうから怒るにも怒れないし、お招きも断りにくい。
「お招き下さるなら是非顔を出させて頂きます」
「では後日連絡致します」
そう言い残した大綿津見は颯爽と姿が消え、見た事が無い程に高価な寿司が十人前に思えない程に置いてあったのだった。
「伊勢海老♪ 伊勢海老♪」
と謎の歌を歌いながら喜びパクパクと伊勢海老の握りを食べるビクティニアス……そしてどこのお店でいくら出せばこんな寿司がデリバリーで出るのか? と戦々恐々として寿司に手が出ない家族を横目に鰆の握りに手を伸ばすのであった。




