2 その小さな胸の痛む時
何故だか創世の女神であるビクティニアスが地上へと毎日降りてきてマサルと何かをし始めてから既に一月が過ぎていた。
「ねぇ、今日もお兄ちゃんはビクティニアス様と一緒にいるの?」
「んっ? メイちゃん何か用事があった?」
「用事は無いけど……そろそろ船の上での生活とか操船の訓練した方が良いんじゃないかなって思っただけだよ……」
不満そうにリュリュへと告げるメイの様子は周囲に教育をして貰えない事だけが不満なのではないという事を明らかにしていたが、誰もそれを言葉にはしなかった。
「そこで文句言ってないでマサルに教えてって言ってくれば良いじゃないの。マサルは別にいやとは言わないでしょ?」
仕方ない娘ねと言わんばかりに母親であるルルはメイに直接行ってこいと言うが……。
「お兄ちゃんは嫌とは言わないよ……でも……」
言い淀むメイに、
「だいたい、あの鈍い男に直接想いを伝えてもいないで舞台に立てる訳無いでしょ? ちゃんと伝えないとメイもリュリュも可愛い妹でしか居られないって分かってるじゃないの」
「べっ、別にお兄ちゃんが好きとかそんなんじゃっ!!」
「とばっちりですよ! 師匠が好きなのはメイちゃんでっ!」
「ちょっと!? リュリュちゃんもでしょ!」
ルルの爆弾発言に顔を真っ赤にして抵抗しようとするが、メイは自爆してリュリュもメイに道連れにされる。
「貴女たちが隠しているつもりなのは知っているけど、悪いけど二人がマサルに想いを寄せているのを知らない人なんて殆ど居ないわよ」
「「えっ!?」」
十五歳を過ぎて成人とされているのにヴィンターリアだけでなく、グレイタス王国にまで噂される才女であるメイとリュリュが未だに結婚していないのには理由があった。
その理由の最大がマサルである。メイにとってマサルは命の恩人であり父であり兄であり職人で先生で英雄なのだ。そしてどんな立原になっても優しく同じように接してくれたマサルに恋心を抱くなというのが無理というものである。
リュリュにとっても両親を亡くしてスラムで暮らしている中で食べる事にも困っていた時に現れ救ってくれた恩人で師だ。その彼が英雄で神の使いで建国者だったのだ……こちらも想いを寄せるのは自然だった。
「釣り合いが取れないとか何とか想っていたのは知ってるけど、母親としてはマサルが神になった辺りで現実を見て欲しかったわね」
容赦ないルルの正論に俯くメイとリュリュ。
そこに……、
「おはようございます。メイとリュリュいますか? 今日は鎧の点検をして貰う約束してくれるんですけど」
運悪くも犠牲として現れたのはミコト。
「そうね、どうしようも無いのは若い男どももよね。全く……根性が無いっていうか何て言うか、心変わりさせてやろうっていう男らしいのはいないものかね? うちの亡くなった旦那がいたらどう言ったか……」
ルルさんの猛攻に訳が分からないまま、たじたじなミコト。その隙にメイとリュリュはこっそりと裏手から家を脱出するのであった。
「ねぇ、お仕事行こっかリュリュちゃん」
「そうだね、メイちゃん」
小さな胸の痛みは日常の中の時間だけが解決してくれる……かも知れない。