6.1
誤字脱字気にしたら負け
「通達通りに明日から浅瀬での訓練以外での船の使用を止めるからな」
「えっ? マサル……どういう事? 暫くの間は航海を止める?」
俺、鳴海優が異世界であるこのアルスティティアの神となり、創造神であるビクティニアスと結婚してから早くも三ヶ月が過ぎ、相変わらず人界でヴィンターリアの周囲の島々を船を使って調査するのが日常に定着をしてきたある日の午後にアデリナは自分の執務で頭を抱えていた。
「どういう事も何も報告書には上げていたけど?」
と言いながらチラリと見るのは書類が山積みになったアデリナの机の上で、近くの机にも百科事典数冊分くらいの厚みの書類がある。
「うっ……手伝ってくれても良いのよ?」
「断る。アデリナは腹心となる部下の教育をして他の人でも片付けられる書類とアデリナじゃないと片付かない書類の分別でもさせるんだな」
「うぅ……ケチ……少しくらい手伝ってくれても良いじゃない」
怨めしそうに上目遣いでアデリナは見てくるが俺に人妻の女王を甘やかす趣味なんてないのだ。
「じゃあ、メイちゃんとリュリュちゃんを呼んで……」
「二人は新造の船の設計に入ったから執務の手伝いは無理だからな。あと四艘は造ると決めたから邪魔をするなよ」
「四艘も新造? 聞いてないわよ⁉」
「報告書には上げているし物資も既に揃っているからな? 知らないじゃ通らないから」
不満を身体から発しながらアデリナは睨み付けるが痛くも痒くも無いのだ。
「なんで航海を休んで造船に力を入れるのか聞かしてくれる?」
「そこからか……報告書を探せと言いたいところだけど余計な手間になりそうだから説明しよう。先日、比較的に近い場所に人の住む大陸が見付かった」
「それで交易するのに船が要るのね!」
先読みしようとアデリナが口を開くが俺は静かに首を横に降った。
「上陸が出来ていないからそれ以前の話だな」
「上陸がまだってどういう事? 小舟とかで上陸出来ないとかって意味じゃないわよね? 普通の物理的な障害物ならマサルが力ずくで解決してそうだし」
「俺をどういう風に見てるかは良く分かったが、問題は俺にあるんじゃない。アデリナは言ったよな? 航海は国の事業だと。だから上陸して住民と接触するのは国として行わなければならない。分かるよな?」
所属不明の船が勝手に領地を侵略してきたなどと言われては問題となるのだ。
「それに神の許可無く国が持てない以上、こちらはその大陸に国が存在している事の確認も容易なんだ。無理にトラブルの種を撒く必要なんてないだろ?」
「それは分かったけど造船にどう繋がるのよ?」
「簡単さ、一艘で行けば単なる所属不明船だけど船団で行けば?」
「国なんかの大きな組織の関与を疑う訳ね? そして船が自分たちの作れない規模の技術であったなら容易に攻撃も仕掛けられないし交渉して相手の様子を伺うのが定石って事ね」
そこまでして武力行使に出てきたらこちらも武力で対抗する理由が出来るというものである。
「可能なら武力なんて使いたくないからな」
「それは皆そうよ。戦争なんて嫌いよ……特にここヴィンターリアの人たちはね」
「なら戦争なんてしなくても交易なんかで十分満足出来るよう俺たちが頑張らないとな」
そんな話をしているとエレーナが執務室へと駆け込んでくる。
「アデリナ‼ ランスロット様がいらっしゃいました。なんでもこれからはヴィンターリアにお住まいになるんだとか」
「聞いてないわよ⁉」
悲鳴のようにアデリナの声が響く。
「マサルは何か聞いてる?」
「いつから書類が止まってんだよ……ちゃんと報告書に上がっているだろ」
「そういうのは報告書じゃなくちゃんと教えてよ!」
ちょっと涙目で俺を見るアデリナ。
「ランスロットは今年でポータリィムの司令の役職と共に騎士団を抜ける事になった。名目は世代交代だが本音で言うとグレイタス王国にウチに送れる人材がいないらしい」
「ウチって……ヴィンターリアに?」
「あぁ、グレイタス王国サイドも困ってたぞ。あんな船を見たら指をくわえて見ているわけにはいかないが全てにおいて対応できる人材がいないって」
「それでその人選はどうなのよ……あれでも一応は国では英雄だし権力も地位もあるのに」
「仕方ないだろ……立候補したのがランスロットしかいなかったんだから」
俺の言葉にアデリナもエレーナも愕然として止まってしまった。
「立候補なの⁉ 何で誰も止めなかったのよ!」
「何を考えているんでしょうかグレイタス王国は……」
そんな風に嘆く二人の姿に俺はため息が漏れた。
「誰も止めなかったのって言うが止められたのはヴィンターリアの女王でアレ(・・)の姪でもあるアデリナだけだからな? その報告を確認できてないアデリナが悪いだろ」
「「うっ……」」
「という事でちゃんと面倒見ろよ」
「私が面倒見るの⁉」
「他の人じゃダメですかね?」
アデリナは勿論のこと補佐として働きよく同じ時間を過ごすエレーナも少し嫌そうだ。
「そうだな当初の予定とは違うがランスロットの私生活はこちらで家を用意してなんとかしよう」
アデリナもエレーナも喜びに表情を明るくする。
「しかし逆にランスロットにアデリナの面倒を少し見て貰おう。拒否権は無い! ランスロットをアデリナ女王の補佐に任命し政務の勉強をするように」
「最初より条件が酷いじゃない! 何でそうなるのよ!」
「酷いじゃないじゃない! あれでもランスロットは仕事は出来る男だぞ。部下の育成から人に任せて良い仕事の割り振り、上手い手の抜き方を教えて貰え! 書類の決裁が出来ずに国に問題が起きる前に叩き直して貰うんだ」
ランスロットは雑なように見えて野生の勘なのか重要なポイントは執務でも見逃さない。判断の一つ一つに人の命がかかっていることを知るランスロットは大抵の事柄を何とかしてしまうのだった。
「あれは別格なのよ! マサルと同じでちょっとおかしいの!」
「女王が普通の人間に出来るわけないだろ? 最初から分かってる事じゃないか。平凡な人というのは友人や隣人にするならとても良いが、平凡で普通の女王なんて誰が得をするんだ? アデリナになら出来ると思って民に任されたんだ、ちゃんと普通を超えて来い」
「そんなぁ……」
アデリナは自分の事を平凡だとか普通に思っているようだが俺からしたらとんでもない事だった。人族に差別され侵略された獣人たちが国を興す時に人族であるアデリナの名前があがるとは思ってもいなかったのだった。
当然、人族であることを理由に話し合いでも気まずい思いをするのでないかと席を外して貰っていた程だ……しかし投票をしてみると断トツの支持率でアデリナに決まったのであった。
「という事で辞令は俺がランスロットに伝えておくから、ついでにエレーナとザーグとクックも鍛えて貰えるように言っとくよ……こっちは執務と戦闘両方だな」
「ちょっと待って下さい! 私だって今の執務で忙しいのに戦闘訓練とか馬鹿なんですか!」
「息抜きに丁度良いだろ? それに今名前をあげた三人とも元々は騎士で毎日鍛えていたのにデスクワークが多くて体型を気にしているじゃないか」
「何でそれを⁉ って……あっ!」
思わず反応してしまったエレーナは俺のニヤニヤした表情を見てカマをかけた事に気付いて頬を赤らめるのだった。
「色々苦労してるんだな……くくっ」
「余計なお世話よ!」
ちょっとデリカシーが無かったか? なんて苦笑しているとアデリナもお腹の辺りを押さえている……女性の意識は異世界でも変わらないようだ。
「じゃあ、辞令を出して各種引継ぎを終えたら俺は待望の新婚旅行に行って来るな」
「えっ? 新婚旅行って何よ!」
「マサルだけズルいわよ! 人には仕事いっぱい押し付けて!」
「ズルくは無い! たまにくらい自分に御褒美あげても良いだろ!」
「私だけ結婚してから纏まった休みも旅行も無いじゃない!」
そう言えばヴィンターリアが国になってからは邪神騒ぎで俺が死んだり神様の研修行ったり航海に出ると言い出したり俺が結婚したり……全部俺から派生してアデリナが忙しくしてるな。
「分かったよ……俺の旅行が終わって新大陸上陸が上手くいったら新大陸にでも新婚旅行出来るように手配を頑張るよ」
「じゃあ、新大陸の上陸は平和的に解決して貰わないと!」
お互いに自分の都合の良いことを強調する俺とアデリナ。
「……アデリナとザーグが他の国に行ったら外交なんじゃ……」
「エレーナ……知らない方が良い事もあるんだぞ?」
アデリナとエレーナと話した翌日、俺はすぐにランスロットのもとへ向かって今後の対応について相談していた。
「今なんて言った? 航海研修は延期で政務の手伝いをしろと言うのか?」
「どうせ新しい船が出来るまではやる事なんてないだろ?」
「船なら一つ有るじゃないか! あれは運用するんだろう?」
「あれはヴィンターリアの船員の訓練と海産物の確保のために使ってるんだ」
船員の教育なんて運用しながらでしか育たないと言いながら本音はヴィンターリアの食料の幅を広げる為に船を訓練で長時間使用されるのは困るのだ。
「それに悪い事ばかりじゃないぞ? 仕事を教えるのは主にアデリナだし、ザーグたちにはランスロットが身体がなまらないように訓練つけてやっても良い」
「そっちは楽しそうだな。しかしヴィンターリアでまで政務に携わる事になるとは思わなかったぞ」
「政務といっても部下への仕事の振り方とか手の抜き方とかで良いんだ。むしろランスが政務に手を出して片付けて終わらせて貰ったら困る。ちゃんとアデリナにやらせて覚えさせてくれ」
「それならば楽だな。んっ? アデリナには訓練は要らないのか?」
確かにアデリナが行動する時は護衛は付いているであろうが当然自衛の手段がある方が良いに決まっている。
「メイスを使って戦っている所をみた事があるが練度は一般兵士並みだったな」
「それは駄目だな、暗殺者相手でも護衛が対応できるまでの時間稼ぎくらいは出来ないとな」
完全にランスロットの目に火が灯ったのを感じる。
「ほどほどに頼むぞ? 一応はランスの仕事はアデリナが余裕を持てる為のものなんだからな」
ランスロットへの対応を終えて雑務を交えながら各種引き継ぎをしていると賑やかな笑い声と共にメイとリュリュ、そしてミコトが神殿へと現れた。
「お兄ちゃん! 新造する船のプラン持ってきたよ」
「早かったな、どれどれ……?」
三人が持ってきたプランはとても堅実だった。
「これなら安心して俺もヴィンターリアを留守に出来るな」
「えっ? 師匠どこかに行くの?」
「ビクティニアスと一緒に旅行に行くんだよ。ちゃんとお土産は買って来るからな」
「「一緒に行く!」」
声を揃えたメイとリュリュに俺は苦笑しか浮かばずそっと頭を撫でる。
「残念だけど新婚旅行だから誰も連れていけないんだ。それにメイとリュリュを連れていくなら今回ばかりはミコトを連れていくかな?」
突然に呼ばれた自分の名前に目を丸くするミコト。
「メイたちじゃなく僕を連れていく?あっ……もしかして日本ですか!」
「そう俺とビクティニアスは日本に……俺たちの生まれた地へと向かう」
その言葉でやっとなぜ連れてけないのか、なぜミコトなのかを察するメイとリュリュ。
「俺ばかり悪いな……ミコトを無効に連れてはいけないけど両親や家族に手紙やメッセージくらいなら届けるぞ?」
「……いつまでですか?」
「早い方が良いな。可能なら今日中にしてくれ」
「分かりました……向こうで手紙を書いてきます。悪いんですけど羊皮紙って訳にはいかないので紙とペンをお願いできますか?」
「そこまで考えてなかったな……俺の書斎にあるのを好きに使って良い」
「ありがとうございます」
最近のミコトは自信も持ててきて姿勢や態度を見ただけで普通の高校生の男の子には無い覇気のようなものがあったのだが、日本の話題が出た瞬間に郷愁からか出会った頃の迷子のような後ろ姿を見せ部屋を後にする。
「どうにかならないんですか? 師匠は神様なんですよね?」
「あんなミコトは嫌だよ……助けてあげてお兄ちゃん」
メイとリュリュの言っている事は俺も同じように思うが残念ながら神様は万能ではないのだ。
「前にミコトにも言ったが多くの命と引き換えになら帰れないことはないだろう……でも無関係の人間がたくさん死ぬのは俺にもミコトにも到底許される犠牲では無いんだ。それは今も昔もな」
それにミコトを帰らせて一番困るのは今ではきっとメイとリュリュだろう……今までに見たことないような不安な表情をしている二人は間違いなくミコトを只の友達ではなくなっている事を示していた。
「ふふっ……俺が結婚するって話してもそんな泣きそうな顔はしてなかっただろうに」
「「??????」」
俺の呟きは幸いにも聞き取れなかったようで二人とも何で笑っているの? と不思議そうに俺を見ていた。
「せっかくだから後で動画の撮影もするか! こんな世界でこんな生活をしてますとミコトの家族に教えてやろう」
きっと安心するどころか美少女二人に囲まれるミコトの姿に混乱するのではないだろうか? 楽しみである。
「メイもリュリュもミコトの所に行ってちゃんと自分たちの事も書くんだよと尻叩いておいで」
こうして部屋から二人を送り出すと奥の書斎は急に騒がしくなり、とても疲れた様子で手紙を持ってきたミコトが出てきたのは陽が落ちる間近だった。




