島と山羊
大量の羊の毛刈りが終わり独特の羊臭に鼻が馬鹿になった頃、羊たちの様子が変わった。
「「「「「「メェェェェッェェェェェ!」」」」」」
一斉に鳴き始めた羊たちの視線を追うと岩陰からこちらを黒い獣が威嚇しながら現れる。
「野犬か? いやあれは……黒い山羊?」
一瞬、野犬と見間違えるような獰猛さを携えて現れたのは夜の闇を切り取ったようなシャープな山羊であった。
「まさか肉食じゃあないだろうな?」
あまりに禍々しい雰囲気なので気が付くと俺の手にはショートソードが握られていた程だ。
「メェェェェッ!」
その山羊に雄々しく立ち向かったのは先程俺がプードルカットにした羊たち……群れて集団で鳴き声を上げて抵抗する。
「いやいや、羊さんたち……勝てる気がしないんだが」
おれのそんな声も気にせず鳴き声を上げる羊。
「ん? これは……共鳴波? 自分たちの声を共鳴させて催眠音波を合成しているのか?」
暫くすると黒い山羊たちは力が抜けたようにその場に蹲り次々に眠りに落ちてゆく。
「お前たち凄いんだな! 見直したぞ!」
……プードルカットだけど。
「で、こいつらはどうするんだ?」
眠った山羊を指さして尋ねると羊たちは興味ないよと群れ全体を移動させる。
「成程な、何も強い力や魔力が無くてもお前たちの方が格上か。弱い物いじめはしないって? 格好いいじゃないか」
幾度もあの黒い山羊たちの襲撃にあって今回のように追い返しているのだろう、一匹も焦る事さえせずに対処してみせた。
「これに俺も巻き込まれたんだな? いや行って良いぞ! この山羊たちを確認したら追いかけるよ、ビクティニアスも帰って来るからここで待ってないと」
俺の動きを気にしていたので伝わるか分からないがそう声をかけると頭を下げて移動を始める羊を見送ると山羊の見聞へと頭を切り替える。
「歯の形状からしてこいつらも間違いなく草食だな。角は攻撃的なせいかすり減ってる……筋肉も発達しているな。同じ草食の魔獣でも本当に別の進化を果たしたようだな」
一通り見聞した所で一匹の山羊の角の異常に気が付く。
「この角は斬られてる? 鋭利な刃物で切断した形跡があるな……もしやこの島には人間がいるのか?」
「どうかしたの? あれ? 羊は?」
山羊に一生懸命になっているうちにビクティニアスが帰って来ていたらしい。
「この黒い山羊の群れが現れて、羊たちは移動したよ。やっぱり眠りは羊たちの能力だったよ」
「そう原因が分かったなら問題無いわ。何か気になってる顔ね?」
「やっぱり分かるか? これを見てくれるか? 山羊の角が刃物みたいな物で斬られているんだ」
「ふ~ん、マサルが作ったような鋭い刃物ではないわね」
「それでも多分これは刀剣の類の跡に見える。注意は必要だろうな」
「そうね注意し過ぎって事はないわね。でもおかしいわね、この海域の島には人間はいないのに」
人間はいないのか……なら刃物を使う人間以外の生き物が存在する事になる。
「それは本気で厄介だな。もう少し偵察が必要そうだ」
「じゃあ、羊の群れを探して合流しましょう。警戒は彼らがしてくれるしゆっくり出来るんじゃない?」
そんなフラグを立てると絶対にトラブルがやって来るのにとは思っても口には出さなかったが、やはりというか羊たちの群れは真っ黒な山羊たちに囲まれておりその外周には人のように二本脚で立つ悪魔のような姿の黒い山羊の魔獣が石で出来た鋭利な斧を片手で持っている。
「バフォメットとでも呼ぶかな? またデカい図体をして……三メートルは軽くあるよな? 分かってるよ、俺が相手するんだろ? ビクティニアスは下がっていろよ?」
ショートソードをバフォメットへと向けると挑発が通用したのか一直線に俺へと向かって来る。
「おっとやっぱり力はランスロットより上だな? じゃあ技量の程は如何かな?」
近距離で高速に立ち回りながらショートソードを何度も閃かせる。何度か身体へと届くかと思われた斬撃も野生動物の身体能力なのだろうか、しなやかに動きギリギリで躱す。
「やるなぁ、今のを躱すかよ。じゃあ少しずつ力も速度も上げて行くからな! 気を抜いたら死ぬぞ?」
躱していたハズの攻撃にドンドン付いて来れなくなってきてバフォメットは回避から斧を使った防御へと少しずつシフトしていく。
「おっ? まだ防ぐか? 体力も魔獣なだけあってタフだし戦いの最中にもキレが増してきているな」
あまりの手ごたえにランスロットやヘファイストス師匠との戦闘訓練が脳裏に蘇りテンションが上がっていく。
「オラオラオラオラオラァ!」
重量が半分程しかないショートソードで石の斧を逸らして弾いて跳ね上げる。驚愕するがすぐに立ち直して斬りかかって来るバフォメットは暫く俺の攻撃を耐えていたが最終的には膝を折り武器を置いて負けを認めたのであった。
「お疲れ様、こっちも決着が着いたようよ」
周りを見ると完全に睡眠に落ちた黒山羊をプードルカットの羊が踏みつけ勝利を宣言している光景であった。
「なんていうか……ちゃんと面倒見るのよ?」
ビクティニアスはくすりと笑って事後処理を押し付けたのであった。




