1 ぎこちない日常の始まり
書籍4巻の続きからになりますので、ご了承下さい
女神ビクティニアスと神ゼウスの賭けの景品として地球からこの幻想世界アルステイティアに移り住む事になった俺、鳴海優は多くの出会いと多くのトラブルを経てこの世界へと迎え入れられていた。
うっかり邪神との戦いで死んで神様になったりもしたけれど、その邪神とでさえ打ち解け今や仲間となって支えてくれている。
そんな中、俺は頭を抱えていた。
「やってしまった……」
俺の今の状況を表すとこの一言に尽きるのだった。
突然俺の口から滑り落ちるかのように零れ出たプロポーズの言葉。まだ付き合っている訳でも無いのに『彼女にずっと一緒にいたい』一心で伝えた結婚の二文字……互いに顔を赤くして混乱している間にヴィンターリアの住民たちに俺たちの居場所が見付かりうやむやになってしまったのだ。
「俺はなんでいきなりあんな事を……」
不思議な事に自分自身をそれなりに制御出来ていると過去の様々な事件や事故のアレやコレを記憶の彼方に追いやり本気で思っているので、今回の発言に一番驚いているのは俺自身だったりする。
「ねぇ、マサル? 聞いてるの? こっちもこんな感じですか……はぁ」
いつの間にかアイラが正面に立っていて、俺に声をかけていたようだ。
「こっちもこんな感じってどうした?」
「姉さまが慌てて帰ったと思ったら、私の声なんて聞こえてない様子で会話にならなかったので」
「・・・・・・それはどっちなんだ? 可能性はあるのか?」
「ちょっとマサル? 会話しているようで全く会話になってないですよね?」
耳を引っ張り、母親か姉が出来の悪い弟を叱りつける時のように片手を腰に手を当てて責めるアイラ。
「いやっ、ちょっと待ってくれ。俺も色々と混乱してるんだ・・・・・」
んっ? この相談相手は間違っていないか?
「アイラ……多分、俺が相談するとビクティニアスから話が聞きにくくなるぞ?」
「……もうそれだけ聞けば何となく察せるわ……」
「だから……ビクティニアスの話を聞いてやってくれないか?」
そう言い残して立ち去ろうと踵を返そうとすると、
「ほら、気まずいのは分からないでもないけどアルステイティア全体に関わる事だから逃げずにちゃんと話して」
「・・・・・・うっ……えっと実は・・・・・・」
全てを話終えた俺とアイラの間にはまさかの長い沈黙が待っていた。
「告白をしたと思っていたけど、まさかプロポーズとは……正気なの?」
「正気なのかとは失礼だな! 正常に物を考えられていた状況だったとは今でも思っていないけど、言った言葉は本心だし本気だぞ」
「何でいつもは勝ち目が見えるまで準備をして優位な戦いをするのに、恋愛となったら何でこんなにポンコツなのよ……」
その指摘に俺は返す言葉もない。
「取り敢えず姉さまの話は聞いてみるけど、姉さまの気持ちが落ち着いて何かしら答えを出すまで待つしか無いわね」
「確かにそれくらいしか俺の取れる対応は無いな……俺は俺に出来る事をするしかないな。暫くビクティニアスの顔は見れないのかな……」
「そればかりは仕方ないでしょう、姉さまも気まずいでしょうから……」
こうしてアイラはビクティニアスのいる神界へと戻って行ったのだった。
その翌日、
「今朝はクラブハウスサンド作ったんだけど食べていくだろ?」
「あら、美味しそうね。まだ残っているようならアイラにもお土産に持って帰っていい?」
「勿論いいよ。ほら、フィナも自分の朝食をテーブルに運んで」
なぜか俺はビクティニアスとフィナと一緒にナトリの神殿で朝食の準備をしていた。
「………………」
フィナが一言も喋らず黙々と朝食の準備を進める中、俺とビクティニアスは他愛のない話で盛り上がる。
実のところ恋愛に関してのポンコツ具合は俺もビクティニアスも同じようなもので、気が付くとビクティニアスは何も考えず俺の元へ来ていたというのが現在だ。
「……これはどういう事ですか?」
扉の前にはアイラも来て状況を見て茫然としている。
「マサル? ちょっと良い?」
そう部屋の隅に呼ばれアイラから耳打ちされる。
「もしかして姉さまからもう返事があったんですか?」
「えっ? 返事? ……あっ!」
何かを思い出したかのように驚く俺にため息をつくアイラ。
そんなアイラにフィナは同情めいた視線を送り呟いた。
「アイラセフィラ様心配しても無駄ですよ。 ビクティニアス様も何か用事があった気がしてとか言いながら来ましたから」
恋愛ポンコツ症を遺憾無く発揮する俺とビクティニアスにアイラもフィナも残念な生き物を見る目を向けて再度大きくため息をつくのだった。
「あっ、マサル。そっちのサラダに蟹の身入れようよ! 海老でも良いよ!」
「そうだな、オマールの身のほぐしたのがまだあったからそれを出そうか」
あくまで崩れない普段の会話にアイラもフィナも呆れを通り越して笑ってしまう。
「まぁ何処と無くぎこちないけど、一緒にいるって事は大丈夫って事なんでしょうね」
そんな乾いたフィナの言葉に苦笑いで答えるしかないアイラセフィラであった。