出港
ちょくちょく船員訓練を手伝っていたが先日遂に訓練の全工程が終了したとエルダムから報告が入ったのでアデリナへと相談したところ、いきなり長距離の航海は危険度が高いので近い海域で島を探してみようという事になった。
「船員の選抜は終わってるの?」
「転移出来るフィナとメイにリュリュ、後は出来るだけ一般から公募した船員を訓練の為にも連れて行きたい」
「一応考えてはいるのね。でもメイちゃんとリュリュちゃんを本当に連れて行くの?」
「色んな世界を見せてやりたいし、船員にもちゃんと護衛としての戦闘力は付けさせから大丈夫だろ」
その為に訓練で地獄を見た船員たちは可哀想だが自分の身を守る意味でも重要な訓練だった。
「マサルとフィナさんがいたらピンチになるなんて想像も出来ないけど」
「俺とフィナだけなら何とでもなるだろうけど……まぁ、フィナが今回は完全に戦闘モードでメイとリュリュくらいは守護してくれるっていうから安心しているよ」
「戦闘モード?」
「邪神の時に見た姿は生体アーマー……じゃあ分からないか……身体と同じように精密に動く鎧の姿だったんだよ」
魔法の媒介になっていたり筋力強化までしてくれる鎧らしいが詳しくは知らないし言わない。
「取り敢えず島の発見に何日かかるか分からないから食料は余分に積んでいこう」
「くれぐれも近隣でお願いよ? 処女航海で船を放棄とか本当にやめてよ」
「氷山にもぶつけない……約束するよ」
「氷山なんてないからね!」
こんなコントをしつつ準備期間を一週間とし来週の出航を決めたのだった。
「いざ、出航! 総員帆を張れ!」
俺の掛け声に船上では慌ただしく船員たちが駆け巡る。
「そこっ! 通路にロープを余らせるな! 余分なロープは足元に絶対に置かない事! そこっ! 樽が固定されてないじゃないか! すぐに固定しろ」
「みんなっ! 訓練通りにやれば良いのよ!」
「慌てないでしっかり自分の仕事を終わらせるのです」
港には俺の怒号とメイとリュリュのフォローの声が響き渡り、見送りに来た住民たちに不安が広がっていく。
「見張りから船長マサル! 前方に巨大な蛸です!」
見ると丁度進路を塞ぐように全長十メートルを超える蛸の魔物が水面から立ち塞がるように脚を広げていた。
「なんて教科書通りに現れる魔物なんだ⁉」
「任せて、私がやるから」
俺が変わったところに感心しおののいていると平坦な声でフィナがそう告げて、一瞬で生体アーマーを身に纏い甲板を蹴って海上へと飛び出した。
「凄いっ! 海を走ってる!」
海の上を滑るように走るフィナの姿にメイは大興奮である。
「吹き飛べえぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇっ!」
電撃を纏ったフィナは思い切り蹴り上げる。
「まだまだぁあぁぁあぁぁっ!」
蹴り上げた蛸の魔物を追い空中で十六連撃の殴打のコンボを叩き込む。
「そして……フィニッシュ‼ マサル回収してっ!」
もう確実にお亡くなりになった魔物を船に向けて背負い投げされたので慌ててアイテムボックスに回収する。
「なんで空中コンボまでしたの⁉ 可哀想過ぎない⁉」
「滅びた元居た世界の上司を思い出したの……セクハラするわ、子ども扱いするわ、最後には私だけを世界の崩壊から切り離そうと無茶やって……」
「……良い上司じゃないか」
「え? そうですね、生きていたらさっきのコンボを叩き込んでやりますよ」
いや、トドメ刺すなよ⁉ いくら何でもさっき対応は酷いぞ⁉
「どんな上司だったかは詳しく聞かないけど、良い上司になれるよう頑張るよ」
「ふふふっ、無理しなくて良いわよ? あんまり期待してないから」
船上からも港からもフィナコールが響き、まるで用意された見世物のような盛り上がり上がりを見せる。
「さぁ! さっさと帆を張りなさい! 全力前進よ!」
「って、フィナ……船長は俺だからな⁉」
船はどんどんと加速していき港はあっという間に小さくなっていくのだった。
「俺は海賊王になぶっ⁉」
早速飽きてきて船首で仁王立ちして馬鹿な発言をしようとした時、すかさずフィナが脇腹へと肘を叩き込んだ。
「良いからマサルはマップを見ながら周囲に危険な海域が無いか確認してなさい!」
「はい、大人しく航路の確認してます……確認しながら釣りしてても良い?」
「釣りくらいなら許すからしっかりマップ見ててよ?」
と言われたが既に周囲の海域はそれなりに深く地図を見ていても危険な場所は無い……基本的に海流も地図に表示されるので本当に楽なのである。
「このまま暫く何も起きないようだしルアーでも使ってトローリングでもするかな」
トローリングとは船を走らせながら餌や疑似餌を流して魚を釣る方法だ。
「この世界でもマグロとかいるのかな? マグロ釣れても困るけどな」
一時間程は何事もなく順調に航海は進んでいたのだが、
「ん? 何か船の後方が騒がしいな……魚がかかったか?」
糸の先を目で追っていくと水面でもみくちゃにされるルアーと大量にそれを必死に追いかける小魚……それを追いかける大型の魚の群れ。
「なんでこんな事になってるんだ? ルアーが物珍しくて小魚が追いかけているのか?」
「なんでも良いからいくらか釣ってしまいなさいよ。上手くいったら美味しい晩御飯だし、悪くても撒き餌くらいにはなるでしょ?」
「ルアーの針はとっくに魚に引っかかって持って行かれてるみたいだし、あれだけいたら餌無しで針を投げてもかかるかも知れないな? やってみるか」
案の定餌なんて無くても小魚は針に引っ掛かり簡単にいくらでも釣れて行く。面白いように釣れる魚にハマったのはリュリュで俺とメイが魚を必死で針から外す傍から次々と釣っていく。
「そろそろ小魚は良いから大物釣りにしようか」
釣った小魚が二百を超えた時、使っていた竿を大きな物に変更してメイに渡す。
「餌はさっき釣った魚で針を付けているから群れから遅れるはずだ。それを追いかけている大きな魚が食べるはずだからしっかり竿を持っていろよ」
と言いつつも安全ベルトをリュリュに、竿を船に固定するストラップを付ける。
「餌なげるよ!」
「はい」
餌を投げ入れた直ぐ後に反応は起こった。
「師匠! もう食べたっ! 重い! 無理っ!」
リュリュの声に海に目をやると一匹の大型魚の影が水面に出てきて跳ねる。
「大きい! 師匠三メートルはあるよ!」
「リュリュ! 糸を切るぞ! あれは鮫だ! 多分あんまり美味しくない!」
すぐ隣なりなのに興奮で大きくなる声に互いに顔を顰めながら必死で踏ん張るリュリュ。
「美味しくないなら良い……糸を切って」
「ちょっと待って何か来る! 凄く大きいよ!」
メイが海を覗き込むのを落ちないよう引っ張りながらも俺もその影を捉えた。
「リュリュ! 今すぐ竿を離せ!」
その瞬間、鮫は水面下から出て来た大型の何かが水面高くへと持ち上げたのだ。
「首長竜? いや甲羅を背負っている……なんだこいつは?」
プレキオサウルスのような首長竜の姿に鰐のような長い吻。美しい流線形の甲羅は水の抵抗はとても小さく感じるし筋肉質のヒレは少し前に見た亀の物とは大違いな力強さである。
「一噛みで鮫を食いちぎったぞ……あれは男のロマンだな」
恐竜としか解説のしようがない巨大生物に恐怖の前に興味と好奇心が湧きたつ。周囲の小魚も他の鮫も蜘蛛の子を散らすようにこの場から離れて行く。
「マサル、まだ鮫の頭に針が付いているから船が危ないわよ?」
「おっと、それはいけない! あの恐竜……いや魔物は船に危害を加える前に回収・・・・・・じゃない、倒してしまわないといけないな!」
調査がしてみたいとか色々な思惑が脳内にグルグルと回っていく。
「じゃあ、私がまた蹴り殺して……」
「ちょっと待ってフィナ! あんまり乱暴にしたら……じゃなくて素材の為にも綺麗に倒せないか?」
「面倒だから自分でやったら? 難しくはないでしょ?」
美味しそうに鮫を食べて行く首長竜の魔物に首を竦めて一歩下がるフィナ。
「じゃあ、ちょっとだけ手伝ってくれよ? ほいっ!」
アイテムボックスから出したのはミスリル銀でコーティングされた槍。それを魔物の食べている鮫に向かって力を込めて投擲し突き刺した。
「はい、フィナ! あの槍に電撃を叩き込んでやってくれ!」
「仕方ないわね。焦げても知らないわよ?」
自分の食べている鮫に槍が刺さっても何も興味を示さず肉に齧り付く魔物はフィナの電撃が当たった瞬間に香ばしい匂いをさせながら体内を焼いていく。
「槍の先が溶けて曲がってるじゃないか……これは完璧に仕留めたかな」
ホクホク顔でアイテムボックスへと収納する俺を船員たちは青い顔をして見ている。
「船長、あんまり戦闘はよして下さい。本当に船が沈んでしまいます」
「戦闘って……釣りしてただけなんだけどなぁ」
「じゃあ、航行中の釣りは禁止でお願いします。あれをやられると船がマトモに勧められませんので」
出航から数時間で禁止された釣り……悲しみに暮れていると。
「前方に島を発見!」
「はいはい、上陸の準備を適当に進めてね」
「ちょっとは喜んでくださいよ! 新しい島の発見が目的でしたよね⁉」
ここで新しい島より新しい素材や食材がたのしみだとは言わない方が良いだろう。
「何があるかわからないから上陸でみんな待機ね。その間の責任者はフィナがヨロシクね」
その言葉を最後に上陸偵察しに行ったマサルが帰って来ないとは誰も創造すらしてなかったのだった。




