農業といえば米ですよね?
難民たちも女王アデリナとランスロットの説得には逆らえず現在は大人しく次々と家を建てているらしいと街中では広まっているが真実は違った。
「仕事貰って文句言ってんだって? グレイタス王国を出る時に一生懸命働いて女子供を守るって言ってたのはどの口だい! 贅沢言っていられる立場じゃないだろう、私たちを路頭に迷わす気かい⁉」
そんな風に女性たちに怒られ尻を叩かれた男たちは急に大人しくなり真面目に働いているのだという。
「クック、貿易で手に入れた穀物や種子なんかのリストをくれ」
「いきかり押しかけて来たと思ったらなんだ? 植物関連のリストか? 事務所から勝手に見つけてくれ」
ヴィンターリアのホームセンターの現店長クックは商品の整理をしながらこちらを見向きもせずに答える。
「じゃあ、勝手に見させて貰うな」
仕事の邪魔をしないように答えて事務所に向かうと几帳面に整理された書類がファイルに丁寧に分けられていて感心させられる。
「ちゃんと穀物に野菜に果物と分けてるな……探し物は穀物っと……やっぱりないか? でも確かアイラがこの大陸でちゃんと交易に使われてるって言ってたのに」
そう俺の探しているのは日本人のソールフード米で、今回の難民の食料問題を解決する為に田畑を増やすなら米を作りたいと言ったためである。
「ちょっとマサル? またアデリナが嘆いていたわよ? せっかく農耕地を増やすのに麦じゃなく別の物を作るって」
そういうフィナは最近アデリナと仲が良いらしく時間があれば政務の指導を行っているようだ。
「良いんじゃない? 貿易に使う交易品じゃなく自分たちの食べる消耗品なんだから」
「どっちにも使える方が良いに決まってるじゃないの……で、神殿の屋上に始めたのは何?」
「昆布とワカメと海苔を乾燥させてるんだけど?」
「専用の小屋を作りなさい……臭うわ」
稲作を決めてから俺の口が完全に和食モードになってしまい、納豆を始め切り干し大根や梅干しも材料を見つけ仕込みに入っているのは未だに誰にも見つかっていない。
「専用の小屋か……やっぱり味噌と醤油も仕込むかな?」
こうして作る物リストの中身は確定事項としてドンドン増えていっているのだが、どこにも文章化していない為に誰も止められないのだった。
「それで、フィナはホームセンターに何をしに来たんだ? 何か用事か?」
「マサルが米を探しているっていうから持って来てあげたのよ」
「何っ⁉ 本当に米か! どこにあった?」
「どこって近くの沼にあったらしいわよ? どんな植物があるか調べて欲しいってマサルが指示したんでしょ?」
「指示じゃないけど言ったような気がするな。にしても沼なんてあったんだ?」
「あなたにも知らないところがあったのね」
「そりゃあ、俺だって探索ばかりしてる訳じゃないから大まかにしか把握していないよ」
スキルのマップのスキルは優秀だが俺には地図をずっと眺める趣味は無いので細かい所までは記憶していないのだ。
「沼とかだったら蟹とかいそうだからチェックしてると思ってたわ」
「沼の蟹とか普通に考えたら泥抜き大変だろ?」
「変なとこにいるのが美味しいのも真理とも言えなくも無いわ」
「うぐっ……また調査しとくよ」
確かに! と納得したので大人しく従う事にする。
「それでこのヴィンターリアは稲作に向いているの?」
「これが調べてみると意外と向いているみたいなんだ。毎年雨季には水で大地が浸かって栄養が循環しているし、粘土層がすぐ下にあって水は抜けにくい。高低差はそんなに無いから水路の整備は簡単だしね」
見つかった米もどうせ雨季には水に浸かる環境で育った物だから問題はないだろう。
「じゃあ、問題の米を貰えるかい?」
フィナに催促して渡されたのは穂に付いたままの米が数束。
「えっ? これだけ?」
「足りないなら取りに行けば良いでしょ? 場所はグレイタスとヴィンターリアの境だっていたって話よ」
「グレイタスとの国境なら大して遠くないな、早速行ってくるよ」
「私もついて行くわよ。一人にしたら何をするか分からないもの」
こうしてフィナという監視役を連れて米を採取しに行く事になったのだが……。
「……って何で私まで連れて来たんだ⁉ 仕事があるって言ったじゃないか!」
フィナの転移で来た採取場所にはホームセンターの店長クックが捕獲され無理やりに同行を強いられていた。
「採取を二人でやってたら時間かかるかも知れないだろ? クックなら真面目に働いてくれるから早く終わるし、どうせ色々と帰って俺が報告したのを書類に纏めないといけないんだから手間が省けたと思ってくれ」
「書類作成投げる気満々じゃねぇか! マサルがやれよ!」
「俺は忙しいんだよ!」
「……女性陣が言ってたぞ? 仕事の出来る男が格好いいと! マサルは手を抜き過ぎじゃないか? だから最近女性たちがマサルの話をしなくなったんだな」
「仕事の出来る男か……確かによく聞くな。そうか! 頑張って神様の仕事をやれば……」
「マサルはちゃんとヴィンターリアの仕事から確実に終わらせましょうね。あとクックも簡単にマサルを操ろうとしないで……別の方向に走って余計に大変になるから」
完全に保護者のように諭すフィナに苦笑いしながら視線を逸らして目的の米を探す。
「よく見ないと分かりにくいけどかき集めればかなりの量が獲れるかも。流されたのか? 水の流れから下流に向かって分府が偏っているな」
まばらに生えている稲は日本に既存する種に近い姿で植生しているようだが、雨季に種子が水に濡れないようにするためなのか背が高いのが特徴だ。
「ねぇ、マサル!」
「あぁ、分かってるよ……何かいるな」
フィナが警告を飛ばすが俺も沼の中で何かが蠢いているのが分かる。
「これは蟹とかじゃないな……もっと小さい何か……」
「うぎきゃっ⁉」
突如奇声を上げてクックが沼の中に膝を付く。
「「どうした(の)⁉」」
「ブーツ履いているのに何かが足に!」
足にと言われても俺には何も来ていないしフィナは……。
「おいっ、フィナは何で一人だけ泥に入らずに少し浮いてるんだ?」
雨季に会ったビクティニアスのように数センチ浮いているフィナ。
「汚れない為の工夫だから気にしちゃ駄目。それよりクックのブーツは古いから水漏れまではしていないけど劣化で革に水が染みているのかも?」
「まぁ、靴の不具合を探しても仕方ないからクックに何かしたモノを探してみよう」
「マサル小魚用の網を出して欲しい……捕まえる」
小魚用の網とは海で地引き網をした時に小魚を除ける為に作った虫取り網のような長い柄の付いた網だ。
「私にも網を出してくれ! 何が何をしてくれたのかを解明してやる!」
二人にそれぞれ網とバケツを渡すと思い思いに場所を移動しながら謎の生き物の捜索を始めたのだった。
「俺は二人が脱線してしまったから一人で稲刈りと洒落込みますか♪」
一人だけ網ではなく鎌を持って稲を始め植物に集中する事にする事……一時間。
「一通り採取は終わったけどフィナとクックはどうしてるかな?」
辺りを見渡すとフィナは少し離れた場所で出したバケツに入りきらなくなった魚を即席の生け簀へと入れている所で、クックは沼の隅で一生懸命に水に手を突っ込みながら何かを追いかけまわしている。
「クック! 手伝おうか?」
「頼む! こいつ穴から出てこないんだ!」
「穴って……何と戦ってんだ? 危ない物がいたりしないだろうな?」
「マサル……クックみたいに手を突っ込んだら駄目……危ない」
「それはクックに言ってやれよ。もう泥だらけになってやらかしてるぞ?」
「言っても無駄。転移で小手を取りに帰って完全防備で突撃してるわ」
何をやってんだ⁉ フィナも一応は俺の部下って事になってるけど女神だぞ⁉ なんで荷物取りに転移させてるの⁉
「というか小手つけても生き物によっては指が飛ぶぞ? 本当に大丈夫なのか?」
「アダマンタイト製のだから大丈夫だって……錆びないし」
最高峰とされるアダマンタイトの防具を何に使ってるんだか。
「マサル! ここの穴に亀がいるんだ! 甲羅を掴んでいるけど入口の穴より大きいみたいで出れないみたいなんだよ」
亀と聞いて最初に思ったのがカミツキガメと呼ばれるアメリカ大陸に主に生息する亀田だが、そう言った種類の亀なら既にクックの手は大惨事になっていると思い直す。
「ただ大きくなって出られないのならむしろ有名なオオサンショウウオの話の方か?」
「何を言ってるか分からないけど早く手伝えよ!」
余計な思考に入りかけた俺をクックが呼び戻す。
「入口が狭いなら広げればいいよな?」
アイテムボックスからシャベルを取り出して周囲の土を力ずくで掘り返す。
「って、こんな硬い地面をよく掘れるな」
「ここは硬いというより密度の高い粘度だから重いし粘りが強いんだ。陶芸でもやるのも良いかも知れないな」
「何をしてても新しい事見つけるわね……そこは製造神の性って事なのかしら?」
「っと、掘れたぞ! とっとと亀を取り出せ……って海亀?」
そこにいたのは四本足で身体を支える陸亀ではなく、ヒレがある水亀が何故か沼から出てきて俺の脳内はパニック寸前である。
「完全に姿は海亀なんだけど……どうやってヒレでこの泥に穴を掘った⁉」
「それよりいつからここにいて何を食べてたんだ?」
俺とクックが疑問を口にするとフィナが
「ちょっと待ってて」
と即席の生け簀から魚をバケツに掬い持ってくる。
「多分これを食料にしていたと思う。この沼地にはいっぱいいる魚」
すぐに興味を持ってバケツに手を入れるクックだが、
「痛ってぇ! なんだこれ?」
「さっきクックのブーツにいたずらした犯人」
胸を張って私はちゃんと見つけたよと誇らしげなフィナ。
「へぇ、どんなのが何をしてたんだ?」
バケツの中を覗くと田舎でももうあまり見なくなった生き物がうじゃうじゃと動いていた。
「これはドジョウか? 鍋にすると旨いよな」
あまりにも可愛らしい生き物の登場に思わずバケツに手を入れてしまう俺。
「あっ、痛っ! ビリビリ来たぞ! 生意気にもこんなに小さいのに放電してるのか⁉」
電気ウナギならぬ電気ドジョウはスタンガン程の電気を放っており一般人には非常に危険だと後日分かるのだが……。
「この電気のおかげで外敵がいなくて繁殖してるんだな」
そうなると問題は一つである。
「これは試してみるしかないな!」
「「何の事?」」
真面目な顔の俺にクックとフィナはまた始まったという少し呆れた顔交じりでも付き合いよく質問してくれる。
「そりゃあ、これだけ沢山いるんだから食べるんだよ! 柳川鍋でもして水の中での作業で冷えた身体を温めようか!」
開いたドジョウに白葱を添えて卵で綴じて甘辛く煮るとふんわりと優しい香りが周囲に広がっていく。その間にクックは穴から助けた亀にドジョウを食べさせ可愛がっているがその度に感電してフィナは可哀想な生き物を見る目でクックを見ている。
「箸でも使えば良いのにたまにクックは残念な子よね」
「でもあれで人にも他の生き物にも密に接するから信頼は高いんだぞ?」
「モテないけど?」
「そう、部下は結婚一直線の中で不思議とモテないけどな」
柳川鍋は非常に美味で放電という特性も稲を守るのに便利じゃないのか? という話になり今後、帯電防止の作業着を開発すると共に田んぼでドジョウの繁殖も目指す事となったのだ。
「結局、あの亀は沼を離れないようだし自生している米にも影響がなさそうだからクックのペットとして誰も狩ったりしないよう通達は出したぞ」
クックは結婚をする前から何を街の外で扶養家族を増やしてるんだと色々な人に言われたらしいが、完全にあの亀を気に入ってしまっていたのだ。
「雑食で食べる物に困らないドジョウと水田による稲作は非常に相性がいい。余計な生き物が入ってこないし、余程の大きさの外敵でも来ない限り放電もしないので生態系にも大きな影響は与えないと思う」
「寒くなっても街の温泉からお湯を引いてきたら水温は保てますしね。どうせ温泉から捨てる湯は出てきますし、それを利用して何か栽培出来たら良いんじゃないですか?」
街ではエレーナが稲作の指揮を執り土地の計測や土手の作成を進めていてくれた。日本にある一般的な田んぼとは違って雨季には周囲が全部水に浸かるので水を留めるだけではなく外からの侵入を防ぐ必要がある。
「間違って大型の蟹とかが田んぼに入ってきたら農作業をする人が危険だし注意が必要だな」
雨季の魔物は一メートルを超えるものも少なくなく、狩人や冒険者ですら街の外に出ない程に危険で厳しい自然の世界なのだ。
「アダマンタイト製の鋤や鍬も用意したから開墾作業もきっと素早く終わると思うぞ」
こうしてヴィンターリアで始まった稲作は魔獣ホルステインとマサルがアダマンタイト製の鋤を使って大暴れし僅かな時間で立派な田んぼが完成したのであった。




