船乗りの試練
彼らはこんなにも船に乗るにあたって苦労するとは思っていなかった。
というのも大型帆船というのも完全に新技術でその船に乗って航海できるとなればやはり男たちは夢と希望を持って我先にと船員に立候補したのであり、苦労なんてこんなに大きなプロジェクトに参加できるなら何でもないと思っていたのだ。
「君たちの教官のエルダムだ。君たちにはまず船に関わる前にロープの結び方を勉強して貰う」
そう言われた俺たち船乗り見習いたちはどこから出て来たか分からない程に多くのロープの結ぶ方を見せつけられた。
「何故こんなにロープの結び方が要るんですか?」
と一人が聞くと何故その結び方が必要なのかを全てされ、どの場面で使うのかも暗記するように課題が増えた。
「余計な事を言うんじゃねぇ! やる事が増えたじゃないか!」
と怒りに声を荒げる者もいたが記憶の新しいうちに開設と図解が書かれた羊皮紙が大きな掲示板と共に公開されたのである。
「必須技能だから絶対覚えろって事だな……質問しなくたって思いつく限りやらされるんだ」
そんな誰かの言葉は実現し、繰り返し試験がなされ全員が夢に見て飛び起きたりするようになるまで徹底して覚えこまされたのである。
「君たちに朗報だ! 今日から新しい事をやる!」
それはどれ程に待ち望んだ言葉だろうか? 約三週間に渡って行われたロープ講習から解放されると目を輝かせたのも束の間、午前中はみっちり座学で気象学と天文学を午後からは永遠と水泳の練習を言い渡されたのであった。
「……という訳でこの時期の沿岸部は稀に強い風が吹くのだが……」
完全に眠りの呪文にしか聞こえない講義は覚えるまで繰り返され、
「死ぬっ! 絶対に死ぬ!」
「はっはっは、君たちは死なないよ! 死なない為の訓練なんだから死にたくても死なせてあげないし逃がさないからね」
その言葉通りに溺れたり沈んだ者は直ちに救助され、逃げた者は半日もせずに捕まって何かに怯えたようにしながら訓練に励むようになったのだった。
すると二か月が過ぎようとした頃、自分たちの身体の変化がはっきりと見てとれたのだ。
「げっ、腹筋が割れてる……」
「ズボンが最近合わなくなったんだ……痩せた?」
「なんか母ちゃんと子供が恰好良くなったって」
見事に無駄な脂肪は減り、鍛えられた筋肉が自分たちのシルエットを変えたのだ。
肉体が変わったことで自信が付いたのか座学への姿勢も変わり学習意欲が高まっていった。
「君たちは食べれる物と食べられない物を見極めれないといけない」
と言われて野草摘みや貝拾い、釣りにと様々な食材に触れさせ、
「君たちは自分たちの力で未知の場所を探索する必要も出て来るだろう」
と言われた時は軽装で山登りし、そのままテントも無しで野営させられたりもした。
陸上での研修が増えてきて不満が溜まっていたある日、
「遂に俺たちの乗る船が完成したらしいぜ!」
「聞いて驚け! なんと船の完成パーティーに俺たちも呼ばれるぞ!」
なんと神が作ったと言われる船の完成披露会に只の乗組員である自分たちが招待されるとは思ってもいなくて歓喜したのだったが、
「別に俺と命をかけれないなら乗組員は辞退してくれて良いからな? 今からでも別の人を育てるさ」
神の加護を受けて進む船だと思っていたアデリナ女王と、人としての挑戦で他の人が住む大陸へ行きたい新しい神様のマサル様の意見が対立してしまった。
「神の作った船も沈むのかな?」
そう誰かが呟いた言葉にそんな事はあり得ない(・・・・・・・・・・・・・)と思う一方、死ぬかもしれない(・・・・・・・・)んだという恐怖に船員訓練を受けていた仲間たちも沈黙していたのだった。
「アデリナお姉ちゃん、わたしは行くからね!」
「ボクも師匠と行きます!」
そんな沈黙を破ったのはメイとリュリュという二人の有名な少女たちだった。
「わたしはお兄ちゃんがこの世界に来た時からずっと知ってるよ! お兄ちゃんはわたしを逃がす為にホブゴブリンと戦ったの! 後でビクティニアスお姉ちゃんが言ってた! まともに戦ったら危なかったって……それからもずっと戦いは命懸けで」
メイと呼ばれる兎人族の少女曰く、神様のマサル様はいつも命懸けで皆の前に立ち戦ってきたのだという……それが人であろうが魔物だろうが魔獣だろうが、神様を相手にした時でさえ人を守る為に命を懸けてあがいたのだという。
「俺たちもまだ船に乗ったことさえないけど海の男だ、腹くくりやがれ! あんな女の子に意気込みも心意気も勝ててねぇとはなぁ……全く情けねぇ! 明日からも気合入れて訓練するぞ!」
柄にもなく声を張る自分に他の皆にも気合が伝染していく。
「あんな嬢ちゃんたちに負けてたまるか! 神様にまでなった凄い人の下で働けるんだ! 名誉じゃねぇか!」
「ここで命張らなきゃヴィンターリアに住ませて貰っている恩をいつ返すんだよ! 今でしょ!」
「やってやんぜ! 俺たちが船乗りってもんを見せてやんぜ! えっと、なんて船だっけ? 分かんねぇけどあれは俺たちの船だぜ!」
バラバラに気合の入っていく船員見習いの自分たちを見て、教官のエルダムは静かに呟く。
「まとまりが足らんな。あんな協調性で狭い船内で生活出来るか?」
こうして式典の夜は様々な思惑の中更けていった。
「君たちの腹は決まったようだね。ではマサルに失望されないようこれからは厳しくいくよ」
今までのは基礎だからと笑顔で言われ始まった訓練は本当に苛烈を極めた……地獄があるならここをそう呼ぶと思っていたが、いつの間にやら訓練に混ざっているメイとリュリュは泣き言一つ言わずに淡々と課題をこなして笑顔のまま帰っていく……完全に女の子に負けたと落ち込んだりもした。
「あの娘たちは伊達にマサル神の弟子なんてものをしてないな……何というか規格外だったな。まさか物覚えだけじゃなく思考も判断力も、体力に至るまで別格だったな……何で結婚してないんだと思ったが相手があれじゃあいないわな」
そんな風に天才少女は別の世界の話として話をしてから一週間後、神が自分たちの前に降臨する事になる……いやアレは決して神なんかじゃあない! あれは魔王……きっとその名が相応しいはずだ! 鬼のように感じたエルダム教官が子供のようにあしらわれ、自分たちの教官へとなってしまったのである。
きっと誰もこの訓練の様子を外に漏らすものはいないであろう……皆、我が身が可愛いのだ。




