難民
明けましておめでとうございます
しかし自体は想定通りに上手く進まず……案の定というべきかこんな風になっていた。
「野郎どもさっさと昨日決めた班ごとに整列して並べ! いつまで準備にかかっているんだ!」
ランスロットの怒号が飛び、城門前に姿勢を正し二列横帯で佇むヴィンターリアの生年月日たちの前でだらだらと整列する難民の大人たちの姿があった。若者はランスロットに怖気づいてしまって慌てて整列したのだが、年配になるごとに酷い様になっている。
「……十分経過……ちっ!」
決められた時間を十分経過したのを確認してミコトは一向に終わらない整列に思わず舌打ちした。
「既に整列している若者たちは何人かが指導に付いて住居作りに向かって欲しい……残ったのは相手するよ」
「うわっ……やっぱりミコトもマサルさんと同類だったんだ」
「……ミシェル、お前はここに残れよ? 一緒にオジサンたちの相手させてやるから」
ミシェルは今ミコトと同じ歳の仲のいい同性の友人で狼人族だ。
「えっ? それは酷いぞ! 本当にマサルさんみたいじゃないか!」
「それは酷いなぁ、俺がいつも意地悪を言っているみたいに聞こえるぞ? ミシェル君とは後でお話があるから神殿の裏においで」
ビクリと身を震わせて振り返るミシェルの背後には俺が立っていて彼は今にも泣きそうである。
「まぁ、そんな事よりも問題はこっちか……ランス、別にアデリナには怒られないから本気で叱って良いんだぞ? 若いのをいつまでも待たせるのは忍びないからな」
「それは本当か? じゃあ、話は早いな」
物凄く悪い笑みを浮かべつつ言う俺にランスロットも悪い笑みを浮かべる。
「手っ取り早く終わらせるぞ! マサルも手伝え!」
「オッケー♪ 若い子たちにたまには格好いい所を見せるかな♪」
そうしてすらりと抜かれる二本の剣と膨らむ殺気に難民の男たちだけでなくミコトたちまでが恐怖に肌を粟立てたのだった。
「いつまで整列にかかるのかな?」
注意がこちらに向いたので俺が発した言葉でオジサンたちは我先にと走って列を作る。
「じゃあ整列がやっと終わったようだから君たちの今後について話をする前に、君たちの教育係をする面々を紹介しよう。女王からは君たちの受け入れも前向きに考慮するという言葉を頂いた。しかしヴィンターリアの住民に働かない者は要らないからしっかりと頑張ってくれ」
「じゃあ、仕事はあるのか?」
「ここは新興の国だぞ? 人が増えれば生活圏が増えいくらでも仕事が出来る」
「その統括をしてるのがこのマサルだ。悪い事は言わん、これに逆らうくらいなら自分で国を作った方が絶対に良い。さっきの殺気が可愛く思えるような目にあうぞ?」
自分だって本気ではなかった癖に俺ばかり悪者っぽく言うランスロット。
「こう言っているこの男はグレイタス王国沿岸都市ポータリィム司令ランスロット。この国の女王アデリナの叔父で皆を支援する部隊のサブリーダーをして貰う」
「ちょっと待て! 今自分で国外の人間だと言った癖にオレを使う気か⁉」
「俺とアデリナの連名でグレイタス王都とポータリィムに難民の受け入れとランスを借りる旨をしたためた親書を既に早馬で出してある」
「マサルさんの連名って……親書という名の命令書じゃない?」
「こっちの一言多いのが今回のリーダーのミコトだ。特例ではあるが若いうちから色々な経験をさせたいという意味合いの人事だが、実際に彼の報告であなた達男性諸君だけではなく女性や子供たちの立場が変わる事もあり得ると心して欲しい」
「今回、全体の指揮を任されましたミコトです。若輩者ですがよろしくお願いします」
こんな子供がとか様々な悪い言葉が聞こえるが無視して話を進める。
「取り敢えずミコト、今朝から職人ごとに人員を分けて職場に送ろうかと思っていたが今の様子じゃあ職人たちに悪影響だな」
「分かっています、集団生活からですね。全員を従事させるならどんな作業でしょう?」
「やはり家だな。ヴィンターリアの家は全部ホームセンターに売っている庭先の倉庫みたいに規格化されているんだ。必要な技術は最低限で建築できるようになっているし、どうせ住む家は必要だ。住民たちに指導できる人も多いし適当だと思う」
どうせ働くなら自分たちの住処になるかも知れない住居関係の方がきっと高いモチベーションで働けるだろう。
「……なんて甘い事を三日前までは思っていました」
アデリナに呼ばれた俺とミコトは不満の言葉たっぷりの意見書が大量に届いたと言われ弁解していた。
「そうね、どうも見通しが甘かったようね。彼らの中にも職人がいてそんな職人たちを他の一般人と一括りにして仕事させたらプライドが傷つくわ」
そう問題となっているのは低い作業意識ではなく、もっと技術の高い仕事がしたいという職人たちのものだった。
「で、彼らはどうして欲しいと?」
ミコトが冷静に質問する。
「専門的な技術がある職人は相応しい仕事を与えて欲しいらしいそうよ?」
「で、アデリナ様はどうして欲しいんです?」
ミコトは一歩も引かずアデリナの目を見つめる。
「職人として働ける人が専門の職に就いてくれるのは嬉しい事なんだけど……あなた達の顔を見る限り問題がありそうね」
「たった三日で与えられた仕事に文句を言うのが職人ですか?」
とはミコトの意見だ。
「そもそも金も信用も無いのに高価な職人の仕事場を彼らは持てるのか? 経歴として職人をしていたのは他所の街での事だろ? 奴らがヴィンターリアの職人の中に入って同等に働けるとでも?」
これは俺の意見。
ヴィンターリアの職人たちは俺が様々な形で監修して高い精度で決まった規格の製品が作れるように教育しているのだ。
「じゃあ、どうする気? 優しく諭しても誰も納得はして貰えそうにないけど」
アデリナはどうしようもないといった感じだ。
「……マサルさん、ボクに気を使ったりしてません? 解決策持ってますよね?」
「えっ? ミコト君何を?」
突如、真面目な顔をして俺に問いかけるミコトの瞳は完全に俺を内心を見通していた。
「やっぱり同郷の人間は面倒だな、今回はミコトに全部任せようと思ったのに……なんで気が付いた?」
「マサルさんが言ったんじゃないですか日本人だろって? 言葉の裏や些細な表情に隠れた内心を察するのは意外と得意なんですよ」
「ふっ、確かに俺よりは得意みたいだ。なぁ、アデリナ?」
「分かってるわ、こういう人材は本当に稀有なんだから逃がさないわよ」
ミコトは何を言われているか分かっていないだろうが、ヴィンターリアでは足りないものばかりなのだ……職人が足りない、家が足りないなんてのは可愛い方で一番危惧されていたのは交渉や政治の出来る人間である。
「いやぁ、アデリナに堂々と意見が言えちゃうんだから将来が楽しみだな」
「マサル相手にもそんなに臆した感じは見られなかったし期待しちゃうなぁ」
「ですから……何の話に? ボクが何かしましたか?」
「そうね、明日からミコト君は私の下で勉強して貰います。将来的には大臣くらいの職についてくれれば良いから……あっ、辞令は出しておくね」
「大臣って……なんでそんな事になってるんですか⁉ 難民への対応の話でしたよね? 解決策持ってそうなマサルさんが何とかする話じゃあ?」
とミコトは言うが実際のところ難民問題よりヴィンターリアの政府高官が足りない問題の方が余程長期的にみると問題が大きいのである……今回の難民問題の解決策なんて言ってしまえば俺が力ずくで解決するという方法も最悪可能なのだ。
と思っていたらアデリナは俺に向き直り一層真面目な顔で話し始めた。
「マサルもマサルよ、何? 今更遠慮なんてしてるの? 馬鹿じゃない! ここはあなたが作った国で皆は家族よ? 誰かの為に遠慮なんてしなくて良いの、ヴィンターリアが街なんてとても言えない頃に自由にやってた頃の方が素敵よ?」
「そんなもんか? 一応は国としてやってるんだから体裁とかあるだろ?」
「体裁なんて人が勝手に気にしていればいいのよ、マサルは神様なんだからもっと堂々としてなさい」
「マサルさん……今の感じで本当に自重してたんですね。ネタかと思ってました」
「マサルが自重忘れると全部一人でやっちゃうわよ? 気が付いたら街が生えちゃうんだから」
アデリナとミコトは俺のアルステイティアでやらかした事の話で盛り上がり始める。
これを恥ずかしくて放置したのが間違いだったのだ。
「それで崖を格好つけて飛んだと思ったら次の瞬間にはシュテンツェン王都は魔法で魔物ごと全てを一撃で吹き飛ばされたのよ」
「「「「「「うわぁ、酷い……」」」」」」
いつの間にか人は増えていきアデリナとミコトの周りにはエレーナにエメラルダ、いつの間にニトリから帰って来たのかメイとリュリュまで加わって本格手に俺の暴露大会になってしまったのである。
「ポータリィムでは島ごと煙で燻して蜂の魔物を一網打尽にしたりもしてたわ」
「無茶苦茶だなぁ……よくそんな思い切った手をいつも実行するよね」
「その時に蜂の毒針で捕まえたのが牧場で飼われている魔獣ホルステインだな、それが今ではヴィンターリアの牛乳の最高峰として住民から可愛がられているとか何をやっても成果になってるわよね」
残念ながら自分の資産はアイテムボックス内の一部の武具や海産物などを含めた食料くらいで基本的に自由裁量を任されている資材ばかりで殆ど持っていない。
「そう言えばマサルさん、牛馬を使った農業ってしないんですか? 畑とかも普通に手で鍬を使って掘り返したり耕してますよね?」
「牛馬耕だな……確かに実現すれば楽になるな。鋤っていうんだっけ?」
「確かそんな名前でしたね。にしてももしかして思いつかなかったんですか?」
「そうだな、トラクターなんかの大型機械はそういうのが好きな人がいて触らせてくれなかったんだよ……だから俺の専門はもっぱら手作業専用さ。自分の取り扱って無い物まではなかなか思い出せなくって」
大型の機械はホームセンター自体での販売こそなかったが農業従事者は多く来るために相談などは少なくなく対応する人材は必要だったのだ。
「あぁ、田舎にはいますよね。トラクターとかコンバインとか好きなオジサン!」
「馬鹿にした物じゃ無いんだぞ? ああいう大型のトラクターは最近の物になるとクーラーまで付いているし、値段はちょっとした海外の高級車が買えるくらいするんだぞ。一千万円超とか」
「げっ……そんなにするんですか⁉」
「実際にドイツの高級車なんかで知られるB〇Wとかもトラクターを製造販売しているが、誰が買うのか分からないくらいにカッコいいし高いぞ?」
「だからどこどこのトラクターがとか田舎のオジサンはよく話してるんですね?」
「そう彼らにとっての憧れの高級車はフェ〇ーリやポ〇シェなんかじゃなく実用的で生活に関わるトラクターなんかの大型農業機械だからな」
田舎の農家では旦那が勝手に買い替えて夫婦喧嘩とかも良く聞く話だ。
「でも有りだろうな」
「トラクターですか?」
「牛馬耕の方だよ! いきなりトラクターとか作るとか馬鹿すぎるだろ! エンジンとかどうすんだよ⁉」
「馬鹿みたいに早い自転車が動力の馬車があった気がするんですけど?」
「ミコト……お前が自転車こいで畑や田んぼ耕して見るか?」
地面を掘るなんて力仕事を自転車を動力に行うと、本来の人力よりきっと過酷な作業になるだろう……確かに自転車は大きな力が出るが農業に必要な力とは質が違うのだ。
「マサルさんなら出来そうだなって思っただけですよ」
「俺なら魔法で地面ごと吹き飛ばして耕してしまう方が楽で良いな」
「それは耕すであってるんですかね? でも手っ取り早いかもしれないですね」
「「「「「「やめなさい!」」」」」」
ツッコミ不在の暴走気味な俺とミコトを本気で静止する女性陣の目はマジだ。
「取り敢えずミコト君はその牛馬耕とかいう作業とそれに使用する鋤とかっていう道具を書面に起こしてね。マサルは実物の製作をお願い、難民関係の方は確かに彼らには工房を持つ財産も無いし信用もないとして暫く住居の建設に従事してもらうように言っとくわ」
なんか凄く疲れてるのは何故なんだろうか?




