11 本気になられると尚更怖い③
ヴィンターリアの政務室でフィナはアデリナの資料の整理を手伝っていた。
「なんで今回はマサルを呼ばないの? 彼を呼んだら解決するんでしょ?」
「そうですね……多分……解決しちゃうんでしょうね」
「ならなんで?」
「本当ならフィナさんにも伝えるつもりは無かったんですけどね。ほら、シュテンツェンの件にはマサルもフィナさんも大きく関わっているじゃないですか」
大きく関わっているどころかフィナは当時邪神となっていて正気を失っていたとはいえ王都を滅ぼした当人だし、マサルは残った建物ごと全てを吹き飛ばしたのだ。少なからず今も気に病んでいるだろう事をアデリナは知っていた。
「気を使って貰ったようね。でも私もマサルもやれることをやれない方がキツイわ……貴方はとても優しいけど女王としての責務は果たさないと駄目よ。私たちの罪悪感なんて私事は民の生活に優るなんて思っていないでしょ?」
「そうなんでしょうね……なんでしょうか、私も劣等感なんものが最近生まれてきましてマサルがいなくても解決出来るなんてちょっとした傲慢もあったんです……でもこんな様じゃあ女王失格ですよね」
「貴方は人なの……なんでもは出来ないわ。むしろマサルがおかし過ぎて出来ないと錯覚しているだけだわ、普通の為政者なら立案から何から何までなんてやらないものよ。ほら、女王として事実を伝えないといけない人がマサルより先にいるでしょう?」
「はい、ありがとうございますフィナさん」
アデリナはシュテンツェン元女王エメラルダに事の次第を伝えに席を立ったのだ。
「わたくしの民たちが! すぐに向かいます!」
慌てて腰を浮かせるエメラルダの肩に手をやり座るよう促すアデリナ。
「ちょっと待って下さい。今は私の国に亡命してきたのですから私の民です、それにエメラルダさんも私の民で今は部下です」
「っ! 失礼しました……とんだ越権行為を。それでアデリナさんわたくしのところにいらしたというのは何かわたくしに出来るという事なのでしょう?」
「えぇ、エメラルダさんにしか出来ない事をお願いに参りました。エレーナさんが現在難民の代表と話し合っています。それでエメラルダさんはいつも通りに私の補佐をお願い致します」
「いつも通りですか? そうですね、いつも通りわたくしたちに出来る事をしましょう」
こうしてヴィンターリアの女帝二名が落ち着き事に当たる事で事態の収束は確実に始まったのだった。
「なんだか凄い事になっているな……街の外に大量のテントが立っているぞ? って、門番をしているのはランスロット? なんでグレイタス王国の司令ともあろう猛者が」
「おぉ! マサルじゃないか! 今まで何処に⁉ それよりもアデリナを何とか説得してくれ……怒らせてしまって門番をさせられているんだ」
「成長しないな……今度は誰と喧嘩したんだよ? アデリナもいつまでも保護者出来ないんだから手をかけるなよ」
「オレがアデリナの保護者だ! 決して逆じゃないぞ! って聞いているのか⁉」
男ってヤツは本当にどうしようもないな……歳が上だからっていつまでも自分の方が大人だと思うなよ? 俺も男だが精神年齢で言えば男なんていつまでもガキなんだから……それが分からないからガキなのか。
「それでこの騒ぎはなんなんだ? こんな所で集団キャンプしてる団体に俺は心当たりが無いんだけど……」
「こいつらはシュテンツェンの住民だったが難民としてここに来たやつばかりだ。女子供は街の中に収容したようだが受け入れに難航していて未だ男共千二百人がここで野営しているんだ」
「シュテンツェンの……それでこいつらは何時からここに?」
「まだ三日程だ。お陰でアデリナに会いに来たのに話も出来ていない……ってオイ! 行くのか」
「あぁ、仕事してくるよ。ついでにアデリナの顔色伺いしてやるから大人しく門番してろ」
門をくぐると人々が慌ただしく動いていた。住宅の材料を運ぶ者、狩りで取って来た獲物を運ぶ者、見た事が無いほどに慌ただしく動くヴィンターリアの住民に少し驚く。
「あっ、マサルさんお帰りなさい。女王様でしたら館にいらっしゃいますよ」
声を掛けて来たのは俺と同郷の元日本人の青年ミコトだ。
「それは有り難い報告だが、お前は何をしてるんだ?」
「ボクは警邏と訓練ですけど……」
「馬鹿なのか? 今お前がやらないといけないのは訓練や警邏なのか? そうだな……一緒にウロウロしてる同世代の若いのを連れて来い。新しい仕事をやる」
「「「「「「了解しました」」」」」」
俺に畏まる若者たちを引き連れアデリナの元へと向かう。
「外にウロウロしているのは難民の男共ばかりか?」
「だと思います。なんていうかヴィンターリアの住民に比べて気性が荒く自分勝手に動くので個人の確認が出来ないと受け入れられないという事で仕事がさせられないようで……」
「お前は……日本人だろ! 労働者にパスを持たせたりして中で仕事する時に持たせたりすればいいだろう! 自分はそういうのをやったことが無いから具体的にどうすれば良いか分からないかも知れないがアイデアだけでも出せなかったのか? 少し頭を使え!」
「すいません……」
「各班六から十人で小さなグループを作らせてグループ内で点呼等をやらせる。こうやってグループからはぐれたり仕事をしない者を選り出せ。仕事をしないやつに権利などやらん! やり方は分かるな? 面倒なら運動会みたいに整列行進をさせろ、これなら人数の把握も人員管理も楽になるだろう?」
日本人なら誰もがやったことある班別行動や整列行進を引き合いに出す。
「これならお前たちだけで外の男たちの管理が可能になっただろ? 数日中に名簿を作ってくれればいいから宜しくな。具体的な仕事内容に関しては俺が後で指示をするから今日は全員が整列出来るように教育してくれ」
「いう事を聞いてくれなかったら?」
「門番をしているアデリナの叔父のランスロットに言って軍隊式でやればいい」
「げっ……クックさんたちが鬼って言っている人の軍隊式……効果はありそうですね」
「楽しそうだろ? 訓練とかって言いながら実剣で戦り合おうってタイプだからな」
「「「「「「ご愁傷様です」」」」」」
ミコトたちは門の外を見て可哀想な目を向ける。
「という訳でアデリナの館についた訳だけど、アデリナに今も頭を抱えているであろう外の連中の対応を引き継ぐ旨を伝えるまではここにいてくれや。あっ、ミコトは責任者だから一緒に中まで来いよ」
ちょっとだけ顔をひきつらせたミコトはそれでも黙って頷いて付いてくる。
「こんにちは、アデリナいる? マサルが来たよって伝えて」
館の羊人族の執事に軽い口調で話しかけているとアデリナにフィナ、エメラルダにエレーナが揃って現れた。
「相変わらず緊張感が無いわね。ニトリの方は大丈夫なの?」
「問題ないよ。やる事が無くなって追い出されたんだよ……」
「成程ね……マサルはやっぱりマサルな訳ね」
なんだか不本意な事を言われているがもう諦めて慣れてしまおう。
「そう言えば外でランスロットに会ったぞ? 面倒だから許してやれよ、新しい仕事もあるし適当に煽ててミコトたちに付けてくれ」
「えっ? ミコト君に? 今度は何をやらかそうとしてるのよ?」
「外の男連中の管理をミコトたちに任せる」
「「「「何考えてるの!」」」」
女性陣四人共に声を揃えて怒られてしまった。
「解決策は伝えてある。ただ外の連中には集団行動を叩き込まないといけないからランスロットが要るんだ」
「あなたって人は本当に無茶苦茶ね……ここ数日の私たちの話し合いが全部無駄になったわよ」
「仕方ないわエレーナ……まさかミコト君にそんな解決能力があるとは私も思わなかったもの」
「やっぱりマサルの同郷なだけあるのかしら?」
「エメラルダ……マサルの同郷と言ってもそんなに変わった人ばかりいない。それは女神である私が保証するわ」
言いたい放題の女性陣。
「マサルさんなんか物凄いハードル上がってますが……」
「頑張ってその高いハードル超えて成果を勝ち取ってきな……頑張れよ」
とても他人事で物言うマサルだった。




