サラリーマンバスケ
「放送をご覧のみなさん、こんにちは。この時間は、全国サラリーマンバスケ大会西東京予選第一回戦の模様をお送りいたします。実況は私倉田、解説は社会人バスケットボールで活躍なさっている小野寺さんにお越しいただきました。早速ですが小野寺さん、サラリーマンバスケというのはどのようなスポーツなのでしょうか」
「サラリーマンバスケはですね、もともと社会人バスケでご活躍されていた寒波煮防留さんが、こんなものは社会人バスケじゃないと言って現行の社会人バスケを一度否定し、新たに社会人らしいバスケを考案されたところが起源でして、スポーツ自体のルールはバスケなのですが、やや変則的なところもあります。基本はスーツ、申請すればクールビズも可能ですが、バッシュ、バスケット用のシューズのことですね、バッシュも涼しげなものに替わります。クォーターごとに中抜けのタイムカードを切らなければなりません。すこしでも違和感のある打刻をするとペナルティなので緊張するところでもあります。その他にもサラリーマンらしいプレーが散見されます。試合を見ながら解説して参ります」
「ありがとうございます、小野寺さん。なにやら不思議なスポーツですね」
「サラリーマン自体、不思議な約束事の上に棲息しているので、そういう奇妙な部分が露骨に出たバスケです」
「それでは、西東京大会予選第一回戦『八王子社畜サンチーム』チーム対『武蔵野働いて働いてまた働いて……』チームの試合は間もなくプレー開始です。まずは両チームのスターティングメンバーの紹介です。まず左、黒を基調とした八王子チーム、背番号5ポイントガードに堀雄介、背番号6シューティングガードに大石隆、背番号7スモールフォワードに浅井秀彦、背番号8パワーフォワードに金村哲治、背番号4センターにギブズ•宇野、アメリカからの帰化選手です。対する右の白を基調とした武蔵野チームは、ポイントガードに早川智、シューティングガードに売間圭一、スモールフォワードに木戸竜介、パワーフォワードに大竹健太郎、センターに金田甚兵衛です」
「チーム名に『チーム』ということばが入っているとややこしいですね」
「確かにそうですね。西東京大会に出場している十二チームのうち五チームに『社畜』という単語が入っております」
「特定の自虐ネタで共感する文化ができあがっているんでしょう」
「さあ、それではいよいよ試合開始です」
「両チーム集まってきましたね。まずは名刺交換をします」
「渡す順番を考えずに渡しているので、列が乱れていますね」
「そうですね。よくあることです。挨拶時にごちゃごちゃするのは、すでにサラリーマンの習性と言ってもいいでしょう。それで、このあと、普通のバスケならジャンプボール、そのあとはすべてスローインとなりますが、サラリーマンバスケでは代表者のスーツと腕時計の格で決まります」
「いかにハイステータスなスーツと腕時計を身につけているか、ということですね。八王子の堀選手は、腕時計がパテックフィリップのカラトラバ5119R、スーツがジョルジオ・アルマーニの黒ラベルグレースーツ。これはかなりいいですね」
「はい、かなりいいです。スイスの高級時計に、イタリアの高級スーツです。それに似合っていますね」
「イタリア製の男性用スーツは、やはりセクシーですね。既製品とは思えません」
「ええ」
「対する武蔵野の早川選手、腕時計はハリーウィンストンのオーシャンプロジェクトZ8、スーツは麻布テイラーだそうです。こちらはオーダーメイドということでしょうか」
「そうです。最近ではオーダーメイドと言わずに、ビスポークと言ったりしますね」
「ビスポーク、ちょっとおいしそうな名前ですが、どういったことばなのでしょうか」
「そのままですね、英語のbe動詞に、話したという意味のスポークがくっついた一単語です。話しかけられながら、という意味合いがあって、それで注文製品ということです」
「なるほど、おもしろいですね。既製品ですが、ジョルジュ・アルマーニに軍配があがり、八王子のスローインからスタートです」
「始まりましたね」
「堀からパスを受けた浅井がいきなり落球しましたが、ゲームが止まりました。これは……?」
「報告書の作成ですね。ルールブックの第二章にあります。業務上の致命的なミスが発生した場合は、ただちに並行作業を止め、ミスの対処をし、報告書を書いて上長に報告すること」
「ゲームの展開を占うファーストタッチでしたからね、集中力が足りていない、と判断してのことでしょう」
~ 五 分 後 ~
「ゲームがようやく再開します。現在、第一クォーター、残り九分と四十五秒です。バスケットはプレーが止まっているあいだ、ゲーム時間も完全に止まります」
「まだ十五秒しか経っていませんが、浅井には疲労が見えますね。交代も考えられます。交代をするときは引継ぎと、休暇申請が必要です。普通のバスケットでは自由に交代できますが、サラリーマンバスケでは交代するために必要な手続きが多いです」
「そうですね。それに、八王子チームの監督、井上雅俊社長ですが、いまのところまだ見当たりません」
「わかりやすいですね、これが社長出勤です」
「代わりに最高経営責任者のデイビットさんが指揮をとっているようですね」
「最高経営責任者は基本的に雇われですからね、実績が出なければクビです。このあたりはどのスポーツの監督もおなじです」
「それにしても、報告書を挟んで攻守が替わりましたから武蔵野チームの攻撃なのですが、なかなかプレーインしません」
「急に降ってきた案件ですからね、組織的な意思決定ができていません」
「つまり、武蔵野サイドからすれば、予想していなかった展開になっている、ということでしょうか」
「はい、その通りです」
「ボールを入れました。早川から売間にパスが入り、速いパス回しからドリブルで入ってきました。シュートはこぼれて回収争いです。最初のシュートは背番号7の、えっと」
「木戸くんですね」
「木戸選手でした」
「ナイスリバウンドです」
「武蔵野のセンター金田がリバウンドをとって、外から作りなおします。早川が切り込んで、かわしてパス、ポスト下入ってシュート。なぜか百点も入りました。金田の得点です」
「言い忘れていましたが、得点はそのまま利益になります。地方によって法人住民税や法人事業税など税率が異なりますし、得点計算がむずかしいので、大きい数字で換算してゆくそうです」
「八王子と武蔵野はおなじ税率だから、ぴったり百点ずつということでしょうか」
「よくご存じですね。たしかにおなじ税率の地方ですが、桁が多いのは単に端数が多いというだけです」
「なるほど。さあ反撃したい八王寺ですが、堀から浅野、切り込んでサイドの大石、宇野に渡ってゴール下、振り返ってシュート。簡単に決まりました。……こちらは八十点です。おなじゴールに見えましたが、どうしてでしょうか」
「いまのは四人が関わりましたので、人件費の問題です」
「なるほど、削減してゆきたいところですね。武蔵野は速攻とは行けませんので、ポイントガードの早川がゆっくりと運びます。八王子も一対一対応ディフェンスですね」
「そうですね。守備に絶対の自信があるのでしょう」
「早川、パスの出しどころがありません。ドリブルを選択、緩急をつけます。揺さぶって、5番の堀もついてゆく。譲りません。一回、二回、フェイントが入って、中に切り込む。そのままシュート体勢、かと思いきや脇から8番大竹に短くパス。最後はほぼダンクに近い形でした。いまのは高得点が期待できそうです」
「いえ、いまのは早川の残業から大竹への引き継ぎという形だったので、生産性の低さが目立ちましたね。よくて二十点でしょう」
「得点出ました。十五点。きびしめの判定ということでしょうか。これで八〇対一一五です。……おや、なにやら揉めていますね、いまのプレーは、ファウルには見えませんでしたが」
「あれは堀選手が、早川選手に抜かれるときにお尻を触ったかどうかで口論しているんです」
「はあ、でもなぜ。バスケットボールは接触のあるスポーツですよね」
「まあ彼らもサラリーマンですからね、お尻を触ったかどうかというのは大問題なんです」
「それで試合を中断してまで?」
「はい、試合を中断してまで」
「サラリーマンシップに則ってのプレーが欠かせません。堀選手、なにかを差し出しています。あれはなんでしょう」
「身分証明書です。おそらく運転免許証かなんかでしょうね」
「対戦している時点で身柄はわかっているんじゃないんですか?」
「現行犯逮捕ということもありますので、示談に持ち込みたいのでしょう」
「複雑な展開ですね。……あ、いま胸ポケットから現金を出しています」
「交渉が成立したそうです。スコアも動きます。まだ第一クォーターも七分ありますからね、慎重にいきたいところです」
~ 七 分 後 ~
『ただいまをもって休憩とする。ひとまずおつかれさまでした』
『おつかれさまでした』
「ここで第一クォーター終了です。八王子が二二三、対する武蔵野は三〇八の接戦です。最後の合図みたいなものはなんだったんですか」
「普通はブザーですが、サラリーマン協会の号令があってから社員は打刻します」
「けだるいですね」
「そういうものです」
「小野寺さん、第一クォーターをご覧になっていかがでしたか」
「そうですね。八王子のほうが堀のパスワーク、宇野のゴール下といい攻撃をしていましたが、途中の示談が大きく影響しましたね」
「たしかにあれは驚きました。冤罪も気をつけなくてはいけません」
「あとは完全にお互いの守備のいいところが出たという印象でした」
「バスケットをお送りするなかで、われわれはよく守備がいいと言いますが、どのようによかったでしょうか」
「特に見ていただきたいのは、急にストップしたときでもしっかり身体の芯を残して対応できるところですね。膝を曲げて、かかとを浮かせて、どこにでも合わせるようになっています。お互いのガードがどれだけ中で点を取ってリズムを作れるかというところを意識していたと思いますが、堀・早川の両選手やスモールフォワードがどちらも外からシュートせざるをえなくなって、得点に結びつかない、というシーンが多かったです」
「なるほど、それにしても休憩中の選手の動きがおかしいですね」
「営業担当は審判や協会のかたのところにルート周りです。冷たいお茶を出されてもすぐに手をつけてはいけません。ファウルになります」
「サラリーマンバスケは細かいルールが多そうですね」
「これらのルールはまだよいほうで、暗黙のルールも多く存在するそうです」
「社会の闇ですね」
~ 第二クォーター ~
「さて、二分のインターバルを終え、第二クォーターが始まります。八王子のスローインです。浅野選手、投げました。堀が受け取り、ボールを運びます。大石、先ほど入った伊東文明ファーストタッチです。手続きが大変だったのか、すでに疲労しておりますね」
「交代はあまりおすすめできません」
「堀、浅井、伊東、浅井、堀、ボールが速くよくまわりますが、逆に言えば武蔵野のディフェンスにも隙がないということでしょう」
「八王子もインサイドで動いてポジションを入れ替えていますが、しっかり身体を合わせてついてきていますね」
「コンパクトにまわす八王子。おっと、うまい、金村の進路封殺を使って堀が切り込む。レイアップシュートで、おお、百十点ですね」
「ボールに関係のない社員を使って相手の進路を邪魔する、それがよかったですね。まあスクリーンとはいわずに最近ではピックというのですが、競合他社を封じてから利益を出す、というある意味では基本的なところに忠実でした。隙をついたいい攻撃でした」
「一気に逆転を許した武蔵野。速攻です。金田から木戸に大きいパスが出て、ノーマークでシュート。いまのはよかったと思いましたが、おや、八王子サイドがなにか動いていますね。あれはなんでしょうか」
「おそらくFAXを打ち込んでいますね。まずは送付状からです」
「内容はどのようなFAXなのでしょうか」
「いまのがインサイダー取引だったのではないか、というところでしょうね」
「インサイダー、と言いますと、内部の関係者が情報を漏洩して、株の値動きによる損得を先取りすることですよね」
「おおむねその通りです。いまのプレーは、速攻のなかでも速攻すぎましたからね、インサイダーがあったのではないかという疑問です」
「なるほど、たしかに点を取られてから素晴らしい速攻でした。ただどうもFAXがうまくいっていないようです」
「八王子はデイビッドが指揮をとっていますからね。FAXに慣れていません。どんなに送っても通話中になってしまっています」
「もちろん審判はだれとも通話していませんから、なんらかの操作ミスがあるのでしょう。会社でよくあることですね。この間にゲームは再開しています。いまのシュートは二百点が入りました。現在、三三三対五〇八、武蔵野が大きくリードしています。ボールは宇野から堀に渡って、ポイントガードの堀が攻撃を組み立てます」
「バスケはガードが試合をコントロールしますからね」
「はい。いわば司令塔のようなものです。よくコートのなかの監督、とも言われます。その堀からインサイドにボールが入って、宇野と大竹の競り合い。宇野がボールを持って空中で体をひねり、そのままシュート。三十五点です」
「やはり大きいですね」
「宇野選手の身長は195センチメートルです。今日のコート上でもっとも大きいプレイヤーです」
「スーツも似合っています」
「おっと、八王子がボールを奪取しました」
「いいインターセプトですね」
「スティールした伊東がそのままシュート。スコア五十が加算されます。ところで大会初日ですが、開会式などありませんでしたね」
「おそらくメーリスで済ませたのでしょう。サービス残業という概念がありますが、サービス早出という概念も出てきつつあります。試合に関係ない開会式は売り上げにつながりませんから、サービス早出になるおそれがあるので、メーリスで済ませたのではないでしょうか」
「そのあたりの情報がこちらの資料には記載ありませんね」
「部外者ですからね、そういうものです」
「ふたたびディフェンスの勝負になってきております。膠着しているわけではありませんが、どちらの攻撃も得点に結びつきません」
「こういう時の得点で一気に流れが変わります」
「堀、パスの出しどころがなく無理やり打ちましたがエアボールです」
「バスケットでは三連続で得点すると流れに乗るとされています」
「第二クォーターの立ち上がりどうでしょうか」
「やはりディフェンスがしっかりしていますね。無駄なミスもありません。ここまでチームファウルもお互いゼロという丁寧な試合になっていますね。武蔵野はハーフコートバスケットで時間をうまく使っている印象です。ギブズ選手をハイポストなりローポストなりで使いながら、他の選手が動きやすくなっている。ここがポイントでしょう」
「八王子はダブルチームを使わず動いてよく対応していますね」
「だいたいポジション通りのマッチアップで完璧なディフェンスをしています」
「あっと、八王子、堀が倒されましたが、ノーファウルですかね。売間がそのまま運んでシュート。試合が中断、なにやら揉めているようです」
「スロー映像が出ていますが、たしかに早川の左手がひっかかっているように見えます」
「主審は続行をコールしました。かなり険悪な雰囲気です。八王子ボールから再開です」
「ここで冷静になれるかが勝負の分かれ目ですね」
「はい、そうです。武蔵野はワンツーマンから管轄守備に切り替えてきました。八王子は外で回すのが精一杯です」
「これで無理に突破するとミスって攻撃終了になるので落ち着くところですが」
「残り5秒、堀がペネトレイトして、後ろにノールックでパス。長い距離のシュートですがリングに弾かれます」
「武蔵野がいいリバウンドです」
「大竹がふたりに囲まれながらのリバウンドでした。これで一気に流れが武蔵野ですね。第二クォーター残り4分です」
〜 第二クォーター終了間際 〜
「第二クォーターはもつれにもつれて五九一対六〇七。流れが変わったか、というところで八王子が盛り返しました」
「八王子、このクォーター最後の攻撃ですね」
「残り11秒、ハーフコートオフェンスで時間いっぱい使うつもりです」
「落ち着いてますね。ガードの堀選手から、いつインサイドに入るかというところです」
「じぶんで切り込む。ふたりついてます。いったん戻して伊東、宇野が進路確保してふたたび堀、あっとディフェンスファウルです」
「シュートしようとしていたので、フリースローですね」
「同時にブザーも鳴りましたが堀はフリースローの準備をしています。主審は時計係となにやら相談しているようですが」
「ほぼ同時でしたが、主審のホイッスル、つまりファウル判定のほうが早かったように聞こえました。この場合はフリースローが与えられるはずです」
「あーっと、ファウル判定が覆ったようです。第二クォーター終了のコールがありました。八王子の最高経営責任者は納得していません」
「判定が覆る理由がわからないですから、無理もありません」
「本日コート内で笛を吹いているのは、西多摩にある都立高校のバスケ部顧問だそうです。サラリーマンバスケは教員のかたに支えられているんですね」
「私も主審をやったことありますが、あのブザー音よりもじぶんの笛のほうが音おおきいんですよ」
「ということは、主審にはブザーが聞こえなかった可能性もあります。八王子はこのままクレームし続けると没収試合で負けになります」
「喰い下がらずインターバルに入りますね」
「第二クォーターと第三クォーターのあいだは十五分のインターバルです。あの変な号令はかかりませんでしたね」
「そういう雰囲気ではありませんから、空気の読める大人が多いです」
「八王子ベンチ、全員が帰る準備をしています。まだ試合途中ですが」
「MTGかもしれませんね」
「すみません、小野寺さん、MTGというのは」
「ミーティングのことです。会議と言ってもいいですが」
「このままだれも帰ってこないと没収試合ですが、それもありえそうです。とりあえず第二クォーターはいかがでしたか」
「やはり最後の誤審ですね。誤審というと言い過ぎですから、誤判断と言うべきかもしれませんが……。やはりサラリーマンは利益にかかわることは白黒ハッキリさせたいので、ほんとうは検証してほしかったのでしょう。それと誠意のある謝罪ですね。それなのに没収試合で圧力をかける、という協会の怖い部分が出ました」
「あれは明らかにファウルが先だったように思えます」
「そうでしょうね」
「たったいま、八王子の社畜サンチームが棄権して帰った、という報告がありました」
「早退するにしても、相談と連絡がなく、事後報告というのは社会人としての資質を疑われかねませんね」
「とにかく突然の終了ということになりました。サラリーマンバスケ西東京大会の一回戦は劇的な幕切れで武蔵野の勝ちとなりました。残りの放送時間は、かわいいネコがネコタワーをよじ登る姿をお送りする模様です。それでは実況は倉田、解説は小野寺でお送りいたしました。第二試合もおなじメンバーでお送りいたします。それでは、さようなら」
「さようなら」