冥府からの旅立ち
「名簿と名前が違うんだから、この三人は当然、冥府にいなくてもいいってことでしょ?
じゃ、連れて帰るから」
三人を引き連れ、立ち去ろうとするアタシに、怒り心頭のカローンがわめいているわ。
「小手先の詐欺で、あっしを愚弄するたぁ、なんたるナンセンス!
訴えるからな!
ハーデース様にご注進して、お前とアポローンに訴訟を起こしてやる」
「勝手にしろ、ハーーーーーゲ!」
罵声を投げつけて、アタシはさっさと撤退。
光ってるアタシの姿を見て、群衆は逃げるかと思いきや……。
さらなる混乱によって、もはやアタシどころじゃなくなっているのよ!
大地の深奥から噴き出るかのごとき、低い低い、体を振動させるうなり声。
それを引き裂く、雷のような、轟音が耳をつんざくわ!
そして、あたりをどよもす多数の悲鳴。
なんと、塀の向こうにゆうに三階建ての建物に匹敵するんじゃないか思える、超巨大な、真っ黒の頭が三つある犬の姿が、見えたのよ!
「げ、ケルベロスじゃないの!
あら、オルトロスもいるわ……もう来たのね」
「センパイ?
なんすかあれ? CG?」
と、もと主人公(仮名)こと、百家 日誉子ちゃん……なげぇわ、ヒヨコでいいわよね……がびっくりしているわ。
その横で、もと脇役(仮名)だった美桜大路 丸茶菜……こいつも長いわね。マルチにしよう、なんかかわいいし……が驚きを通り越して、ひっそりとつぶやいたわ。
「スゲー、3Dムービーじゃん」
「オメーら、そんなこと言ってる場合かよ、ガチでヤベーよ!」
そして、もとイケメン(仮名)である、ネムタクが一人であわてているのよ。
そうよ、あわてなくちゃ!
ケルベロスみたいな、超凶暴な残虐最終兵器、殺戮重戦車みたいなの、正直アタシでも逃げ切れる自信ないわぁ……。
地獄の番犬、ケルベロスと、その弟の双頭の化け物、オルトロスは、とってもいい気分で大暴れしているわ。
いまや、河畔に築かれた死人の収容所は、阿鼻叫喚の地獄へと変貌しているの。
「あいつらに捕まんじゃないわよ!
アタシらは、生きて地上に戻らなきゃならないんだから!」
三人に活を入れて、アタシはなるべく目立たないように、川岸から離れようと駆けだしたわ。
が、一瞬で発見されたのか、軽自動車くらいある、犬の足先がすぐそばに落下してきたのよ!
うひゃあああああああああ!
あぶぅ~!!!
「センパイ!
体、カラダ!」
なにか必死にアッピールしている黒ギャル、マルチ。
「なになになに?
なんなのよ?」
でかい胸をゆさゆさ揺らしながら、もたもたと走っているヒヨコが続けたの。
「光ってるって!」
あ。
そーでした。
そりゃ目立つわ、すぐに消灯しないと、電気代がもったいないわ?
原発が停止してるから、電力供給が不安定になっているものね、ぽぽぽぽ~ん!
焦っているアタシの体が、ふわっと浮いたわ。
なにか、ぶっとい紐のようなものが、胴体に巻き付いているわ。
ものすごく熱くて、くっさい空気が、体中を包み込んで、吐きそうになったし、アタマというか、視界もぐらぐらするし、どうなってんの?
「センパーイ!」
下から、ヒヨコたちの声が聞こえる、と思った瞬間、アタシの目の前に、真っ赤なくらやみ、とでも言ったようなものが、ぐばり、と広がったの!
うわわわ!
目の前にあんのって、ケルベロスの口じゃない!
喰われそうになってんじゃないの!!!
アタシの胴体をつかんでいた、長くて太いナワみたいなのって、ケルベロスの蛇でできたしっぽだったのね!
そのままパクッと噛みつかれそうになる直前、しっぽが、いきなり、ぶるぶるふるえて、力を無くしたわ。
すっごく高いとこから落ちるアタシ。
い痛っってええええ!
背中打った! 背中打った!!
「おねえさま~!」
聞き覚えのあるこの声は……メルポメネー!
「言いつけどおり、迎えに参りましたわ。
もちろん、ガベジくんも連れて」
ガベジくん?
ふと辺りを見回すと、ガベジくんは……げげ。
ケルベロスのしっぽにキックやパンチをお見舞いしているじゃないの!
しかも、ぜんぜん効いていないならともかく、わりとケルベロスが嫌がっているわ!
あぶないっつーの!!!
「ガベジくんにナニやらせてんのよぉ、メルポメネー!」
「だって、アンブロジアー食べさせたら、すっごく強くなっちゃって、おもしろくて……」
無茶するわね~。
アンブロジア―というのは、アタシたち神々の食べ物で、人間が食べたら、確かに強くなるんだろうけど、副作用とかあるんじゃないのかしら?
よくわかんないけど。
ま、とにかく、こんな抹香くさい、辛気臭い場所とはおさらばよ!
そういえば、納豆をしばらくほっておくと、白い粒粒ができるわよね。わりとカリカリしてるんだけど、あれって何なのかしら? やっぱり、納豆菌のコロニーなのかしらね。
ところで、次回の主人公(仮名)ちゃんは、どーなっちゃうのかしらね……?