クラクラネーム
潮騒のようなどよめきが、鋭い叫喚と耳を聾する轟音のつづれ織りへと変貌するのに時間はかからなかったわ。
「もう時間がありやせんよ、姐さん。
とっとと帰りなせえ。
もう、ハーデース様は、河の向こうに、ケルベロスとオルトロスを待機させてらっしゃいやすんで、いくらこちらで死者が暴れようが、もう、おとなしくさせられるのは時間の問題なんすよ」
アタシを追い払おうとするカローンに、さらに食い下がったわ。
「待ってよ。
いくら相手がハーデース様でも、ルールにないことは、押し通せないはずよ。
さっき、アンタは、点鬼簿に名前があるなら、どうしようもない、そういったわよね」
アタシに揚げ足を取られることを警戒してか、いきなり口が重くなるカローン。
「ま……そうは言いやしたがね……だから、なんだってんすか?
いったんここまで来た死者が、また地上へ帰るなんて、よっぽどのことがない限りありゃしないんすよ。
いくら姐さんが、騒いでみたって、無駄なことでさあ」
「どうかしらね?
だったら、いまここに生き返らせる人間を連れてくるから、間違ってないかどうか、名簿とちゃんと照らし合わせてよね!」
言い捨てて、アタシは、カローンのいる小屋のドアを開くと……すっごい大勢の人が、もう、あっちゃこっちゃに走りまくってて、なんだか、超カオスなのよ!
うへ~、こんな野蛮な大運動会みたいなの、文科系のアタシには、最もうっとうしい場面なんだけど……。
んが、ここで、ひるんでちゃ、タレイアの名がすたるわ!
さらに神パワーを駆使して、アタシは全身を車のヘッドライトくらいにまでビッカ――――ン! と光らせたのよ。
うわわっと、どんびきする群衆に、ずかずかと歩み入り、アタシは大声で呼ばわったわ。
「ピンポンパンポ~~~~~~~~~~~ン!
お客様のお呼び出しを申しあげます!
主人公(仮名)ちゃん、脇役、イケメン(仮名)くん!
今、すっごく輝いているアタシがお待ちです!
至急、いけすかないジジイのいる案内所までお越しください!
もたくたしてないで、とっとと来なさいよ!
もう、時間がないんだからぁ!」
どよ……どよ……と、アタシを取り囲む連中の間から、あっけにとられたようすの三人が、おそるおそる出てきたわ。
脇役(仮名)ちゃんが、言ったの。
「いきなり何かと思ったら、センパイじゃん。
うちらに、なんか用っすか?」
「ほんとだ。
なんでこんなとこいるんすか?
つか、わたしたちがこんなとこにいることも、意味わかんないけど」
事態の深刻さを全く把握していない主人公(仮名)ちゃんが、のんきにコメント。
「おっそいのよ、アンタたちはぁ!
アタシがここから外に連れてってあげるから、さっさとついてきなさい!」
有無を言わさず、びっくりしてる三人を引き連れて、カローンの前へ戻ってきたわ。
「こいつらよ!
名簿を調べてよね」
さっそく、ノートPCのキーボードををカタカタ叩いて、調査するカローン。
「あ~、ダメだわ、姐さん。
きっちり名前のってますぜ」
ノートPCの画面を覗き込むと、顔写真が添付された資料に、名前が記載されているわ。
”主人公(仮名)”
”脇役(仮名)”
”イケメン(仮名)”
ってね。
わざわざ書類まで提出してたのね、アポローンの奴!
でも、その用意周到さが、今ここで、あだになるのよ……見てなさい!
アタシは、思いっきりカローンにツッこんでやったわ。
「なに言ってんの、アンタ。
この(仮名)って、一体、なんなのよ?
正式な名前じゃないのに、個人を特定できるわけ?」
「は?
いや、でも、そう書いてあるし、こいつらだって、名簿とおんなじ名前を名乗ったんですぜ?
(仮名)って。
むしろ、こんなおかしな名前あるわけねえだろって、こっちが聞き返したくらいでさあ」
「……違うわ」
「なにがですかい?」
「この子たちの名前はね、そんなダサダサネームじゃないのよ」
「じゃあ、その兄ちゃんは、なんて言うんすか?」
ほ~ら、乗ってきた。
この子たちは、アタシがテコ入れした人間なのよ。
だから、アタシが名前を好きに決めることができるわけ。
本当だったら、最初にきっちり決めるのが、常識だけど、当たり前すぎて、ルールとしては明文化されてなかったし、物語において、キャラの区別がつけば、どんな呼び方でも支障はないから、ここまで横着を押し通してきたけど……。
それが、たまたま役に立ったわね!
そして、今、アタシは、彼らにオフィシャルな名前を付ける権利を行使するわ!
「そこの中途半端ホストはね……”根邨 宅則”よ」
「えっ。
なんか、いまどきの名前と違って、なんだか地味でやんすね……」
えっ。
そ、そそ、そうかしら?
なんかヘン?
どこがおかしいの??
地に足着いた、とってもいい名前だと思うけど???
内心、冷や汗をかくアタシ。
でも、もういまさら、やり直しはきかない……じゃあ、もっとマンガチックな名前にしなくちゃ!
「で、汚れたリカちゃん人形みたいな子が、”美桜大路 丸茶菜”……なの!」
「はあ。
なんつーか、キラキラネームにしても、あんまりぶっ飛んでないあたり、ムリして今風にしようとしたお年寄りみたいなセンスでやんすね」
くぅう……。
ジジイに年寄りくさいとか言われるアタシのセンスって……アタシの辞書の”センス”って”扇子”しか記載されてないのかしら?
く、苦しい……なんて苦しい戦いなの……。
で、でも気を取り直して。
主人公(仮名)ちゃんのお名前は、ちょっとオシャンティー(死語)なのにしようと、前からずっと暖めてたのよね。
だからこれは、自信作なのよ!
「あのでっかい子の名前は……”百家 日誉子”よ!」
カローンはぷーっと吹き出して、
「こりゃまた、でっかいヒヨコですなあ!」
うおおおおおおおおおおおおん!!!(←号泣)
どーせ、アタシはネーミングセンスないわよぉ!
暗くなるのが、遅くなってくるのはいいんだけど、朝が早くなってくるのが、ちょっと不満なのよね。もうちょっとゆっくり寝てたいのに、明るくて起きちゃうときがあるのよ。まあ、ちゃんとカーテン閉めて寝ろよってハナシだけど。
ところで、次回の主人公(仮名)ちゃんは、どーなっちゃうのかしらね……?