万国の労働者よ、団結せよ!
ここは、お昼でも薄暗い林の中。
そんなこんなで、今、アタシとメルポメネー、ガベジくんは、ほとんど人の来ない、うっそうと木の茂った林にいたわ。
ここがどこかという具体的な記述に関しては、諸事情あって、省略させてもらうわね。
アタシたち三人は、適当なホームセンターで購入したスコップを使い、地面に穴を掘っていたの。
この中に、主人公(仮名)ちゃんの遺体を隠そうとしているってわけ。
枯葉や雑草で覆われた土は、焦げ茶色で、意外に小石や、木の根みたいな異物がごそごそと混じっていて、掘りづらいったらありゃしない。
こういう場所の土って、普通の畑やらとは、ぜんぜん違うのね。
と、スコップの先が、何か妙なものに当たったわ。
ほぼ同時に、生臭いというか、魚が腐ったようなにおいに、さらにえぐみが加わったような悪臭が漂ってきたの。
黒い土をスコップでかき分けながら、アタシは思わずつぶやいていたわ。
「なにかしら? これ……」
土の中から、自然物とは思えない、鮮明な青色が目を射たわ。
がさついた感じと言い、どうも、ビニールシートのようね。
不法投棄のゴミ?
ほんとに邪魔よねえ。
「ガベジくん、ちょっとこのシートどけてくれないかしら?
まだ、穴がちょっと浅すぎるわ。
こんなじゃ、すぐに野犬に掘り返されちゃう」
「むん……すごくくさいけど、どけてみます。と思う」
軍手をはめた手の甲で、鼻を抑え、しかめっ面のガベジくんは、身をかがめたわ。
ビニールシートをつまんで、力任せに引っ張るの。
すでにスコップの先で穴が開いていたと思しきシートは、ビリビリと裂けて、中身が露出したわ。
その瞬間、鼻の穴からほんの少しでも、臭いの微粒子が侵入することを、全身が拒むような、異様なまでの凶悪な臭気が、アタシたちを打ちのめしたの!!!
をおおおおっえええええええええええ!!!!
たまらず、アタシはせきこみつつ、穴から遠ざかったのよ。
他の二人も同じような反応だけど、ガベジくんは、本当に吐きそうな様子で、何度もえずいているわ。
「ちょっとこれは……お姉さま」
穴の底を覗き込んだメルポメネーは、ただならないようすで、アタシを見たわ。
寄り添うように、アタシも穴を覗き込むの。
そこには……あ~、もう詳しい描写は止めとくわ!
少しだって、覚えておきたくなんかないもの、こんな不気味な光景なんか。
とにかく、黒っぽい泥やらのなかに、茶色っぽいドクロ的なものが、ちょっとだけ、見えちゃった!
よーするに、腐乱死体よ!
あ~あ……まさか先客がいるなんて、ついてないわぁ……。
しゃがみ込んで、盛大に吐いているガベジくんを、アタシは厳しく怒鳴りつけたわ。
「しっかりしなさい!
悪いけど、ガベジくんは、この穴を埋め戻しといてちょうだい」
涙目で、ガベジくんはなんとかお返事。
「むん……警察に通報しないと……これって、事件かもしれないし。と思う」
「あなたの気持ちもわかるけど、今はそんなことやってる場合じゃないの!
アタシとメルポメネーは、新しい穴を掘るから、ガベジくんは、後始末をお願いね」
まったく、なかなかうまく進まないものね!
アタシも早く冥府に行かなきゃ、主人公(仮名)ちゃんもだけど、脇役(仮名)ちゃんとイケメン(仮名)くんの蘇生が間に合わなくなっちゃうわ!
のろのろと主人公(仮名)ちゃんが、濃霧の中を進むと、次第に人の喧騒が聞こえてきたの。
そこでは、大勢の人が集まって、声をそろえて歌を歌いながら、何かやっているようすよ。
まるで、運動会みたいな感じ。
(うわぁ……なんか、みんなで一緒になんかやっちゃってるよ……。
わたし、そういうのって本当に嫌いなんだよね)
主人公(仮名)ちゃんは、人恋しさよりはむしろ、うっとうしさを感じて、霧のカーテン越しに、運動会らしきイベントを観察。
よく見ると、金網でできた柵が、その先も見えないほどに長く続いているわ。
そして、柵の前には、ムキムキで背の高いおじさんやお兄さんが、間隔を空けて立っているの。
主人公(仮名)ちゃんの正面には、大きな門があって、その上に、文字を書いた看板がそびえたっているわね。
『万国の労働者よ、団結せよ!』
おお、これって……。
いま、冥府では、こういう社会運動がたけなわなのかしら?
とすると、カローンは……。
もう、あのしみったれた守銭奴の爺さんには会えそうにもないわね。
「おい!
そこでなにやってる!」
鋭い誰何の声が、主人公(仮名)ちゃんに飛んだわ。
「え? え?
なにって……立ってただけなんだけど……」
びくっとして、棒立ちになる主人公(仮名)ちゃん。
すっかりおびえちゃって、逃げるも何もできないわ。
たちまち駆け寄ってきた、屈強な男たちに囲まれて、柵の中に連行されたのよ。
訳が分からないうちに、薄暗い部屋に連れ込まれて、陰鬱なおじいさんに何やらいろいろと質問されたわ。
「名前は?」
「主人公(仮名)です」
「(仮名)ってなんだね?
本当の名前を言いたまえ!」
「いや、それが本当の名前なんっス。
なんで(仮名)かは、わたしにもわからないんスけど……」
「ほんとかね?
まあ、確かに、点鬼簿の名前とは一致しておるが、まともな名前じゃないことは確かだな。
……怪しいな……」
おじいさんは、手元のノートPCをいじりつつ、ぼやいているわ。
びくびくしつつ、相手の顔色をうかがう主人公(仮名)ちゃん。
「まあいい。
出身は?」
「日本っす」
「日本? そんないい加減な言葉遣いしているのに、日本人だって?
……怪しいな……。
性別は?」
「女っす」
「女? そんなに背が高くて女性だと?
……怪しいな……。
年齢は?」
「ハタチ」
「ハタチ? ろくに化粧もしていないから、ブサイクなガキにしか見えんぞ。
……怪しいな……。
職業は? あるいは学生かな?」
「バイトっす」
「いい年こいてフリーター……先のことを少しでも想像できるなら、まずありえん選択だな。
……怪しいな……。
家族は?」
「パパとママがいるけど、アタシいま、家出してて、一人暮らしっス」
「家出って、家族みたいな最小限の社会生活もできんのか、コイツは。
……怪しいな……。
趣味は?」
「スイミン」
「非生産的な活動の極み! こういう怠惰な人間は、目先の利得に突き動かされて何をするかわからん、犯罪者予備軍だ。
怪し過ぎ!
では、これにて尋問は終了とする!」
「え? なに? もういいんスか?」
左右から、でかいおっさんに囲まれて、主人公(仮名)ちゃんは、しずしずと狭い部屋から退出よ。
で、尋問係のおじいさんは、主人公(仮名)ちゃんが記載されている名簿の備考欄に、注釈を記入したわ。
『典型的な”社会的親近分子”。
同志としては非常に前途有望だが、回答が類型的すぎることと、工作員の名簿に特徴が一致するものが皆無、および、オルガナイザーからの連絡がないことから、敵対勢力のよこした潜入工作員だと思われる。
早急に、処分する必要あり』
って、ちょっと!
主人公(仮名)ちゃん、なぜかスパイ認定されてるじゃないの?
彼女は、そんな気の利いたことができる人間じゃないのよ!
まずいわ……下手すると、すぐに粛清されちゃうかもしれない。
急がないと!
にしても、あたたかな春の一日っていいわよねぇ、睡眠がはかどるわ……。朝起きて、ご飯食べて、二度寝して、昼前に起きて、ご飯食べて、お昼寝して、ちょっとお出かけして、ご飯食べて、ちょっと寝て、テレビ見て、就寝……。なんてすばらしい一日なのかしら!
ところで、次回の主人公(仮名)ちゃんは、どーなっちゃうのかしらね……?




