宣戦布告
ウソ……ウソ……。
今自分が、見てることが信じられない。
主人公(仮名)ちゃんは、本当に唐突に突っ込んできたスポーツカーに、ものすごい勢いで跳ねられてしまったの。
映画みたいに、空中をくるくるとまわりながら飛んで、地面に落ちたと思ったら、ざざーっと滑ったのよ。
体全体がぐにゃぐにゃした感じで、でれっと倒れた体から、びっくりするほどに赤い血が、溢れるようにひろがってゆく……。
辺りは騒然とした空気に包まれたわ。
当然、ガベジくん、キースズやら山田さんを含む、インチキ結婚式の出席者も、あまりのことに、声を上げて、道路に鈴なりになっているの。
主人公(仮名)ちゃんを轢いた車は、もうすっかり遠くまで逃げてしまっているわ……。
きっと、誰もナンバープレートを見ていないだろうし、車もおそらく盗品で、犯人が捕まることもないのでしょうね。
この事故は、主人公(仮名)ちゃんが死んだ、という最小限の結果だけを残して、終了するのよ。
つまり、目的だけを達成するための、コンパクトで高効率な死亡イベント。
わかったわ……。
どうしてわざわざアポローンさんが、現実世界にまでやってきていたのか、そして、主人公(仮名)ちゃんたちの近辺にまで現れたのか。
主人公(仮名)ちゃんの死を、たくさんの人たちの前で、確実に発生させることによって、事象との関連性を多数の人に持たせたのね。
そうすると、主人公(仮名)ちゃんが死んだことを、帳消しにするのが、とてつもなく困難になるから。
これが、誰もいないところで死んだなら、アタシが蘇生することだってできないでもないわ。
(まあ、ハーデース様にはあとで言い訳する必要があるけど……)
でも、これだけの前で死んでしまっては、やり直しは、ほとんど不可能に近い……。
ツイッターでつぶやかれでもしたら、絶対ムリよ。
アタシの勝手も、もう潮時ってことなのかしら……。
すでに、アポローンさんの姿は、手賀沼公園から消えていたわ。
そんな人がいたってことも、みんなの記憶からはなくなっているでしょう。
神テレパシーを駆使して、アタシは別の時間、別の場所にいるメルポメネーを呼んだわ。
(ちょっと、お姉ちゃんのいるところまで来て!)
(いやですわ。
もう、アポローン様の頼みは、達成できましたもの。
わたくし、これから安土城へ取材に行くのです)
(そ、そんなの、今すぐでなくたっていいでしょうがっ!!!!
お願いだから、ほんとうにあとでなんでもするから、ほんのちょっと、すこしだけ、一瞬でいいから、お姉ちゃんを助けに来て!
お願い!
お願い!
お願い!
お願いしますぅーーーーーーーーーー!)
(……しつっこいですわね……。
ずっとこんな調子でテレパシー通信されたら、こっちの頭がおかしくなってしまいますわ。
仕方がありません、そちらへ向かいますわ)
ワープしてきたレオタード姿のメルポメネーに、アタシはジャンピング土下座。
「あんたの目くらましで、この辺にいる人たちを惑わしてちょうだい!」
不服そうに頬を膨らませて、メルポメネーはアタシを睨み付けるわ。
「面倒なことは、勘弁してほしいですわね」
「こんなにアタシが頼んでいるってのに、アンタって子は……」
気づけば、アタシはぶるぶる震える拳で、メルポメネーが着ているレオタードの肩ひもを引っ張り上げていたわ。
「ごっごごごめんなさい、お姉さまァン……。
お優しいお姉さまのおっしゃることですもの、喜んで何でもいたしますわ!」
あまりの剣幕に、おびえるメルポメネー。
やがて、周囲は突然大発生した赤いチョウチョの群れに包みこまれたわ。
そこにいた人たちは、いきなりの天変地異に驚いて、パニックになって走り回ったり、その場にしゃがみ込んだり、もうめちゃくちゃよ。
そこへ、どこか異様な響きを帯びたサイレンを鳴らす救急車到着。
ガチャガチャと担架を出した、数人の救急隊員たちは、周囲の異常な状況に、混乱しているみたい。
その隙をついて、メルポメネーを引きつれ、ボロボロになった(うう……かわいそう過ぎるわ。年頃の女の子なのに……)主人公(仮名)ちゃんの体を、車に積み込んだの。
強引に救急車の運転席へと侵入するアタシ。
とにかく、すごいアクションで、運転手を放り出し、救急隊員も振り落し、逃げようとするメルポメネーを無理やり主人公(仮名)ちゃんの横に乗せて、救急車を急発進。
そして、ガベジくんの目前で、つんのめりながら、救急車を止めたわ。
「来て!
主人公(仮名)ちゃんを、助けるには、アンタが必要よ!」
「むん……何が起こっているのか、よくわからないけど……ぼくでいいなら、手を貸すよ! と思う」
ガベジくんを後ろのドアから載せ、あたしは、膨大なチョウチョの集団を突っ切りながら、アクセルをべた踏みしたわ。
アポローンさん。
あなたが、アタシの命令違反を不快に思うなら、単にアタシを罰すればよかったのよ。
殴るなり、監禁するなり、クビにするなり……いっそ、殺すなり。
なのに、どうして、直接関係ないアタシのキャラを殺す必要があったの?
そういう、持って回ったやり方が、アタシはものすごく腹が立ったわ。
ここからは、もう、好きにさせてもらうから!
ノミと言えば、あれに刺されると、蚊の十倍くらいかゆいのよね。また、さされた跡もものすごく長い間残るの。初めてノミに刺されたときは、最初は何が起こってるかわからなかったくらいよ。だから、正直、いくらかわいくても、猫を飼おうって気には、全くならないわね。
ところで、次回の主人公(仮名)ちゃんは、どーなっちゃうのかしらね……?




