打ち切り獄門?
アポローンさんとアタシは、さっきのビルに戻ってきたわ。
後で知ったんだけど、森タワーっていうそうね。しかも、でかすぎて、先が細くなってると思っちゃったの。
すっかり間違えちゃった。知ったかぶりで、ごめんなさいね!
と、多くの人でにぎわっている中に、ビルの恐らく上層階から降りてきたと思しき、アベック(←古い? この言い方)が混じっているわね。
何となく高級そうな服装と、あと、その二人の、特に女性が周囲を見る目でわかるわ。
その目つきはね、「このゴミ虫ども、ガチで、うっぜー!」って言ってるのよ。
なるべく、自分の周りを埋めている不快な下民を見ないように、まるで目に移る光景を切り捨てるかのように、鋭い目つきを素早く動かしているわ。
でも、その眼は、一瞬、アタシとアポローンさんにくぎ付けになるわけ。
ところかまわずイライラを発散していた顔は、ぴしっとひび割れるようにひきつり……視線の先をあらぬ方向に、ぐぎっと捻じ曲げちゃう。
そうよ、それで正解。
だって、あなたとそのお連れ様って、完全にアタシたちに負けているもの。
アタシにとっては、あなたたちこそが下民なのよね。
うふふふ……ちょっと楽しいわね。
これで、アポローンさんが、本物のカレシだったら……。
とか考えているうちに、今度はなんだか食堂よ。
っていうか、ジャパニーズ・スシ・レストランね。
あいかわらず、しれっとしてほとんど口を利かないアポローンさんは、個室に収まるや、ちょこちょこっと店員さんに指示したわ。
そしたら、熱いお茶がすぐに出てきたの。
すっかり、お高そうな雰囲気にコーフンして、感激の言葉が口をついて出たわ。
「オ~ウ! ティーがグリーンね! ニガミがチリリと舌を引き締めまーす! お料理に真摯に向きあう気持ちが、溢れていますね~!」
次は、お料理が出てきたんだけど、小さな細長いライス・ボールに、生魚のスライスがトッピングしてある、とってもカラフルでプリティなフードだったわ!
「ヤム、イット!!! Oh、チョト、エキサイト、ギョウギ、ワルカッタデスネ~、ソリー、ソリー」
なんか、ヘンな外人になってしまったけど、もう大満足よ!
遠慮せずにガンガンいっちゃったわ、下駄?七枚分くらい。
あ~、もうハラいっぱいっすわ~。
「今度のピューティア大祭だけど」
唐突にアポローンさん。
ピューティア大祭っていうのはね、オリュンポスで時たま行われる、お祭りよ!
おもに芸術のいろんな分野で、腕に覚えのあるつわものが、腕を競うっていう、芸術のオリンピックみたいなものよ。
もちろんアタシも、喜劇を出品する予定。
アタシたち、ムーサイはこんな時しか目立てないから、みんな必死よ。
まあ、それはいいとして、突然なんなんすかねぇ、もうちょっと食後の余韻っつーのを、堪能させていただきたいもんっすねえ!
でも、ボスには逆らえないわ!
勤め人って悲しい存在よね。
「はい。順調に進んでおりますわ。今度の作品は、今回の大祭でテーマとして掲げられた、「オリエンタリズム」に即したものとして、ここ、日本を舞台にした作品を準備しておりますの。
今は下書きの段階で、登場人物はすでに仕込み済みです。
順調ですよ、ご心配なく」
アポローンさんはアタシを真正面に見ながら、でも全く無表情よ。
こちらの話に興味がないのが見て取れるわ。
アタシの報告を、バッサリ叩き落とすように、
「キミは今回の大祭には、出品しなくていい。
代わりに、メルポメネーのサポートに回ってくれ」
……え?
なにそれ……どーゆーこと??????
「うわ~、でかくなったな、ガベジ~!」
脇役(仮名)ちゃんは、小柄な体を伸びあがらせて、ガベジ君の頭に手を伸ばしたの。
でも、とどかないわ。
笑顔を保ちつつ、脇役(仮名)ちゃんの手を払いのけるガベジくん。
「むん……だいぶケバくなったけど、主人公(仮名)と脇役(仮名)はあんまり変わらないな。
でもちょっと痩せた?
小さくなったような気がする。と思う」
「バーカ! オメーがでかくなったんだろ?
昔は主人公(仮名)よりチビだったくせにさ。
つか、うちとどっこいそっこいだったじゃねーかよ」
そう言う脇役(仮名)ちゃんは、150センチ弱しかないけどね。
「むん……高校で背が伸びたんだよね。
だからこっちのことがわからなかったのかな。と思う」
脇役(仮名)ちゃんは、腕組みをして、お利口そうなふりをして、答えたわ。
「ちげーよ。
中学ん時、オメーもっとダサかったじゃん。
なに急に、さわやかになっちゃってんだよ。
カノジョでもできのかよ? ん?」
「むん……いないよ。
ファッション誌を見て、研究したから、その成果だよね。
脇役(仮名)も、美人になったね。黒いし、ケバいけど。と思う」
「黒いとか、けばいとか、ディスってんのか? おぉん?
うちが、気に入ってんだから、別にいいんだよ!」
なんだか、数年ぶりのブランクをものともしないで、ぽんぽんぽんぽんトークを弾ませる脇役(仮名)ちゃんを見ていると、やにわに主人公(仮名)ちゃんは、あせり始めたわ。
あう、あう、と割り込もうとするけど、なかなかチャンスがつかめないの。
そんな挙動不審の主人公(仮名)ちゃんに気付いた、脇役(仮名)ちゃんは、ふと口を閉じたわ。
ここぞとばかりに、話し始める主人公(仮名)ちゃん。
「わわわわたしもさ! 変わったよ……? ほ、ほらここ!」
言い終えるなり、長い髪をかき分けて、こめかみの下あたりにできた小っちゃい禿を二人に見せたわ。
ガチで? と言いつつ、背伸びして見上げる脇役(仮名)ちゃん。
微笑みのまま、そっとのぞきこむガベジくん。
「ぎゃはははははははははは!
マジかよ!
っつーか、なんか自爆しそうな空気出てたけど、これじゃ原発レベルじゃん!」
脇役(仮名)ちゃんは、大爆笑よ。
恥ずかしさと怒りで、顔を真っ赤にした主人公(仮名)ちゃんは、
「ひどーい! 笑いすぎぃ!」
と脇役(仮名)ちゃんに体当たり。
あっさり吹っ飛ぶ、小兵の脇役(仮名)ちゃん。
さりげなく、地面をごろごろ転がっているわ。
「むん……ちょっと見せてもらっていいかな。もしかしたら解決法があるかも。と思う」
ふくれっ面の主人公(仮名)ちゃんに、すっとガベジくんが近づいたわ。
主人公(仮名)ちゃんの髪の毛をかきあげて、小さなハゲに顔を近づけたのよ。
「え、待って、ちょっと、うそ、あの、そんな」
肉薄するガベジくんのイケメンフェイスに気付いて、わたわたあわてる主人公(仮名)ちゃん。
「むん……これは、自然脱毛だろうか、あるいは、ヘアーアイロンによるやけどかもしれない。と思う」
真剣なまなざしで、観察、分析するガベジくん。
吐息すらかかりそうな近くで、主人公(仮名)ちゃんの胸は高まっていたのよ!
さあ、これからどうするつもりかしら、主人公(仮名)ちゃん?
なにはともあれ、がんばるのよ!
……続きがあるなら、ね……。
はぁ(タメ息)。
こないだ大掃除したときのハナシよ。その部屋は何十年も使ってなくて、とにかくすごいホコリだったのよ。で、もう思いっきり掃除したんだけど、その次の日、熱出して寝込んじゃったわ。古いホコリって、猛毒なのかもしれないわね。
ところで、次回の主人公(仮名)ちゃんは、どーなっちゃうのかしらね……?