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夜明けを待つ  作者: 咲良
第一章 願い
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第九話 興味

アヤ視点

後半に、少し残酷な描写があります。

「これは何の実だ?」


 目の前にいるのは人間の男。

 宗孝というらしい。彼の護衛をしている男たちがそう呼んでいるのを聞いて、それがこの人間の名前なのだと分かった。

 

「ギンナン。殻を割って中の実を食べる。」


 何が面白いのか、賊に襲われていたところに出くわしてから、この男たちは度々森にやってくるようになった。いや、正確には宗孝が、なのだけど。他の男たちは、宗孝の護衛だ。彼が望むから仕方なくという感じでいつも一緒にやってくる。宗孝は私に気安く話しかけてくるが、彼らはそうではない。護衛として、妖である私を警戒し、周囲の森に目を光らせ、会話も必要最低限しかしない。


「ああ、これが銀杏か。実物は初めて見るな。」


 近くにあった実を手に取り、森に差し込んだ細い日の光にかざしながら興味深そうに見ている。

 今日も今日とて、山の端から日が姿を顕わし始めたばかり。松明を必要とはしないまでも、足元に気を付けなければならない程度にまだ暗い。

 面白い物など何もないだろうに、彼らが来るのは決まってこの時間帯だった。なんでも、一番自由に身動きが取れるそうで、公務に差し支えないとか。公務というのが仕事なのは分かったが、彼らが何をして生活しているのかなど興味がなかったので、それらしい話になると私は「へぇ。」と聞き流している。


「宗孝はこれを食べるの?」


 私はもちろん、モミジやワカバもギンナンは食べない。実を取り出すのが手間だし、中の実も食べられたものではないからだ。


「料理の中に入れてな。生食には向かないらしい。」

「へぇ、そうなんだ。」


 なんかいろいろ納得した。

 そうか。やはり人間もそのままでは食べないのか。でも、ギンナンを食べるための方法を見つけているのもすごい。

 それに、やはり人間は『料理』をするのか。ホムラから聞いたことがある。人間が、動物のようにそのまま食べることもあれば、『料理』という作業をして食べることもあると。私は実際に見たことがないので想像もつかないが、このギンナンは『料理』をして食べるものなのだな。


「じゃあ、料理を見せてくれないか。」

「は……?」


 思いもよらないことを言われたという顔をして、宗孝が私を見た。彼の周りを歩いていた安成たちも怪訝そうにしている。

 なんだろう。そんなに変なことを私は言ったのだろうか。

 私たちの歩みが止まったことに気付き、前を歩いていたモミジたちも足を止めた。彼らは妖である私とは意思の疎通がはかれるが、人間の言葉は分からない。ただ、こちらに来ないまでも、その小さな耳をぴんと立たせ、様子をうかがっていることが見て取れる。……若干、この状況を楽しんでいるように見えるのは気のせいだろうか。


「できないのか?」

「今、ここでするのは無理だな。道具も材料もないし、そもそも私は料理ができない。」

「え!? 料理ができない人間なんているのか。」


 道具がないというのは納得ができた。あと、他にも材料が必要だということも。私が『料理』を見たことがないのは、その作業をする場所が決まっていたからなのだろう。すごく興味があったが、できないものは仕方ない。

 けれど、宗孝は料理ができないということにはびっくりだ。同じ人間でも、できる者とできない者がいるのか。生まれ持った能力によるのだろうか…。ホムラはそこまで言っていなかったから、私は人間なら誰でもできるのだと思っていた。

 新しい発見に気分が高揚する。

 他にも色々聞いてみようと考えを巡らせていると、安成の怒声が響いた。


「そのような下々の者たちがすることを、この方がなさるはずないだろう!」

「まあ、落ち着けって。彼女は妖なのだから、身分などに疎くても仕方ないだろう。」

「…身分?」


 忠光の言葉が記憶に引っかかった。確か、以前にも聞いた言葉。そう、典秀が言っていたんだった。「言葉づかいに気をつけろ!」という安成に対し、「妖の娘に身分を説いても意味がない。」と。

 彼らの言う『身分』とは一体何なのか。


「簡単に言えば、人間の中での上下関係のことだ。」


 私の疑問に答えてくれたのは忠光だった。


「上に立つ者は下の者たちを守り、下の者たちは上に立つ者に仕える。だから、料理といった細々したものは下の者が行うし、上に立つ者に対して敬意を表さねばならない。」

「宗孝様は、上に立つ者だ。我々が生涯お仕えすると決めた唯一人の主。料理など、主の行う仕事ではない。」


 後を引き継ぐように安成が言う。忠光の言葉にひとまずは納得したようであるが、イライラがおさまらないようで語尾が荒い。

 私にとっては些細な疑問だったが、彼には自分の主に対する侮辱に聞こえたのだろう。

 身分とやらを考えければならないとは、人間は面倒な生き物だと思う。


「私は人間ではないし、宗孝に守られているわけでもない。」

「ああ、そうだな。だから、アヤは身分など気にしなくていい。気になることがあれば何でも聞け。」


 まさかの主からのお許しに、安成は不服そうだ。


「私はアヤにそのようなことを望んでいない。私にとって、この散策は息抜きだ。言葉遣いなど堅苦しいことは考えるな。」


 忠光らも何か思うことはあるのだろうが、ため息をつき、無言を貫く。


「本当にいいの?」

「そもそも勝手にこちらを訪れている身だ。妖である君にそれを押し付ける気はない。時々こうして私の息抜きにつきあってくれればそれでいい。」


 可笑しな男だと思う。

 その身なりから、それなりに裕福な生活をしている者であることは分かっていた。常に3人の供を連れ、気を抜いているように見せて油断なく辺りを探る様からも、身を守ることが習慣化している者であることもすぐに察せられた。


 最初の頃は、そのような者がくることが森にとって良いこととは思えず、ひたすら無視を決め込み、出会わないよう気を付けていた。

 けれど、宗孝はあきらめず、その後も幾度として森を訪れた。

 初めは、日が傾き始めた頃に。何度かそれを繰り返し、その次は日が沈み始める前に。何日かに一度の頻度であったが、それが2か月ほど続いた後、今度は朝方に来るようになった。

 そうなると、困るのは動物たちである。

 常に周囲を警戒しているとはいえ、こう頻繁に闖入者が訪れては気が休まらない。徐々にピリピリし始め、過剰に反応することが多くなった。


 本当に傍迷惑だった。


 だから、白い満月がまだ空に残っていたあの朝、私は彼らの前に立った。「この森から出ていけ。」という言葉と、多少の威圧を与えて。

 宗孝はそれでも引かなかった。「話がしたい。」「この森をどうこうするつもりはない。」と言って、私に近づこうとした。

 けれど、その前に足を止めることになる。傍にいた3人がそれを遮ったからだ。

 当然だ。妖に近づくなど、無謀としか言いようがない。人間の持つ刀など、妖の持つ能力の前には何の役にも立たないのだから。

 3人が言葉を尽くして宗孝を帰らせようとしていたが、彼は断固として頷かなかった。

 何が狙いなのか、いくら考えても分からない。初めて出会った時も、彼は親しげに声をかけてきたが、そうされるだけの理由が私にはない。やはり、半端者の私が珍しいのか。

 それ以上彼らに時間を取られるのが嫌になった私は、彼らを放置してその場を去った。

 その後も、度々彼らは森にやってきた。相手をするのが面倒になった私は、彼らを無視し続けた。

 終いには、私たちが毎朝泉に来ることを知り、その時間に合わせてやってくるようになった。

 宗孝は何やら興味津々に質問してきたが、私は答えるのが面倒で聞き流していた。すると、そんな私の態度がお気に召さなかったようで、何日かたった頃に安成が「無礼だ!」と激高した。

 何が無礼なのか分からない。

 いきなり押しかけてきておいて、無礼も何もないだろう。

 勝手な言い分を押し付けてくる安成に苛立ちが募り、目が険しくなる私を見て、典秀が慌てて安成を止めにかかった。

 あの時、典秀が入らなければ、私は安成を排除していただろう。

 動物たちが人間の血を嫌うので、ホムラの刀と爪は使わない。ただ、聞き苦しい悲鳴がこぼれないように口を封じ、刀を握る彼の手の骨を折るだけだ。もう二度とこの地に来れないように足を潰すのもいいな。大事な仲間がそんな目に遭えば、彼らももう来なくなるだろう。

 常日頃、弱い人間を痛めつける妖など野蛮だと思ったいたにもかかわらず、その時はそうすることが正しいような気がしていた。

 私自身、相当イライラしていたのだと思う。

 そんな私の意識を引き戻したのは宗孝の放った言葉だった。


「私は友人に会いに来ているのだ。」


 誰が、誰と?


 おそらくこの場合、友人とは私を指していたのだろうが、理解するまでに随分時間がかかった。

 3人も心情的には私と同じようで、呆気にとられた顔をしている。

 私は何も聞かなかったふりをして、モミジたちとヤマブドウ探しをした。宗孝たちも特にそれには触れず、しばらくは行動を共にし、時間が来るといつものように帰って行った。


 人間の考えることは分からない。


 それから、また何日かして彼らが現れ、そんな朝を何回も繰り返した頃、いいかげん無視し続けてることに私も飽きてきて、気が向けば返事をするようになった。

 何が楽しいのか、朝にやってくるようになってすでに2か月がたつ。

 初めてこの森にやってきて、彼らと出会ってから約半年。ここでの生活にも随分慣れた。

 今では、彼らと過ごすこの時間も自然と受け入れることができている。慣れとは恐ろしいものだ。

 動物たちも、この時間にこの場所を避ければいいことがわかり、以前のような緊張感はない。モミジやワカバに至っては、宗孝に自分の毛皮を撫でさせるほどである。その順応力の高さには感服させられるばかりだ。

 かくいう私もこの時間を嫌っているわけではなく、今日のように新しい発見を得られた時には嬉しいとさえ感じている。

 宗孝は、私を忌避しない。恐れることなく、気軽に話しかけてくる。身分のせいか、完全に警戒を解いたわけではないようだが、それでも十分に気安い関係になったと思う。

 あとどのくらいここにいられるか分からないが、もうしばらくこの時間を楽しみたいと思う自分がいるのも事実で、今日もまた彼らと一緒に朝日の差し込む森の中を歩くのだった。

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