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夜明けを待つ  作者: 咲良
第一章 願い
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第七話 撃退

アヤ視点

 森の中を走る私が最初に目にしたのは、見え隠れする細長い光だった。白い光はゆらゆら揺れ、近づくにつれて徐々に大きくなっていく。

 血の匂いが流れてくるのも、その光の方角だった。

 だから、その原因を確かめるために、まっすぐに光に向かって駆けて行った。

 そして、走り続けて幾ばくもしないうちに目的地まであと少しとなり、その光の正体が気付いた。


 刀だ。


 人間の男が刀を振り上げ、その刃に月の光が反射していたのだった。男は黒布で顔を隠している。そして、その前には木の根元に蹲るもう一人の人間。顔は見えないが、服装や体格からこちらも男であることがすぐに分かった。そして、蹲っている男の方から強く血の匂いが漂っていた。


 こいつらが原因か。


 不快感に眉をしかめる。

 血の香りに気付いて走り始めてからまだ少ししか経っていない。けれど、その間に森の中を吹き抜けた風によって、この匂いはだいぶ先まで広がってしまった。

 当分の間、動物たちは緊張を強いられるに違いない。特に、この辺りには近寄りもしないだろう。

 平穏な森に物騒な気配を持ち込んだ原因の男たちに、言いようもない怒りが湧いた。

 そして、こちらの気も知らず、覆面の男は持ち上げていた力を入れ、刀で身を守ろうとする男に一気に刀を振り下ろした。


 これ以上、血の匂いを広める気か!


 怒りが沸点を超えた瞬間、私は男に向かって跳躍した。刀が相手に食い込む直前に、その刃をホムラで受け止める。

 突然の闖入者に覆面の男は息をのみ、腕に込められていた力が少し緩んだ。その瞬間を逃さず、止めていた刀を払い上げ、男の両腕をつかみあげる。男は咄嗟に振りほどこうとしたが、その程度の力では私に敵うはずもなかった。


 大人しくしていろ。


 これ以上、血を流すわけにはいかず、私は男の両腕の関節に手を当てる。それを見て、何をされるか男は悟ったようだが、抵抗する間を私は与えなかった。


「うあああああ…!!」


 身体のバランスを失い、男が地面に倒れこむ。あまりの激痛にのた打ち回り、泣き叫ぶ声が森に響き渡った。男の両腕はありえない方向に曲がり、もはや自らの意思で動かすこともままならなかった。


 煩いな。


 聞くに堪えない呻きを止めるために、力いっぱいその腹を踏みつける。すると、男は「があっ!」と一声上げて、さっきまでの騒ぎようが嘘のように静かになった。

 足をどけ、顔を覗くと、男は白目をむいて気絶していた。

 力なく伸ばされた腕や足と相まって、下手な人形が地面に転がっているようだった。

 辺りが静かになったことに満足し、視線をもう一人の方に向ける。

 左手で肩を抑えた男は、目の前の惨状に声なく佇み、驚愕に染まった目でこちらを見ていた。


 さて、こっちはどうしようか。


 刀を握っているが、目を見開いたままピクリともしない。

 気絶させてもいいが、こっちの男は怪我をして、血の匂いを纏っていた。このままここに放置するわけにもいかない。

 かといって、わざわざ運んでやるのも面倒だ。担いでいるうちに、その匂いが私に染みついても困る。

 数秒か、数分か。

 私たちはお互いを見つめたまま、ただ静かにその場に留まっていた。

 そして、その沈黙は唐突に破られる。


「宗孝様!!」


 微かな足音と共に、名を呼ぶ声が聞こえる。

 声のする方に顔を向けると、刀を持った男がこちらに走ってくるのが見えた。


 次から次へと面倒な…。


 男たちの関係などどうでもいいが、これ以上の厄介は遠慮したい。

 早くこいつらが去らねば、動物たちは落ち着かないだろう。


 とりあえず、こいつも動けなくしてやるか。


 向かってくる男の方に体を向け、腕を軽く持ち上げる。

 私の反応から、自分が標的になったことが分かったのだろう。男の表情はより一層険しくなり、刀を握る手に力が加わった。

 相対するまであと数秒。

 少しでも早くこの茶番を終わらせるために、私は獲物の首に狙いを定めた。

 そのとき。


「止まれ、安成!」


 後ろから大きく張りのある声が響いた。

 それと同時に、肉薄していた男が動きを止める。

 距離にしてあと数歩。


 もう一歩踏み出していれば、別の意味で止めてやったものを。


 残念な気持ちが、ため息となって外に出る。

 その音を聞き取り、動きを止めた男は憎々しげな視線を向けてきた。

 なぜ自分が止められたのか分からないのだろう。しかし、それは私とて同じこと。

 イライラする気持ちを隠しもせず、私は後ろにいるであろう男の方を向いた。


「邪魔をしてすまなかった。」


 立ち上がっていた男が、そう詫びてきた。


「我々は、これ以上ここでどうこうするつもりはない。だから、その手を収めてくれないだろうか。」


 男の視線が私の手に向けられる。

 ホムラからもらった刀は、相変わらず腰に下げたままだ。刀を使えば、さらに血の匂いが濃くなるからな。

 だから、私は素手で仕留めるつもりだったし、すぐさま掴めるように指を開いたままにしていた。

 男の言葉を聞き、ちらりと視線を後ろに向ける。

 「我々」といったからには、先ほどまで臨戦態勢だった男はこいつの仲間なのだろう。けれど、この状況で素直に引き下がるかどうか。

 私の視線の意味を悟ったのだろう。


「安成!」 


 後ろにいる男のものであろう名を呼ぶ。

 呼ばれた男は、なぜそうするのかと怪訝そうにしながらも、私への警戒は解かぬまま刀を鞘に納め、名を呼んだ男の元に走り寄った。


 宗孝とやらが、この者の主か。


「これで納得していただけたか。」


 主の男は重ねて問う。

 従者は、主の態度に何か思うところがあるようだったが口を挟まず、ただ静かに私の動向を注目していた。


 これ以上煩わせぬというのなら、それでもいい。


 身体の力を抜き、主の男をひたと見つめる。

 私の視線に男は軽く体を揺らしだが、すぐに持ち直し、再び口を開いた。


「前に会った娘だな。」


 何のことかわからず、私は首を傾げる。


「覚えていないのか。3か月前だ。この森の東の方で君と会った。わき腹から血を流していたので傷薬を渡そうとしたが、君に受け取ってもらえなかった。」


 男の言葉を聞き、ふとその時のことを思い出す。


 そうだ。

 確かに私はこの男に会った。


 妖である自分を見ても取り乱さず、それどころかそこに留まり話しかけてきたのだ。

 これまで会った人間の中でそのような行動をとったものがいなかったので、不可解な行動に困惑したのを覚えている。

 

 なぜ普通に話しかけられる? ――――普通は怯えるのに。

 なぜ痛ましそうな顔をする? ――――私がどうであろうと、お前たちには関係ないのに。

 なぜ薬を差し出す? ――――薬などなくても、傷などすぐにふさがるのに。


 薬が本物であるという証拠はない。かといって、命の危険を冒してまで、毒を渡そうとしたとも考えにくい。

 薬も毒も、妖にはあまり効果の無い物だからだ。

 もちろん目の前にいる者がそれを知らなかったという可能性もあったが、どちらにしろ敢えて何かを渡そうとする理由が分からなかった。

 それゆえ、私は男を無視した。


 もう会うこともないと思っていた者にここで再会するとは。


 言葉には出さないが、内心私はひどく驚いていた。

 確かによくよく見てみれば、外見的特徴は一致する。

 凛々しい眉に、力強い目。鼻はすっと通っており、肉の薄い口元が優しげだ。無駄な肉はついておらず、細身でありながらも鍛えられた体であることが覗える。

 黒い髪や黒い目は人間の一般的な特徴なので基準にはならない。

 けれど、その身に纏う雰囲気があの時の男であることを確信させた。


 そういえば、あの時も今みたいに何人か従者を引き連れていたな。


 後ろに控える男もあの時に見た顔だと、ついでのように思い出した。

 私が一人思考に耽る中、目の前の男たちは静かにこちらの反応を覗っていた。

 主の男は無言を続ける私に苛立つことなく、問いを重ねた。


「思い出したか?」

「ああ。」


 尋ねる声に頷き、再び視線を合わせる。


「変わった人間だな。私に話しかけるなど、そんなことを進んで行う者などいなかった。自殺願望でもあるのか?」

「いや、ない。強いて言えば、興味か。」


 主を侮辱する発言に従者の男がいきり立ったが、守られる男は平然と受け止め、さらに言葉を返してきた。


「興味?」

「そうだ。そなたなら話を聞いてくれるような気がした。いきなり現れた私たちに力を振るうこともなく、理知的な目を向けてきたそなたなら。だから、心のどこかでは、もう一度会ってみたいと思っていた。」

「宗孝様!」


 主の発言を咎めるように、従者が鋭く声を上げた。

 まあ、驚くだろう。守るべき相手が、妖に近づくことを望んでいたと言うのだから。

 私は彼らに興味はなかったが、他の妖なら違う反応を見せただろう。脅かすか、甚振るか。下手をすれば、命を落とす可能性があった。

 それなのに、この男は会ってみたかったと言う。


 ただの人間から見ても、私は異端なのか。


 何気なく発した言葉だったのだろう。

 しかし、その言葉を聞いて、私は人間にすら見下されているのかと笑いたくなった。


「すぐに去れ。そこに倒れている男を連れて、だ。」


 男たちに背を向ける。そして、元いた場所に向かって走り始めた。

 後ろから男たちの声が聞こえたが知ったことではない。

 不快な気分を持て余したまま、私はその場を後にした。

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