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夜明けを待つ  作者: 咲良
第一章 願い
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第五話 微睡

アヤ視点

 森を一望できる大木の頂に腰掛けて目を閉じ、私は肌をかすめる風を感じていた。

 すでに日は沈み、辺りは静寂に包まれている。時折風が草木を揺らすが、その音はこの静寂に変化をもたらし、心地よい微睡みへと私を誘うようだ。


 今日ももう終わりを迎える。


 妖の活動時間は特に決まっていない。動きたい時に動き、休みたい時に休む。それが妖の常である。

 私は、明るい時間に起きているのが好きなので、たいていは人間のように夜に休み、日が昇ってから動くようにしていた。


 妖の力は個体差があり、同じ種族であっても、妖力の強い者もいれば弱い者もいる。体力もそれに比例し、妖力の強い者は休息をそれほど必要としないが、弱い者はこまめに休みをとる必要があった。

 ただし、休みをとるといっても人間のように寝るわけではない。

 目を閉じて自然を感じる。そして、周囲を漂う生命力を体内に吸収することで妖は体を休め、自身の力を強化していた。

 

 私はマザリモノだから、並みの妖よりも休みをとる必要があった。時間にして、約二刻。日が沈んでから月が中天に差し掛かるまでの時間、私は森の中央にある大木に上り、体を休める。

 戦う時はホムラの刀のおかげで妖力が増すが、平時の私の妖力はそれほど強くない。だから、妖と戦った後や妖力を大量に消費した時には、その後数日間連続して休まなければならなかった。

 

 今日の風は、少し暖かいな。


 膝の上に置いていた手を軽く上げ、風を捕まえるように握りしめる。

 目で見ることは叶わないが、温かな何かが自分の中に溶けこみ、それと同時に身体が軽くなっていくのを感じた。そして、その感覚を手放さないよう、ゆっくりと時間をかけて力を集めていく。


 一刻も続ければ十分かな。


 この森に来てからおよそ三月がたつが、まだ一度も他の妖と出会っておらず、妖力を大量に消費することもない。

 少し前まで毎日のように襲撃を受けていた私にとって、この森での暮らしはひどく平穏なものだった。


 近いうちに、またホムラに会いに行こう。


 とても気まぐれで、一つのところに長居できない兄。

 一度出かけると、遠くまで足を延ばし、興味が湧いたものがあれば得心がいくまで堪能し、なかなか帰ってこないのが常だった。

 だいたい一月くらい。長い時は一年ほど帰ってこないこともあった。そして、いつもと同じように「よく来たな!」と言うのだ。

 ホムラにとっては、一か月も一年も大差ないのだろう。


 何百年を生きる妖にとって、時間の感覚はひどく曖昧なものだった。

 休みたい時に休み、動きたい時に動く。

 妖のほとんどが、永い永い時間を持て余しており、目的を達成するために何日かかろうとも、彼らにとっては大きな問題ではなかった。

 むしろ、有り余った時間をいかにして過ごすか。

 時に、他の妖と縄張りをする。

 時に、他の妖と交わり、快楽に耽る。

 酔狂なものは人里に紛れ、田畑を耕し、人間のような生活を送っていた。

 木の実や肉を食べることもできるが、妖は生命力を体内に取り込むことによって存在を保っているので、人間や動物のように食べなければ死ぬということもない。生命力を取り込めない状況の際に、その代替措置として摂取することもあるが、それによって取り込める生命力はごくわずか。妖力を回復しなければならない緊急時では非効率的すぎるため、妖んも世界では嗜好的な行為として考えられていた。

 睡眠も排泄も、妖には必要ない。

 人間にばれないように人間のように生活するというのが、彼らにとっての暇つぶしなのだろう。

 逆に人を襲う妖は、退屈に飽いてしまったものたちだ。

 妖を目にした時の彼らの驚き、圧倒的な力を振るわれた時の驚愕、命の危険を感じた時の恐怖など。彼らが浮かべる表情やその反応は、妖の生を面白くする一種のスパイスとなり、血や争いを好む者たちに好まれた。

 マザリモノを排除するという行為も、ある意味、彼らの退屈を紛らわせるためのものでしかないのかもしれない。


 まあ、わたしは今の生活を気に入っているのだけど。


 少し前から住んでいるこの森はなかなかに広い。高い崖もあるし、小さな滝ができている泉もあった。森の中を散策したり、時々出会う動物と話したりするのが、今の私の日課だ。


 それに、動物はいい。

 種を残すために争うことはあるけれど、基本的には穏やかで、子を育み、仲間と生活を共にする。

 この森に来て特に仲良くなったのは、女鹿と小鹿の親子だった。牡鹿は随分前に人間に矢を射られて死んだらしい。澄んだ水が流れる泉が彼らのお気に入りの場所らしく、そこで出会って何度目かの時に、小鹿の方が教えてくれた。

 何度も会うので「何と呼べばいい?」を聞くと、「好きにしろ。」と女鹿が言った。だから、私は赤茶色の女鹿をモミジと呼び、その子どもの小鹿をワカバと呼ぶことにした。

 あの2人と会うのは楽しい。花がきれいな場所や、山菜がたくさん生っている場所を教えてくれたのも彼らだ。

 「私が怖くないのか?」と問うと、「お前からは争いの匂いはしない。」と答えた。

 見下すでもなく、恐れるでもなく。当たり前のように、対等に接してくれるのがすごく嬉しかった。だから、できるだけ長く、この穏やかな時間が続けばいいと思う。


 明日は、何をしようかな。


 苺摘みはこの前やったばかりだ。――――2人は摘まずにそのまま食べていたが。

 魚獲りももういい。――――素早い動きにキレた私が泳いで逃げる魚をスパッと切ってしまい、2人がカンカンに怒っていた。

 谷の散策も…ワカバがまた足を踏み外しては堪らない。

 ワカバの落下に気付いてすぐに助けたが、崖の上で待っていたモミジは半狂乱で、落ち着かせるのに半日かかった。谷に落ちかけたことよりも、母の怒りの方が怖かったというワカバの気持ちにも共感する。

 『面白いこと』はホムラに教えてもらったのだが、どうやらモミジたちには合わないようだった。だから、彼らと何をして過ごそうかと毎日夜に考える。

 最近はその作業も楽しみの一つで、翌日がくるまでの真っ暗な夜も退屈せずに過ごすことができた。


 ふと、意識を体内に流れる妖力に向ける。

 久しぶりに休んだことで、体内を流れる妖力が濃くなり、体の隅々まで力が溢れているのを感じた。とてもいい感じだ。早く朝になって、2人と遊びたいと思う。

 軽く息を吐き、自然に溶け込ませていた意識を引き戻す。

 それと同時に、北風がまた私のいる木々の間をすり抜けていった。けれど、先ほどとは異なる気配が気になり、とっさに開いた目を北に向ける。


 血の匂いがした。

 人間の血の匂い。

 それも一人や二人ではない。


 身体を横たえていた木の枝から辺りを見回し、匂いが流れてきた方角を確認する。

 時刻はすでに夜中。人間が気軽に出歩くような時間ではない。

 妖の気配はしない。少なくとも、人間が妖に襲われているわけではなさそうだ。

 モミジなど、動物の声も聞こえない。森を取り巻く空気から、彼らが息をひそめ、件の方角を警戒しているのが伝わってくる。今のところ、彼らに被害はないようだ。

 とすると、人間同士の争いか。もしかしたら、迂闊な人間がただ怪我をしただけかもしれないが。

 変な匂いを森に巻かれては困る。ここには、たくさんの動物が暮らしているのだ。血の匂いがする場所を彼らは嫌う。その匂いが消えるまで彼らはその場所には近づかないだろう。今だって、風に乗って流れてくる血の匂いに体を強張らせているはずだ。


 まったく、風上で迷惑な…。


 持たれていた幹に手を置き、体を起こす。

 腰にホムラからもらった刀があるのを確認した後、軽く膝を曲げ、眼下に広がる闇の中に身を躍らせた。

 

妖は自然の生命力で存在を保っているので、動物の言葉は話せずとも意思を読み取ることができます。

モミジやワカバ以外の動物と会うこともありますが、アヤに興味がなかったり、怯えて逃げたりと友好関係を築けず…。

話相手になってくれたのは、怖いもの知らずな彼らだけでした。


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