第四話 懸念
宗孝視点
「とうとう明日ですね。」
沈みゆく夕日を眺めながら呟いたのは安成だった。
宗孝は足を止め、後ろを歩いていた彼を見つめる。
「万が一、事が起こった場合は、御身の安全を第一にお考えください。」
こちらに視線を向ける彼の瞳には、決意の色が宿っていた。
妖の娘と遭遇した日から3か月が過ぎた。
自国内で妖が目撃されたことを受けて、その翌日には上位の家臣を招集。
彼女は妖だ。人間なんて比較にならないほど強い。
そんな娘が少なからず血を流していた。
相手が人間の仕業であるはずがない。
彼女よりも強い妖、あるいは複数の妖に襲われたのだろう。
血が止まり切っていない傷の新しさから見て、その相手がいたのは国内か周辺国。
人里に出てくるかどうかはわからないが、我々は万一に備えて自衛しなければならなかった。
比較的大きな町には警備として配置している人材を増強することが決まった。
妖が目撃された場所およびその周辺に立ち入らないよう、出かける際には暗い時間帯を避け、複数で、比較的人の多い道を通るよう国中に呼びかけた。
かくいう我々も、国政を預かる立場ゆえ、不用意な外出は避け、融通のきく視察・外交等は変更や延期を行うようにした。
あれから3か月。
今のところ特に被害は出ていない。
妖の目撃情報もなく、平和に日々が過ぎたことで、皆の緊張も徐々に弱まってきている。
妖の気まぐれさを考えると、たかが3か月で判断を下すのは早計かとも思われたが、これ以上日を伸ばして我が国の防衛力に疑問を持たれるわけにもいかず、延期されていた隣国への訪問を明日行うことが10日前に決定した。
向かうのは、叔母上が嫁いだ西国。
かつては敵対関係にあった国だが、叔母上との婚姻を契機に、今では比較的良好な関係を築くことができている。
やっと手に入れた平穏だ。
その関係を壊さないためにも、なるべく早く訪問を行う必要があった。
けれど、ここで浮上した問題。
それは、西国までの道程だった。
かの国と我が国の間には険しい山がそびえている。それゆえ、訪問する際には山を大きく迂回する必要があり、その際には例の森のそばを通らなければならなかった。
山の南を回る方法もあるにはある。しかし、その道は他の2国を通っており、経費も手間も桁違い。
そして最も大きな問題は、それだけの手間をかけてまで南を選ぶことで、“北は危険”と他国に宣伝してしまうことだった。
自国の益をとるか、保身をとるか。
家臣たちの意見も大きく分かれた。
最終的には、精鋭部隊を派遣し、妖が目撃されなかったことから、北回りで訪問することにした。
また、警護の者を増やし、日の高い時間にそこを通過できるよう行程を調整するなど、できるかぎりの手を打った。
「気を引き締めるのは大切だが、余裕はなくすな。いつも通り、最善を考えて動け。」
妖との遭遇の可能性はゼロではない。
けれど、道中の安全を確保するのは、どの訪問においても同じである。
今回は、警戒対象に妖が追加されただけ。
まして、3か月前の遭遇によって危機感が高まったが、妖に対する警戒は常にある。
視覚的に認識されていなくとも、接近したことがないとも言い切れないのだから。
「そなたらの力を信じている。明日も全力で事にあたれ。」
「「はっ!」」
外はすでに闇に包まれている。
城内の各所で篝火がたかれ、兵が2人組になって見回りを行っている様子が見てとれた。
明日のこの時間、我々は西国の宿場にいるはずだ。
その翌日には西国の城で叔母上らと対面。
その3日後に帰路につく。
この城に帰ってくるのは、7日後になる。
何事もなく、今回の訪問も無事に終わることを祈って、私たちは眠りについた。