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夜明けを待つ  作者: 咲良
第一章 願い
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第三話 帰郷

アヤ視点

 この場所を訪れるのも久しぶりだ。

 あの人は、どこに行ったのだろう。


 足場の悪い岩山を駆け上がり、山頂近くに出る。

 振り返れば、眼下にはごつごつした急な斜面と深い深い谷。すでに日が沈んでいるので、辺りは闇に覆われている。谷の底には川が流れているのだが、今いる場所からは死角になっており、その様子を見ることはかなわなかった。ただ、勢いよく流れる水の音がここまで響いている。谷の向こうにはこれまた鬱蒼とした森が広がっており、その終わりは視界の遥か向こうにあった。

 人間が国と呼ぶ場所の奥にある妖の世界。

 軟弱な人間なら、森に足を踏み入れればその広大さゆえに迷い、自然の厳しさや己の力の無さに挫折する。

 このような場所はこの大陸の中にいくつもあるが、私が訪れたいと思うのはここだけ。

 なぜなら、ここにはあの人がいる。

 気まぐれに人里に出たり、鬱陶しい輩の住む里を襲ったりと、しばしば出かけていて会えないこともあったが、彼は必ずここに帰ってきてくれた。


「アヤ!」


 その声とともに、背後に私の身長の倍以上もある男が降り立った。


「ホムラ!」

「よく来たな。長く待たせたか?」

「ううん。さっき着いたばかり。今日はどこに行っていたの?」


 腕を広げて歓迎の意を示す兄の足元に駆け寄る。

 傍によれば、私たちの大きさの違いは明らか。立っている私の頭は、屈んだ兄の膝辺りまでしかない。だから、彼の顔を見るために、私は首が痛くなるくらい上を向かなければならなかった。

 そんな妹の様に兄は苦笑し、掌に私を乗せて目の前まで持ち上げてくれた。


「ん?・・・ちょっと、な。」

「どうせ、狐か狗のところでしょ。ホムラが相手してやることもないのに。物好きね。」

「あまりにも目障りだったんでな。」


 「大人しくさせてきた。」と、何でもないことのように兄は言う。

 それを聞いて、私は気付いてしまった。兄は、私のために動いてくれたのだということに。


 狐と狗はそれぞれ里をもっており、一族でかたまって暮らしている。そして、考え方や好みが似ており、一緒に行動することも多かった。好戦的な面があり、人間の血を好む傾向にある。

 けれど、それだけならばわざわざ兄が動くはずがなかった。

 兄が、格下の妖を相手にした理由。

 それが、『私』だったのだろう。


 先日、狐と狗の集団が私の住処にやってきた。目障りな私を消すために。私が、妖の父と人間の母との間に生まれた『マザリモノ』だったから。

 人間を道端の石、あるいは餌と考えている彼らにとって、人間を一時でも性愛の対象とするような妖は侮蔑の対象であり、人間と妖の間に生まれた私は嫌悪の対象だった。

 いくら妖しに近い力を持とうとも。どれほど人間に近い姿を持とうとも。

 身体を流れる人間の血の香りによって、妖からは蔑まれ。人間では持ち得ない色彩や気配によって、人間からは忌避される。

 『マザリモノ』の存在自体が許せず、見つけ次第手当たり次第に始末する妖もいた。

 狐や狗もそのように考える種族で、それまでにも何度か狙われたことがあった。

 一人一人なら大したことはない相手。狐や狗は生粋の妖だったが、個の力としては私の方が強かった。

 父がそれなりの格をもつ妖であり、微弱ながらもその力を私は受け継いでいたから。また、私の力を増幅するために、兄が彼の妖力を込めた太刀を私に持たせてくれていたから。

 二人のおかげで、私は自分で身を守ることができていた。


 けれど、十日前はちがった。

 敵の数が多く、幻が得意な狐と動きの早い狗の連携によって、脇腹に傷を負った。

 今後同じことがあっては迷惑なので、その後で全員の息の根を止めておいたのだが、兄も手を打ってくれたのだろう。

 半分だけしか血がつながっていない『マザリモノ』の私にも優しくしてくれる兄。

 すでに大妖と呼ばれるほど長生きし、並みの妖では太刀打ちできないほど強い力をもつ自慢の兄。

 この兄がいたから、私はここまで生きることができた。

 私は、兄が大好きだった。


「久しぶりに来たんだ、ゆっくりしていけ。」

「そろそろお嫁さんでももらったら?」

「あと100年くらいしたらな。」


 ・・・。

 すでに800歳を超えているくせに、まだ番を見つける気にならないのか。


 100年前と全く変わらない返事に、私はため息をついた。

 人間と違って、妖は血を残す必要はない。だから、別に番がいなくても特に問題はないのだ。

 でも・・・。

 ホムラは未だに、私を子ども扱いする。

 私は、今年で118歳。すでに大人だ。生まれ持った力と彼の太刀のおかげで自衛もできる。

 なのに、今回のように私に危害を加えようとする(した)者がいることを聞くと、自ら進んで報復に向かおうとする。

 兄にとっては、まだ私は子どもの頃のまま、庇護すべき存在なのだ。

 兄の関心を嬉しく思いつつも、足手まといにしかならない自分がひどく情けなかった。


「アヤの方はどうなんだ?」

「・・・何が?」


 兄の声に、ふと我に返る。


「いいと思う奴はいないのか?」


 にやにやしながら聞いてくる彼に、これ見よがしに肩をすくめる。


「興味ないわ。それに、『マザリモノ』に好意をもつ者がいると思う?」


 これは本音。

 生まれてからこのかた、父や兄以外で人(妖)並みに扱ってもらったことなどなかい。

 母は、私が赤子の時に死んだらしく、その面影すら記憶になかった。

 それ以外に会った者たちは私を嫌悪するか、無視するか。ひどい場合は、命を狙って襲ってきた。

 人も妖も、私の敵。

 それが私の生きる世界。

 3000年生きた父は何十年か前に死に、私を受け入れてくれる人はもう兄しか残っていなかった。


 私の返答に不機嫌になる兄に苦笑し、その頬に身を寄せる。

 温かな体温。

 できることなら、兄が番を見つけた後も、時折はこうして会えますように。

 兄がいるから、私は生きていける。

 そして、いつか兄の役に立てますように。

 今、私が望むのは、それだけだった。

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