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九冊目・和宮御留 有吉佐和子

   有吉佐和子・和宮御留


 今度はがらっと傾向を変えて日本の女流作家の作品にしました。

 有吉佐和子の作品は全部読んだわけではありませんが、一番好きな作品が本作の和宮御留です。この作品の最初から最後まで全部好き。何度繰り返して読んだかわからないぐらいです。

 物語のプロットの運びといい表現の重厚さ、登場人物の思考や行動の書き分け、セリフの言い回しといいケチをつけるところが全くありません。まわりの景色や心理、色彩を読み手に想像させるその仕掛け。狭い御所内での女官同士の陰湿な当てこすりを丁寧な御所言葉を使って言わせる下り、何も説明されないまま和宮の身代りになってしまったフキを軸に周りの登場人物の造形や心象をがっちりと食い込ませてしっかりとからませる。

 しかも一章ごとに盛り上がりと見せどころがある。登場人物の視点が移り変わっても不自然さもなく読みこむことができて、それぞれの立場や主張、感情になるほどと思わせる。クライマックスのフキの哀れな発狂が真実吐露になるのに真実にならない、吐露にならないその恐怖。身代りの身代りをたてるその素早さ巧妙さ。それがつながって大長編になっているのに長さを感じさせずぐいぐいと先を読ませるその技術。文豪作品はかくあるべしと思う文豪の作品です。 

 この作品の連載途中から和宮降嫁は実は小説の通りの身代りだったのではないかという歴史論争が始まったそうです。そういう論争で世間を騒がせることができるのは作家冥利につきると思います。真偽は別として真実はそうではないか、そう思わせるその迫力。物語に齟齬もなく読ませるその実力。私ごときは逆立ちしたってかないません。ネット小説の最底辺の立場から上空高く光り輝く本作品を仰ぎ見ております。


 名シーンがとても多い。

 フキに付き添う女官、能登のとのとまどい、あの宮さんはほんまの宮さんやろか……それをたしなめる女官、庭田嗣子にわたつぐこもまた悩む。和宮の叔父である橋本実麗はしもとさねあきらもお屋敷の下働きであったフキがいつのまにか降嫁の身代りになってびっくり、だけどもうどうにもならぬところでそのまま降嫁になだれ込む。

 フキは無学で文字を書けない少女だった。初めて教えてもらった仮名文字が「かず」。その言葉を読めるようになったことで、和宮の身代りを自覚する。頼る相手もないまま、逃げ出す術も知らず発狂するまで健気に耐える。とりあえず生きて呼吸をするだけの存在。高貴な存在とは一体なんであろうか。降嫁に付き添って従う数多くの女官は和宮が和宮でないことすら誰も知らないのだ。

 降嫁の旅の途中から江戸方の花園と京方の女官同士の確執が始まる。江戸の言葉と京言葉のかけあわせの妙味、どれをとっても登場人物の立場と個性が際立っている。

 哀れなフキは少進しょうしんにだけは心許すが、フキの我慢の糸が切れて「あては宮さんやおへん」 と叫びだすと、この少進は迷わず「何を仰せられます」 とフキの口を袖でふさぐのである。この女は誰が和宮であっても関係なく和宮という尊称に誇りをもって仕えているのだ。そのあたりの考え方が最後の最後でしっかりとわかり、一番訳がわかっていてうまく和宮を降嫁させて亡くなるまで仕えた少進の生き方がかえってお見事です、と拍手をしたいぐらいに胸がせまる。これも有吉佐和子ならではの筆の妙技だとつくづく思う。

 リスペクト尽くしの文章になりました。和宮関係の本はもう本作を読むだけで満足しています。すごい。






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