八冊目・ドリトル先生シリーズ ヒュー・ロフティグ
ヒュー・ロフティング 「ドリトル先生シリーズ」
またまた私が幼いころに魅了されたシリーズです。
ドリトル先生のシリーズを書いたロフティングは想像上の世界観のスケールの大きさ、豊富さでは世界一ではないだろか。
このシリーズの主人公ジョン・ドリトル先生はもともとは人間の医師ですが動物が大好きで動物語がはなせるということで動物の医師でもありました。だけど世間には変わり者扱いされ、一緒に住んでいた実の妹のサラもあきれて寄り付かず……ドリトル先生の広い家の管理は腹心の部下である動物たちが管理するようになりました。
物語はここから始まります。
オウムのポリネシアが先生の一番の相談相手であり、彼が「動物語」 をドリトル先生に教えたのです。ポリネシアは複数の動物語を話せるのでそれをきっかけにドリトル先生は未知の領域に入る。結果ドリトル先生はありとあらゆる動物、最終的には虫とも話せるようになります。
動物が人間の言葉を語り、考えて行動するというのは童話の世界ではそれこそ腐るほどあるが、ロフティングの怒涛の想像力は本をはみだして読者をその世界にひっぱりこむような感覚がする。現に私は小さいころ野良犬に話しかけ、スズメにも話しかけ、意志の疎通ができないかとドリトル先生のように友達になれないかと努力していました。
ドリトル先生のように動物の友達をたくさん持ちたかったのですね。
シリーズには忠実な部下の犬のジップ、家政婦役のやさしいアヒルのダブダブ、お金の管理はフクロウのトートー、ちょっと抜けた豚のガブガブ等の固定メンバーの他、たまに登場するスズメのチープサイド、各シリーズだけに登場するキャラクターも大勢出てきます。人間はトーマス・スタビンズという少年、怪しい猫肉屋のマシュー・マグ。その奥さんは知恵者、ドリトル先生の実の妹でありながら動物狂いの兄に呆れて家を出たサラ。サラもおもしろいことにドリトル先生が窮地にあるときに限って登場します。元々ドリトル先生は家柄がよかったらしく、大勢の動物たちがいても大丈夫な広い庭園や広い家があったのです。サラも貴族の家に嫁いだらしいし、このあたりはロフティングの生育環境もあるのではと思っていましたが詳細はわかりません。
犬派、猫派という言葉がありますがロフティングは確実に犬派で猫はあまり好きではなかったのでないかな、と思っている。事実シリーズを通して猫が大活躍するのはなかったのではないかな? 嫌いだとは書いていませんけど。
彼がこのシリーズを書いたきっかけが兵役についたときに用済みになった馬を屠殺する役目に居合わせたことらしいです。屠殺……動物好き、馬好きには耐えられない経験だったことでしょう。それがドリトル先生シリーズを書く原動力になった。現に退役軍馬用の牧場の話も作ったのですが、それは彼の理想かつ贖罪の意味を持つ物語になったのではないでしょうか。目が見えなくなった馬にも馬用の眼鏡を、という細かいところにも実際できるならばそうしてあげたかった、人間の役に立てなくなったからといってあっさり殺してしまいたくなかった、そういう思いがくみ取れます。
その体験に加えて彼は最初の最初は我が子を喜ばせるためにこのシリーズを作りました。子供に読ませるために良作を創る……彼もそうなのです。レアンダーもくまのぷーさんシリーズを書いたA・ミルンもそうです。我が子を喜ばせたいという原動力は創作に力を与えます。小さな子供は特に自分の血が入っていると思える子供を自分が考えた話で楽しませたいと思う力はとても強いのではないでしょうか。
日本発行でのシリーズでは時系列がぐちゃぐちゃでわかりにくいです。翻訳の順だったのかそれはわからないけれど。でもどのシリーズから読んでも非常におもしろい。怒涛の想像力……ドリトル先生が巨大な蛾に乗って月へ行く手順、おしゃれな百合の花、動物が運ぶ郵便配達、小さな虫がした大旅行、みな大好きなストーリーです。
人間自体があまり好きではなかったのかなと思う記述はないのですが、うすぼんやりとですが読んでいくうちに動物と仲良くだけど実際には人間と交際するのはちょっと苦手でシャイなロフティング像が浮かび上がります。善人で人から誤解される側の人間だけど動物に囲まれて一生幸せというような。
このシリーズ通して挿絵は全てロフティング自身が描いています。一見へたそうな、でもよく見ると実に味のあるイラストです。どれも好きですが私が一番好きなのはオシツオサレツです。オシツオサレツは架空の獣で非常にプライドの高い動物です。一角獣の親戚だそうです。胴体が馬でどちらが頭でどちらがお尻がわからない動物です。ロフティングの造語ですが原語はpushmi-pullyu となっています。日本語での翻訳は井伏鱒二がしたのですが井伏はこれを「オシツオサレツ」 と訳しました。日本語訳としてもこれ以外は思いつかないとても素晴らしい翻訳だと思います。
絵本やアニメにもなっていたかと思いますが近年製作された映画では著名な黒人俳優エディ・マーフィーが演じました。私はドリトル先生が生粋のイギリス紳士だと思っていたのでこのキャスティングが意外でした。原作を読んでいる身としては、ドリトル先生が演じるならば原作通りに小柄で丸っこい髪の薄いイギリス人俳優に演じてほしかったと思ったのです。(黒人俳優がイヤだとは言ってませんよ、誤解なきように) ロフティング自身は英国籍はあっても居住はアメリカだったのですね、だからイギリス本土よりもアメリカや日本の方が評価が高くイギリス人もイギリスの小説だと認めていない、らしいけどこのあたりイギリス気質というかなんというか。また原作には黒人蔑視の表記があったということでバッシングを受けた時期もあったらしいし、この辺りは本当に複雑です。
別にロフティングは蔑視も何もなく最初は純粋に我が子を喜ばせるために。そして出版されると大勢の読者がついてそれを励みとし自分の想像力の赴くままに楽しく書いた人だと私は思っています。彼個人の世界観はわからないままにその想像力の奔放さに私はとても尊敬しています。