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三十七冊目・しんどい母から逃げる!! 田房永子

 母たる存在に感謝と尊敬をすべきです……母は子を慈しみ、子は母を慕う。

 子に無償の愛を注ぐのが母……そういう概念で当たり前だった時代が長いし、これからも続くと思う。それが正しい母と子のありかただから。

 母の存在はかくも(良い意味で)大きく、(良い意味での)子の心の拠り所である……でも、違うと感じる少数派もいます。


  田房永子・しんどい母から逃げる!! 



 さて今回ひよこにあげる田房永子はそういった概念を根底から覆す本ばかり書いています。いや、それ以外のジャンルも書いてはいますが、田房といえば、毒母責め系恨み節本というイメージです。


 出世作が「母がしんどい」 続けて、「うちの母ってヘンですか?」「それでも親子でいなきゃいけないの」「呪詛抜きダイエット」「キレる私をやめたい~夫をグーで殴る妻をやめるまで~」「お母さんみたいな母親にはなりたくないのに」

 いろいろです。それ系の大御所です。わかりやすい漫画形式でぐいぐいと弱者の立場の振り返りとして綴る。たとえば呪詛抜きダイエットってどんなダイエット方法かと思いきや、これも田房の母親のことがねっとりとからみつくように書いています。ダイエットは二の次です。本に出てくる田房の母と同じく、私の母も思い切り肥っていて私もまた「そういうふうになりつつある」 のかと恐れたりしました。

 そういった系列本の中で「しんどい母から逃げる」 を、このひよこにあげるのは、私自身が田房の著作の中で一番共感したからです。


 「しんどい母から逃げる!!」 副題はコレです。

↓ ↓ ↓

 いったん親のせいにしてみたら案外うまくいった……

↑ ↑ ↑


 この題名と副題だけでもう筆者の書きたいことが集約されています。そして本作は田房が自身の母から逃げた後で書いている。私が田房に共感を覚えるのは、私もまた田房と同じく二十九歳で一部独立している。一部というのは、完全な独立ではなく、週末は母のいる実家に帰ってくることが条件だったから。そのあたりの複雑な心理が非常にわかりやすく表現され、今更ながら私もまたその通りだったと感じ入っています。


」」」」」」」」」


(以下田房の本と私の話を並行してすすめてみます)

 田房は千九百七十八年生まれ。ウィキペディアは彼女の半生をたった数行で表しています。

 ↓ ↓ ↓

幼少~少女期は母との関係に悩んでいた。母は教育熱心な人物であったが、娘である田房の習い事を勝手に決めたり、辞めさせたりするほか、友人関係やプライベートにも口出しするなど干渉し過ぎる面があった。田房本人も当初は母の言う事に従っていたが、次第に疑問を抱くようになり母との関係に苦しんだ経験を著書で公表している。

 ↑ ↑ ↑(以上引用終わり)


 田房は美大卒業後に漫画家になっています。しかし最初に出した本は二千十二年ですから三十歳過ぎてからの出版です。「母がしんどい」 という本です。一人暮らしができるようになってから、本が書けた。

 そして、この本のヒットで世間に毒母の存在とその概念が定着したと思います。いや、昔からいたと思うが世間的に認知、周知されたのはこの本の力もあったはずです。

 それまで虐待といえば、理由なく子供や弱い立場の人間や生き物を殴ったり蹴ったりすることだとされていました。そういった身体的虐待以外にも心理的虐待や性虐待の存在もクローズアップされつつあったのは、時代の流れです。惨い虐待が連続して露見し、人々の関心が向いたからです。でも田房のように過干渉もまた虐待にあたると、はっきり書いたのは偉かった。ともかく田房は子の立場として、どれほどつらかったかという思いを切々と表現している。

 実は「母がしんどい」 の発売当時、私はそれほど関心を持ちませんでした。ちょうど勤務の傍ら子育てと介護に忙しかった時期にあたります。田房の本が話題になり、新聞で見ても「そういう人がいるのだろう」 と思っただけでした。まったくの他人事でした。

 それでも本屋で平積みされたそれを数ページ立ち読みしました。ところが急に気分が悪くなり、本を買わずに店を出ました。その時は、単純に食事の後だったので、食べ過ぎたのかなと思っていました。当時の私は四十代で母の洗脳が解けていたつもりで距離を置いて付き合っていました。が、まだ完全ではありませんでした。いやそれどころか、まだどっぷりと心理的に頼っているところがありました。


 私的な話になりますが、私の母の本当の姿がわかったのは、母が一昨年に大病を患い、私が引き取ってからです。要介護四の状態からリハビリの甲斐があって、要介護一の状態になると、弱った体でもなお、私を指図し采配しようとする。母の指図通りに動かないと、「誰のおかげで、この世に生まれてこれたのか」 と怒る。私の幼いころから数万回繰り返されたセリフです。五十もすぎた娘に向かって、老いて不自由な体になってもなお、私に干渉し思い通りに動かそうとする。母が倒れたことがきっかけで、母の虚言と親戚の不祥事への関与が露見し、それでもなお非を認めず私を支配しようとする……私は母のみならず母方の親戚全員がおかしいことに気づきました。知った以上、付き合うことはできず、母以外は絶縁しました。身体が弱った母は捨てられない。でも母との同居は絶対に無理。私も働いているし、日中一人で段差のある家に置いておくわけにはいかない。だから説得して施設に入ってもらいました。母が老いたことで物理的にかつ合法的に距離が置けた。もっと正直に書くとコロナウイルス感染予防のおかげで面会も困難になって逆に有り難いぐらい。私にはこれが精いっぱいです。私はそうするしかなかった。今頃になってやっと、です。

 それを思えば田房氏はまだ若いうちに気付けてよかったのではないか。私はアラフォーの結婚当時から夫に「君の母親、おかしくない?」 と指摘されていました。ところが私はそんなことをいう夫に対して「あなたは結婚当時に高卒の学歴が気に入らぬと母に言われたので恨んでいる」 と取り合いませんでした。母をあまり悪くいうと私が怒るので夫は何も言わなくなりました。その点は賢い人です。結論からいうと、夫の言い分は全て正しかった。

 母の人形時代が長かったと夫には話していましたが、それでもまだ母のおかしさを理解していなかった。現在では母に翻弄された人生に怒りを覚えています。でも体力も弱って認知症になった母には仕返しなぞできません。今なお救われない思いを抱いて生きています。だからこそ私は田房に対しても複雑を思いをいだいています。田房が若いうちに気づき、その後も苦しんでいた。だけど著作を世間に出した意義はあり、十分報われているではないか。美大卒だったら、絵を描いても文句を言われない環境だったのはわかる。絵に関しての母の言及がまったくないのは認められていたからではないか。そういう思いがどうしても湧き上がる。私が田房に感じるこの妙な羨望感はいったいなんだろうか。わたしもやはりどこかおかしい。

 世間的には私は良い娘を演じています。だけど心はもう離れています。母が死んでも泣かない自信がある。それを夫にいうとまるで伝わらない。「なんてこというんだ」 という。「変だけど一応、キミを産んでくれたお母さんではないか」 と諭される……。


 以前私が折々に思うことをエッセイに綴っていたら、ある読者さんから田房の本を勧められました。私はそれがきっかけで思い出しました。田房の本を立ち読みして急に気分が悪くなったことを……!

 改めて購入し最初から読んでみると、やはり気分が悪くなる。購入したまま、部屋に放り出していました。今年になってからやっと最初から最後まで落ち着いて読めるようになりました。

」」」」」」」」」」」」」」」」

 

 行きつ戻りつの繰り返しになりますが、私も田房と同じく二十九歳のときに一人暮らしをはじめました。週末は実家に帰りましたし、遠方に嫁いでも呼ばれたらすぐに帰っていました。特に父が倒れてから頻繁に帰っていました。母は私の実妹Zを金喰い虫と称し、手堅い生き方? をしている私が頼りだと言っていました。実は母は、私のみならずZはもちろん叔母たちにも一人ひとり、頼りにしているからといい、その場にいない人間の悪口を言っていました。

 私にはZのことはZのいないときに悪口三昧でしたが、逆にZにはその場にいない私のことを「長女でありながら親を捨てて遠方に嫁いだ恩知らず」 と評し、罵っていました。これはZ本人から私を罵倒するときに言ったので確かです。叔母にも同じようなことをしました。私にはその叔母について「いつも忙しいと言って顔をみせてくれない、バカにされている」 と不満を訴えていました。ともかく話を聞いてくれる相手を持ち上げ、その場にいない人を貶めて同情をもらうパターンです。私が小さい頃はそういうことにはまったく気がつきませんでした。というより疑念を持たないようにしつけられていました。

 母は父が倒れてからそういう傾向が強くなりました。母はいついかなるときでも被害者でした。幼いころは顔がかわいいので、よくいじめられていたといっていましたが、母の見舞いにきた母唯一の幼なじみの思い出話で一蹴されました。

 母は父と新婚当時、姑と同居だったので、姑にいじめられて苦労したと繰り返し話をしました。そのため、私は幼いころから母を幸せにしてあげたいと思っていました。でもそのいじめられたという同居期間は数十年ではなく、たったの数カ月、半年にも満たない期間でした。それでもつらかったのでしょうが、いくらなんでも、大げさすぎます。母は私の義母にも、姑は嫁をいじめる生き物だから信用しないようにと吹き込んでいました。ろくな教育も受けていない田舎育ちの人だから、絶対に私とは気があわないからと。

 最初から最後まで義母と仲良くしてとは一切言いませんでした。母は私を手放したくなかったのです。今となれば母は義母に嫉妬していたのかもと。子ができると、これでいつ離婚しても良い、一緒に暮らそうと言う。私の幸せを思っているようで、実は私の不幸を願い母の元に戻っておいでというスタンスでした。でも私はそこまで気づけなかった。

 母は高卒と言っていましたが、中卒でした。叔母にその話をしたところ、叔母も学歴詐称を知っていて知らぬふりをしていました。母の妹たちは全員高卒だったので、相当嫌だったのだろうと笑っていました。この件に関しては私の結婚時に夫が高卒だからと貶めていたので諫めたところ、母は逆に怒り出しました。

 言葉につまると母はお定まりの「誰のおかげでこの世に生まれることができたの」 というセリフを出します。これをいうと、母は私が黙らせることができるのです。この世に生きていられるのは誰のおかげか、母親に対して批評や批判をすること自体、おこがましいというわけです。母の十八番おはこですね。このあたりの開き直り具合は、都合の悪い話がでると過去の事実をねじまげて無視する田房の母とそっくりです。だから私は田房に非常に共感しました。

 こんなことをされると、騙され続けた娘は苦しいだけなのですね。いつでも被害者でいつでもかわいそうな母。娘にどんな恥をかかせているかも気づかず、娘を思う母親を演じ続け、娘の尊敬を得ていたい。私の場合は母とも私ともうまくいかない私の実妹Zの存在が話を余計にややこしくしている。Zも母の被害者の一人でもあり、母に対する暴言暴力を駆使する加害者の立ち位置になった。

 


 田房の母も衣食住に関しては問題はなかった。命には別状はなかった。精神的に苦しかっただけ。でもその苦しみは、慈母を持つ大半の人々には通じない。それにも私は田房に共感する。私に関しても母の過干渉はとてもひどかった。その上、聴力低下の対応は徹底的に無視を決め込み、補聴器の購入を拒否し、周囲には「ちょっとだけ悪いだけでそれ以外は学校の成績もいいので大丈夫」 と周知する。

 母は私に外部の人間と話をしないようにしつけた。特に母の親戚には話しかけられて返事をしただけでも後で怒られる。後年、あれは私の聴力低下による聞き間違いや聞き返し、舌足らずな物言いが恥ずかしかったからだとわかり、非常にショックを受けた。だから補聴器が見えないような髪型をさせ、見えていると注意され、聴力の悪さをなるべく他人にわからぬよう目立たないようにさせ、自己卑下感だけを植え付けた母。法的な罪には値しなくても、悪意がまったくなくても立派な犯罪でしょう。母は聴力の悪い娘は不要で、成績の良い娘だけを世間に見せて自慢したかっただけ。

 私の自己存在の虚無的感覚はすべて母からきているといっても過言ではない。私はそれでもこの世に生まれさせてくれた母には感謝しないといけない。そうでないと親不孝でしょう。私を産んだだけで、母は私に対しては徹底的な勝者なのです。

 正直に書きましょう。私は母の認知症が早く進んでほしいです。私の顔もわからないぐらいになれば、私も母を心から許して母の望むように尽くせると思うので。

 田房は相当に苦しみ、スピリチュアル系とも感じる分野にも足を突っ込んでいます。それでもっておすすめなども書いていますが、それで救われる人がいるならそれなりの意義もあると私は思う。ちなみに田房のおすすめ療法のうち、私は前世療法というのが気になりましたが検索すると偽物も相当多いのでそのままです。


 以下は架空問答です。


 若いうちにしんどい親から逃げ出せたらもうそれでよいではないか? 距離を置けばいいではないか?

 ……いえいえ、とんでもない。それで解決ではないですよ。本当に。

 衣食住満たされているなら、よかったではないか? 

 ……いえいえ、心理的には良くないですよ。

 育ててもらった恩があるでしょう? 

 ……あなた、良い母親に育てられたみたいですね、幸せな人ですね、と言いたいです。


 私なぞ逃げ出す時期すらわからず、五十も過ぎてからやっとわかった阿呆です。身もだえするぐらい哀しいけれども、やはり例の「この世に生み出してもらった」 という恩着せがましい呪文にとらわれ、母の意向に沿って私はそのまま母の介護を続けるつもりです。でもそれは美しい母と娘の絆ではない。単なる義務です。老いた母の姿を見るにつけ、かわいそうにと思う気持ちと憎しみが交差する。

 それが哀しい。

 本作は読むごとにつらい思いが蘇る。田房もつらつらと書いていたが、善き母に恵まれた人にはどうしても理解できないだろう。マンガなのでユーモラスに描いてはいるが、相当つらいはず。田房は自己の経験だけでなく、読者の虐待の体験談も書いているが、「罪深い親ほど、罪を自覚しない」 というジレンマを感じさせる。元凶のしんどい母は絶対に反省しない。

 だから私のような読者もまた本作で相当なストレスを再体験する。そういう意味ではおすすめできるようで、できない。非常にもどかしい本です。ヒットしたのは時代もあるが、そういう人も声をあげられるようになったからでしょう。それは良い現象だと思う。




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